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壁を這う者

ラティは渋凛モデルでいこう!

 とても浮かれた空気。

 不謹慎だとは思う。でも正直、自分も浮かれている。

 何故ならば、勇者さまの戦いが見れるかもしれないからだ。


 戦える冒険者とは違う街の住人にとっては、この様な機会は滅多にない。

 百年に一度召喚されし、世界(イセカイ)を救う勇者さまの戦いを。


 そして今、その勇者さま達が中央の大通りを歩いているというのだ。

 街の人達は皆、避難などはせずに一目見ようと駆けて行く。

 魔王が迫っているというのに、誰も怯えていない。むしろ楽しみにしているようにも見える。


 勇者さまが居れば、”絶対に”魔王を倒してくれると信じている。

 当然、自分もそう思っている。

 だから誰もが勇者さまを崇め、そして褒め称える。

 一昔前では、『さすがは勇者さま』を略して、『さす勇』などと称えていたらしいが、時の勇者さまがそれに難色を示し、それは一気に廃れたと聞いた事がある。


 本当に誰もが勇者さまに憧れる。

 中には、勇者さまとお近づきになりたいが為に、適性の無い者までもが冒険者となり、呆気なく命を散らしていくと聞いた。


 それ以外にも、教会に入り勇者さまにお仕えしようとする者もいる。

 だから教会はそれを見越し、必死になって勇者さまを迎えいれようとしていると聞いたことがある。たぶん真実だろう。


 他にも、高級の宿屋や、質の良い物を取り扱っている店などには勇者さまが訪れる確率が高いので、利用しようとする客や、働きたいと集う者が多いとも。

 

 自分の所は安い宿屋で期待などは出来なかったが、一度だけ勇者さまが4人も来たことがあった。

 そしてその時に来た勇者を、偶然だが再び見ることが出来た。

 城へと向かう途中だったのか、聖女の勇者と呼ばれているハヅキさまを最近目撃したのだ。

 

 そのお姿は、一言で言うならば神々しい。

 普通の人とは違う雰囲気を纏い、全ての所作に惹かれるというべきか、『眼福だ』『見ているだけで幸せになる』『ウチの宿に泊まってくれたら、絶対に風呂を覗く』そう思わせる御方だった。


 頼もしいだけではない、心休まる安心感というべきか、そんな感情が支配する。

 そう思わせる勇者さま(存在)が20人もいる。

 

 だから絶対に平気だと思えた。

 何とも言えない安心感と、侵しがたい神々しさを備えた勇者さま。

 我知らず惹かれてしまう。


 ( あ…… )


 惹かれるでふと思い出す。

 約2年ほど前、自分のことを魔物から助けてくれた、一人の少女のことを。


 勇者さまのような神々しさがある訳ではないが、何故か見惚れてしまう雰囲気を持つ少女。

 心を強く惹かれてしまう淡い藍色の瞳。

 心を激しくざわつかせる輝いて見える亜麻色の髪。


 何度入浴を覗きに行こうとした事か。

 しかし何度も目を潰され、一度も拝むことが出来なかった肌。

 そして、そして、そして、そっしって――


「あの木刀野郎はどうしてっかな……」


 あの少女を思い浮かべると同時に、つい思い出してしまうあの男。

 いつも自分の前に木刀を携えて立ち塞がり、決して後ろには通さなかった奴。


 かなり美化されてはいたが、彼等のことが芝居になっていた。

 しかも人気の高い芝居となって、この中央でも公演されている。


 一度だけだが、自分も観に行った。


 目つきの悪さと卑屈さが足りない。

 少女は確かに可愛かったが、そこまで綺麗ではなかった。少なくとも高貴な印象はなかった。

 面白いには面白いのだが、そんな印象を抱く芝居だった。

 本人を知っているからそう思うのかもしれないが。


 そして再びふと思い出す、宿に泊まっていた二人の事を。

 昔というほど前ではないけれど、とても印象に残っている二人。

 そういえばもう一人、小さい子も居たなと思い出していると、視線の先に違和感を見つけた。


 城壁の外でなら見た事がある。

 だが、その城壁の中では見てはならない存在。


「や、ヤミザル!?」


 20メートルほど先の建物の上、屋根の上から下を見下ろす黒い人影がいた。

 まるで獲物を選ぶかのように、下を歩く人へと視線を向けている。頭上から奇襲などされれば、一般の人などは簡単に爪の餌食となるだろう。仮に冒険者であったとしても厳しい。


 そんな魔物が今まさに、通行人(獲物)へと向かって飛び降りた。


「ま、マズイ!? 上に魔物が――え!?」


 咄嗟に声がでた。

 間に合わないと思いつつも、逃げろと警告する為に声を張り上げたのだが、――その刹那、魔物が黒い霧へと変わった。

 人型であるヤミザルの首が落とされたのだ。


 まさに亜麻色の一閃。

 目には見えない透明な階段でも駆け上がるかのように空を翔け、魔物はそれに気付くことなく首を狩られていた。

 

「あ……あれは」


 普通ではない光景。

 だが、一度だけ見たことがある瞬間。

 

「ラティさん……」

 

 あの時もそうだった。

 狼人の少女は、速く鋭く駆けていた。

 そして今、あの時よりも数倍速く駆けていた。しかも、あの時よりも数倍ではすまないほど鮮麗に、とても可憐になっていた。


 自分の持つ【固有能力】、【遠目】がしっかりとそれを捉える。

 太すぎず細すぎない健康的な太腿を覆うスパッツ。

 その黒いスパッツを、より良く彩る赤いスカート。 

 以前見た時よりも、全てが別格であった。

 

 そして勘が告げる。

 もう少女ではないと。


 そんな嫌な予感がかすめた時、少女を追うように黒いヤツがやってきた。

 前よりも凶悪に見える双眸。

 前の情けない革の鎧とは違う、頼もしくも禍々しく見える漆黒の装備。

 

「ジンナイ!!!」


 思わず叫んでしまう。

 だが彼等は、こちらを一瞥もすることなく駆けていく。


 懐かしいヤツと憧れの少女が、まるで芝居の一場面のように駆けて行った。




  ――――――――――――――――――――――――


「ん?」


 一瞬、呼ばれた気がした。

 何となく懐かしい声だった。だから逆に気のせいだと断定した。

 俺の名前を呼ぶ奴なんて滅多にいない。懐かしい声などが聞こえるはずがない。

 

 ( 今は時間が惜しいっ )


 もしかすると、気のせいではなかったのかもしれないが、今は止まっている場合ではない。魔物が思ったよりも侵入していたのだ。

 

「ラティ! この先か?」

「はい、あと一匹います」


 ラティが魔物の位置を探り、届く位置であればそのまま魔物を狩っていた。

 そしてもし、建物の屋根の上などの高い場所などの、【天翔】で行くにも少し面倒な位置にいる相手には――


「上にいるのだったらボクがやりますよ」

「……ああ、任した」


 俺とラティの会話に割り込んで来たのは、俺を追ってきた勇者霧島。

 王女の護衛をしろと言ったのに、この後輩は俺の方にやって来たのだ。

 護衛には、八十神だけではなく橘もいるから平気だと言い、俺達の手伝いをしたいと、とても真剣な表情で言ってきた。


 ただ、ラティからのハンドサインでは、『嘘を吐いている』だった。

 俺は霧島の真意を察する。

 コイツは芝居のネタ探しだろうと。


 出来ることなら今すぐ殴ってやりたい。

 だが今はそんな暇は無い。

 だから仕方なしについて来ることを許した。


「居ましたっ、あの壁に」

「はい、いきます両手鎌WS(ウエポンスキル)”サイズナブラ”!」


 死神が持つような両手鎌を振り上げる霧島。

 その振り上げた鎌に応じるかのように、魔物の周辺の何もなかった空間に3本の刃先が出現し、孤を描くようにして3本の刃が収束した。

 

 3本の刃に切り裂かれ、壁に張り付いていた異形の魔物が、黒い霧となって霧散した。


 ここに来るまで何回も見た光景だったのだが。


「何だ今の魔物は? 初めて見るタイプだったけど……」

「あの、わたしも初めて見る形でした」


 霧散していく黒い霧を見つめながら、俺とラティは感想をそう口にした。

 

 咄嗟だったのでしっかりと観察した訳ではないが、昆虫のような魔物だった。

 ムカデのような胴体に、カマキリの上半身が生えているような形。


 体長は1.5メートル程で全体的に灰色、ポツリポツリと黒い斑点のようなモノがあり、ふと浮かんだ印象は迷彩模様。


 こんな魔物は、今まで一度も見たことがない。

 言うならば、昆虫タイプの魔物。

 芋虫のような魔物は見たことがあるが、外骨格を持った昆虫型は見たことが無かった。


 『一体今の魔物は?』と、そんな疑問を持っていると。


「今の魔物って確か、北のダンジョン地底大都市(オーバーバックヤード)にいる魔物でしたね」

「へ? 北の?」


「はい、壁とかに張り付いて待ち伏せしているヤツで、【索敵】とかが無いと結構厄介な魔物ですよ。あ、天井にも張り付いているヤツも居たかな?」

「ちげぇよ! そこじゃない。今なんつった? 北のって聞こえたけど」


 頭の奥で不安が鎌首をもたげる。

 嫌な予感がすると、心のどこかで不安が滲み出る。

 口にすると、それが現実になるのではと、そんな不安が這い上がってくる。


「え? はい、北の地底大都市(オーバーバックヤード)にいる魔物です」

「マジか……まさかあの時の地震は……もしかして……」


――いやっ、待て待て待て、

 あり得ないだろっ!? だって……

 ああ~~くそっ、まさか……



 心の中で必死に否定する。

 だが、否定し切れる根拠がない。

 何故なら、一度それがおきたのだから。


 ダンジョンの最奥にある、精神が宿った魔石が破壊されるという事が。

 


「あの、ご主人様……」

「……ああ。――いや、今は魔王戦に集中しよう。ラティ、この件は後で話す」


「はい、ご主人様」

「む~? どうしたんですか陣内先輩? なんか様子が変ですが」

「いや、何でもない。取り敢えず一度東門に行くか、伝えておきたい事が出来た」


 ラティにはすぐに気付かれた。

 【心感】だけではなく、尻尾を通して繋がっている絆のようなモノがある。

 だから俺の動揺などは、ラティには筒抜けである。


 そして隠すべき事ではないので、後でしっかりと話すと伝えた。

 ラティの方も俺の感情を察し、それ以上何も訊いて来なかったのだが――


「――ッ!?」

「ラティ?」

「え? どうしました?」


 突然ラティがある方向へと視線を向けた。

 人というより動物的、もっと突っ込んだ言い方をするならば、野生の獣のような所作(動き)を見せた。

 

 ラティがこういった動きを見せる時は――


「ラティ、ヤバい何かが居るのか?」

「あの、何かが居る(・・)というのではなく、良くないモノがあるというべきなのか……よく分からないのですが、何か(・・)があります」


 ラティの示す視線の先は、先ほど魔王(ユグトレント)から放たれた黒い塊が飛んで行った方向。

 何かがあるかもしれないと、十分にそう思えた。


「よし、東門は後回しだ。其処に行くぞ」

「はい、ご主人様」

「ふ~~ん、何か言葉だけじゃない……そんなやりとりかぁ。どうやって演出したらいいかなぁ。これはシェイクさんに要相談だな」


 霧島の方から、なにやら不穏な発言が聞こえたが、今はラティが示す先へ向かう事を先決とした。

 

 そしてこの魔王戦が終わったら、俺は霧島に厳しい制裁を与える事を決めたのだった。


読んで頂きありがとう御座います。

宜しければ、感想やご指摘、ご助言など頂けましたら幸いです。


あと、誤字脱字なども……

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