ぺちぺちに立ち向かう者たち
遅れました~;
魔王は思ったよりもゆっくりとこちらに向かって来ていた。
東門から南側、最初に放たれた黒い塊の着弾点と東門を結ぶ中間地点辺りの城壁に向かっていた。
俺達は迎え撃つべく、速やかに移動を開始する。
遠隔組は城壁の上と市街地の方へ。
そして俺たち近接組は、東門から外へと出て魔王の側面へと回った。
魔王が城壁まで約100メートル程まで接近する。
今さらながら、魔王が振り下ろしによる攻撃で城壁を破壊しない事を祈る。
途中の高台には攻撃を加えなかったので、無いとは思うのだが一瞬不安が過ぎる。
「囮組! 先行して魔王の気を引け! 城壁に攻撃をさせるな」
「あいよぉー!」
「了解してラジャーでさぁ~」
「間違っても喰らうんじゃねえぞ!」
「回復魔法は期待すんなよぉ」
俺と同じことを考えていたのか、レプソルさんが迅速に対応すべく指示を飛ばした。
野太い掛け声と共に魔王へと駆けていく囮組。
今度は様子見などではなく最終決戦。向かって行く人数は先程よりも倍近い。
「よし次! 精鋭組も準備だ。ジンナイ、お前は予定通り黒い靄を取っ払うことに集中だ。後ろ脚の辺りを重点的に頼むぞ」
「ああ、魔法がしっかり届くようにだな」
俺は自分のすべき事を再確認し、後ろに控えている切り札その1に目を向ける。
俊足が売りの勇者蒼月に、抱っこされた状態のサリオ。
彼女は今回の作戦でとても重要な役目を担っていた。
それは魔王の後ろ脚の地面を陥没させる事。
そして魔法の精度を高める為、サリオは魔王に接近する事になった。
しかし回避力などが低いサリオでは危険。だからその為に蒼月が抱えて行く事となったのだが――
「ぎゃっぼおおお! 勇者さまのお姫様抱っこですよです! これは始まってしまうかもです。あたしのシンデレラストーリーが~ですよです」
「あはは、余裕そうだねおチビちゃん」
サリオの馬鹿な発言をサラリと流す蒼月。
一つツッコミたい事があるとすれば、そいつは確か23才辺り。少なくとも俺たちよりも4つは年上という事。
少々気の抜けるやりとりを眺めていると、俺の横で、もっと気の抜けるやりとりが始まっていた。
「おっし、今度は凶攻突覇大落昇を試してみっかな」
「うん? それってさっき言ってたレッパダイバクショウの仲間?」
「おう、そうだぜ伊吹。俺もオリジナルWSが欲しいからな。まぁ色々と試してんだよ、さっきのは駄目だったみたいだけどな」
( あの時のはソレだったのかよ! )
命懸けの決戦だというのに緊張感のない奴ら。
だが、ガチガチに緊張するよりかはマシかと思い、そのまま眺めていると――
「陣内君、ちょっとイイかい?」
「ん? 赤城」
俺に突然肩を回してきた赤城。
顔を少し近づけ、他の者には聞こえない程度の声で俺に話し掛けてきた。
「君に――というか、少々腹が立つと言うべきか……少し悔しくてな……」
「は? なにを言って……」
「さっきの事だよ。あの時、本当は僕が言い出すつもりだった……城壁を利用しようってね。――だけど躊躇った、何か上手い言い方はないかって考えていたんだよ僕は」
「……」
赤城は俺の方を見ずに話していた。
自嘲と悔しさを混ぜこねたような表情を浮かべ、懺悔でもしているかのような声音で続きを語った。
「正直、君に嫉妬したよ陣内君。保身よりもすべき事をしようする君に。もう一つ付け足すなら、この案を上手にドライゼンに発言させて、彼の功績に出来ないかとも考えていたんだよ。打算でしか動けない僕には出来ない事だよ、君のさっきの発言は」
「そんな殊勝なモンじゃねえよ。ただ思いついたから言っただけだ」
「……本当に君らしいよ。そう言えばあの時もそうだったな、一人でも駆けて行こうとしたな……。よし、この戦いを終わらせて北へ行こう。城壁の件は僕からも言うから安心して欲しい」
「……おい、なんかソレを条件で助けてやる的に聞こえんぞ」
「はは、僕は打算で動くからね。さぁ、そろそろ出番かな?」
そう言って赤城はレプソルさんの方へと視線を飛ばした。
そして赤城が言うように次の瞬間、精鋭組へ突撃の合図が下ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
囮組を追い抜き、果敢に魔王へと向かう精鋭組。
精鋭組も、前回の倍近い人数である38名。
様子見の時は正面だけだったが、今回は巨大な堀がないので魔王をグルっと囲むような配置となった。
俺は木刀を握り、黒い靄を払うそれを振り回す。
精鋭組に組み込まれた勇者は、伊吹、上杉、下元の3人。
遠隔組の三雲は城壁の上に残ったまま、引き続き雑魚狩り。
それとは別の止め役の橘は、安全な城壁内で待機となった。
そして八十神と霧島の二人は、東門と穴の開いた南側の防衛。
戦力を投入する為に門を閉めることは出来ず、しかも魔王が接近してきたことから魔物の数も増えており、東門と開いた穴の方にそれなりの戦力が必要となったのだ。
ただの魔物だけなら問題はない。
だが、魔石魔物級だけは。特にイワオトコやハリゼオイが相手では、一般の兵士たちだけでは厳しい。
数で押せないこともないが、手間取っている間に魔物側が数で押してくる危険性もある。なので勇者を二人配置することとなった。
しかも勇者八十神が、その役目を買って出ると言った。
ついでに葉月の護衛もすると。
正直、誰もがその真意を察していた。
それと同時に、触れない方が良いとも察し、八十神の申し出には誰も異論をはさまなかった。
役立たずにこれ以上時間を割く訳にはいかない。
それにあの鎧を装備している八十神なら、冒険者殺しのハリゼオイとの相性も良かった。
少なくとも無駄な犠牲は減る。
そしてその犠牲が減れば、回復に費やせるMPが楽になるのだ。
人員の配置としてはそこまで悪くない。
こうして本格的な戦闘が始まったのだが――
「おうさぁ! ビビった八十神とは俺は違うぜぇえ! 新WS凶攻突覇大落昇!!」
氷の道を駆け上がり、上段の構えからの唐竹割りを放つ上杉。
新WSと叫んではいたが斧は光を放っておらず、ただの振り下ろしが魔王の脚の付け根に当たる。
「っがあ!? 堅ってぇ。くそ、堅過ぎんぞこの木がぁ!」
「上杉サン、もっと細い場所を狙いましょう」
イマイチ空気を読まない上杉、八十神を軽くディスりながら戦っている。
この空気の読まなさはウチのサリオに匹敵する。
そしてそのサリオは――
「ぎゃっぼおおおお!? 滅茶苦茶怖いですぅぅ。ペシャンコになるよです~! ナイスバデぇのあたしがぺっしゃんこになるよですよですぅ~~!!」
「凄いなこの子。なんか物凄い余裕そうなんだけど」
サリオを抱えたまま、華麗なステップで魔王の攻撃を避け続ける蒼月。
抱えられたサリオは、即死級の攻撃に晒されている為か、空気を読まず『ぎゃぼぎゃぼ』と騒いでいる。
かなり緊張感の欠けるやりとり。
だがこれは命懸けの戦い。しかも――
――ちい、やっぱ予想通りか……
いくら何でもずっと同じって訳はないよな、
魔王の攻撃に変化が見えていた。
変化と言っても、攻撃方法が変わったというモノではない。
攻撃する対象が変わったのだ。
今までは射程範囲内のヤツに対し、手当たり次第攻撃を行っていたのだが、無害に近い囮組への攻撃頻度が減っていた。
そして減った分の攻撃が、自身に纏わりつく精鋭組へと向かっていたのだ。
これは全く予想していなかった訳ではない、一応は予測していた。
そして魔王に距離が近い者ほど、より攻撃に晒されるようになっていた。
「あ~~もうっ、攻撃が多くて攻撃に集中出来ないよ」
「これは明らかに学習でもしているのでしょうね、遠くにいる相手は無害だと。それにそろそろ城壁に到達します」
攻撃を回避しながら会話する伊吹と下元。
俺はそれを横目で見ながら、現在の状況を確認する
まだ犠牲者などは出ていない。
だが魔王の方も特に損傷している様子もなく、悠然と城壁に向かっている。
一方雑魚の魔物たちの方は、極端に増えるなどは無かったが、枯れる事もなく湧き続けており、今も別動隊が戦い続けている。
決して油断の出来ない状況、そして戦局は次へと移る。
城壁を利用した魔王の足止めと、それに続く魔王を完全に足止めする作戦へと。
「用意はいいかぁあ!! それと囮組、危険かもしれないが放出系WSを放って魔王の気を引いてくれっ! もうただ居るだけじゃ狙ってくれない」
作戦への確認と、新たな追加の指示を飛ばすレプソルさん。
囮組への負担が増える指示。
WSを放つという事は、硬直による隙が出来ることを意味する。
何の警戒も無しにWSを放てば、WS時による硬直で動けないところに、魔王からの攻撃をもらう危険性が発生する。
だがそうしなければ囮組が機能しなくなるのは目に見えていた。
だから危険と分かっていても指示を出したのだろう。
そしてそれを理解しているから、囮組もそれに従い放出系のWSを放ち始めた。
魔王へと着弾する放出系WS。
少しではあるが効果があったのか、精鋭組への攻撃が減る。
俺は最後の締めとばかりに、木刀を振り回しながら全力で駆け巡る。
「あの、ご主人様。あまり無理は……」
「いや大丈夫だラティ。シキからの補助魔法は途切れていないからまだイケる」
俺の補佐についているラティが声を掛けてきた。
今回の作戦は、世界樹の木刀が機能することが前提。俺が躓くような事があれば破綻する恐れがある。
だから俺には、何かあった時の援護としてラティ付き。
それと俺専属の補助魔法役として、元五神樹シキも付いていた。
俺は出来る限り黒い靄を取り払い、作戦の成功率を上げる為に動く。
サリオが担う、魔王の足元の陥没による崩しの為。
そしてそれを成功させる為の――
「今ですっ! お願いします勇者さま」
「土聖混合束縛魔法”奇跡だけの完全結晶”!」
「ダブルスペル発動! 氷系魔法”純白な記念帳”2!」
レプソルさんの合図により、二つの広範囲大魔法が発動した。
それは城壁に咲き誇る白い花と、それを覆うように降り注ぐ白い霧のような雪。
城壁だけの強度では不安がある。
だから何かで補強しようと考えた。
今から何かを積み込み補強するなどは、圧倒的に時間が足りない。
ならば魔法で補強するにも、その魔法を魔王は溶かすように崩してしまう。
だから――
「頼むぜぇ、二人とも……」
溶かし切れない、崩し切れない程の大魔法で対抗する事とした。
魔法だけでは足りない。
城壁だけでは耐え切れない。
ならば、その二つを一緒にすれば良いと。
二人の勇者による、二つの大魔法で城壁を補強したのだ。
そして――
白い花で埋め尽くされた氷壁が、魔王の進行を止めたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
あと誤字脱字のご指摘なども頂けましたら……