常勝無敗の指揮官
廻ってきた。
そうとしか言いようが無かった。
そう、チャンスが廻って来たのだ。
二番手だった。『あと一つ上ならば』と常に思っていた。
だが、あと”一つ”の差が大きかった。
絶対に無理だと思い腐っていた。
腐っていたのだから当然、あと一つ上には上れなかった。
だから、一度も戦闘経験が無いのも――仕方ない事。
上に上がれないのだから。張り切るだけ無駄なのだから。
だが宰相が代わった。
原則として宰相は公平でなくてはならない。
決して、自分の居た領地が有利になるような真似をしてはならない。――だがそんなモノは建前だ。
律儀に守る必要などはない、歴代の宰相達もきっと同じ事をしている。
だから私は同郷である宰相に、一つ上へと上げて貰った。
上に居たヤツが弾かれたが関係ない。
前の宰相が辞めた時も、何人もの人が抜けたのだ。それが今さら一人増えた所でなんだと言うのだ。
そして最大の好機が廻ってきた。
それは勇者様と共に戦える機会。しかも、自分の指揮で戦えるのだ。
これは間違いなく後世へと語り継がれる。
勇者様と共に戦い、そして自分の指揮で勝利へと導くのだ。
これ以上の偉業があるだろうか。――いや無い。
しかもおあつらえ向きに、ただ魔王と戦うのではなく、丁度良く障害となっている魔物の群れがいるのだ。
勇者様の力に頼るだけではなく、自分達が露払いをして、勇者様を魔王のもとへと届けるのだ。まさに劇場的。
間違いなくこれは芝居となって、永遠に演じ語り継がれる。
もしかすると、勇者様の一人と婚姻を結ぶ機会までもあるかもしれない。
そう、あの御方の目に留まれば、その可能性は十分にある。――いや、その為に私は、41まで独身を貫いていたのだろう。
間違いなく娶れる。
イブキ様を!
だから今は魅せる時――
「征けえええ! 勇者様の為に道を作るのだあああ! 突き進めえ!!」
私の輝かしい未来の為にっ。
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「征けえええ! 勇者様の為に道を作るのだあああ! 突き進めえ!!」
目の前に馬鹿がいる。
俺とは違う種類の馬鹿がいる。
今さら突撃させている。
こういった大規模戦闘には疎い俺でも分かる、普通は相手が来る前に配置を完了させておくモノだろうと。
まるで誰かに見せる為に、敢えて遅らせてから突撃させているような、そんなワザとらしい采配に見えたのだ。
そして俺の考察があっていると示すかのように、チラチラと勇者達の方に視線を飛ばす強面の男。
しかも伊吹の方へは、何か含みのある視線を。
「……ラティ」
「あの……はい、多分そうではないかと」
ラティはコクリと頷きながら、そう答えてきた。
( やっぱりか…… )
ラティの言葉と反応で大体分かった。
この強面は、敢えてこの状況を作ったのだと。
勇者達に見せる為に、そして――
「イブキ様に強い好意を抱いているかと……」
「アホかっ、そんな場合じゃねえだろが」
聴かれると面倒そうなので、俺は小声で呟く。
そして次に思ったのは、もうちょっと城壁の淵まで行ってくれないかなと。
昔読んだ偉大なる本には、上官の死因の二割は、味方による誤射と書いてあった。だから誰かうっかりとドロップキックでも誤射をして、この強面を下に叩き落とさないかと願う。
この指揮官を野放しにしておくと、絶対にヤバいと俺の勘が告げていた。
この強面の指揮官は、勝つための戦いではなく、もっと別の目的の為に戦っていると警報が鳴り響く。
結果だけではなく、その過程も大事なのは解っている。
だが、コイツのはきっと違う。
「くそっ」
「ご主人様……」
俺は焦る気持ちを抑え、兵士と冒険者達の突撃の行方を見守る。
上から見下ろしているので、状況はとても把握し易い。
魔物の群れは真っ直ぐこちらに向かっており、北での防衛戦の時と同じで、目の前にある堀などは気にせずに進んでくる。
そして堀を挟んで両軍がぶつかり合った。
横幅が200メートル以上はありそうな堀は、愚直にも止まることなく突き進む魔物達を、次々と飲み込み、対岸にいる兵士と冒険者達は、堀の上から放出系WSを魔物達に浴びせていった。
「どうです勇者様! 堀は未完成とはいえしっかりと機能しておりますぞ。そして我が兵士達も、皆が奮闘をしております」
これ以上ない程のドヤ顔を見せる強面の男。
鼻息を荒くして、伊吹へと話し掛けるのだが――
「えっと、アレは大丈夫ですかい? 支援無しで放出系WSを連発して、SPが枯渇しないかと……」
「ぬ、言われんでも分かっておるわい。次っ、後衛も進めろ!」
強面からの、伊吹への視界と言葉を遮るガレオスさん。
遮った後も、そのまま立ち塞がるように居続ける。
そして新たな指示により、軽装の後衛達も前進した。
一応、支援役の用意はしていた様子だが、どう見ても前衛とは連携が取れておらず、ちぐはぐな動きが不安を煽る。
「なんだかアレ……?」
「おいおい、支援魔法を掛ける相手とか、事前に決めてんだろうな……いや、決めてなさそうだな。そういった様には見えないな……」
支援とは、『そんな簡単なモノじゃない』と言うレプソルさん。
同じ相手に魔法が被らない様に、パーティ内での事前に打ち合わせなどが必要なのだと。それを怠れば、無駄に魔法が被ったり、逆に魔法の掛け漏れなどが発生するのだという。
そんな不安しか感じない光景に、今度は絶望が見え始めた。
魔物の群れの一部が、横へと逸れだしたのだ。
数は多くないが、堀を横へと迂回しようとする魔物が現れ始めた。
そしてこのまま行くと、側面を取られる流れが見えてきた。
「ぎゃぼー! あれって横が取られないです?」
「おう、マジだな。あれって挟まれんじゃねえのか?」
馬鹿そうなサリオと上杉が気が付くぐらいの状況。
ならば当然。
「ぬうう! 魔物のくせに生意気な」
「私が行くよ! 彼等を助けてあげないと」
「だ、駄目ですイブキ様! 貴方様は魔王と戦う役目があるのですから。いや、無理に戦う必要も……無いかと」
「でも誰か行かないと」
「まだ予備戦力が御座います、それを投入します」
新たな戦力を投入し、横を取られぬように指示を出す強面。
好意的な捉え方をするならば、臨機応変な対応。事態に即した指示。相手の出方に合わせて指示を出しているのだから。
だが――
「完全に後手後手じゃねえか……、これじゃあ何も進展しないぞ。むしろ時間が経てば……」
強面の指揮に否定的なレプソルさん。
そしてレプソルさんの指摘通り、約十分後、状況が動いた。
「おい、なんか押されて来てないか? 堀から魔物が溢れて来ているような……」
「完全にSP切れだ。WSを撃つ奴が減ってきたんだな、これは崩されるぞ。おい、用意しろ! 出番が来るかもしれない」
押され始めた状況を見て、陣内組に素早く指示を出すレプソルさん。
実際に魔物達が堀を登ってきており、遠目にも魔物の処理が間に合わなくなってきているのが分かった。
ただ、運が良いと言って良いのか、何故か魔王の動きが止まっており、まるでこちらの様子を見ているかのようにして、約500メートルほど離れた位置で止まっていた。 のだが――
――ん? 気のせいか?
あの魔王が近寄るのを躊躇っているような気が、
いやいや、それは無いか……でも、そんな気がするな……
俺は無意識に木刀を握り締め、今は戦況を見守っていた。すると――
「あの、横に流れている魔物の数が増えてきたような……」
「ああ、これは間違いなく左右に流れ始めてんな――って、正面も押されてきているぞ。拙い、行くぞ野郎ども! このままじゃ前線が呑まれる」
状況が大きく動き始めていた。
前線が崩れるのは、もう目に見えていた。
しかし、肝心の指揮官である強面の指示は、ただ押し返せのみ。しかもそれどころか、『私に恥をかかせるな』などと喚いている。
これはもう、脳みそが筋肉で出来ているとしか思えない。
一応、指揮官を立てる意味で我慢をしていたのだが、とうとうレプソルさんが動いたのだった。
「こ、コラ貴様等! 私の指揮の邪魔をするのではない。気合いで押し返せばまだやれる。勝手に動くのではない! それにまだ予備戦力は――」
「伊吹、三雲、ちょっと見えないように壁を作ってくれ」
「え? 陣内君、壁って?」
「壁ってなによアンタ。ここに壁を作ってどうすんのよっ!」
俺の意図が読めない二人。だが、その二人の冒険者連隊のリーダー達は解っていて。
「了解でさ、ダンナ」
「穏便にな、陣内君」
三雲組、伊吹組のメンツがさり気なく壁を作り、周りからの視界を遮る。
そして周りの人達から、強面の姿を遮った瞬間。
「ラティ、頼む」
「はい――睡眠系闇魔法”キゼツ”!」
ラティは音も立てず近寄り、相手に気付かれることなく強面の男を眠らせた。
そして彼を支える者は誰もおらず、ゴチンと音を立てながら横になる。
「……誰か支えてやれよ、これコブが出来たんじゃ?」
「ダンナ、こいつを支えようってヤツはいないですよ。ダンナだって見てただけでしょうが」
( そりゃそうだ )
こうして強引にだが、この場の指揮権を奪うこととなった。
多少は不信に思われたのだが、この場にいる勇者達が誤魔化し、そして勇者が指揮を引き継ぐと宣言すると、呆気ないほど素直に従った。
そして――
「いいか、この状況を立て直すぞ! 魔王が動き出さないうちに立て直すんだ。……ちょっと燃えるなこれは」
どさくさに紛れて、陣内組リーダー、レプソルさんが指揮を執る事になった。
表面上は上杉が指揮を執り、具体的な指示はレプソルさんが出す形。
こうして、魔王討伐戦、第二ラウンドが開始されるのだった。
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あと誤字脱字なども……




