病院とかである、院長行列?
サリオをアーチェにしよう(提案
その男は、自分の時代が来たと疑っていなかった。
宰相という地位は、本来であれば面倒な立場。
権威はあるが権力はなく、どの派閥にも属してはならない。
何処かに強く肩入れしていれば、最初の頃はともかく、後々それで咎められたり弾劾される要因となってしまう。
だから、本当に中立でないといけない。
それを長期間こなすなど正気の沙汰ではない。
平和な時をただ、縛られながら過ごさねばならないのだから。
だが一応、旨みもあった。
それは勇者と強く関わることが出来る立場だという事。
何もない期間は退屈であるが、勇者召喚の時期だけならば就きたい地位。
しかしその前に、20年近くその職務をこなさなければならない。
並大抵のことでは務まらない。
だが、それが転がり込んで来た。
最高に美味しい時に、宰相が転がり込んで来たのだ。
男にとっては、どうしても浮かれてしまうモノだった。
苦労しなくてならない時期がなく、美味しい時だけを得られるのだから。
しかも現在の立ち回り次第では、もっと美味しくなる。
故郷である東側は失敗したが、自分は成功させるつもりだった。
上手くいけば勇者を得られるかもしれない。――しかも特上の勇者を。
教会が逃した聖女。
東が逃した女神。
可能性はゼロではない。
仮に無理だったとしても、この二人と懇意になるだけでも良い。そして保険として、真の勇者の二人とも懇意になれれば良い。
もう一人の勇者には、これからの事を劇にして貰うのでも良いと考えていた。
男は大通りを歩きながら、心の中で昏くほくそ笑む。
最初は勇者たちが、男の意図したモノとは違う配置になっていたが、男はもう一度指示をし直して自分の望む配置に戻した。
さすがに勇者を全員自分の元に揃えると拙かった。
戦うつもりがあるのかと指摘される可能性があったから。だから自分にとって必要な勇者だけで周りを固めた。
そして男の狙い通り、この街に住む者たちが注目していた。
その男が先頭を務める行進に。
王女アイリスを護るように歩く勇者ヤソガミと勇者キリシマ。
その後方には勇者タチバナ。
そして男の両側には、聖女と女神。
男は絶頂であった。
羨望の眼差や敬意のこもった視線。誰もがこの行進を見つめていた。
城から南へと伸びる広い大通りを、男は意気揚々と歩く。
男が歩くその大通りは、ある二つの目的の為に作られたと伝えられていた。
ただ単に城への道として作られたのではなく、勇者を歓迎するパレード用として、そしてもう一つの目的の為に作られていた。
当然、宰相を務めるその男はその事を知っている。
だがその男は、その大通りを自分の為に利用していた。
勇者の為に存在する道を、己の威光を誇示する為に。
それを行ってしまう衝動ともいえる理由は、前宰相への劣等感だった。
本人に自覚はないが、それが理由だった。
国を回していたギームルへの劣等感。
だからその男は、権威を見せつけるかのように、”連れ回した”。
危険など顧みず口八丁綺麗事を並べ、王女アイリスをこの緊急事態の場へと連れ出していたのだ。
王女は宰相である男に、『兵士たちを鼓舞して頂きたい』と、そう乞われた。
そしてそれを断り切れず了承してしまい、その護衛という名目で、本来前線に立つべきはずの勇者達が、その”連れ回し”に加えられてしまっていた。
先ほどの激しい振動や、魔王が近づいているという状況なのだから、安全の為に引き返すべきであった。
王女自身もそれは解っていたのだが、ある目的の為に引き返すのを止めていた。
兵士たちを鼓舞するということは、兵士たちの居る場所へ行くという事。
もしかするとその場に居るかもしれないと考えていた。
現在、この中央に訪れていると聞いている。
しかも最近、登城していたとも聞いた。
彼は勇者として城に訪れたのではなく、冒険者としてやって来たと聞いた。
だから勇者様の歓迎の意味を込めた、昼の昼食会では彼に会えなかった。
王女は会って伝えたかった。
謝りたかった。
お礼を言いたかった。
謝罪をし尽くしたかった。
感謝の気持ちを伝えたかった。
助けてくれてありがとうと伝えたかった。
私を助ける為に追われてしまってごめんなさいと伝えたかった。
女性勇者様たちを救ってくれてありがとうと言いたかった。
祖父は元気ですかと訊ねたかった。
まだ髪留めは持っていますかと訊いてみたい
――伝えたかった。
だからこそ、多少の危険は顧みず、王女は向かった。
兵士と冒険者たちがいるであろう場所へと。
彼が居るであろう場所へ。
――――――――――――――――――――――――
俺は全力で街中を駆けていた。
入り込んだ魔物を2匹ほど仕留めたが、倒したのは二匹とも狼型だった。ガーイル将軍の話によれば、ヤミザルも侵入していたと言っていた。
焦り、心の中で愚痴る、判断を誤ったかもしれないと。
魔王が黒いプラズマ火球みたいなモノを放った時、城壁の上を走って向かうべきだったかもしれないと。
城壁の上を走るのならば、ほぼ真っ直ぐ向かえたのだから。
だがしかし、現場に着いても下に降りれないのでは意味がない。
ラティや伊吹のように、【天翔】や【天駆】があるのならば、高さ15メートル近くある城壁から飛び降りても平気だが、俺にはそれが無いので、一度階段で下に降りてから向かったのだが――
――くそ、時間が掛かり過ぎたか、
でも、あの高さから下に飛び降りたら怪我するよな、
普通に高すぎだよな、痛いっての……
心の中で言い訳をしつつ、俺は魔物を探しながら駆けた。
索敵系などの【固有能力】は持っていないが、魔物が暴れているのならば、悲鳴か驚きの声が上がるはず。だから俺は、騒がしい方へと駆けて行った。
そしてこの緊急時だというのに、物凄い人だかりが見えた。
間違いなく何かある、きっと魔物がいるだろうと判断し、俺はその人だかりの方へと駆ける。
辿り着いた場所は見覚えのある大通り。
何かあったのではと思うほどの人でごった返していた。
だが、魔物が居るにしては少々おかしい雰囲気。
まるで何かを見に集まっているような、そんな雰囲気。
「何が一体……?」
何処からこれほどの人が? と思える程の人垣。
好意的な声の様子から、誰かに向けて声援を送っているようだった。
誰もが表情を輝かせているが、俺の中では不謹慎だと感じた。
少なくとも現在、兵士や冒険者達は命を張っている。
城壁の内側の事とはいえ、さすがにこれは苛立つ。しかも先程、その城壁に穴が開いたというのに。
そう憤っていると――
「きゃー! ハヅキさまああ!!」
「コトノハさまぁあああ」
( は? なんであの二人の名前が…… )
「王女さま! 王女アイリスさまああ」
「王女さまああああ」
「あああ、アイリスさま……」
「なに? 王女!?」
俺は人垣を強引に割って大通りへと飛び出した。
この非常時、何の意図があって城から出て来たのか知らないが、今は魔物が入り込んでいる状況。
『馬鹿かよ』という思いで、思わず飛び出してしまった。
歓声が止まる。
それどころか全てが止まっていた。
そして咄嗟に気付く、この構図はマズすぎると。
徒歩にて、数人での行進をしていた王女たち。
それを突然、遮るようにして現れた武装した黒い男。
漆黒の面当てなどは、なかなかの威圧感があることは自覚している。
当然、身構える王女側。
先頭に立っていた男などは、自身の横に居た、胸の大きな女性の後ろに隠れるほどの警戒を見せる。
そして全員と目が合う。
「陽一君!?」
「陽一さん!」
「陣内……」
「あれ? 陣内先輩」
「由香……? 今、アイツを下の名前の方で……」
三者三様の反応を見せる勇者達。
そして――
「~~~~~~ッ!?」
元から大きな瞳を、更に大きく見開く王女。
洒落た言い方をするならば、サファイア色の瞳が俺を捉えていた。
そんな誰もが戸惑うような空気の中、王女が口を開こうとしたその時。
「きゃああああああ!!」
「うっわああああ! なんで魔物が!?」
「こっちキタああ!」
「きゃあ!」
再び人垣が大きく割れた。
そして割れた人垣から、二匹の狼型の魔物が姿を現した。
俺から見て右側、王女側から見て左側から魔物が駆けて来た。
勇者たちが全員身構える。
八十神と霧島が前へと駆け出す。
橘などは、ボウガンの照準を狼型へと合わす。
そして俺は――
「くそっ! 屋根上かよ!」
俺の位置からだからこそ気付いた。
俺から見て王女たちの右の後方、建物の上にヤミザルが3匹も居たのだ。
八十神たちは完全に目の前の狼型に気を取られている。
自分たちの左後方に、魔物が居るなどは微塵も考えていない。
ラティが居ればもっと早く気付けた。
【索敵】持ちが居ればこんな事にはならなかった。
ヤミザルが一斉に屋根から飛び降り、無防備の王女へと襲い掛かる。
俺も駆け出すが、飛び出してきた八十神が進路を妨害する。
もう槍を投げるしかない。
3匹まとめて倒すのは不可能だが、数を減らす事は出来る。
俺は狙いを定め、握った槍を投げようとしたのだが――紫電が一閃した。
炎のような雷と言うべきか、雷のような炎と言うべきなのか、淡い紫紺がヤミザル達を貫いたのだ。
俺の全力、加速魔法を掛けて貰った状態で、更に【加速】を使用した時よりも迅い一撃。
ヤミザルを貫き、王女アイリスを守った淡い紫紺は、なんと人だった。
勢いのついていたそれは、三角飛びの要領で壁を蹴って俺たちの前に舞い降り、額の汗を拭い大きく息を吐く。
「ふうぅ、間に合ってよかったです」
「お、お前は……」
「遅くなってすいません。少し遠くにいたんで」
その男は、以前見た時とは別人のようだった。
穏やかな雰囲気を纏っているのに、その瞳には自信が満ちており、身体からは比喩などではなく、本当に炎のようなオーラが揺らめいていた。
「し、下元か?」
「はい! 下元拓也遅ればせながら到着しました」
目の前には、お日様のような笑みを浮かべた、勇者下元拓也が立っていた。
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