ここじゃない
なんと魔王が目には見えないナニかを放ち、そのナニかから勇者達を庇った為に、指揮官であるバウマンは倒れてしまった。
そしてそのバウマンの意思を継いで、守られた勇者上杉が指揮を執る。
そんな感動の物語が紡がれていた。
事実は全く違うのだが。
「まずは撤退だ。出来るだけ被害を出さずに退くぞ」
「待った! 退くとマズいんじゃ? 魔物が迫って来ることになるんだし」
「ジンナイ、オレ達が立っているモノは何だ? 今こそ利用すべきモノだろうが」
「俺達が立っているって……っあ!」
「立派な城壁があるんだ、これを利用しない手はないだろう。それに大体、倒し切れる見込みもないのに打って出る必要ないだろ」
レプソルさんは作戦を簡単に説明してくれた。
それはシンプルな作戦で、要は退いて籠城するだった。
現在、魔王は動きを見せていない。
そして魔物の方は、何か意図があるのか、それとも単純に散っているだけなのか、ほとんどバラバラに動いていた。
そんな状態の敵を倒す為に、ただの平地で、大して地形を利用出来るような場所でもないのに、こちらから打って出るのはアホだとレプソルさんは言う。
堀の方も、魔物に迂回され始めているのならば、もうそこで踏ん張る価値はないとした。
そして――
「――って訳だ。だから、えっと……っ助けにいくぞお前ら!!」
「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」」
俺は上杉の演説? を聴きながら、つい苦笑いしてしまう。
勇者上杉は元投手。
元の世界では野球部所属、ポジジョンは俺様投手だったので、ハリボテの指揮官として丁度良かったのだ。
多少の偏見が混ざるが、基本的に投手は目立ちたがり。そして指示を受ける事に慣れている存在。
俺様系なのに、指示はしっかりと確認するのだ。
キャッチャーのリードによって気持ち良く投げる役。ちょっと斜に構えた言い方をするならば、常に指示を待っている存在。
だから上杉は、建前上の指揮官として本当に適任だった。
拗ねる事も、嫌がる事も、恥じる事もなく堂々としており、自分がしっかりと目立てるのであれば、あまり気にしないタイプ。
無いとは思うのだが、『オレの指揮で勝った』と嫁のセーラに言いそうで怖い。
「ふっ、これだからピッチャーは」
「……陣内、アレは単に司の性格だろ? さすがに投手がみんな全員同じだってのは怒られんぞ。――あ、でも目立ちたがりってのは間違っていないか。投手ってみんな自己主張強えしな」
全てを否定するのではなく、一部は肯定する蒼月。
上杉と同じ元野球部の蒼月は、俺とは違い嬉しそうな顔して、調子に乗っている上杉を眺めていた。
そしてそれを眺め終えると、軽やかに屈伸をしながら話し掛けてくる。
「じゃあ、そろそろ行くよ。足の速さなら自信があるし、それに勇者が直接説明しに行った方が手っ取り早いんだよな?」
「ああ、確かにそうだな、連絡係頼むな亮二」
「それに、そろそろ彼女の所に戻りたいしな」
「へ? かのじょ?」
「あ、言ってなかったか? 自分にも彼女が出来たんだよ、同じクラスの柊雪子と最近付き合い始めたんだ。――じゃあ行って来るぜ」
「は? え? ちょおま!?」
勇者蒼月は、屈託の無い笑顔でそう言って走り去って行った。
だが、いま話した内容は、とても看過することの出来ないモノだったので、俺の中で今回二人目の制裁対象者となった。
因みに一人目は強面の男だ。今はそこら辺に転がされている。
閑話休題
「勇者イブキ様とウエスギ様は待機でお願いします。貴方達には魔王と戦っていただくので、出来る限り温存したいのです」
「おう、それなら仕方ねえか。ここで出番を待つぜ」
「えぇ~~、私もみんなと救出に行きたかったのに」
「そこはウチと貴方の組に任せましょう。ガレオスさん、現場での指揮をお願いしますよ」
「あいよ。取り敢えずぶっ放して退けばイイんだろ? 指揮官どの」
レプソルさんの指揮のもと、現在戦っている兵士と冒険者を救出すべく、陣内組と伊吹組を中心にした即席冒険者連合隊で出撃する事となった。
一人でも多く助ける為に、誰もが迅速に動く。
「魔物と少しでも距離が取れたらすぐに退いてくれ。追って来た魔物は三雲組と魔法で足止めするから」
「了解した。んじゃ行くぜ野郎ども」
「ああ、任せろ……おれコレが終わったらコトノハ様に……」
「俺はハヅキ様に……」
「ミミアちゃんに……」
「俺は瞬迅に――いや、やっぱ無し。これはマジでマズい」
ノリよく死亡フラグを立てながら征く陣内組と伊吹組。
この辺りの”死亡フラグ”は、もしかすると歴代勇者どもの負の遺産なのかもしれない。歴代どもなら、絶対に言っていそうなので。
フラグを乱立させながら突き進む冒険者達。
予備戦力としての兵士達も居たのだが、冒険者と兵士とでは足並みが揃わない危険性を考慮して待機となった。
稼ぎと生き残りを重視する冒険者と、誰かを護ることを仕事としている兵士とでは、意識の違いで作戦に余計な混乱をきたすと判断したのだ。
因みに、俺も参加すると言ったのだが、『放出系WSが撃てない奴は邪魔なだけだ』と、そう却下されてしまった。
距離を取りたい状況なのに、自分から突っ込んで行ってどうすんだよとも言われ、しかも追い打ちで、『取り残されたお前を助けに行く羽目になるだろうが』と、完全に釘を刺された。
そして皆が状況を見守るなか、ガレオスさん率いる即席冒険者連合隊が、到着とともに魔物達を一気に薙ぎ払う。
遠目にも数々のWSの光が見える。
そして一人だけ連れて行った兵士が、退却の合図のラッパを鳴らす。
『ポポぺ~♪』と、少々気の抜ける音が聴こえると、戦線の中心側から一気に退き始めた。
放出系WSを連発しているのか、所々光の柱が立ち昇る。
「よし、退いて来るぞぉ! 次っ、援護射撃用意! ミクモ様、広範囲WSで牽制をお願いします」
「分かった。一応合図お願いね」
「じゃあ僕は、足止め系の補助魔法でも唱えるかな」
伊吹と同じ勇者である三雲、だが彼女のメイン武器は弓。
魔王戦では、遠隔系WSでは効果が薄いとのことであり、彼女の場合は温存ではなく、魔物討伐の役に当たってもらった。
レプソルさんからその提案が出された時、最初彼女は難色を示したのだが、ハーティが間に入ることで三雲は素直に了承してくれた。
そしてその二人は今、並ぶようにして立ち、合図に合わせて撤退中の仲間を追う魔物に向かって各々の力を放つ。
「今ですっ!」
「いっけぇ! 弓系WS”スターレイン”!」
「止める! 土系拘束魔法”シバリ”」
三雲が光の雨のように降り注ぐWSを放ち、ハーティは放出系だけでは倒し辛い、イワオトコなどの魔物を縛って拘束する。
そして二人のWSと魔法が合図だったかのように、待機していた者達も一斉にWSと魔法を放った。
撤退する者達を守るように、光を帯びた奔流が出現する。
爆発、爆炎、抉れる大地、降り注ぐ光の雨、そして――
「火系魔法”炎の斧”ですよです!」
炎で形どられた、刃渡り5メートルは超える巨大な戦斧が、迫り来る魔物達を薙ぎ払い焼き尽くした。
「ッすっげえええ!?」
「おいおい、デカ過ぎんだろ今の?」
「普通の炎の斧の倍以上あったぞ? どうなってんだ……」
「あ、”焔斧”か! アレが焔斧」
ウチとは違う他所の冒険者連隊の連中が驚きの声をあげた。
「おい! お前ら驚くのは後だ、次どんどん行くぞ」
「あ、ああ」
「よし、火系範囲魔法”火の雨”!」
「もっかいです! 火系魔法”炎の斧”!」
「デタラメだ……」
「俺の知っている炎の斧じゃねえ」
まさかのサリオ無双。
【理解】の恩恵を生かし、威力調整によって放たれたサリオの魔法は、普通のモノとは比較にならないほど広範囲を薙ぎ払った。
しかも連発で。
東の正門へと辿り着く冒険者と兵士達。
中には負傷していて、満足に動けぬ者が多数いるなか、サリオの稼いだ時間は多くの者達を救うこととなった。
そして、退却してきた仲間を迎え入れた東の正門は――
「門は開いたままだぞ! 閉じないで開けたままにしとけよー」
閉じずそのままとした。
追って来る魔物の中には、魔石魔物級のヤツが多数交ざっていた。
放出系WSだけで倒せるヤツなら良いのだが、堅いイワオトコや、この場に何故いるのかと問い詰めたくなる魔物、冒険者殺しの異名を持つハリゼオイまでもが少数だが確認されたのだ。
城壁の上からではとても倒せない魔物。
敵は魔物なので破城槌などはないが、イワオトコ自体が破城槌のようなモノ。
あまり数多く城壁に張り付かれると、万が一にだが崩される危険性がある。だから――
「イワオトコとハリゼオイは門の中に誘導しろ、中で直接叩くぞ」
城壁の上から、数にモノを言わせてWSを放つ一方、近接系WSが得意なヤツは、東門の内で魔石魔物級を相手にする事となった。
陣内組からは長身で大剣使いのスペシオールさんと、鈍器のような特注の斧を振るう猫人のテイシなどがその担当となる。
因みに、俺もその役目に立候補したのだが。
『お前の出番はここじゃない、それにジンナイは”重ね”使えないだろ?』と、再び却下された。
伊吹や上杉と違い、SPが無い俺には温存の必要があまり無いのだが、いまだに出番無しであった。
仕事をしていないのは現在俺だけ。
ラティは索敵に集中して、霊体タイプが潜んでいないか探している。
「出番が無ぇ……ん? あれレプさん? それMPが持つの?」
「ああ、何とかな。あ、サリオはそろそろMP温存しておいてくれ、あとで出番がある」
「了解してラジャです」
状況をただ眺めている俺とは違い、レプソルさんは指揮をするだけではなく、大勢の味方に支援魔法を掛けていた。
支援魔法などは普通、一人の後衛が3~4人を支援するのが限界なのだが、レプソルさんは20人近い仲間に魔法を掛けていた。
本来であれば、そんな人数を支えようとすればすぐにMPが枯渇して、最終的には誰にも支援魔法を掛けられなくなる。
しかも、魔法を連打するというのは、精神的にもかなりキツいと聞いた事があるのだが。
「レプさん、それは魔石?」
「ああ、ちょっとだけ大きめの魔石さ」
右手に魔石を握るレプソルさん、俺はそれをどうするのかと見ていると――
「闇系自己補助魔法”マテリアルコンバート”!」
右手に握られていた魔石が砕け、黒い粒子となって、レプソルさんに溶け込んでいった。
「なにそれ!? え? 吸収したのか?」
「ああ、魔石をMPに変換する闇系魔法さ、最近覚えた珍しい魔法だよ。――これで魔石がある限り、オレのMPが枯渇することはない」
新たなチート野郎が誕生していた。
支援ということに関しては、一人で5人分以上の仕事をこなし、たった一人で陣内組をフォローしていた。
しかも、ハリボテの指揮官上杉を介する事なく、次々と指示を飛ばしている。
上杉が若干拗ねてはいるが、そんなモノは気にした様子はなかった。そして指示が的確な為か、冒険者だけではなく、兵士たちもそれに迷わず従っていた。
城壁の上からのWSの嵐、魔物が固まっている場所があれば範囲魔法が薙ぎ払い、強力な個体は弓矢などで気を引いて誘導し、門を潜らせた辺りで近接組が処理をする。
完全に流れが出来ていた。
余力を残しつつ、誰も犠牲者が出ないように戦いが進んでいった。
高さ10メートル以上はある城壁を登れる魔物はおらず。それを破壊する危険性のある魔物は間引かれ、このまま行くと誰もが思い始めた――その時。
「ご主人様! あれを」
一番早く反応したのは、索敵に集中していたラティだった。
そしてその声に引かれ、誰もが示した方へと視線を向けるとそこには。
「何だ……あの黒いのは……」
動きを止めていた魔王が、禍々しい大顎を開き、黒い塊を生成していた。
遠目にも確認出来るほどの黒い塊の何か。
見る者に底知れない不安感を与えるソレは、音を発することなく放たれた。
凄まじい速度で城壁へとめり込み、そして堅牢な城壁を砂壁のように崩す。
「なんじゃありゃああああ!?」
東門から、約200メートルほど離れた城壁が破壊され、しかもその威力は衰えることなく市街地を横から穿っていた。
かなりの距離で土煙が上がっている。
あの土煙が上がっている場所は、今の黒い塊により崩壊したと予想がつく。
そして――
「マズイ! いま出来た穴に魔物が押し寄せている」
誰かがそう叫んだ。
そしてその叫んだ通りに、魔物が崩された城壁の元へと殺到していた。まるで先程の黒い塊に導かれるようにして。
誰もがあまりの出来事に固まるなか。
「行けぇジンナイ! お前の出番だ。さっさと行って防いで来い。お前の出番――ッ孤高の最前線の出番だ!」
レプソルさんがそう叫び。
魔王戦での、俺の出番がとうとうやってきたのだった。
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宜しければ、感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
あと誤字脱字なども……




