悪役公爵令嬢アムスタシア ーペンタストライク物語ー
新章『ノトスのあすから』編スタートです。
「婚約を破棄させてもらうぞ、公爵令嬢アムスタシアよ!」
「な、なにをおっしゃるのです、ナイジーン様!?」
華やかな光に包まれている豪華絢爛な巨大ホール。
綺羅綺羅学園の卒業パーティ会場。
誰もが笑顔の中、唯一人顔を顰め、あの方がワタシを睨め付けていた。
その厳しい視線に、ワタシはビクリと萎縮してしまう。
「もう心配ないからな、リティ嬢」
「あのぅ、はい、ナイジーン様ありがとう御座います」
顰めていた顔が、腰を抱いているリティ嬢へと目を向けると、まるで融けるような笑みへと一変する。
(ああ……ワタシにはそのような笑みは、一度も見せたことがないのに)
心が激しく軋む、いままで必死に抑え込んでいたモノにヒビが走る。
いや、もうとっくにヒビだらけだった。
それに気付かないよう、ワタシは目を背けていた。見ないようにしていた。
「……何をもって婚約の破棄を。そもそも、この婚約は王家の意向だったと思うのですが。この事を陛下はご存知なのでしょうか?」
「ふんっ! そのような事は関係ない。俺は知っているのだぞ」
「何を……?」
ワタシは散り散りになってしまいそうな心を掻き集め、震える足を叱咤して向き合い彼に問うた。
「ああ、言ってやろう。公爵令嬢アムスタシアよ、お前はリティが嫌いだろう?」
「え?」
今ワタシは、誇り高き公爵令嬢として、見せてはならない顔をしているだろう。それだけの衝撃であった。
「あのう、嫌いだから……え?」
「そうだろうアムスタシア嬢? お前はリティ男爵令嬢が嫌いだろう? だから俺はお前を嫌いになるっ!」
国を背負う王太子として、それはあまりにも愚かな――いや、愚かと言うよりもあまりにも稚拙すぎる思考だ。
(えっと……嫌いだから……婚約破棄?)
どうだとばかりにしたり顔を見せるナイジーン様。
そして見せつけるようにリティ男爵令嬢を引き寄せ、彼女の瞼に口付けを落とす。
熟れた林檎のように頬を染めるリティ男爵令嬢。
そして――
「ちょっとナイジーン様! 今のってどういう事かなぁ? 口付けは私にしかしないって言っていたのに……閨の中でそう言ってくれたのにぃ……」
「ま、待つんだリーフムーン嬢! これはアレだ、うんアレだ」
「アレって何ですか!」
教皇の愛娘であるリーフムーン嬢が突然現れ、プリプリと可愛らしく怒りナイジーン様を問い詰め始めた。
狼狽えるナイジーン様。
そして彼が何か言おうと、口を開きかけた時――
「リーフムーン様と閨って……私と交わしたあの約束は……」
「――ッな!? なぜ君まで……」
次に現れたのはランゲージ伯爵令嬢。
彼女は瞳を潤ませ、大きく押し上げる胸元を、不安のあまり掻き抱くような姿勢でそう訴えた。
「あの、ジンナイ様。これはどういうことでしょうかねぇ?」
「えっとね、ジンナイ君。ちょっと分かり易く説明して貰えるかなぁ?」
「ジンナイさん……」
ワタシの目の前で、見目麗しい3人の令嬢に責められるナイジーン様。
何か言おうとしている様子だが、言葉が出てこないのか口をパクパクとさせるだけで、ただひたすらに狼狽えていた。
そして、そんな彼を責めるかのよう――「ぎゃぼおおおおおおお!?」
「このぉイカっ腹がああ! 俺の娘のモモちゃんになんつ~もん聞かせてんだ! しかも途中から名前が俺に変わってんじゃねーか!」
「ぎゃぼーー!? この懐かしい激痛は、まさかジンナイ様です~!?」
俺は三日間かけてノトスへと戻った。
街に入ると真っ直ぐノトス公爵家屋敷へと向かい、俺はアムさんに会うより先にモモちゃんのもとへと向かった。
ノトスへと向かう馬車の中で、ラティからモモちゃんがとても寂しがっていることを聞いていたからだ。
一応他にも、ノトスの状況やアムさんの事。時間があったのでギームルの事までも聞いていたのだが、モモちゃんが寂しがっているという話には、本気で心を締め付けられるモノがあり、俺はモモちゃんとの再会を最優先とした。
そしてモモちゃんの居る部屋前に辿り着くと、部屋の中からサリオが何かの物語を語っている途中だったので、邪魔しないよう様子を見ていたのだが――
「サリオ! なんだ今のふざけた話は。アホか!」
「ジ、ジンナイさま!? か、顔から手を離して欲しいです! こめかみから絶対に聞こえちゃ駄目な音がパキパキと~~です。顔がマンボウになっちゃうです!」
「ってか、異世界にもマンボウいるのかよ!」
俺はツッコミを入れつつサリオの顔から手を離す。だが、いつでもすぐにアイアンクローを放てる姿勢は崩さないでおく。
部屋の中には愛娘のモモちゃんと乳姉妹のラフタリナちゃん、それと乳母のナタリアさんがおり、俺の突然の乱入にきょとんとしていた。
そしてそんな中、アイアンクローから顔を解放されたサリオは、俺の油断のない構えに怯えつつも、今のふざけた物語をモモちゃんに聞かせた理由を話し始めた。
「え、英才教育ですよです」
「ほう、今のが教育だと言うのか……」
( 俺もお前を教育をする必要があるな…… )
「こ、これは、男は危険だと危ないとモモちゃんに教えているのですよです」
「――ッ!?……確かにその教育は大事だ、間違っていないな」
「あの……ご主人様?」
「陽一君……? いくらなんでも」
「そうなのです! 男とは二股どころか3~4股をする危険な存在だと教えているのです」
「そうだ、モモちゃんは誰にもやらん!」
サリオの主張に同意する俺に対し、訝しげな表情を見せるラティと葉月。
――おいおい、なに不思議そうな顔してんだ二人とも、
超大事だろう? 天使なモモちゃんだぞ、野郎どもが寄ってくるだろう、
絶対に必要な教育だろうがまったく……ん?
僅かな逡巡の後、この教育は絶対に大事だと二人に説明しようとしたその時――
「あ、あぷぁ……」
「……モモちゃん」
この世の穢れなき無垢なるモノを全て収めたような瞳が、ジッと俺を捉えていた。
そっと膝をついてモモちゃんと同じ目線まで下げる。
「ぁぷう……ぁ……」
「ただいま、モモちゃん」
「あぷあああああ! ぷぅあああっ、あぷぅああ――」
必死に、ただただ必死にモモちゃんは泣きじゃくっていた。
彼女の泣き声だけが室内に響く。跪いて位置が低くなった俺の腹に、一生懸命顔を押し付けて泣きじゃくるモモちゃんを、誰も言葉を発することなく見守っていた。
グリグリと額を擦り付けてくる。
紅葉のような手で、拙いながらも黒鱗装束を掴もうとする。
何かを訴えるように、ペタペタと足踏みもしている。
彼女は全てを使って俺に抗議しているようだった。
「モモちゃん……ごめんな。突然いなくなって……ホントごめんな」
本当のところはどうかは分からない。
だけどモモちゃんは、両親が居なくなったことを解っているのかもしれない。
そして今度は、俺までも居なくなったと思ったのかもしれない。
確かめる術はないが、そんな気がした。
閑話休題
「ふぅ……」
「あぷぁ?」
「うん? 三日ぶりの風呂だからね。気持ちよくて声が出ちゃっただけだよ」
「うぷぅう、ぱぁい!」
薄い湯煙が立ち込める中、俺とモモちゃんは向き合っていた。
俺に抱っこされ、こちらに顔を向けようと一生懸命に見上げている。
「いいお湯でちゅね~、モモちゃん」
「あうぷぁ!」
現在、モモちゃんと一緒にお風呂に入っていた。
モモちゃん号泣の後、泣きじゃくる彼女を宥めるため、俺は耳と髪を全力で撫でてあげた。
その甲斐あってか、モモちゃんはなんとか泣き止んだのだが、今度は俺と離れなくなってしまった。必死に黒鱗装束を掴み、離そうとするとイヤイヤをするのだ。
ノトスに戻ったのだから、公爵であるアムさんに会わないといけない。
俺はまず、失礼のない様に旅の汚れを落とす為に風呂へ入ろうと思った。だがモモちゃんは離れたがらず、仕方なしに俺はモモちゃんと一緒に入浴をした。
たっぷりと水が詰まった風船のような抱き心地なモモちゃん。
強く押せば壊れてしまいそうな柔らかい彼女を、大事に抱っこして湯船に浸かる。
「モモちゃん、二ヵ月見なかった間に大きくなったなぁ……」
「ぷぅ?」
ペチペチと俺の頬を叩くモモちゃん。
口の中に親指を入れてこようとする。
「モモちゃん、めっ」
「ぷぷぅ」
少し不満そうな顔をするモモちゃん。
俺はその表情を見て、ららんさんのことを思い出す。
彼は俺達が戻って来たことを聞いて、モモちゃん達がいる部屋にやって来たのだが、泣きじゃくるモモちゃんを見て、『落ち着いたらアムさんのところに来てや』と、困惑気味な表情でそう伝えてきた。
状況を察してくれた様子だが、それでも来て欲しいという事だろう。
もとから行くつもりであったが、わざわざららんさんが呼びに来たということは、何かしら大事な話があるのかもしれない。
――二ヵ月間か……
ギームルも来て、色々とあったのかな?
取り敢えず会わないとだよな……
執務でそれなりに忙しいはずのアムさん。
その彼が俺の為に時間を割いてくれる。
「よし、行くか」
俺は風呂からあがり、アムさんの待っている部屋へ向かった。
お腹にモモちゃんを抱っこしたままで。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご指摘など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……
ラティが可愛い。




