どっちだ?
すいません、無駄に長く……
深淵迷宮がある砦の中で、ある話し合いを終えた俺は、その件のことを報告と許可を取りに行く。
「ハーティさん、ラムザの野郎の闇討ちの件なんだけど、今ちょっと良いかな?」
「陣内君……いや、理由は知っているんだ理由は……。だけど本当にやるのかい?」
俺の相談に対し、心底不思議そうに尋ね返してくるハーティ。
その表情は、呆れたを通り越して、何か哀れみのようなモノが滲み見える。
「だってヤツは、幼馴染のリナさんと一緒に歩いていたんでしょ? もう十分に制裁対象かと思うんだけど」
何も分かっていないハーティに、俺はラムザの罪がいかに重いかを説いた。
要点を纏めるならば、リア充なので爆ぜさせに征くである。しかも周りには賛同者しかいない。
これは間違いなく正義であり、ラムザは悪という事。
「はぁ……まあ分かったよ。でも、ほどほどで頼むよ陣内君」
「ああ、その辺りは任せてくれ。葉月に回復魔法をお願いするつもりだ」
「全然任せられないよっ!? 何処までやるつもりなんだい君たちは!?」
「え? ラムザの心が折れるまでだけど? 取り敢えずは祝福の拳かな?」
俺はハーティに、正義の心意気というモノを語った。
だがしかし彼は、イマイチ理解してくれない様子。どうやったら彼に、この正義が伝わるだろうかと思案していると。
「そう言えば陣内君。ラティちゃんは……平気なのかい?」
「あ、ああ……」
ハーティが視線で示す先には、どこか怯えるような表情で葉月を見つめるラティがいた。そして次に彼女は、抗議とも、拗ねているようにも見える不満げな視線を俺に送ってくる。
もしかすると、冒険者連隊が最近違うことへの不満かもしれない。
クールビューティーなラティさんだが、独占欲といったモノはしっかりとある。
今までずっと一緒に居たのだから、不満を感じても仕方ない。むしろ、それはそれで嬉しいとも思える。
俺はそんなラティに、何か声でも掛けようかと思っていると。
( あれ? アイツはさっきの…… )
伊吹組のヤツが一人、ラティへと何かを話し掛けに行っていた。そして話し掛けられたラティに表情が陰る。
――なるほど……
ラムザの敵は敵って訳か、
上等だっ、
俺は一瞬で把握した。
奴らがラティに話し掛けているのは、きっと根回しなのだろうと。
前の騒動で、俺を眠らせたヤツはラティに狩られそうになったと聞いた。だからきっと、誤解の無いように、ラティへと事前に報告でもしているのだろうと。俺はそう予想した。
――いやっ、それしか考えられないな、
人の幸せを素直に祝福出来ないようなクズ共だ、
俺のことを妬まない訳がないっ、
『本当に心の狭い奴らだと』、俺はそう心の中で呟き嫉妬組を警戒する。――すると気付く。
一人の配達員らしき男に。
その男は、囚われるようにしてラティを見つめていた。
思慕の色を強く孕んだ瞳で。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここ数日の間、色々とあった。
具体的に言うと、数多の襲撃を受けた。俺の中で、嫉妬組と呼んでいる連中に襲われたのだ。
嫉妬組とは、陣内組、伊吹組、三雲組で構成された冒険者同盟連合隊である。
活動内容は、裏切り者への容赦のない粛清と制裁。
因みに俺も所属している。
ただ、リア充に制裁を加えた後、その場を速やかに離れないと、次のターゲットが俺になることがよくある。
そんな連中にしょっちゅう狙われるようになり、俺は【索敵】などは持っていなかったのだが、最近では悪意に対し反応出来るようになってきた。
そして今も――
「ぎゃぼーー! 感激ですよです~」
「ん? 一応、観に行くだけだからな? 別に凄く興味があるとかじゃねえからな」
「あの、サリオさん。あまり道で騒ぐと危ないですよ」
サリオが一度観たという、モモちゃんへの英才教育材料である、『悪役公爵令嬢アムスタシア ーペンタストライク物語ー』を観に行こうと話していた。
特に興味がある訳ではないが、一応自分の目で確認する必要があると思っていたのだが。
――なんか視線を感じるな……
だけどこれは嫉妬組じゃないな、
嫉妬というよりも、もっと厄介で面倒な奴だなこれは……
俺はサリオと会話しつつも、ラティへと目配せをする。
するとラティはコクンと小さく肯き、目だけで視線の元を示す。
「あ、あの男は……」
ラティが視線にて示した先には、前に見た配達員らしき男が立っていた。
こちらを睨み付け、俺と目が合っても反らす素振りを見せない。
( またか…… )
「ラティ、アレはどっちだ?」
俺はラティにそう訊ねた。
アレは、ラティに魅了されただけ方なのか。
それとも、ラティの【犯煽】にも煽られた方なのかを。
ラティの魅了の効果は、正直に言って生活に支障をきたすレベルになっていた。
何となく心当たりはある。
レベル上昇によるCHRの上昇も要因のひとつだが、多分アレ以来、ラティの魅了の効果が跳ね上がったと感じていた。
レベルの低い一般市民では、ラティの魅了をレジストする事が困難となっていた。特に年齢の若い男性などは、やたらと惹かれる。
一応防止策として、紅の外套のフードは深めに被っているのだが、それでも惹かれてしまう人は何人かいた。
そして魅了に惹かれると同時に、【犯煽】の影響も受ける人も多く、既に何人かラティに惹かれ、面倒なゴタゴタがあった。
そして今回は――
「あの、魅了の方だけかと……」
「あ~~、んじゃ穏便に済ませるか」
「はい……」
魅了だけの方は、ラティが断ることで終わらせる。
だが【犯煽】の影響がある方は、断っても退くことはなく、強引な手段を取る事が多いので、最初から俺が対処していた。
「あ、おいお前っ――」
「あの、ご主人様に何か御用でしょうか?」
「あ、え!?」
出鼻を挫くようにラティが前に出た。
俺になにか言おうとしていた男は、見ていて可哀想になる程狼狽える。
「え、えっとキミを、助け、救いたくて。その男に言ってやろうと……」
「あの、わたしを救うとは、何から救うおつもりなのでしょうか?」
「ぼ、ボクは――」
その男は必死に言葉を紡いだ。
街の噂や芝居などを観て、俺がラティを高い値段で売ろうとしている話。
俺がラティに、過酷で厳しい戦闘を強要している憤り。
赤首輪奴隷なのに、行為を強要しているなども言い出した。
それらを全て聞き終えた後、ラティは再び問う。
「あの、それで何からお救いするつもりなのですか?」
「え……?」
一人の男がこれだけ熱く語っているのだから、何人かの通行人は野次馬へと変わっていた。
ちょっとした人だかりが出来た中で、ラティは切り捨てるように言い放つ。
「今、貴方がおっしゃったことは全て的外れです。ご主人様はその様な方ではありません」
一つ一つ否定するような面倒な真似はしなかった。
全てを聞き終えてから、その全てを否定する。だがその男は諦めず。
「待ってくれっ、だってそう聞いたんだよ? 実際にキミは奴隷だし……」
「あの、わたしはこの立場を自分で望んでいます。どうぞお引き取りを」
「――っえ? だってキミは困っているんだろ? そうだろ? だから前に砦の所で、聖女の勇者様に助けを求めたそうな顔をしていただろ? だからボクはキミを……救いたいんだ」
――アホかコイツは、
あの時のあれは、助けを求める顔じゃねえよ……
って言っても、表情が読み難いからなぁラティは、
まぁ誤解もされるか、
俺は可哀想なモノを見るようにして、その男を眺めた。
この男が全部悪い訳じゃない、誤解を招く要素は多々ある。
まず、例のお芝居。あれは確か最後に、金貨千枚で売るかどうかなどの葛藤が演じられていた。
『狼人奴隷と主の恋』の方であれば、解釈が変わるのだが。
戦闘行為の方も、内情を知らない部外者から見れば、そう見えるのかもしれない。実際に深淵迷宮での戦闘は危険なモノなのだから。
そして行為の強要。
これは間違いなく、嫉妬組が流している誤情報だろう。
実際に似たような話を俺も聞いた事がある。制裁を逃れ続ける俺を愚痴るように奴らが話していた。真実は逆なのに。
これは魅了の効果が過剰に作用した結果だ。
ある意味では、この男は被害者なのかもしれない。魅了によってラティに惹かれてしまった被害者。
当然、自身の魅了に苦労するラティも被害者。そして――
( もしかすると俺……いや違うっ )
絶対に考えたくない仮説が脳裏をかすめる。
絶対にそれは嫌だと、俺はそれを振り払うように顔を顰めると。
「み、見てよ。後ろめたいからそんな顔をしてんだ。そいつはキミに後ろめたい気持ちがあるんだよ。自分が悪だって自覚があるんだ」
「ん?」
「あの、ご主人様?」
俺が他のことを考えている間に、どうやら話が変な方向になっていた。
話を聞いていなかった俺は、横で暇そうにしているサリオに訊ねる。
「サリオ、何がどうなったんだ?」
「ほへ? えっと、なんかジンナイ様が悪いヤツだから、正しい自分がそれをなんとかって言っていましたよです。あ、目つきが悪いのが悪の証拠だそうですよです」
( 悪の根拠のひとつが目つきって…… )
説得力が微塵にもないことを言い出す男。
多少は目つきが悪いとは思っているが、そこまで酷いモノとは思っていない。どうやらこの男は、意地でも俺を悪者にしたい様子。
最初はラティに惹かれているだけの男だと思っていた。
だがそれは少し違っていたようだ。この男は、自分の中の正義を振りかざして、悪を断罪したがるタイプのようだった。
ふと、あるヤツを思い出す。
己の中にある正義を盾にして、自分の考えを押し付け押し通そうとするヤツを。
「ムカつくな」
「は? ムカつく? ああ、それはそうだろう。だってお前は己の非を突かれているんだから。自分が悪だと自覚しているからそう感じているのさ」
俺の呟きに対し、目の前の男は鬼の首でも取ったかのように饒舌に語り始めた。
噂でも悪いヤツ、劇でも悪いヤツ、女の子を奴隷として使っている悪いヤツ。
自分はそれを正しにきた。その証拠に、いま周りに居る人達は全員が自分に同意してくれているなど言い出した。
「皆さん、コイツは奴隷を酷い扱いしているヤツなんです。ボクはそんな可哀想な彼女を解放してあげたい……だからっ!」
俺はもう、こいつの首に喉輪でもしようと思ったその時――
「おいおいアンタ、『狼人奴隷と主の恋』を観ていないのかい?」
「えっ?」
「ああ、あれは名作だな」
「うちのカミさんは何回もそれを観に行ったよ」
「あれは深いよなぁ……」
「主の方だけは実名だっけか?」
俺にとっても、男にとっても予想外の流れ。
男の発言を、完全に否定する流れだった。
「な、なにを言っているんですが皆さんは!? そりゃあボクは真面目に仕事ばかりしていたから、そんなに多くのお芝居は観ていないけど……え、あれ?」
「すげぇ、本当に芝居みたいな展開だ……」
「ああ、俺も芝居の中にいるみたいだぜ」
「あれって捏造なんかじゃなくて、本当に起きていた事なんだなぁ、実感したよ」
ガヤガヤと盛り上がる野次馬達。
誰もが、『まるで芝居のようだ』と口にする。
男は旗色が悪くなり、先程まであった余裕の笑みが消え失せる。
しかしまだ諦めず、何かを言おうと口を開きかけるが。
「あの、これからわたし達はお芝居を観に行くので、そろそろもう宜しいでしょうか?」
ラティが言葉にて、その男をやんわりと切り裂く。
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった様子だが、自分が拒否されたと解った男は。
「く、くそお、ボクはボクはキミを――」
拒否された事による激高なのか、それとも【犯煽】に飲まれ始めたのか、男が何かしようと動きを見せた。
「――睡眠系魔法”キゼツ”!」
が、それを見越していたラティによって魔法で眠らされた。
大通りで横になって眠る男。
起こすと面倒そうなので俺達はそれを放置。そして野次馬達は、『良いモノが見れた』と口にしながら解散していったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
予定通り、芝居小屋が立ち並ぶ場所へと向かう途中、俺は必死に考えないようにしていた。――ある事を。
それを考えていけない。
しかし気が付いていない訳ではない。十分にその可能性はある
だが、それを――
俺はそれを振り払い、例の芝居へと集中することにする。
認めたくない事が――過らないように。
その後。俺達は芝居を観た。
今回観た『ペンタストライク物語』は、とても斬新な事にマルチエンディング方式を採用しており。
俺が今回観たのは、王子であるナイジーンが、ヒロインの令嬢三人に同時に刺殺されるという、『三刺しエンド』だった。
↑生活に、支障をきたすレベルで魅了が発動しちゃう娘
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……




