あれはあの時の……
一瞬の出来事だった。
気持ちを腐らせ歩いていた。
この一大事に何も出来ず、それでもと思い東側をうろついていた。
すると突然、黒く禍々しいモノが城壁を突き破り、自分の少し横にあった建物を破壊しながら飛んで行った。
それはまるで、積み木でも蹴散らかすかのように。
もし自分があと少し横にいれば、自分は紙くずのように、もしかするともっと酷いモノになっていたかもしれない。
九死に一生を得た。
と、思ったのだが――
「な!? 魔物どもが……」
たった今開いた穴から、魔物たちが城下町へと侵入して来ていた。
足の速い狼型や、動きが身軽なヤミザルなどが何匹も入り込んで来る。
単純な脅威度だけで言えば、他の魔物よりかはマシかもしれないが、それは戦う事が出来る者からの視点。
女子供であれば、いとも容易く命を奪われてしまう。
それが何匹も侵入していた。――いや、侵入し続けようとしている。
「くそ、自分は捨てられたというのに……」
そう、自分は排除されていた。
今まで尽くしていた中央から。
――油断していた。
――舐めていた。
――あの男に忠告されていたのに。
あの男が職を辞する時、下の者に気をつけろと言われていた。
だが俺はそれを鼻で笑っていた、軽視していた、去り行く者の戯言とした。
あの男が下らない事を言うはずがないのに、自分はそれを素直に聞き入れたく無かったのかもしれない。
自分があの様な奴に降ろされる訳ない。
無能だけでなく志もない、それどころか野心すらも薄い。
自分との比較対象としてしか役に立たないような奴だと思っていたのに、無能は、新たに就任した宰相を頼り、あろうことか自分を排除した。
そして奴が将軍となり、自分は中央から放逐された。
だからもう尽くす必要などはない。
能力以外のモノで選び、尽くしていた自分を捨てた中央などに。
今までを否定するような城には――
「――ッがあああ!! くそがっ、そんなモノが関係あるか! 自分には守る力があるのだ。ここで逃げようモノなら、自分は無能なあ奴にも劣るわい」
自分は軍務に就いていた者だ。戦うことが出来る。
立場などは関係ない。
行動が報われる報われないなどではない。
男として、人として、もしここで逃げようモノなら、今まで自分が背負ってきたモノ全てを、自分が否定することとなる。
だから――
「この魔物どもがっ! これ以上、一匹たりとも通すものか!」
――護るっ!
腰に下げた護身用の片手剣を握り、自分がもっとも得意としているWSを放つ。
「サークルブレ!!」
剣より放たれし力を帯びた閃光が、前方を扇状に薙ぎ払う。
人型の魔物と、トカゲ型の魔物がその光に裂かれ、黒い霧へと姿を変えて散ってゆく。
WS後の、短くはない硬直、それを狙い澄ましたかのように、人型の魔物ヤミザルが飛び掛かってくる。
「ぬんっ!」
ヤミザルの爪が喉元に届く刹那、下から上へと斬り払う斬撃により、ギリギリのところでヤミザルを黒い霧へと変えた。が――
「っな!?」
魔物を黒い霧へと変え、そしてその霧が晴れた先には、ヤミザルとは比較にならない巨体、ヤミザルとは次元の違う強度を誇るイワオトコが立っていた。
しかも、以前視察で見たことがある個体よりも二回りは大きい。
「まさか魔石魔物級……」
魔石魔物級のイワオトコ。
本来であれば、熟練冒険者であったとしても、複数で挑むべき相手。
もしそれが叶わぬのなら、背を向けてでも逃げなければならない相手なのだが。
「ちぃ」
逃げる訳にはいかない。
この様な魔物を街の中に放てば、即座に街が蹂躙される。
想像したくない被害が現実のモノとなる。
城壁に開けられた穴から、ズシリズシリと歩み寄るイワオトコ。
自分の胴体よりも太い腕を振り上げ、等しく死を撒き散らそうとしている。
「くそぉおお! 片手剣WS”ヘリオン”!」
高速の十文字斬りをヤツの胴体へと叩き込む。
浅く刻まれる十字の溝。
僅かにも揺らがぬ巨体。
相手が悪かった。自分の片手剣が悪かった。せめて大剣であれば少しは違ったかもしれない。そして不用意にイワオトコの間合いに入ってしまった。
ただの片手剣で挑んで良い相手ではない。
はやる気持ちが判断を鈍らせた。
安易に懐へと飛び込み、迂闊にもWSを放ってしまった。
死へと繋がるWS後の硬直。
すでに避けれるタイミングは逃した。
剣を上にかかげ、防ごうとすることは出来るかもしれない。
あの剛腕に耐え切れればだが。
振り下ろされる圧倒的な死。
自分どころか大地までも深く抉るであろう一撃が――横から消し飛んだ。
「は!? 何が起きた……?」
振り下ろされたイワオトコの右腕が、横からやってきた黒い暴風に吹き飛ばされた。
そしてその黒い暴風は、切り返すようにしてイワオトコの脇腹を穿ち、魔石魔物級であったイワオトコを黒い霧へと変えて霧散させた。
「な、何が……」
自分に出来たことは、絞り出すようにして吐いた疑問と、目の前に現れた、黒く禍々しい暴風を見つめることだけ。
物々しい槍を小枝のように振るい、WSを一切放たずに、押し寄せる魔物を蹴散らし黒い霧へと変えていく。
「何だこれは……」
その黒い暴風は、城壁に開けられた穴より侵入してくる魔物を、たった一人だけで屠り続けている。
雪崩込もうとしている魔物を、独りだけで塞き止めている。
漆黒の面当ての奥に、どこかで見たことがある目が光っている。
昔、何処かで見たことがある、少々不愉快に感じる瞳。
( あ、あれは…… )
記憶にあるその瞳の持ち主は、自分と同じで、中央から排除された者だった。
勇者召喚で召喚されたにもかかわらず、ほとんど【固有能力】を持たず、それどころかステータス自体がおかしかった者。
気の毒とは思ったが、使えぬとの事で城から放逐された者。
そして何故かその後。
あの者を護る為に、あの宰相ギームルが職を辞したと聞いた不思議な存在。
「ああ……そうか。これがあの噂の――孤高の最前線か」
唐突にふと思い出す、前に上がってきた報告書の事を。
東にある小さな村を、たった一人の冒険者が魔物の群れから守ったという話。
少々気にはなったが、下らないデマだと一蹴した。
どう考えてもおかしい。
魔物からなら分かるが、魔物の群れからなどあり得ない。
仮に勇者様だったとしても、絶対にSPが足りなくなる。村ごと消し飛ばすような広範囲魔法なら可能かもしれないが、それでは守ったとは言わない。
だから、あり得ないと思っていたのに――
「あの報告書は……事実だったのか」
魔物を狩り続ける黒い暴風。
薙ぐ突くといった動作だけで魔物たちを圧倒し、一匹たりとも後ろには漏らさず、今も一人だけで戦線を維持している。
蹂躙することを使命としているような魔物が、一方的に蹂躙されている光景。
これならば何とかなると、そう淡い期待を持ったが。
「何だと!? 何故ハリゼオイまでっ」
最悪の魔物が姿を現した。
単純な脅威度だけでいえば、先程のイワオトコとは比較にならない魔物。
熟練の冒険者が複数では足りない、一桁増やす必要がある。討伐するならば、少なくない犠牲を覚悟する必要があると言われている上位の魔物。
本来死角となる背には、剣山のように刃が生えており、魔法どころか放出系WSまでも弾き、正面からの戦闘を強要される難敵。
そしてその正面も、鉄の鎧すらも切り裂くと言われる爪に晒される。
絶対に一人で対峙してはならない相手なのだが――
「ファランクス!!」
「っな……?」
一瞬だった。
黒い暴風は槍で爪を弾き、退くのではなく間合いを詰め、両の拳をハリゼオイに叩き込んだ。そしてその直後、まるで羽ばたくかのように出現した魔法陣。
上位の魔物であるはずのハリゼオイが、その魔法陣によって内部から爆ぜるように引き裂かれ、一瞬にして黒い霧へと姿を変えた。
デタラメ過ぎる。
それは先程の黒く禍々しいモノと変わらない恐ろしさ。
あのハリゼオイを単独で倒すなど、自分の常識ではあり得ない。
まさに得体の知れぬ怖さ。
だが――
期待をしてしまうモノがあった。
どこか魅せるモノがあった、この者ならばと。
そんな想いを抱いてしまう。
そして唐突に理解してしまう。
「ああ、だからか。だからギームルは……」
――この男を守ったのだな。
――――――――――――――――――――――――
調子に乗り過ぎた。
フォローもないのに、単独でハリゼオイに挑むなど危険過ぎた。
いくら何でも、昔装備していた腐った革の鎧から黒鱗装束に替えたとはいえ、当たり所が悪ければ普通に死ぬ。
それなのに勢いに乗って、ド正面から突っ込んでしまった。
決して油断してはならない相手なのに。
だが――
「まぁ倒せたから良しとするか」
俺は軽く反省をした後、取り敢えず良しとした。
そしてハリゼオイを倒し終えると魔物の侵入が途切れており、ひとまず一息つく。
一応油断はせずに、空いた穴を監視していると、後ろから話し掛けられた。
「お、お前は、あの時の者だよな? 【鑑定】でもそう出ているし」
「え? えっと貴方は……誰でしょうか?」
突然話し掛けてきた男。
黒髪で巌のような強面に、引き締まった雰囲気と体躯。元の世界でいうならば、軍人か任侠の人。
見た目はかなり怖いが、この穴から侵入しようとしていた魔物を倒していたのだから、きっと良い人。
少なくとも、悪いヤツではないと感じた。
そうでなければ、間違いなく逃げ出しているはずだ。
あのサイズのイワオトコを相手に、逃げ出さず戦っていたのだから。この人は街を守る為に奮闘していたに違いない。
俺がそう判断しているとそこに――
「お? もう終わったんですかいダンナ。レプソルに言われて来たけど、やっぱ平気だったみたいだな――って、ガーイル将軍?」
「貴様はガレオス。そうか、お前は冒険者だったな」
「へ? ガレオスさん知り合いですか?」
「あ~~知り合いってか、ちょっと昔……前に地下迷宮の案内をしたことがあるんでさ」
数人の仲間とやってきたガレオスさんは、巌のような強面の人と知り合いらしく、当時のことを語ってくれた。
勇者召喚が行われるよりも前、地下迷宮の視察をしたいと言うガーイルを、冒険者であるガレオスさんが案内したことがあるらしい。
そしてその時に色々とあったそうで、お互いに覚えていたのだという。
だが、そんな話よりも気になったのは。
「将軍って、兵士さんとかの上司? ですか?」
「ああ、元だがな……いや、今はそれよりも魔物を追わねば」
「へ? 魔物ならいま倒して」
「違う、すでに何匹か入り込んでいるのだ」
「そりゃマズいなぁ。――ダンナ、オレ達がここを見ているんで、入り込んだ魔物を追って下さい。ラティ嬢ちゃんも向かわせるんで」
「え? 俺が? 【索敵】あるからガレオスさんの方が」
「いやねぇ、オレはちょっとガーイル将軍に野暮用があるから。それに市街地ではWSが使い辛いですから、頼みますよダンナ」
「ああ、そういう事なら了解した。じゃあ行ってくる」
こうして俺は、穿たれた城壁から入り込んだ魔物を追うのだった。
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