ユニコーンの日
最近陣内が、本編どころか、感想コメントに外堀を埋められてきています。
運が良かった。
もう無理だと諦めかけていた。
もうこうなれば婚姻の儀式の後に、あの盛った犬どもを何とかしないといけない、そう考えていた。不承不承だが、盛り勇者ヤソガミか、女勇者タチバナの力を借りる事も視野に入れていた。
だがしかし、イセカイの流れなのか、それともユグドラシルの意思なのか、失われしラーシル様の導きなのか、奴に出会うことが出来た。
本当に運が良い。
やはり聖女の勇者、ハヅキ様の処女は守られるべきなのだ。
もうすぐ中央に辿り着く。
高額のスレイプニールを三頭も乗り潰し、最後に残ったオレンジ色の一頭、ゼロゼロに馬車を引かせ中央へと向かう。
中央に着いたら色々と用意しなければ。
儀式用のアレや、今後の計画も奴に話さなければならない。
奴、ジンナイヨウイチに――。
奴は利用出来る。
コイツを上手く使えれば、きっとハヅキ様を揺さぶる事が出来る。
いかにハヅキ様の意思が固かろうと、己の婚姻の儀式に想い人が現れ、そしてその想い人の前で、他の男と婚姻の誓いをさせられるのは辛いはず。
そして尚且つ、その男が自分を助ける為に何かを言えば、間違いなく揺らぐはず。そして揺らぎさえすれば、その後は揺らし続けて崩せる。
僅かでいい、少しでも拒否の言葉があれば、それをワタシが大きくしよう。
大きく、大きくして婚姻の反故へと変えてみせよう。
教会は絶対にアレを要求してくるはず。
きっとアレを盛り込んで来る。
その時ならば必ず揺らぐはずだ……
想い人の前ならば――。
――――――――――――――――――――――――
「ジンナイ様、少々お話があります。ハヅキ様を助ける為の……」
「ああ、わかった」
神妙な雰囲気で話し掛けてくるエルネ。
その話し掛けてきたエルネは、ラティとハーティをさり気なく一瞥し、暗に俺と二人だけで話したいと伝えてくる。
現在は中央の城壁の中。
東側の門から中へと入り、馬車を止められるスペースを見つけ、丁度そこで休憩を取っていた。
空に見える太陽は現在10時半を指しており、婚姻の儀式まで、まだ一時間以上の余裕がある状況。
因みにハーティは、MPがほとんど枯渇した状態であり、しかも半日以上も馬車を走らせた疲労からか、完全にバテていた。
そんな今にも倒れそうなハーティを見かねて、いたわる様に飲み物を薦めているラティ。
俺はその二人をチラリと見てから、エルネの誘いに乗るべきが逡巡する。
――どうすっかな……
距離を取り過ぎなければ問題ないか?
少し離れた程度なら、【心感】の有効範囲内のはずだし、
俺はラティへと目で合図を送る。
当然彼女はそれに気付き、僅かに肯いて返事を返して来る。
「――じゃあ、話を聞こうかエルネ」
「……はい、ではこちらに」
「ラティ、ちょっと周りを見て来るから、そのままハーティさんを見てやってくれ。すぐに戻る」
「はい、ご主人様」
俺はエルネと少し歩き、建物で陰になる場所で足を止めた。
「で、話って何だ?」
「はい、婚姻の儀式を止める為のお話です――」
エルネは淡々とそれを話してきた。
まず、婚姻の儀式に潜り込むツテはある。同じ教会の者なのだから、その辺りはどうにかなると話す。
そして俺に期待しているであろう、勇者保護法違反の件。
濁した言い方で明確には言わなかったが、自分が合図を出したら、『ハヅキ様を止められる言葉を言って下さい』と、そんな曖昧な指示を出してきた。
その合図について訊ねると。
エルネはとてもいい笑顔を浮かべながら、もっとも効果が発揮されるであろうタイミングを計り、その時に合図を送ると言った。
そしてその合図が出るまでは、絶対にジッとしていることと、そう注意も受けた。
そのタイミングとはどんな時なのかは分からないが、確かに何事もタイミングは大事であると思う。
すれ違ってしまえば遅いし、早過ぎれば呆れられてしまう事もある。
その後は、細かい段取りも聞いてラティ達のもとへと戻った。
そして俺が次に行った事は、エルネが何か嘘を吐いていないかの確認。
さり気なくラティにそれをボカして訊ねる、しかし彼女から戻ってきた判定は白。どうやら嘘は吐いていないらしい。
だがラティ曰く、嘘は吐いていないが、何かを企んでいると。
俺は、『そうだろうな』と返し、大聖堂へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車は大聖堂の近くで待機となった。
話の流れ次第では、この中央から逃げ出す可能性が高いので、MPが枯渇してグロッキー気味だが、一応ハーティを馬車に待機させた。
そのハーティからは、『君ならなんとかなるだろう』との言葉を貰う。
あまりに楽観視した言葉だが、当然俺は、『なんとか』するつもりだった。最悪の事態も想定し、花嫁強奪も視野に入れておく。
そして俺は、ラティとエルネの3人で大聖堂へと乗り込む。
大聖堂。
中央にあるデカい建物。
その姿は、テレビの旅行番組などで見たことがあるような建造物。
彫刻による意匠が凝らした外壁、耐震性など大丈夫なのかと疑いたくなるような複雑な作りと高さ。
昔、まだこの城下町を生活の拠点としていた頃、遠目ながら見た記憶はあるが、一度も近寄ったことの無い場所だった。
当時の宰相ギームルの手回しにより、冒険者ギルドの利用が出来ないと知った俺は、この手の政治的な要素がありそうな場所へは、用心の為に近寄らないようにしていた。
当然、受付の猫人に受けた、ラティへの差別も要因のひとつだ。
俺達はその大聖堂へと、呆気なく入る事が出来た。
エルネには本当にツテがあったらしく、特に咎められることなく中に入れた。
一応、変装のようにローブのようなモノを羽織っている。のだが――。
「……マジでみんな持ってんのかよ」
「あの、これは……」
「儀式に必要な物ですから、まぁ、茶番だとは認めますが。先程ご説明をしたはずですが?」
「いや、そうは言っても……」
まだ儀式が始まっていない為か、大聖堂の中は雑談の声で溢れていた。
そして俺の眼前には、荘厳な光景と、珍妙な光景が広がっていた。
荘厳な部分とは大聖堂の内装と広さ。
デカい建物だとは思っていたが、二階などの上の階はなく、一階から30メートルほど上に、意匠で飾られた天井が見えた。
そして数々の壁画や、巨大なステンドグラス。
ユグドラシル教と言うだけあって、描かれている題材には大木が多かった。
次に珍妙な部分。
それは参加者の半分以上が木刀を持っている事。
一番奥の祭壇へと続く真ん中の通路で、教会側と思われる礼装の者と、いかにも招待されたであろう、身なりの良い者で分けられていた。
左側が教会側、右側が招待客となっている様子で、その教会側はみんなが木刀を持っているのだ。
( 説明は聞いていたけど、マジだったのか…… )
俺は事前にエルネから聞かされていた説明を思い出す。
木刀は、教会側にとって儀式などで使うモノなのだと。
教会が信仰するという世界樹、しかしその世界樹は失われ、偉大なる力は大地へと還り、今度はその大地より人々を見守っているという教え。
そしてその大地より育つ樹木は、世界樹の一部とも言えるそうで、特に神樹や御神木などは神聖視されているのだと。
俺の持つ木刀などは、特に価値があると思ったのだが、この世界樹の木刀からは既に魂が抜けており、もう価値が無いらしい。
だから、魂の宿った新しい木刀の方が価値があるのだと言う。
どうにも納得しかねる理由なのだが、それをエルネに訊ねると、『憶測なのですが、きっと昔、王家から譲って貰えなかったので、そういう事にしたのでしょう』と返された。
何処かで聞いた事のある話。
要は、手に入らないモノを無価値にして、手に入るモノに価値を与えたのだと。
儀式の為だけに使われる木刀。
ほとんど形骸化しているような気がするが、こういった婚姻などの儀式にはまだ使われているらしく、教会の人間は皆が握っていた。
そんな異様な光景だが、そのお陰で俺は怪しまれる事なく、木刀をこの婚姻の儀式に持ち込めた。
当然、槍や剣などは持ち込めないので、ラティまでも木刀を握っている。
高校の体育館よりも広い大聖堂の中。
参列者用の席は用意してあるのだが、席が用意されているのは、招待客と一部の教会関係者達の分だけ。
他の者達は、後ろの方で立ち見となっており、俺達はその立ち見に紛れ込んでいた。
「右の参列者は、教会の支援者達です。そして作戦の肝としては、その支援者達を味方につける事です」
「……支援者、信者とは違うのか?」
「ええ、少し違います」
エルネの含みのある言い方。
その言い方から、なんとなくだが、彼等は信者のようにただ教会に尽くす人間ではなく、教会と何かしらの協力関係にある人達なのだと察した。
そして暫くすると、左奥の方から聖女の勇者葉月が姿を現す。
招待客側からは、『ほぅ……』などの吐息が漏れる中、司祭らしき男に導かれ、中央の祭壇や垂れ幕がある場所まで案内された。
その葉月の姿は、意外にもいつもと同じ法衣服。
婚姻の儀式ということであり、どうやら花嫁衣裳のようなモノではなく、儀式の色を強くする為か、いつもの白い法衣服姿であった。
その葉月が中央に行くと、今度は反対の右奥の扉から五神樹達が姿を現す。
そしてその手には、慣れていないであろう木刀を握っている。
――ああ、そうか……
五神樹って、5本の神樹って意味か、
俺は木刀を持つ5人を見て、唐突にそう感じた。
きっと神子とは、神樹の子のことで、その神子の子供を勇者が生んだとすれば、それは計り知れない威光となるのだろうとも。
信仰する神と、イセカイを救う勇者の子供。
俺から見ると、とても酷い茶番だが、このイセカイの価値観からすると凄い事なのだろう。
緊張気味の五神樹の登場を見定めてから、俺は隣に立っているエルネに目を向ける、例の合図はいつなのかと。
しかしエルネは、俺の視線などは無視をして、ただ葉月だけを見つめていた。
役者が揃い、先程のような雑談が飛び交い合う状況ではなく、誰もが息を潜める。不意に声を出してエルネを急かす事は出来ず、俺は無言の彼女に従い、目の前の儀式の流れを静観しようと思ったが――。
( この感情の流れは…… )
ある事に気が付き、エルネとは反対側の左にいるラティへと目を向ける。
ローブのフードを被るようにしている彼女の顔を覗くと、そこには、『不快』の文字が浮かんでいるようだった。
顰められた眉、きつく閉じた口元。
いつもなら僅かに開いている唇の先が、今は横に食いしばられていた。
その表情と心に流れてくる感情で解る。
いま此処には、とてもよくない感情が渦巻いているのだと。
そして婚姻の儀式が始まった。
俺はそれを見ながら、エルネの合図が出た時のことを考えていた。
――引き留める言葉か……
俺の為の結婚なんて止めろってか?
いやいやいやいや、無いだろっ、どんだけ……
あれ? 何て言えばいいんだ、
冷静になって考えてみると、かなりハードルが高かった。
ハーティならば、スラスラと言葉が出てくるかもしれないが、コミュ力の低い俺にはキツいイベントだった。
今更ながら、ハーティを置いて来たことを軽く後悔する。
何を言ったら良いのか、モンモンと考えている間にも、婚姻の儀式は進んでいった。
「では、聖女ハヅキ様。婚姻の儀式の誓いの儀を行って貰います」
結婚式で言うところの神父役の男が、そんなことを葉月に言う。
”誓い”よくテレビや漫画などで出て来る定番の、『病める時も、なんたらの時も~』などの宣言でも始まるのかと身構える。
そしてこのタイミングかと、横に居るエルネを見ると、彼女は合図を出すことはなく、ただ仄暗く嗤っていた。
( !? わらう……何故? )
「――最後の儀式……婚姻の誓いの儀式を……」
隣のラティから嫌悪感が膨れ上がる。
言葉を発している司祭らしき男の目が厭らしく綻ぶ。
「大聖堂の地下、聖なる御神樹の閨にて、神子たる五神樹と五日間過ごして頂きます」
その男がそう宣言して後ろを向くと、その男の背後には、垂れ幕によって隠されていた、地下へと降る階段が姿を見せていた。
なんと教会側は、婚姻の儀式自体に、それを盛り込んできたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想コメントや作品のご指摘など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……
世界樹の木刀の背景ですが、ひょっとしたらこれって本編じゃなくて、感想コメント欄で語れていたかもです;
唐突に語られてすいません。




