降り注ぐ絶望
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https://twitter.com/2nbZJdWhppmPoy3 これで合っているのかな?
その砕ける音に、誰もが反応した。
ギィィィンっと甲高く震えるように響く金属音。
誰もがその音の元へと視線を向け、そしてそれを目にした。
氷で出来た道の上で、砕けた大剣を握る勇者伊吹と――
「伊吹ッ! 上ぇえええ!!」
「え!? うえ?」
まるでこのタイミングを狙い澄ましたかのように振り下ろされる魔王の攻撃。
己の武器を破壊してしまった動揺からか、伊吹の反応は完全に遅れていた。
彼女は咄嗟に折れた大剣を掲げ、振り下ろされる攻撃を防ごうとする。だが、とても防ぎ切れるようには見えない。
『これはマズイ』と、誰もがそう感じた瞬間。
紫紺の閃光が駆けた。
「はああああああっ!!」
「は!? 下元!?」
凄まじい速度で下元が伊吹のもとに駆け付け、雷炎を纏った片手剣で斬り払い、魔王の振り下ろしを弾いたのだ。
一瞬、『良くやった』と思ったが、魔王の攻撃が再び伊吹に襲いかかる。
「まだだ! 早く退け伊吹!」
「う、うん分かった陣内君。下元君ありがとう」
「いえ、当たり前のことをしただけです」
自身の状況を理解し、即座に撤退する伊吹。
しかし、武器を失い無防備となっている彼女へと振り下ろしが襲い掛かる。
「障壁魔法”コルツォ”!」
凛と澄んだ葉月の声と共に、伊吹を守るように展開される半透明の板。
しかしそれは、魔王の攻撃を防ぐと同時に砕けた。
たった一撃しか攻撃を防げず消える障壁、やはり魔王の周囲では魔法の効果が下がっていた。
だが伊吹にとってはそれで十分であり、彼女はその隙にしっかりと退いて体勢を立て直した。
「ありがとう葉月ちゃん。――後みんなゴメン、私一度下がるね」
「了解でさぁ~」
「はい、退いて下さいイブキ様」
精鋭組に声を掛け、魔王の射程範囲から退いて行く伊吹。
そして伊吹の代わりに他の者が入ってくる。
一瞬であったが、戦闘の流れが悪い方向に行きそうになった。
しかし周りを固めるのは精鋭たち。
そう簡単に崩れることはなく、俺は心の中で安堵の息を吐く。が――
「あの、ご主人様。少々よろしくない流れかと」
「へ? 何が」
魔王の脚に木こりアタックしている俺の横にラティがやって来て、俺だけにそう囁いた。
だがラティが言うような悪い流れは無い。
一瞬伊吹がヤバかったが、それでも周りのフォローがあるのだから、多少のトラブルがあっても対処出来ると思っていた。
今も実際にそうだったのだから。だから俺は訊き返した。
「ラティ、よくないってのは?」
「あの、武器の消耗です。わたしの剣は両方とも魔剣なのでまだ大丈夫なのですが、他の方の武器はそうでないかと」
「ん? 確かに魔王は堅いけど、だからって」
「いえ、魔王の堅さもそうなのですが、WS時に発生する保護が薄くなっているのです。――この黒い靄によって」
俺はラティの言葉によって、頭の片隅に追いやっていた事を思い出す。
WSが使えない俺には関係の無い話だと思っていたが、そうでは無かった。
「ラティ、それじゃあ……もしかして」
「はい、他の方の武器も近いうちに……壊れるかと」
俺はぞっとして辺りを見回す。
そして気が付く、誰もが不完全なWSを放ち続けているのだと。
単純にWSの威力が落ちているだけではなく、WS時に発生するという保護が薄い状態。
これは間違いなく全てが破綻する。
手持ちの武器が無くなる可能性。
そして、どう見ても武器を複数持っている者などいない。
もしかすると勇者達なら、【宝箱】に予備の武器を入れているかもしれないが、他の冒険者達にはそれがない。
――やべぇ、マズイな!
まぁそりゃそうだよな……
両手持ちの武器を複数持って戦う馬鹿はいないよな、
俺はどうするべきなのかと、後方の待機組へと目を向けた。
伊吹が後方に退いたのだから、もしかすると武器の消耗の件を話しているかもしれない。そしてすぐにその対策で何かしらの指示があるのではと。
そんな期待を込めて見た先には。
「ん? 援軍が来たのか?」
後方の待機組の傍に、大人数の武装した集団がやって来ていた。
遠目でハッキリとは分からないが、中央にいる兵士たちとは違った装備に見える。
一応援軍は有り難い。だが、ただ単に増援が来たのだとしたら困る。
大人数で攻める方法はそれはそれで有効なのかもしれないが、確実に大勢の犠牲者が出る。
それどころか、碌に回避の出来ないボンクラの集団であれば、簡単に全滅するかもしれない。
下手をすると、それを助ける為に回復役のMPを大量に消費する危険性もある。
何となくだが嫌な予感がした。
一体どこの集団が来たのかとその辺りも気になる。
もしかすると、眠らせている使えない方の強面が起きた可能性がある。
嫌な予感を覚えつつ後方に意識を向けていると、先ほど聞いた甲高い金属音が再び響いた。
「うげ!? おれの大剣が」
「危ないです!!」
金属音に釣られて視線を向けた先には、先程と同じ光景が映っていた。
WSによって武器が折れ、無防備となった冒険者へと振り下ろされる攻撃を、素早く駆け付けて弾き返す下元。
ただ、先ほどのような驚異的な素早さはなく、心なしか纏っている雷炎にも陰りが見える。
もしかすると、纏っている魔法の効果が薄くなっているのかもしれない。
「た、助かりましたシモモト様」
「さぁ早く下がってください。僕が援護します」
爽やかな笑顔でそう言い放ち、やっていることがほとんど主人公な勇者下元。
その下元の指示に従い、武器を失った冒険者が退いていく。
「おう、やるなぁ下元」
「だね、あの速さはホントに凄いな」
「くそっ、僕の近くだったら、僕が助けてあげたのに……」
俺だけではなく、他の勇者たちも下元の動きには目を引かれていた。
他の勇者とは一線を画す下元。
仲間からの魔法を吸収して纏い、そしてそれを己の力に変えるという方法。
普通の補助系強化魔法とは別種の、彼だけの強化方法。
上杉と蒼月が感嘆の声を洩らすのも肯ける。
そして八十神の言葉は、ある意味ヤツらしくて肯けた。
「あの、ご主人様。やはりこのままでは……」
「ああ、これで二本目か。ラティ、伝令を頼めるか? 一度下がってガーイルさんに武器の件を伝えてくれ。このままじゃマズイ」
「はい、すぐに伝えてまいります」
流れが変わってしまった。
誰もが自身の持つ武器を疑うようになった。
WS後に、一瞥する程度だが武器の消耗を確認してから、次の行動に移るようになった。
行動に一つの動作が増えた程度。
だがそれは、僅かながらも澱みとなっていた。
精鋭組の動きに陰りが見える。
時間にして2分程度しか経過していないが、ラティからの報告が早く欲しいと焦る。
( くそ、このままじゃマズイよな……それなのにあいつ等は…… )
黒い靄を払う為に木刀を振り回しながら駆けている俺は、魔王へと攻撃する勇者に目を向けた。
下元と蒼月は手持ちの片手剣を気にした様子を見せるが、脳筋な二人は違っていた。
「フルゥゥウスイ――ングッ!」
「ヘリォオオン!!」
自分の武器に自信があるのか、それともあまり深く考えていないのか、八十神と上杉の二人は全力でWSを放ち続けていた。
増員された囮組のお陰か、攻撃に晒される回数が減っているので、より攻撃に比重をおいて動いている様子。
だが俺からの視点としては――
――お前ら脚も狙えよ!
まずは体勢を崩すのが先だろうが……
ったく、俺が言っても聞かねえだろうなこの二人は、
取り敢えず削っていけば良いと考えて動く二人。
それが間違っているとは言わないが、もう少し考えて動いて欲しいとも思ってしまう。
特に今は、木刀にて靄を払うという援護的な動きをしているので、攻撃に参加出来ないというストレスから、よりそう感じていた。
素直に従うとは思えないが、一度声を掛けようかと思ったその時に――
――パパパッパフ~~♪――
「この音は確か……」
退却の合図のラッパの音が鳴った。
――一度撤退か?
まぁそれもアリか、
どうせこのままじゃジリ貧っぽいしな
俺達は事前に決めた段取り通りに動いた。
撤退はする時は、ターゲットが一人に集中しないように、出来るだけ一斉に退くという方法。
先に何人か退くと、残った者に攻撃が集中する危険性があるので、囮役も含め全員で一斉に広がって退く。
「おし、一度引くぞ!」
「司! いったん退くぞ」
「おう、分かったぜ。了解してラジャって奴だ」
常に指示が出される野球に慣れている為なのか、上杉は素直に指示に従い退く準備を開始する。
「むう、ここで退くなんて……もう少しで押し切れるかもしれないのに」
「おい、退くぞ八十神! お前が退かないとみんな退けねぇんだよ。なんだぁ、お前が秩序を乱すのか?」
「む、そうか、それはいけないな」
ある意味でとても扱いやすい八十神。
コイツは絶対にこうやって貴族側に上手いこと使われているのだろうと、そんな確信をしつつ、俺も八十神を誘導する。
良く言うならば、真っ直ぐ。
悪く言うならば、真っ直ぐ過ぎる。
俺とは別の意味で感情的に動く男。
八十神は、自分には鎧があるから殿をやると言い、一番後ろについた。
一斉に退く方が本当は良いのだが、いちいち言っている時間も惜しいので、ヤツのやりたいようにさせて俺達は退却する。
「おら~~、退くぞおお」
「バラけて走れえ!」
「囮組を待たせんなあ」
「走れ走れええ」
精鋭組が一斉に退いていく。
そしてその精鋭組に合わせて囮組も一斉に退く。
誰もが前よりも、後ろを気にしながら走っていた。
魔王からの攻撃に備える為に、後方の上空に目を向けて走っていたのだが。
「行くなーーー下がれええええ!」
俺達が目指している方向、後方の待機組から叫び声のような声があがった。
一瞬戸惑う。
精鋭組の誰かが、退くのを止めて魔王へと向かったのかと。八十神辺りが、退くことを止めて、再び魔王へと引き返したのではないかと思ったのだが。
「行くな! 死ぬぞ教会の者!!」
俺はその言葉に弾かれるようにして前を向いた。
後ろの誰かに向けた言葉だと思っていた叫び声は、撤退している精鋭組や囮組にではなく、今から魔王へと向かおうとしている者を呼び止める言葉だった。
前を向くと、魔王へと向かって行こうとする集団がいた。
それは先ほど見た増援らしき集団。
そしてその先頭を駆けている者は。
「征くぞ聖戦士たち。我らの威光を取り戻す為。我らが魔王を討つのだ!」
「――な!? 五神樹の赤いヤツ!」
俺達を入れ違うようにして魔王へと駆けて行く集団は、ユグドラシル教会の者たちだった。
五神樹の青と黒のヤツの姿も見える。
白い法衣を纏った集団が、五神樹の赤いヤツの後に続く。
赤いヤツを先頭にして魔王へと駆けていく。
「聖女ハヅキ様! 我らの雄姿をご覧くださいッ!! そして再び我らのもと――っ!」
「馬鹿! 前を見ろっ!!」
五神樹の赤いヤツが、空から降り注ぐ黒い瀑布に呑まれた。
葉月にアピールでもしようとしたのか、赤いヤツは迂闊にも、魔王の射程に入る直前に後ろを向いたのだ。
だから反応が遅れた。
凄まじい轟音と共に、黒い振り下ろしが滝のように打ち付ける。
今、魔王の射程内にいるのは赤いヤツだけ。ヤツ独りだけだった。
五神樹の赤いヤツは、俺達が約50人で分散させていた振り下ろしによる猛攻を、たった一人で受け止めていた。
赤黒いグチャグチャになりながら。
誰もが呆然として足を止めた。
冒険者だけでなく、赤いヤツの後を追っていた教会の者たちまでも。
轟音が鳴り響き、凄まじい物量が降り注ぐ。
魔王の射程範囲外から、誰もがそれを見詰めることしか出来なかった。――ただ一人を除いて。
「――僕がいま助けるっ!」
真の勇者八十神春希だけが、五神樹の赤いヤツを助ける為に飛び込んだ。
黒い瀑布へと盾を掲げ八十神が駆けていく。
「馬鹿! 間に合うかよ」
「まだだ、僕ならセキさんを助けられるっ」
俺は咄嗟に無駄と叫んだ。
だが八十神は、自分なら助けられると俺の言葉を振り切り駆けて行った。
そして――
「絶対に僕が助けてや――っが!? え? なんで!? うあああああああ!?」
黒い轟音に、八十神の絶叫が混ざったのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字なども……