夢の中……で?
ギームルの声は、釘宮○恵ボイスで脳内再生して頂けると、幸いです。
ツンデレなので。
部屋に何かが迫っている。
パーティの位置表示や、ラティと繋がっている感覚から、近づいて来ているのはラティだと判断出来るのだが、気配が明らかに違った。
普段とは全く違う無邪気さ。
俺はそれに違和感を覚え、思わず身構える。
――ラティだよな……?
でも、いつもと違う……これは何かあるな、
言葉では言い表せない謎の危機感。
何故か本能が、『襲われるぞ』と警報を鳴り響かせる。
俺は本能に従い、咄嗟に武器を取る。
手に取ったのは木刀。危機感を感じるとはいえ、相手はたぶんラティ。
ラティを相手に危険な無骨な槍を構えられる訳も無く、俺は木刀を枕元に忍ばせて様子を窺うことにした。
油断を誘う為にベッドの上に横になる。だが、掛け布団などがあると動きが鈍る為、何も掛けずに横になり、モモちゃんを腹に庇う姿勢を取った。
そして部屋の扉が開き、入って来たのは――やはりラティ。
だが――
「ラティ……?」
部屋へと入って来たラティはいつもと違っていた。
無表情気味な顔ではなく、甘えるようであり、どこか拗ねているような表情。
そしていつもは凛としている瞳が、視界の定まっていない、まるで酒に酔ったかのような濡れた瞳。
( まさかコレは…… )
刹那の逡巡。
俺はラティが酒に酔っていると判断した。
思い起こせば、以前にも似たような事が記憶にある。そしてあの時と似たような状況。
前回は隣の席に座れずで、今回はモモちゃんに掛かりっきり。
淡い嫉妬のようなモノ。
それにラティは、ノトスに戻ったら出来ますとも言っていた。
ナニが出来るのかなどは分かり切っている。だが俺は、モモちゃんにベッタリだった。だからラティは再び頼ったのだろう、酒に。
ラティの感情を完全に読み取れる訳では無い。
だがこの予想は間違っていないと思えた。――いや確信出来た。
モモちゃん化したラティ。
略してモモティの表情を見て、俺は確信をした。
俺はラティに背を向けた状態で横になっており、振り向くようにしてラティを見ていた。そして彼女に声を掛けねばと、そう思った瞬間。
「っな!?」
「ぷしゅっ」
少し間抜けな掛け声とともに、ラティが一気に間合いを詰めて来た。
神速とも言える速さで、一瞬にして俺の背後を取る。
「ら、ラティさん!?」
「ぷしゅ~」
横になっている俺の背後を取ったラティは、そのまま俺の背中に密着した。
そして後ろから手を回し、お腹の辺りに腕を絡める。
背中には、なんとも言えぬ弾力が主張する。
「ま、マズイっ」
俺は咄嗟に抱えているモモちゃんを胸元へと抱え上げた。
お腹に抱えている状態だと、非常にマズイ事になりそうだったから。
一応、川の字で寝ているとも言えるような状況。少々密着はしているが。
前にモモちゃん、背中にはラティ。ことわざで言うところの、『前門の狼、後門の狼』という状態。
急に動かされた為か、モモちゃんが不満げに額をコシコシと擦り付けてくる。
そして後ろでも、ラティが額と鼻先を俺の背中に擦り付ける。
( これって狼人の習性なのか……? )
俺は首を捻り、背中に張り付いているラティへと顔を向ける。
すると――
「はむっ、はむ」
「――!?」
ラティは俺の動きに合わせて身体を起こし下唇を食み、次に返す刀で上唇も食んだ。
( なっ!? はへ? )
思考が止まる。
何が起きたのか分かっているのに、解れない。
( えっと、今のは )
俺の唇を食んだラティは、起こした身体を戻し、再び俺の背中に顔を埋める。
そして俺も、状況を理解する為に元の姿勢へと戻り考える。
――今のってラティからだよな……
……うむ、ラティからだった。
彼女の方から……
状況を分析した俺は、再びラティの方へ顔を向けるが――
「はむ、はぁむっ」
「――ッ」
再び食まれる。
まるで俺の動きを止められるように。俺の言葉を塞がれるように食まれる。
( こ、これはあああああああ!? )
閑話休題
繰り返すことを数回。
約十回目辺りでラティが寝に入った。今は『ぷしゅ~』と小さい息漏れのような寝息を立てて、彼女は完全に眠りに就いている。
「え~~と、どうすれば……」
モモちゃんは俺の服を掴んで胸元で寝ている。
ラティは俺の腹に腕を回して寝ている。
よって俺は身動きが取れない。だが、滾っている状態。
「くそ、この状態で寝ろってのかよ……」
俺は寝れる訳がないのにと、溜め息を吐きながら瞼を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――え? あれ? 眠れた?
夢? あれ? ここって確か……
俺は不思議な空間に居た。
下も夜空、上も夜空、そして当然、左右も夜空の世界。
――ここって確か、
初代勇者が居た空間……?
俺はその事に気付き、辺りを見回して初代勇者を探した。
そして探していた初代勇者はすぐに見つかった。なんと初代勇者は俺の目の前に存在していたのだ。
前と同じで、空間に磔のような状態でいる裸の男。
『やっと引き込めたか。思ったよりも機会がないモノだな』
――は? 何を言ってんだ?
引き込めた? まさかこの夢の中みたいな空間にか?
初代勇者は俺を見てるのに、何処か遠い目をして語り始めた。
『手短に言うぞ。まず、こちらからの声しか届かない。意識だけを引っ張ったようなモンだから、喋ることは出来ないんだ。その証拠に身体がないだろうキミには』
――はぁ? 何を言ってんだ、
身体が無いって何を……っげ!? マジで無ぇ!!
視線は動くのに、それ以外は何も出来ない状態。
初代勇者から聞こえて来る声も、聞こえてくるというよりも、頭の中に響いているような感覚。
『だからキミが訊ねたい事に答えることが出来ない。だからまず要件を伝えよう。……また世界樹の切り株がある森に来て欲しい。話したいことがある』
――来て欲しいって、まさかっ、
ゼピュロスまで来いと? 結構遠いんだぞ、
大体、そんな簡単に行けるかよ、
『あ~~あとね、大聖堂だっけ? あの時に助け船を出してあげたのは僕だからね。キミの中にある女神のような女性を視覚化したんだよ。効果あっただろう?』
――大聖堂の時って、
ラーシルか!? あれをコイツが出した?
一体どういうことだ……
『まぁ世界樹の意思というか、ラーシルが疼いている感じがしたからね。……でも、ラーシルに意思はあっても人格や感情は無いはずなのになぁ……』
――何を言って……?
ラーシルに意思? 人格? 何が……
『あ、キミが木刀に触れて居ない限りは周りは見えないから、だから安心してくれ。あ、そろそろ限界かな。それじゃあ世界樹の切り株で待っている』
「おい! だから何で……夢か?」
「あぷぁ~?」
気が付くとそこは自分の部屋だった。
俺よりも先に起きていたのか、モモちゃんがペチペチと俺の頬を叩いている。
「あ、ラティがいない……、先に起きて部屋に戻ったのか」
――いや、まさか……
もしかしてラティが来たのも夢だったのか?
違うな、背中になんとなく感触が残っているし……
それよりも夢の内容だ! いや夢じゃないかあれは、
俺は混乱したまま朝を迎えたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夢の件は、さすがに戻ったばかりで西へと行ける訳もないので、一時保留とした。
一度ラティに相談しないといけないし、何より、木刀から夢の中で語り掛けてきたと言うのは、あまりにファンタジー過ぎる。
戻ったばかりのノトスの事だって、まだ色々とある。
そう、モモちゃんとか――
朝食を終え、俺はモモちゃんを連れてゼロゼロのもとへと向かった。
やっとノトスへと戻って来たのだから、しばらくの間はゆっくりすることにした。
そう休日であればラティと、彼女から言質を取っているのだから、俺はこれから一カ月ほど休むことを心に決めた。そして今はモモちゃんと全力で過ごす。
子供といえば動物との触れあい。
俺はモモちゃんを抱えてゼロゼロを見せてあげる。
厩舎に繋がれているゼロゼロは、特に嫌そうな様子は見せず、鼻先をモモちゃんの方に向けて、彼女に触れさせる。
興味津々といった感じで手を伸ばしゼロゼロに触れるモモちゃん。
とても微笑ましい光景。
そしてそれを見つめる俺と、俺について来たラティとサリオ。――と葉月と言葉。
何故か重い。
空気なのか雰囲気なのか気配なのか状況なのか、何故か重いと感じた。
( も、モモちゃんが居ないと耐えられないっ )
そんな謎の空気の中、気楽さを感じさせる声が聞こえてきた。
「じんないさ~ん。お客さんが来たで~」
「やあ、陣内君。あ、言葉様も此処にいたんですか。ラティちゃんに葉月様も」
「あ、ららんちゃんとハーティさんなのです」
「ハーティさん、おはようございます」
「おはようハーティさん。陽一君を探していたんですか?」
何故か葉月の台詞にピクリと反応を示す言葉。
その反応に少し引っ掛かるモノを感じたが、今はハーティの方を向く。
「どうしたんですかハーティさん?」
「うん、立て替えていたお金を受け取りに来たんだよ。さすがに金額が金額だから、いきなり全部とは言わないけどね」
「へ? 立て替え……?」
「うん、それの」
不思議そうに聞き返す俺に対しハーティは、俺の後ろを指差した。
俺の背後、モモちゃんが触れているゼロゼロを。
( あ…… )
「スレイプニールと馬車の代金、金貨600枚ね」
「あああああああああ!!」
( があぁ、忘れてた…… )
俺は完全に忘れていた。
ずっとバタバタしていたので、完全にそれが抜けていた。そしてその金額に驚愕したのだった。
閑話休題
ハーティが手短に経緯を葉月達に話す。
何故、金貨600枚も掛かることになったのかを。
「……私の所為で」
「まぁ、正確には違うんだけどね」
ハーティの話を聞いて青ざめる葉月。しかし、それは仕方ないことだろう。金貨600枚と言えばかなりの高額。
それが自分の為に掛かったとハーティが説明をしたのだから。
そしてその青ざめる葉月の横では、俺がもっと青ざめていた。
――おぃぃぃぃいいっ!
いやいや、確かに言ったよ? 金に糸目はつけないって……
だけど限度ってモンがあるだろうが!
どうする……金貨600枚なんて無いぞ……
ゼロゼロを売るか? 駄目だ、モモちゃんが気に入っちゃたし、
「あの、ご主人様……」
「……ラティ。それは駄目だ」
ラティが俺に声を掛け、自身の胸元を掴むようにしていた。
俺はその仕草で、彼女が何を言おうとしているのか分かった。だが、その提案に乗る訳にはいかない。
あらゆる弱体魔法を弾く雪の結晶の形をした付加魔法品。それが無いと、【蒼狼】のマイナス効果をフォロー出来ず、ラティが危険となるのだ。
ららんさんの見立てでは、金貨三千枚以上の価値があると言っているが、その付加魔法品を手放すつもりはなかった。
( だけどどうする? 金貨600枚……だぞ )
「私が払うよ陽一君。だって、それって私の所為なんだよね? だから私が……」
「いや、金に糸目をつけないって言ったのは俺だ。だからこれは俺が払う」
――葉月、今のお前には無理だろう、
もう教会とは距離を取っているんだし、
……それに、あんなクソ教会にはもう頼らせたくないし、
「駄目だよ陽一君。私がなんとか……するよぉ」
「いや、さすがに金貨600枚は無理だろ。しかも誰かに下手に頼れないだろう? 碌でもない見返りとか求められそうだしよ……」
( あの教会みたいにな…… )
『うん』と力なく肯く葉月。だが彼女は次の瞬間――
「それなら陽一君。一緒に返していくってのは駄目かなぁ?」
「へ?」
( え? なに言ってんの、この子…… )
「私が金貨600枚返すのは駄目なんだよね?」
「だって、この金貨600枚は俺が無茶を言った所為だし」
「うん、でもね? その原因の一端は私にもあるんだよね? だから……」
「……だから?」
「だからね、一緒に二人で返していけばイイんだなぁ~って思うの」
「いやいやいや、何を言って……」
「ふ~~ん、だったら私が一人で金貨600枚を返すね。……ちょっと苦労しそうだけど」
「そうだろ! 無理なんだから。だから俺が」
「ううん、陽一君だけに任せるのは違うと思うの。だからね、一緒にふたりで返していきたいの。駄目かなぁ陽一君?」
その後、葉月の絶妙な押しにより俺は陥落し、彼女と金貨300枚ずつ返すこととなった。
これにより、俺の一カ月間休日計画は消えたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご質問などなどありましたら、感想欄に頂けましたら嬉しいです。
あと脱字誤字なども……




