あ、ちょっと折れそう?
なんでも何で急ぎました!
俺達は退却し、城の城壁まで退いた。
そして現在の状況を確認する。
まず、教会側の言い分を確認した。
彼等が言うには、信仰を取り戻す為、『教会の手で魔王を討つ必要がある』だった。
勇者に頼らず魔王を討伐する。
そうすれば全てが解決すると、そう判断を下したらしい。
確かにそれは間違っていないのかもしれない。
『出来れば』の話だが――
「――て、事らしいぞ、ジンナイ」
「だから強引に突っ込んで行っていたってことですか? レプさん」
「ああ、そうらしいな……こちらの指示を無視して……結局」
「馬鹿が無茶をしやがって」
俺が援軍を最初に目にした時、後方では、総指揮を執っているガーイルさんと五神樹が交渉中だったそうだ。
ガーイルさんは教会の戦力に対し、魔王との戦闘ではなく、魔王以外の魔物を排除する役目を指示したそうだ。
そしてその指示は当然であった。
碌に戦えない者を魔王に向かわせても、使い捨ての的にしかならない。
むしろ邪魔となる危険性しかない。
だからそう指示したそうだが、それでは教会が魔王を討伐するという、教会側の目的が果たせない。
そしてそれには従えないと揉めている時に、伊吹が武器を失って戻り、次にラティが俺からの伝言を伝える為に戻って来た。
五神樹たちはチャンスだと思ったそうだ。
勇者が率いる冒険者たちが撤退した後に、自分たちが率いる教会の戦力が魔王を討伐したとなれば、周りからの評価はより上がると判断し、俺たちの撤退に合わせて、自分たちは魔王へと突撃したらしい。
そしてその結果、先頭を走っていた五神樹のセキは、魔王からの振り下ろしによってグチャグチャとなり、魔王には誰も辿り着くことなく、彼等の戦いは終了した。
これは特に確認をした訳ではないが、きっと教会側は魔王を甘く見ていたのだろう。
魔王の攻撃に晒されている俺たちとは違い、安全な後ろで戦いを眺めていた五神樹。奴らには、魔王の振り下ろしによる攻撃は大したことないと映ったかもしれない。
約50人で攻撃を分散させ、そのうち30人は囮役として回避に徹している状況。
見方によっては、相手を舐めた戦いに見えただろう。
少なくとも何人かは、かなり余裕のある感じで避けていた。
だから勘違いして、ヤツは無謀にも戦いを挑んだのだろう。
情報収集や敵情視察も不十分なままで。
「しかしジンナイ。もう教会側は役には立ちそうにないな」
「戦意喪失ですか。ったく、城壁の上から放出系WSを撃てるだけでもいいのに……」
一瞬頭に過る。
この教会の連中を奮い立たせる方法を。
だがそれは――
――駄目だ、これは使えねえ、
いや、使いたくないな……葉月を利用する方法なんて、
あの連中と一緒になっちまうし、それに……
聖女の勇者である葉月に鼓舞させれば、教会の連中は一発で立て直せるだろう。
下手をすれば、何人かは狂信的な死の突撃ぐらいするかもしれない。
そしてその責を、きっと彼女は背負ってしまう。
それに――
――無しだっ!
これは無しだな、教会の連中は当てにしないでいこう、
どうせ元からいなかった戦力だ、……それよりも今は、
「レプさん、あの馬鹿は……どうなりました?」
「馬鹿って、大事な勇者さまだぞ?」
「馬鹿で十分ですよ。装備の性能を過信した結果がアレだし」
「ああ……たぶん駄目だな」
「そうですか」
「装備品の方は無傷だったんだけどな。ホント、あの鎧と盾はデタラメだな」
レプソルさんは全てを語らず、視線でそれを示す。
その視線の先には、真の勇者と呼ばれる八十神がいた。
八十神は回復魔法によって身体は完全に回復しており、今は葉月に回復魔法を掛けてもらったお礼を言っている。
その表情は笑顔に見えるが、誰が見ても違和感を覚える笑顔だった。
特に普段の八十神を知っている者にとっては、とても笑顔とは言えるモノではなかった。
「ありがとうね葉月さん。……うん、ホントにありがとう。……ひさしぶりに葉月さんの回復魔法を受けたけど、やっぱなんかイイね。うん、嬉しいよ」
「ううん、これは私の仕事ですから。だから気にしないで八十神君」
「あ、ああ……仕事……。――葉月さんっ、この魔王との戦いは危険だと思うんだ。だから葉月さんはもっと下がった方がイイと思うんだ。ほ、ほら、負傷した人はそこまで運んで貰えばよい訳だし……な、なんなら僕が護衛に付くよ?」
「え……? 護衛? それに下がるって」
「だって、街の中にも魔物がいる可能性があるんだろ? だったら護衛は必要だよね? なら僕が守ってあげるよ」
「えっと……私は下がらないよ。だってみんなを助けないとだし……約束も」
「え? 約束……?」
「あ、私もう行くね。他の人にも回復魔法掛けないとだから」
葉月にしては珍しく、強引に会話を切り上げる形で去っていく。
正直なところ、その気持ちは分からないでも無い。そして走り去って行く葉月を目で追う八十神。
だが、葉月を追った視界に端に、魔王ユグトレントが入りそうになると、ヤツはすぐに顔を背けた。
「って、感じかな」
「身体は治ったけど、心が折れたままか……」
「取り敢えずオレは次の準備をしてくる。魔石も用意しないとだからな」
「あ、はい分かりました」
レプソルさんはそう言って下へと降りて行き、次の第四ラウンドの準備に向かった。
そして俺の方はもう一度八十神の方へと目を向ける。
ヤツは下に降りたそうな様子を見せるが、なんとか踏み止まっている。
だがその姿はとても頼りなく、意地で踏ん張ってはいるが、その意地が張れなくなったらすぐに居なくなりそうな雰囲気。
俺から見た勇者八十神は、完全に魔王ユグトレントに怯えていた。
滝のような振り下ろしに呑まれ、鎧の性能によって死ぬことはなかったが、心には恐怖がしっかりと刻み込まれた様子。
――ったく、なんだよ、
始まる前は小山のことを散々愚痴ってたってのに、
アイツ、人のことを言えねえじゃねえかよ、
と、心の中で愚痴ってはみるが、理解出来ない訳ではない。
あの猛攻に一人で晒され、俺達に助け出されなければ間違いなく死んでいた。
だが思う。
八十神は、仲間が助けに来るかもしれないとは思わなかったのだろうかと。
それが心にあれば、心が恐怖に塗り潰されることはなかったのではと。
俺はそんな事を思いながら、取り敢えずラティの元へと向かうことにした。
何となくだが、何かを補充したくて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔王から撤退してから約40分後。
俺達は僅かな休憩のあと、再び魔王を迎撃する事が決定した。
50メートルを超える巨体を相手に、城壁を使った防衛戦などほとんど意味がない。
仮に城壁を利用したとしても、僅かに足止めが出来る程度。
それならば土系の魔法で巨大な壁を作り、そしてそれを使った作戦が考え出された。
大雑把に言えば、先ほどの戦いと一緒。
まず魔王の足を止める事。
土の壁にぶつかれば一度は停止するはず。
その隙に、魔王の後ろ脚辺りの地面を土魔法によって陥没させる。
その後は脚を集中して攻撃し、ヤツの転倒を狙う作戦。
そして魔王が完全に身動きが取れない状態にしてから、今回の切り札となる、橘のチャージが可能系WS”イートゥ・スラッグ”を当てる。
”イートゥ・スラッグ”は、最小で1本、最大で99本を纏めて放てるWSらしい。
しかも、竜核石を大量に使用したのであれば、その威力は比較にならないほど跳ね上がるそうで、苦戦したあの黒い巨竜であろうと、3体纏めて貫けると橘は豪語していた。
ただ、大きな欠点としては、チャージの時間が3分掛かること。そしてチャージを開始したらもう弾道を変えれない事。
チャージ体勢に入ると、もう動けなくなるらしい。
だから、3分間魔王を動けないようにするのが最低条件。
そして。
黒い靄があるのだから、本来ならば放出系のWSの威力はかなり下がるはずだが、皮肉なことに、放つのが黒い靄の範囲外からならば、放った時は威力が下がらない。
しかし黒い靄に入ると威力が下がる。
それはまるで、分厚い水の壁で覆われたモノに銃弾を放つようなモノ。
本来の威力では届かないはずだが、――世界樹の木刀があれば変わってくる。
木刀で魔王の周囲の靄を払い、出来るだけ高威力のままで魔王へとWSを魔王へと届ける。
やることは先ほどとは変わらない。
既に具体的な指示は皆に下されている。
俺は差し入れとして渡された飲み物を口に含みながら、少し遠くに見える魔王を見詰める。
ターバンを頭に巻いた褐色の肌の男が、大量の差し入れを届けてくれたらしい。
きっとギームルの手配だろう。
もしかすると違うかもしれないが、俺はその飲み物を飲み干し、戦いに向かおうとした、その時――
「ありゃ? あの魔王さん、あたしの作った台を何か溶かしてないですかです?」
「へ? 溶かすってサリオ何を言――っげ!」
そこには、全てを破綻させかねない光景が映っていた。
指揮が執りやすい様に、サリオが土系魔法で作った高台が、魔王の接近によって溶けるようにして崩壊していたのだ。
それは、魔法で作り上げた壁では、足止めとしての効果が限りなく低いことを示している光景であった。
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