主人公
12連勤のダメージががが……
知っている奴だけど、知らない人が居た。
奴はどちらかというとヘタレ。
でも彼女持ちで、性格は凄く良い奴。
だがこの異世界での奴は、自分の彼女に振り回されて微妙な奴という印象だった。
確かに最後別れた時に、奴は奴なりのケジメを付けて、多少はマシに見えたのだが――
「下元だよな……?」
「うん? そうだけどどうしたのかな陣内サン? なんか不思議そうな目で僕を見ているけど」
俺の目の前には、マシになったどころか”主人公”が立っていた。
下元は元から見た目は良かった。
どこぞの『ジャ』の付きそうな事務所にでも所属して、ローラースケートを履いて歌を歌っていそうな容姿。もしくは水球のような競技でもしていた感じ。
椎名のような洗練された爽やかさとは違う、南国系のお日様のような爽やかさ。前よりも少し日焼けした肌が、その印象をより強くしている。
そして比喩ではなく、本当に目に見えるオーラのようなモノ。
ゆらゆらと揺れながら立ち昇る炎のようなオーラ。髪の毛が金色になって逆立っていても不思議ではない。
やはりどう見ても”主人公”。
お姫さまの危機にも、颯爽と現れて救っている。
「……なんか印象が変わったな下元」
「え、そうかな? でも確かに変わったかも? かな。陣内サンにそう言って貰えると何か嬉しいな」
照れ臭そうにはにかむ下元。
その仕草もまるで、王道漫画の主人公のようだ。
「お、おいアレってまさか【雷炎の勇者】じゃないか?」
「最近東側で有名な【雷炎】!?」
「ああ! 聞いた事があるぞ! 確か、【希望を纏う者】とも呼ばれているよな」
「それって【紅紫の勇者】じゃなかったか?」
「ばっか、それは昔のだよ。今は雷炎だっての。東の防衛戦で魔物を纏めて雷炎で薙ぎ払ったとか」
ある一人の発言に対し、連鎖的な広がりを見せる野次馬たち。
その反応から察するに、どうやら下元は、東側でそれなりに有名になっている様子。
――ああ、そっか、
確か東側の防衛戦で鍛えるとかどうとか言ってたな、
ってまさか、アレから防衛戦にずっと参加してたってのか?
それに……
「なあ下元、そのオーラみたいなのは……」
「あ、これですか? これはみんなの魔法ですね。僕としてはみんなの想いみたいなモノだと思っていますが」
「想い? 魔法?」
「はい。僕の【固有能力】、【心響】と【魔眼】【魔錬】を複合的に使用した技っていうのでしょうか。敵意の無い攻撃魔法を吸収? というか、掌握? とも言うべきか。大体そんな感じのモノです」
言っていることはサッパリだが、伝えたい内容は何となく解った。
要は味方からの魔法を取り込むという事だろう。だが、それはまるで――
――ガチで主人公みてぇじゃねえかああああ!!
アレか? アレなのか? 魔法を己の力にする的なアレか?
それで雷炎とか纏う者だってか? クソチート野郎じゃねえかよっ!
改めて下元を観察する。
身体から立ち昇る紫紺のオーラ、装備品などはそこまで良い物には見えないが、オーラを纏っている片手剣からは、いかにも魔法剣などを放てそうな雰囲気を醸し出しており、なんたらストラッシュとかでも放てそうである。
「なぁ下元、魔法を飛ばすような斬撃とか出来るか?」
「え? よく分かったね、WSに魔法を乗せることが出来るよ。ただ、連発すると魔法が消えちゃうけどね」
――いやいや、やっぱりそうなのかよっ!
前から過剰な程に強化魔法とか加藤から受けていたけど、
それが個人から集団に変わったってのか!?
以前とは違う顔つき。
良い意味で、人からの信頼を背負っているといった顔をしている。
間違いなく勇者下元拓也は、しっかりとした成長を見せていた。
「それよりも陣内サン、北側から魔物がかなり入り込んでいるみたいなんだ」
「は? 北? 東側の方じゃなくて?」
「え? 東からも侵入しているの?」
状況は予想よりも酷い様子だった。
魔物は東側だけでなく、北側からも侵入しているというのだ。自分では、最小限に抑えていると思っていたのだが、どうやらその判断は甘かったらしい。
「お、おい。一体どういうことだ? 北側から魔物だと? 一体兵士どもは何をしておるんだ、全く使えんヤツ等だ」
言葉の後ろに隠れていた男が、いまだに言葉の陰に隠れたままで吠えていた。
人の顔のことを、俺がどうこう言えるほど立派な面構えをしている訳ではないが、陰に隠れて吠えている男は卑屈な鼠顔をしていた。
何となく癇に障る顔。
言葉の袖にしがみ付く様にしており、袖を掴まれている言葉は、明らかに嫌そうにしていた。
何となく少々僅かばかり若干些かちょびっとだけイラっとした俺は、手で切るようにして、その男の手を言葉の袖から離させた。
そして言葉から遮るようにして、その鼠顔の男の前に立つ。
「な、なんだ貴様は!?」
「アンタこそ誰だよ」
俺の行動に怒りと敵意を見せる鼠顔の男。
だが次の瞬間、俺の右腕辺りを見て、殺気にも似た敵意へと変わった。
当然、俺はその視線に気付き、自分の右手辺りに視線を向けるとそこには、ちょこんと俺の右袖を摘まむ白く細い指が見えた。
( へ? )
袖を摘ままれている事に驚き、俺は肩越しに右側を確認した。
するとそこには、俯きながらも俺の右袖を摘まむ言葉が居た。
俯いていて表情までは窺えないが、その仕草と雰囲気は、とても保護欲をかきたてるモノがあった。
「えっと、あの……コトノハさん?」
「――ッ」
俺の問いかけに対し、僅かだが強張りを見せる言葉。
自分の同級生が、自分の知り合いが、自分の――が、知らない鼠顔の男に袖を掴まれており、何となくイラっとしたから助けただけ。
この感情は誰だってきっと湧くモノ。だから普通な事。
それなのに、何と表現したら良いのか分からない状況になっていた。
僅かな停滞の後、目の前に居た鼠顔の男が動きを見せた。
「き、貴様! なんだお前――ッひぃ!!!?]
激昂して俺に掴み掛かって来ようとした鼠男。
だがそんなモノは許す訳もなく、俺は視線にて射貫くようにして牽制をした。
気圧され、俺から半歩ほど距離を取る鼠顔の男。
俺はそのままその男を視界に入れていると、突然袖の辺りをスッと遮られる。
何かが俺の背後を取った。
俺の後ろには言葉が居たはずなのに、何かが――
「あっ」
喩えるならば、玄関を開けたら狼が居た。
そんな感想。
「ご主人様。ガレオス様の指示により、お手伝いに参りました。侵入した魔物を探すには【索敵】が必要だろうとのことで」
「……ハイ、ソウデスネ」
淡々と用件を伝えてくるラティ。
その顔には、久々に完全なる無表情を貼り付けている。
それに対し俺は、決して動揺することなく、揺るがない冷静さをもって返答すると。ラティにしては珍しく、俺の手を取って引いた。
「さあ急ぎましょうご主人様。魔物が住人を襲う前に」
「あ、ああ。いやちょっと待ったっ」
確かに今は急ぐことも大事だ。
だがその前に――
「八十神、霧島! 魔物が侵入してんだから、王女さまを城まで送れよ。どこに魔物が潜んでいるか分からねぇんだからな。――あと葉月と言葉は東門まで行ってくれ、負傷者がいるかもだ」
「え? あ、はい。でも陽一君は?」
「俺はラティと一緒に侵入した魔物を探すっ」
俺の言葉にしっかりと反応する葉月。
言葉の方は動揺でもしているのか、イマイチ反応が鈍い。だが何とか立て直したのか、短く『はい……』と返事をしてくれた。
「じゃあ僕は北側の方をもう一度見回ってくるね陣内サン」
「ああ、そっちは任せた下元。その後は東門の方に来てくれて、魔王を倒さないとだ」
「分かったよ」
下元とも短いやりとりを交わした後。鼠顔の男と、勇者八十神が何か言っていたが、俺はそれを無視して駆け出そうとした。
しかしその時、八十神たちの罵声の中に、全く別の声音が聞こえた。
本当に小さく、『あっ』っという言葉。
無視しても良かったのだが、何となくその”声”が気になり、俺はその声の元を探るようにして視線を巡らせると、一人の少女が目に止まった。
( 王女様? )
何かを言いたげな、だけど躊躇っている。
そんな逡巡を繰り返している表情。
そして王女様は俺の視線に気付き、一度大きく目を開いた後、今度は瞳が戸惑うように揺れ始めた。
何処を見たら良いのか、迷うように揺れる瞳。
しかし、ある一点を見つめると、そこから動かなくなった。
その見つめた先とは、俺の鎖骨辺り。
より正確に言うならば、左の襟に留めてある髪留め。
王女アイリスは、その髪留めを見つめると優しく目を細めた。
嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を細める。
王女の意図は分からないが、俺はそれを好意的にとらえ、『有り難く使わせて貰っています』という意味を込めて、トントンと髪留めに触れた。
俺のその仕草に、可憐な花が淡く咲きほころぶような笑みを見せる王女様。
そして視界の端には、『そっかぁ、ふ~ん』といった表情を見せる葉月。
その後俺は。
先ほどよりも強く引くラティによって、その場を離れ魔物を探しに向かった。
そして何故か、王女の護衛を任したはずの勇者霧島が、俺達のことを追って来たのだった。
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