訪問者たち
もう多数の方がお気付きとは思いますが。
書籍化の為に、一カ月ほど前にタイトルを自主的に変更しました。
タイトルを口に出して言ってみたら、言い難かったので……
ひとりの男が宿にやって来た。
その男の名前はスパイサー。
彼は、大司祭の補佐を務める者だとも名乗った。
宿屋の一室を借り、俺達四人はスパイサーを迎え入れた。
勇者葉月が居る為か、会話の為の部屋は、宿屋側が快く貸してくれた。
まず今回の件で、大司祭フラムの失脚が決まり、その空いた空席に誰が座るのかは、揉めていてまだ決まっておらず。取り敢えず、補佐をしていたスパイサーに交渉役の白羽の矢が立ったらしい。
教会側としては、聖女の勇者葉月を失うのは避けたいらしく、なんとか引き留めて来いと命令された様子であった。
葉月とスパイサーが席に着き、俺とラティとハーティは立ったままで交渉が進む。
葉月は教会を抜けたい意思を伝えたのだが、彼女に教会の者としての仕事や立ち振る舞いなどは要求しないから、教会を抜ける事だけは止めて欲しいと懇願していた。
俺的には、この話は拗れると思っていたのだが、葉月が呆気ないほど簡単にそれを了承したのだった。
これで葉月は自由に動いて良いことになったのだが、ただひとつだけ、教会から譲渡された白い法衣だけは、葉月にそのまま着て欲しいとのことだった。
高性能らしい白い法衣。
これを葉月が着続けていれば、内情はどうであれ、葉月と教会は繋がったままであると認識されるらしい。少なくとも教会側としては面目が保たれる。
そしてその了承を得られると、スパイサーは席を立った。
目的を達成したのであれば、必要以上には欲張らず、引き際を心得ていた。
「では、ハヅキ様。私はこれで失礼させて頂きます」
「はい……あの、エルネさんは……どうなったでしょうか?」
葉月に礼を言って退出しようとしたスパイサーに、彼女はそう訊ねた。
「……侍女のエルネは、彼女は責任を取らされる形で、最下級の立場に落とされました――」
尋ねられた事に対し、少しの躊躇いの後それに答えるスパイサー。
彼は、今のエルネの状況を語ってくれた。
彼女は、あの大聖堂での責任の一端を取らされたのだという。
俺というイレギュラー要素を、己の目的の為に大聖堂へと招き入れ、しかも勝手に俺をラーシルの使いと認定した。その結果、それに便乗する形で葉月が教会を去ろうとしたのだ。
俺の視点から見るとエルネは、ただ腹立たしいだけのクソ女だが、教会側からすると、聖女を手放しかねない状況を作り上げた元凶となる。
個人的には、教会がやらかした婚姻の儀式が一番の原因だと思うのだが、『それはソレこれはコレ』なのだろう、ズルいことに。
エルネはもう、教会では完全に力が無くなったらしい。
スパイサーは葉月にそれを話すと、今度こそ部屋を出て行った。
部屋に残されたのは俺と葉月だけ。ラティとハーティはスパイサーを見送りに出て行った。
本当は俺も部屋を出ようとしたのだが、何故か葉月に呼び止められたのだ。
少し気まずい沈黙のあと、意を決したように葉月が口を開く。
「えっとね、陣内君」
「うん?」
――何故かイヤな予感がする……
何だ? 何で俺だけを呼び止めたんだ?
何でか逃げないといけない気がするんだけど……
「陣内君とラティちゃんって、”しちゃったんだ”」
「な!? うぇってっと、えええっと、葉月! お前【鑑定】で俺を覗いたのか! また女の勘って奴か?」
「鑑定? 勘? よく分からないけど、【鑑定】すると何か見えるの?」
「はぇ、え? じゃあなんで……」
「それぐらい二人を見れば判るよ。二人の雰囲気っていうか、前と違うから。…………それに焚き付けたのは私だし」
「は……? 【鑑定】じゃなくて、俺達の態度で判ったてのか」
最後の方は小声でよく聞き取れなかったが、葉月はとんでもないことを俺に訊ねてきた。
ここは冷静に対処すべき所なのだが、既に手遅れだった。
「え~~っと、黙秘します」
手遅れとはいえ、俺はまだ足掻くことを選択する。
昔、ある偉人が言っていた。
絶望が歩みを止めるのではない。諦めが歩みを止めるのだ。
絶望にはまだ『望』があるのだから。
だから俺は足掻く。
どんなに細い道であろうと、俺は渡り切ってみせる。
「ふ~~ん、そっか。まだそんな感じなんだ」
「へ? 何がそんな感じなんだ? 葉月様」
「ううん、なんでもない。まだそんな感じなら、私にも望みがあるかなって思っただけ。気にしないで陽一君」
「ああ……あ、あれ? 陽――」
葉月は一人で納得して部屋を出て行ってしまった。
俺を取り残すような形で。
( おい…… )
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日も、訪問者達はやって来た。
一人目はセキ。
二人目はアオウ。
三人目はブラッグス。
オレンジ色のスレイプニール、ゼロゼロの疲労がまだ抜けきっていないので、まだ滞在していた宿に、彼等はバラバラにやって来た。
最初は面倒そうなので、一度は宿を変更しようか考えたのだが、この宿屋はセキュリティが高そうだったので、多少の面倒ごとがあるかもしれないが泊まり続けていた。
以前泊まっていた宿も考えたのだが、あの宿は、セキュリティが低いので却下した。
そしてやって来た五神樹達は、やはりと言うべきか、葉月に戻って来て欲しいとの懇願であった。
赤い野郎は強気に、『お前にはオレが居ないと駄目だろ? だから戻って来いよ』と、俺様顔で言い放ってきた。
青い野郎は穏やかに、『ハヅキ様、どうか考え直してください。それは一時の気の迷いです』と、柔らかい笑みを浮かべて、諭すように話した。
懇願じゃなかった。
ちょい左斜め上な感じの駄目な説得だった。
当然葉月はそれをやんわりと突っぱねた。
『スパイサーさんから、自由にして良いって聞いていますが。あれは違ったのですか? 嘘だったのですか?』
そう彼等に伝えると、二人は意外にも素直に退いていった。
その時に葉月が明かしたのだが。全てを断ると、相手がどう出て来るか分からなくなるので、少しだけ相手の提案に乗ったそうだ。
何故あの時、スパイサーの提案に乗ったのかと不思議に思っていたのだが、それはこの様な時の為らしい。
少なくとも今は、一応は教会所属。もし強引な真似をすれば教会を離れると、そう暗に脅していたのだ。
そして三人目のブラッグスは、葉月ではなく俺に会いに来ていた。
『ジンナイ、お前とサシで話がしたい。明日の10時、大聖堂の裏で待っている』だったので。
『ああ、わかった行こう』と、俺は返事を返した。
俺の返事を聞いたブラッグスは、目を細めるようにして俺を一瞥し、すぐに去っていった。
そして翌日、俺達は宿を後にしてノトスへと向かうことにした。
疲れ切っていたゼロゼロは、葉月の魔法の助けもあり、完全に回復していた。
むしろ、何故か、どうしてか、何があったのか、ラティの疲労の色が濃かった。
部屋で休んでいただけのはずなのに、何故か彼女の顔色は悪く、『もう一日泊まるか?』と訊ねると、それを強く拒否した。
ラティは一刻も早く発ちたいといった様子で、それならばと、俺達が出発しようとした時。
「ねぇ陽一君。昨日約束していたブラッグスさんは? 確か大聖堂の裏でって」
「陽……いや、行くとは言ってないし俺」
ふと葉月が俺に話し掛けてくる。少々引っ掛かる所があるが、そこを突っ込むとアレそうなのでそこはスルーする。
「え? 確か『行こう』って……」
「……大聖堂に行くとは言っていないっ。あとな葉月、この異世界では呼び出しイコール罠なんだよ。ノコノコ行ってみろ、絶対に何か罠が張ってあるから」
俺はこの異世界で学んだ常識を葉月に語った。
呼び出された場所に行くと、大体が酷い目に遭うという事。葉月はどこか腑に落ちない表情をしているが、ラティの方は同意の顔をしている。
「それにな、俺はアイツに用はない。もう行きましょうハーティさん」
「君は相変わらずだね、まぁ確かに間違ってはいないか」
ハーティも俺の考えに同意し、勢いをつけて馬車の御者台へと上がった。
そして俺達も馬車へと乗り込む。
行き先はノトス。
ハーティが所属する三雲組も、どうやらノトスへと向かっている様子だった。
三雲組が擁するチートアイテムの白い毛玉は、なんと飼い主である言葉の位置を、大雑把ではあるが分かるらしい。
その白い毛玉が示した方向は南東。
きっとエウロスからノトスへと移動中なのだろうと、ハーティはそう判断していた。
御者台にはハーティ、馬車の中には俺達3人が乗り、さあ出発となるが。
「ままってくだぁすあい、ハヅキ様」
「危ない!?」
「え、シキさん……?」
「あ、方言が酷い奴だ」
五神樹の紫野郎シキが、突然馬車の前に立ち塞がった。
今にも、超有名なプロポーズの言葉でも吐き出しそうなシキ。彼は、馬車から降りた葉月の前に跪き、彼女へ向けて言葉を紡ぐ。
「ハヅキ様。わたしは貴方にお仕えしたい。……すっすす好きぃだとじじゃなぐ。えっど……純粋だに、貴方にお仕えしたぃのです」
聞いている方が疲れる喋り方。
だがその態度と姿勢には暗いモノはなく、真摯に仕えたいという気持ちが伝わってくる。
「シキさん、私と一緒に行くということは、場合によってはユグドラシル教会を離れる事もあるんですよ?」
「構わないっ!」
見た目だけはイケメンで優男のシキ。
その中身は残念な奴だが、今日は心意気が違った。
「そうですか……それでしたら構いません。でも――」
「わかっておりますっ。けっすて惚れただぁなんかで、変なぁことあしあせん」
こうして、アルトガル出発前に後衛役であるシキが同行することとなった。ギリギリ乗れる馬車にシキが乗り込む。
気まずさと狭さを感じる馬車、その5人を乗せた馬車をスレイプニール種のゼロゼロは苦も無く走らせる。
大通りを通過し、ノトスへと向かう為の南側の門を潜るとそこには――
「陣内……またお客さんだ」
「ん? 誰だよ。まさかブラッグスが先回りして……コイツが居たか」
馬車の窓から外を見ると、そこには一人の男が立っていた。
いつもヘラヘラとした軽薄な笑みは潜め、苛立ちのみを顕にした黄色い奴。
「ああ、お前がいたなイエロ」
「…………」
五神樹の最後の一人。
盾役担当のイエロが立ち塞がっていた。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想やご指摘、他にもご質問など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……
ああ、そろそろかな~~まだかな~
まだかな~('ω')




