閑話休題《デート》
幼子は思う、そして……気付く。
ここちよいひといる
ここちよいいる
ここちよいふえた
やわらかいおおきなふかふかうれしい
ふかふかうれしい
でもちいさいふかふかはどこ?
いちばんここちよいちいさなふかふかはどこ?
いちばんさいしょのふかふかはどこ?
おれ達は大失態を犯してしまった。
奴を取り逃がすという大失態を。
あまりの出来事に呆けてしまい、その隙にヤツは拘束を解いてしまったのだ。本当に抜け目の無い奴だ。
その後、さすがに勇者様の前でお目汚しになるような事は出来ず、後で裏に呼び出せば良いと思っていた。
仮にヤツが命乞いをしたとしても、毅然とした態度で制裁を加えるつもりだった。そしてこの世の秩序を守る必要があった。
だがヤツを逃がしてしまった。
ヤツは上位魔石魔物級。一度拘束を解いてしまえば、再び捕らえるのは容易ではない。結局、公爵家へと逃げ込まれた。
今日のところは見逃してやろう。
だが明日こそ、我らの嫉妬の鉄槌をヤツめに。
そう、ヤツの元に瞬迅を送り込んででも制裁を。
――――――――――――――――――――――――
「諸君! 我々は女神様を支えなければならない。――だが全てを許すというのは間違っている。そう、バランスが大事なのだ」
「そのバランスとはなんでありましょうかっ?」
「バランスとは……バランスだ! 要はコトノハ様を悲しませずにしつつも、一線を超えさせないことだ。ヤツはきっとそのレッドラインを超えようとしてくる。だから我々はそれを阻止するのだ」
その男は、女神の勇者の為に動いていた。
認めたくない気持ちもあるが、この買い物は彼女から望んだ事。
ならば見守る立場として、彼女にヤツとの買い物をさせてやりたい。だが――
「いいかっ! 奴等嫉妬組は必ず妨害に来るだろう。それは仕方ない。しかし、それを許すとコトノハ様が悲しまれる。だから我らの目的はそれの阻止。そしてそれと同時に、ヤツに一線を超えさせないことだ」
「質問であります。その一線とは何を指しているのでしょうか?」
「接吻だ! ヤツはきっとそれを貪るように要求してくるだろう」
「そ、それでは、ふかふかへの接触の場合は?」
「っんなもん即時制裁だ!! 触れたら潰す。揉んだらすり潰す。吸おうものなら切り落としたあと火にくべるだ! そんなモノは常識だろうが、下らない質問をするなっ!!」
「し、失礼しました――!!」
「よし、これより状況を開始するっ! 以後、私のことはマスタングリーダーとする。そして妨害に来るであろう嫉妬組を抑える者たちは、タンゴチームとする」
「「「「「「「「了解してラジャ!!」」」」」」」」
「そして最後の切り札として、狩人たる瞬迅の投入も視野にいれる。瞬迅への監視と密告役は、タンゴシックス貴様に任せた」
「タンゴシックス了解! では直ちに任務に就きます」
「ジンナイよ、暴走をするなよ。貴様が下手な動きを見せれば、我々は羽よりも軽く動くぞ」
( 決してコトノハ様に手を出すような真似はするなよ…… )
――――――――――――――――――――――――
「くそっ、邪魔をしやがってアイツ等め……」
男は、想定外の事態に焦り悪態をついていた。
まさかヤツに、護衛が付いているとは、予想だにしていなかったのだから。
「あの裏切り者どもめ」
「マズいぞ嫉妬リーダー! 三雲組の連中はほとんど裏切っている」
「くっ! これだから巨乳信者は、コトノハ様を最優先という訳か……」
「それと我が陣内組からも、デカいの好きが何人か……」
嫉妬を上回る女神の勇者への崇拝。
これにより、嫉妬組の戦力は大幅に減っていた。
もしかすると、勇者の楔だからこそ成しえたモノなのかもしれない。だが嫉妬組は――
「ちぃ! 一度立て直すぞ! ジェラシーワン、貴様の隊を一度退かせろ。そしてエンヴィー隊と合流するんだ。……くそう、レプソルさえ居なければ」
「ジェラシーワン了解!」
「それとコールサインだ。”獣を解き放て”。合図の狼煙を上げろ」
「”獣を解き放て”了解」
くっくっく、ジンナイよ、貴様に地獄を見せてやる……
――――――――――――――――――――――――
「マスタングリーダー! 敵が撤退をしました。これで我々の勝利です」
「馬鹿者ッ! まだ油断をするなマスタングツーツー。奴らはいったん退いただけだ。次を仕掛けて来るぞ、次が本命だ」
女神の勇者言葉を護る者たちは、見事に嫉妬組の妨害を未然に防いでいた。
カップル限定の店では、嫉妬組の奴らは、片方が女装して3組も店内に入ろうとしたが、それを未然に防ぎ。
その後の広い通りでは、嫉妬組の飽和攻撃により押されて危機に陥ったが。たまたま通りかかったレプソルとミミアを目撃した嫉妬組が、そちらの方にも戦力を割いてしまい、防衛側が押し返すことが出来ていた。
そして彼等は嫉妬組を退かせ、油断せぬようにしつつも、密かに一息入れていたのだが――
「り、リーダー!? あれを!」
「何!? もう嫉妬組が来た……っな!?」
彼等が目にしたのは、とても意味深な雰囲気の二人。
互いに見つめ合い、女性の方などは、今にも背伸びでもしそうな気配。
「と、止めろマスタングツーツー! あれを止めるのだ! あれ以上は阻止限界点を突破してしまう」
「嫌ですよっ。リーダーが行ってください! あの状況を止めに行くとか、絶対にコトノハ様に恨まれるじゃないですか!」
彼等は躊躇った、今は止めに行けば、多分止められるだろう。
だが、それは代償を払う必要があった。
歴代勇者たちのお言葉にもある、「人の恋路を邪魔する奴はなんたら」だ。
絶対にコトノハ様に恨まれるだろう。もしかすると、口を聞いて貰えなくなる恐れのある行為だと理解していた。
だから彼等は卑怯にも――
「くそ、間に合わないかもしれないが、狩人を呼べ! 獲物を狩らせるのだ!」
「りょ、了解! 直ちに狼煙をあげます」
「馬鹿者っ! それだけでは足りん。”アカリ”を使った合図も送れ!」
「了解してラジャー!」
――――――――――――――――――――――――
何故こうなった。
俺は亜麻色の狼煙のような煙を眺めながら、そう自分の心に問うていた。
昨日受けた、言葉からの唐突なお誘い。
本当に唐突な、とても彼女らしくない。言葉のことをよく知っている訳ではないが、それでも彼女らしくないと思えた。
しかし、彼女の精一杯な表情と、普段モモちゃんの面倒を見て貰っているお礼も兼ねて、俺は断ることはせずにそれを受けた。
そして思う。
彼女たちの女子会で何があったのだろうと。女性だけでの言葉の快気祝い、その時にきっと何かがあったのだろうと。
ラティに訊いても、濁すようにして教えてもらえず。
サリオに訊いても、『がぶり』でしたよとしか言わず。
葉月に訊いても、『女の子のことを、女の子に訊くのはズルくないかなぁ?』と返された。
三雲と伊吹の二人は、難しい顔をしていてとても訊ける雰囲気ではなかった。
その結果、流されるようにして買い物に付き合ったのだが――
「えっと……色々と訊いたのです」
「ああ、うん……色々とね」
俺は言葉から、主語を避けている問答を受けていた。
向かい合うように立ち、上目遣いで言葉が俺を見つめながら問うてくる。
しかし、具体的には訊いてこない。
それはまるで、答えを知っているが、それを知りたくないような。そんな矛盾を孕んだモノのように感じた。
「な、何回か一緒だったのですよね? あの……ラティさんと」
「ああ……」
また濁した聞き方をしてくる。
きっと彼女は聞いたのだろう、俺とラティのあの事を。
ステータスにはアレが表示されている。だが、その表示が何を示しているのかは、明確には表示されていない。
察することは出来るが、明確には表示されていない。ただ、脱童貞とだけ――
言葉に詰まり、言葉が潤んだ瞳で俺を見つめる。
その瞳は、答えを求めている。だが同時に知りたくないとも語っている。
多少鈍い俺でも分かるぐらいに、彼女の瞳は揺れながらも強くそう語っていた。
言葉は俺に、二回ほど想いを告げていた。『好き』だと。
しかし俺は、それに対して明確な答えを返していない。
――そう、答えてねぇな俺……
でも、ただ好きって言われただけだし、それに俺には、
いやっ! 第一なんて返事すんだよっ!
俺は言葉から、『好き』とは言われているが、付き合って下さいなど具体的に何かを言われた訳ではない。
一応察することは出来る、だがそれ止まり。そこから先はまだ何も告げられていない。
だからその先を、俺から聞く必要などは無い。
――それに、それにもしかすっと、
ただ単に好きってだけで、そっから先の恋愛的な感情は無いかもだし、
あの『好き』が恋愛に繋がるって決まった訳じゃねえし、
言葉は必死に俺を見つめる。
声は出していないが、それ以外のモノ全てが俺に訴えかけている。
だが、具体的に何かを訊かれた訳ではない。だから答える必要はない。
だから――
「ごめんっ、俺はお前の想いに応える事は出来ない。……俺にはラティがいる。だからごめん」
「――ッ」
言葉はヒュっと息を呑む。
何かを堪えるように、何かを我慢するかのように、何か耐えがたい事を受け入れるかのように、強く息を呑んだ。
「すまん……」
訊かない振り、気付かない振り、見なかった事にする。いくらでも誤魔化せただろう。――だがそれをしたくなかった。
正直に生きるなどといった、殊勝な心掛けではない。
ただ、このまま誤魔化すことはしたくなかった。もしかすると、俺の中の矜持や気概といったモノなのかもしれないが、”気付かない振り”などはしたくなかった。
絶対に――
「はい、知っていました。きっとそうだろうって……、だ、だから平気です私っ。それじゃあ私は先に帰りますね陽一さん」
「あ……」
俺の前から走り去っていく言葉。
彼女は一人、雑踏へと消えていく。
「――――ぁあ」
俺の口からは、声にならない言葉が小さく漏れた。
一体何を言おうとしたのか、自分自身でも解らないモノが零れたのだった。
――――――――――――――――――――――――
「なに!? 瞬迅が居なかっただと?」
「はい、合図の狼煙を確認して彼女に密告しに行ったのですが、何処にもおらず……いつの間にか消えていたのです」
「くそっ! ああ、コトノハ様が走っていかれた……、一体何があったんてんだ」
「あ、あと、嫉妬組の方も瞬迅に知らせようとしていた様子でしたが、やはりあちらも瞬迅を見失ったようで」
「くっ、取り敢えずコトノハ様を追うぞ。彼女が心配だ……」
――――――――――――――――――――――――
彼女は全力で走った。
そして人目を避けるように建物の陰に隠れると――
「――ふぅぅぅぅぐッ」
必死に食い縛れど、その隙間からは嗚咽が漏れていた。
泣きたくなんてない、そう思っていても泣いてしまう。あらゆるモノが彼女から零れ出ていた。
涙や声だけではない、想いや辛さなどが溢れ出ているようだった。
彼女は知っていた。彼の彼女に対する想いを、そしてその想いの強さも。
だけど負けたくなかった。彼女にも、そして彼女にも――
「ぅぅぅぅう、葉月さんは……こんな想いと向き合っているんだ……凄いな」
彼女はうずくまり、膝を抱え顔も覆って耐えようとする。
諦めたくないと――
「――でも辛いよぉ、イヤだよぉ」
あらゆるモノが葛藤する中。彼女は。
「負けない……諦めたくないっ。あの子たちに――」
この日、彼女は負けたくない恋をする。
――――――――――――――――――――――――
「――ふぅぅぅぅぐ」
「……コトノハ様」
亜麻色と紅を纏う少女は、ある建物の上からそれを眺めていた。
今の自分には何も出来ないが、それでも見なくてはならないと感じていたから。
「申し訳ありません……でも、絶対にお譲りすることは出来ません」
少女は、己の覚悟を誰に訊かせる訳でもなく口にした。
自分自身に言い聞かせる訳でもなく、ただ口にしていた。そしてその続きを口にする。
「最初の出会いは……だったかもですけど。――今、わたしが抱いている気持ちは本物なのですから。――だから絶対に」
――譲ることは出来ません。
そしてその日の夜。ある一報がノトス公爵家へと届いた。
東の地で、”魔王が発生”したとの連絡が届いたのだった。
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