ヤツが動いた!?
がんがれ!
ノトスに戻って来てから、約二ヵ月近くが経過した。
嫉妬組の襲撃以外には特に大きな出来事はなく、借金の方も順調に返済し、残りは金貨120枚となった。
あった出来事と言えば、前に正義を振りかざしていた奴が再びやって来て。最終的に、ラティにバッサリといかれ終わりとなったこと。
後は、俺の天使のモモちゃんが、どういう経緯なのかは不明だが、言葉のことを『お母さん』と呼ぶようになった。
正確には、『おあぁひゃん』だが、お母さんと聞こえなくもなかった。
そしてその言葉が戦闘に復帰した。
体調は完全に良くなって、深淵迷宮での戦闘にも参加出来るようになり、今日はその快気祝いとして、ささやかな宴が行われた。 のだが――
「どうしてこうなった……」
「ああ、なんでだろうなぁダンナ」
「人が多すぎたみたいだね」
俺達が行き付けの竜の尻尾は現在、野郎がひしめき合っていた。
何処から噂を聞き付けたのか、他の冒険者達もやって来ていたのだ。
そして余りの人の多さに、この場所で快気祝いは危険と判断され、女性陣だけは別の場所へと移ったのだった。
そして女性陣だけが移動したという事は、当然言葉もそちらに行くということで、本人不在の快気祝いが開催されていたのだった。
「くそっ、散れ散れ。なんで人がドンドン増えていくんだよ」
「ん~~そりゃダンナ。みんな噂を聞きつけたからだろうなぁ。ノトスの街に滞在しているにも関わらず、いままで姿をあまり見せていなかったんだから……」
「言葉様は今まで公爵家に滞在していたからね。それがやっと出て来たんだから、チャンスとばかりにやって来る輩もいるだろうね」
苛立つ俺などは気にもせず、呑気に状況の分析と解説を始めるガレオスさんとハーティ。
「……なぁ、この状況になるって、ガレオスさん達は知ってたんじゃ?」
俺はふと引っ掛かった、二人のこの余裕さに。
「ん? そりゃあダンナ。こうなるように仕組んだのは俺達だからな」
「最近、女子会みたいに集まっていた店に最初から行ってもらう予定だったんだよ。多分、普通な快気祝いだと、余所の冒険者まで押し掛けて来ると思ってね――」
ハーティは、今回の経緯を俺に教えてくれた。
実は、言葉の快気祝いを行うという事が周囲に広まり、数多くの冒険者達からの問い合わせがあったのだという。
身内だけの話だと突っぱねようにも、快気祝いの言葉だけも伝えたいという者が多かったそうだ。勿論冒険者以外からも。
そしてそれらを全て突っぱねるのは難しく、後々拗れるとも判断をしたハーティは、この竜の尻尾で快気祝いを行うと話を流し、この店に冒険者を引き付けて、言葉は他の場所でゆっくりと快気祝いを行うことにしたそうだ。
その店なら、無骨な冒険者達は入店し辛く。女子ばかりであれば、そこへ突撃する奴はいないだろうと。
そしてその店に俺達が居ると、そういった連中が入り易くなるので、俺達の合流は控えたのだと話す。
「――なるほどね。要は俺達は囮? みたいなモンか」
「まぁそんな感じかな」
「ダンナ。だからオレ達はここでコトノハ様の快気を祝いましょうや。どうぞ飲み物です」
俺はハーティさんの話に納得しつつ、ガレオスさんが頼んでくれた飲み物を口にする。
口の中に広がるトロリとした甘味と、癖になるなんとも言えない苦み。
最近お気に入りの飲み物である。
しばらくの間、俺達は飲み食いしつつ雑談に花を咲かしていた。そしてその会話の中には、ノトスの現状や仲間の話も出ていた。
そして数時間が経過した時。
「なぁダンナ。ちょっと聞いてイイですかい?」
「うぅん? おうおうおう、何でも聞いてくれぇ」
「陣内君……また酔っているのか」
「ん~~? 酔ってないよ」
ほわほわとした気分の中、俺はガレオスさんが何を聞いてくるのだろうと考えていた。何か訊ねられるような事があっただろうかと思っていると。
「ダンナ。ラティ嬢ちゃんとはその……まぁ上手くやっている様だけど。ハヅキ様やコトノハ様とはどうなんですかい?」
真面目な表情を見せつつも、隠しきれないニヤつきを見せながら、俺にそう聞いてきたガレオスさん。
しかも何故か、さっきまで騒がしかった周囲が明らかに静かになった。完全に話し声が聞こえなくなった訳ではないが、それでも十分に声が通るようになっていた。
「あ~~~、確かにちょっと気になるね。陣内君は確か今、彼女達と同じ離れに住んでいるんだよね? 本館から移ったとか……」
さらに静まる周囲。
頭の中では、警告音のようなモノが鳴っているのだが、どうにも頭の中がほわほわとしていてどうでもよく感じ――
「ええ、大体飯とかも一緒かな? 今日も朝食は一緒だったし、言葉は赤ちゃんのモモちゃんにご飯食べさせてあげていたし」
激しく鳴り響く警告音。
嫌な予感はするのだが、それが何なのかしっかりと把握が出来ない。
「まぁダンナ。ぶっちゃけた話、実は手を出したりしてんのかい? 前に妙に悩んでいたからよう。男の悩みってのは9割方がそれだろう? あとの一割は金だが、借金の方は順調に返しているみたいだし」
「はああああ? 手を出すってまさか、二人にか? そんなことをする訳ないでしょうがっ。俺にはラティが居るんだし」
――おいおい、
ガレオスさんは何を考えてんだか、
ラティとは致しているって前に漏らしたってのに、何でそんな事を……
「ありゃ? ダンナはハーレムってのは作らないんですかい? 歴代の勇者様達はみんなそれを作ったって聞いているけど」
「ハーレムって、どこのファンタジーの話だよ……、大体そんな真似が出来るわけないでしょう」
( そんなのラティに狩られるわっ! )
「あ~~確かにそうだね。元の世界の倫理観じゃそうなるよね」
「なんだか勿体ねぇなダンナ。そういうのは男の甲斐性? ガツンと全員を面倒みてやるってのが、アレなんじゃないんですかい? 確か気概でしたっけ? 勇者様の言葉に『男ならハーレム』ってのがあるだが」
ニヤニヤと揶揄うようにして俺を見るガレオスさん。
だが確かに、そういったモノは小説などで見かける。がしかし――
「ガレオスさん。その相手の立場に立ってみて考えてみてくださいよ。そうしたらそんな気持ちなんて湧かないですから」
「立場を逆に? えっと、それって……」
「うん? それは例えばだけど、ラティちゃんが複数の男性とって感じかな?」
「ええ、そうですよ。ラティが複数と……は?」
――………………ラティが、
他の野郎と……?
ハーティさんだったり、レプソルさん、もしくは上杉と――ッ!?
心が波打ち、感情が激しく揺さぶられる。
ほんの僅かに、本当に欠片程度にそれを想像してみると、言葉では言い表せないような、心の芯の部分を掻きむしりたくなるような気持ちに陥った。
しかも掻きむしる腕が二本では全く足りない、仮に十本あったとしても足りないと感じるような渇きにも似た怒り。
「……ちょっと行ってくる」
――――――――――――――――――――――――
ちょっと揶揄っただけのつもりだった。
最近何か悩んでいたから、ただ探るつもりで軽く話を振ったのだが――
「……ちょっと行ってくる」
「はい? ちょっとダンナ。行くって何処に?」
おいおい、なんかダンナの様子がおかしいぞ?
完全に殺気立ってんだけど……まさか行ってくるって。
「陣内君、なんか顔つきがなんかヤバいんだけど……あれ? 僕なんかしたっけ?」
「ちょっと殴ってくる」
「ダンナああ! これひょっとして自分の想像で苛立っているとかじゃないだろうな? おいヤバいぞ! ダンナが悪酔いしてんぞ、コレ」
コレ駄目な奴だぞオイ。完全に悪酔いしてんなダンナは。
ちぃ、予想以上に酒に弱いな。
「くっ、緊急事態だ! 束縛魔法”チシバリ”!」
覚悟を決めて魔法を唱えるハーティ。
それは不意を突いた形となり、ダンナを魔法で作られた蛇のようなモノが絡め捕ったのだが――
「っがああ!」
「おいおい! この人強引に魔法を引き千切ったぞ!?」
「加減したとはいえ、普通引き千切るか?」
マジですかい!? この人はハリゼオイかよっ。
前からデタラメな人だとは思っていたけど、無茶苦茶だなぁオイ!
「おう陣内、ココで言葉さんの快気祝いがあるって聞いた……んだけど、なにやってんだお前?」
「上杉か!? てめぇにラティは渡さん!」
「止めろおおお! この酔っ払いを止めろぉお! 畜生、誰だダンナに酒なんて飲ませたのは。なんか勇者様を殺しそうな勢いだぞ」
くそっ、なんつぅ悪いタイミングで来るんでさぁ勇者様。
しかし、前から酒に弱いとは思っていたけどここまでとは。
「ガレオスさん貴方ですよっ。ああもうっ、陣内君にはアルコール禁止だな」
あ、飲ませたのはオレか。
――って、やばい!? なんかダンナが身構えて。
「ラティは渡さんーーー!」
「うお!? てめえ陣内なにを!?」
閑話休題
「はぁはぁ……やっと止めれた」
「ダンナ……落ち着きやしたかぁ?」
「ああ……悪い。ちょっと自分の想像力が豊か過ぎたみたいだ」
この人はホント、ラティ嬢ちゃんのこととなると暴走すんなぁ。
……まさか最近ダンナの様子が変だったのは……それか?
「おう! 陣内。言うことはそれだけかよ! いきなり襲い掛かって来やがって、おれじゃなかったらヤバかったぞ」
「うるせえっ! お前が俺の頭の中でラティに手を出そうとしたのが悪ぃんだ!」
「マジかよ、死ぬほどヒデェ言い掛かりだな!?」
数人の冒険者達に押さえ込まれ、しかも魔法で簀巻き状態にされているダンナ。
押さえている力を緩めると、今にも抜け出しそうだが、ひとまずは落ち着いた状態。
「ふう、全力で縛ったよ。まるで上位の魔石魔物を相手にしている気分だなこれは」
「ハーティのダンナ。ホントに助かりましたよ――って、そりゃあ気付くよな」
オレはある気配に気が付き、視線を取り押さえているダンナから、店の入り口の方へと向けた。
するとそこには――
「あれ? ラティ嬢ちゃんじゃなくて……コトノハ様?」
「え? 言葉ちゃん」
予想とは違い、その場にいたのは女神の勇者コトノハ様だった。
一応ラティ嬢ちゃんも居るが、顔を俯き気味にして後ろに控えている。そしてよく見てみれば、苦そうな顔をしたイブキ様と、真剣な表情をしているハヅキ様もいた。
そしてさらにその後ろには、心配そうな顔をしたミクモ様までもいる。
そんな全員がバラバラな表情を見せる中、決意とも、追い詰められたようにも見える表情のコトノハ様が。
「陽一さん。あ、明日一緒にデーっじゃなくて。一緒に買い物に行きませんか?」
「……へ?」
芋虫状態の情けない姿のダンナは、その姿に負けないぐらいの情けない声を出していた。
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