よくあるズルい奴
厳粛にて公平で、そして独断と偏見と目視の投票結果。
ラティはいつもの。
モモちゃんは陣内とベッドイン回
言葉様はデート回
が、決定しました。
「ボクはまた……君に負けたんだね」
「……ああ」
木刀が刺さった痛みの為か、額に脂汗を浮かべる椎名。
その顔は苦痛に歪んではいるが、どこか憑き物が落ちたような表情を見せる。
――……君ってことは、
魔剣の影響下から抜けたのか?
椎名は、正座を崩したような状態で腰を床に下ろし、打ち付けられた右手と、木刀に穿たれた脇腹を庇うようにして俺を見上げていた。
「はは、魔剣にまで頼って。そして貴族にいい様に踊らされて散々やった結果がこれか……くそ、ボクは情けないな……」
その声音には力なく、弱弱しく消え入るような声で呟く椎名。
先程までの、凶戦士のような荒さは消えており、まるで賢者のようになっていた。
「椎名、賢者モード中みたいだけど、俺達はもう行かせてもらうぜ」
「……ああ」
俺と椎名の短い会話が終わり、この戦いに決着が完全に付いたと判断をしたのか、たどたどしい足つきで言葉がやって来る。
「陽一さんっ、いま回復魔法をお掛けします」
「言葉?」
俺は言葉にそう言われ、改めて自分の姿を見下ろした。
アドレナリンでも脳内麻薬が出ているのか、あまり痛みを感じていなかったが、パッと見では俺の方が椎名よりも酷い状態だった。
身体中を刻まれており、やんわりと言って血だるま。
少しヒリ付く頬に手を当ててみれば、かなり出血しているのか、その指先の感触はヌルりとしていた。
「陽一さん、ジッとしていて下さいね」
「ん、ああ」
俺の傍にやって来た言葉が、両の手を上げて魔法を唱える。
淡く優しい光が俺を包む。
心地良い温度の温水をゆっくりとかけて貰ったような沁みわたる感覚。そして三十秒もすると、俺の身体の傷は全て塞がっていた。
「ありがとう言葉。流れている血を見る限りじゃ、結構酷い怪我をしていたんだな」
「いえ、陽一さん。私にはコレしか出来ないですから……」
何かを訴えるような瞳で、俺のことを上目遣いで見つめる言葉。
何となく、本当に何となくだが、頭でも撫でてやりたくなる。
が――。
「あの、ご主人様。この魔剣はどうしましょうか?」
「え、あ、ラティ。そっか、その魔剣は――って、ラティ! それを持って平気なのか!?」
『はい、問題ありません』と、平然と魔剣をその手に持つラティ。
「あの、わたしは【魔剣】の適正があるので、ペナルティーである感情の解放にはならないのでしょう」
「あ~~なるほど、そういやそんな事を言ってたな」
俺はラティの手にある刀を見て、ふとある考えが浮かんだ。
( この脇差みたいな刀…… )
「椎名」
「……なんだい陣内」
「今回の迷惑料として、この魔剣を貰うぞ。どちらにしろコレはお前には渡せないんだから。拒否をするなら、前の聖剣と同じでへし折るだけだ」
「……分かった、持って行くといいさ。ボクももうその魔剣には頼りたくない」
椎名は自嘲とも取れる苦笑いを浮かべ、すんなりと俺の提案を受け入れた。そして奴は無事な左手を使って腰に留めていた魔剣用の鞘を渡してくる。
折角の魔剣である、貴重な業物をただへし折るだけは勿体ないと思い、ラティが扱う事が出来るのであれば、彼女が所持した方が良いと俺は判断をした。
魔剣の大きさも、丁度ラティが使っている蜘蛛糸の剣と同じぐらいだったので。
こうして魔剣雪那切りはラティの手へ渡った。
俺達3人が並んで立ち、そのすぐ傍で項垂れるようにして座っている椎名。
構図的には、椎名が俺達に謝罪しているようにも見える光景、そしてそんな中、椎名が重々しく口を開いた。
「……言葉さん、本当に申し訳なかった、君を強引に攫うような真似をしてしまって」
「え、あの……」
「アホか! 『ような』じゃなくて、ガチで攫ったんだろうがっ」
「あの、ご主人様。今はお静かにした方が……」
ラティから、『空気を読まれた方が宜しいのでは?』といった視線までも貰う。
まだ色々と言いたい事はあるが、取り敢えず俺はラティの忠告に従い、横やりをいれるのを止めて成り行きを見守る事にした。
「言葉さん、もう一度、もう一度だけ改めて言わせて欲しい。――ボクは君のことが好きだ。君と一緒になりたい、居て欲しいっ!」
椎名は、あの感情に流されるままの告白ではなく、改めてもう一度、落ち着いた気持ちで、再度、言葉に告白をした。
だがそれは、とても結果が変わるとは思えない告白。
しかし椎名はそれをした。そして――。
「ごめんなさい椎名君。私は貴方の想いにはお応え出来ません」
椎名のぶつけるような告白に、言葉は申し訳ない気持ちをみせつつ断る。
――なんだってこんな事を、
そこまで馬鹿じゃないだろう、断られるって分かるだろうに……
なんで椎名は?
「やっぱり駄目なんだね……」
「……はぃ」
「ごめんね、言葉さん。さぁ行ってくれ、そろそろ誰かしら来てしまうかもしれないから」
「あ、その前に回復魔法を」
「いや、それはいらないよ。これは今……ボクが受けなくてはいけない痛みだ。それにここで全部治して貰ったら、なんかもっと格好悪いからさ」
「…………」
椎名の言葉に従った訳ではないが、もう此処に用は無いので、俺達は部屋を後にする。
ラティが【索敵】も兼ねて先行し、その後を、俺が言葉を支えながら付いて行った。
そして部屋を出る直前。
「聖系回復魔法”クァウル”」
「あっ……うん、ありがとう……」
言葉は部屋を出る直前に、淡い光が降り注ぐ回復魔法を椎名に掛けた。
全て治すと格好悪いと言う椎名に気遣ってか、痛みを和らげる程度の魔法。
彼女にしてみれば、目の前に苦しんでいる人がいるのだから、それを無視する事が出来ないのかもしれない。
例え、それが自分を攫った相手だとしても。
俺はその回復魔法の光に包まれた椎名へと目を向けた。
この言葉の優しさを、都合の良い好意と勘違いしないかと、警戒しつつ奴を観察すると。椎名は本当に吹っ切れた顔をしていた。
思慕の色はなく、哀しい気持ちを前面に出し、だが負の感情は見せない、そんな表情をしていた。
( これか、ラティがさっき俺を止めた訳は )
俺は咄嗟に気が付いた。
先程のラティの諫言と視線の意味を。
普段の彼女であれば、あの時は何も言わずにいる。だがラティはいつもと少し違った。あれはきっと、椎名の心境が判っていたのだろう。
大事な告白を、あのようなモノで終わらせるのではなく、しっかりと納得が行く形で吐き出させて終わらせた方が良いと。
もしかしたら真意は違うのかもしれないが、結果的には、椎名は吹っ切れた様子だった。少なくとも、すぐにもう一度追ってくる気配はない。
俺はそんなことを頭に浮かべながら、椎名から視線を外し廊下へと出たのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ごめんなさい陽一さん。その、重くないですか?」
「ああ、重くない」
「あの、ご主人様。コチラです」
「わかったラティ」
俺達は廊下を駆けていた。
ラティが先行し、その後ろを俺と言葉が付いて行き、俺の足元では白い毛玉がわっちゃわっちゃしていた。
「えっと、本当に重くないですか? 平気ですか?」
「大丈夫だって、この異世界で身体が強化されたから、マジでなんでもないって」
何回もしつこく確認してくる言葉。
その言葉が、俺の耳元で囁かれるのでどうにもこそばゆい。
「私がちゃんと走れれば……」
「いいから気にすんな、それよりもしっかりと掴まってろよ」
( 間違っても【鑑定】をしようとするなよ…… )
俺は今、言葉を背中におんぶして走っていた。
蘇生をしてからいまだに不調な言葉、ゆっくりと歩くことは出来ても、全力で駆けることは無理だった。
だが今は、悠長にのんびりと歩いている訳にはいかず、仕方なしに、本当に仕方なしに役得ではあるが、彼女を背負うこととなった。
背中にしっかりと彼女の重みを感じる。
しかし、竜の巣の時の忍戦胴衣とは違い、今は強化された黒鱗装束。背中はしっかりと黒鱗で補強されており、以前のような”ふわっと”を感じる事は出来なかった。
――くそぉぉおお!
これって背の黒鱗とか一時的に取り外しとか出来ないかな、
って、ヤバ! ラティが――。
前を走っているラティが、突然コチラを振り向いた。
久々の無言半目。
何とも言えない気まずい視線を貰っていると、今度は背負っている言葉が俺に話し掛けて来た。
「すいません陽一さん、椎名君が言っていた事なのですけど……」
「うん? 椎名が?」
「はい、陽一さんがラティさんと――」
「――ッ言葉! 今は逃げている途中だから静かに行こう、敵に声が聞こえるかもしれないっ!!」
「あっ、はい、そうですね、すいません」
「ありがとう判ってくれて。ラティ、急ぐぞ! 一刻も早く脱出するんだ!」
「……はい、ご主人様」
「え? え、陽一さん、そんな大きな声を出しては……」
「言葉、今は静かにするんだ、決して喋ってはならないっ」
俺はわけわからん窮地の中、無駄に必死に駆け抜けた。
そしてラティの【心感】による索敵のお陰で、その後は敵に見つかる事なく、俺達はエウロス公爵家の敷地を脱出したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、言葉は無事に宣言を行うことが出来た。
公爵家の塀は、ラティが言葉を抱えて【天翔】で駆け上がり、敷地の外に出た後は、すぐに三雲組のメンツと合流が出来た。
そして公爵家正門前に居た、勇者伊吹と小山もすぐに駆け付け、その後にやって来た三雲に支えられながら、女神の勇者言葉沙織は、明日の朝にエウロスの街を発つことを宣伝するように宣言した。
エウロスに身を寄せていた言葉が、エウロスの街を去るという宣言は、街の市民達を酷く落胆させたが、他の勇者達、伊吹と小山がフォローすることで、それは薄らいだ。
そして言葉は、肩を三雲に支えられ、両脇を伊吹と小山に守られる形で宿へと戻った。
流石に勇者3人に守られる言葉には、エウロス側も手を出せないのか、妨害や取り戻そうなどの動きはなく、無事に宿へと辿り着いた。
宿屋の中に入り、ようやく一息ついた後、俺は言葉の宣言の内容を思い返していた。
先ほどの言葉は、勇者椎名に攫われたことは明かさず、しかもエウロス公爵家に軟禁されていたことも伏せていた。
ただ、エウロスの街から発つことだけを宣言していた。
あと、ふと気になったのが、『連れて帰って貰えるので』という謎の台詞。
言葉の宣言は、大人数に訊かせる為の訴えるような声音だったのだが、何故かその部分だけは、嬉しさの感情を滲ませる声音だった。
何となく気にはなったが、深く考えると拙そうな気がしたので、深く考えることを放棄した。
そして宿に戻ってからは、言葉は部屋に再び軟禁されることとなった。
体調不良の中、無理して動くだけではなく回復魔法も使った反動か、言葉は少し辛そうにしており、それに気付いた三雲が、宿屋の中で一番良い部屋に言葉を寝かし付けたのだ。
『沙織? 貴方、顔が真っ青じゃないっ!』
『えっ、唯ちゃん? 待って、私は陽い――』
『――ッ駄目よ沙織、明日にはこの街を出るんだから、今はしっかりと寝なさい』
『そうだよ言葉ちゃん、今は休まないと』
こうして言葉は、問答無用で三雲と伊吹によってベッドへと連行され、フラフラと起きて来ないように見張られてしまっていた。
三雲組や伊吹組の冒険者達は、救出された言葉に声を掛けたい様子だったが、今は無理と判断し、言葉の居る部屋に入れるのは女性陣だけとなった。
なので当然、俺も部屋に入ることは出来ず、今は一階の食堂でガレオスさんと向き合っていた。
「で、オレに何が聞きたいんだ、英雄のダンナ?」
「ちょっと気になって、言葉がした宣言の内容って、ガレオスさんとハーティさんが考えたんですよね?」
「ん? 確かにそうだが、なんか変だったか?」
ガレオスさんは俺の問いに、特に興味無さそうに答えていた。
食堂のテーブルに、あごに肘をついて、一仕事終えて『ヤレヤレ』といった表情を浮かべているガレオスさん。
俺はそんなガレオスさんに、ちょっと聞きたい事があった。
「ガレオスさん、何で軟禁されていた事や、椎名が攫ったことを伏せたんですか? エウロス側に非があるんだから、とことん追求すればイイのに……」
俺は先ほど感じた違和感をガレオスさんに訊ねた。
するとガレオスさんは――。
「えっとだな、英雄のダンナ。……決闘や対決ってのは白黒をしっかりつける。言うならば1か0って感じだな」
「ああ……そりゃ勝敗をつけるんだから」
( ん? 何を当たり前の事を…… )
「――だけどなぁ、争い事や諍いってのはそれじゃぁ駄目なんだ」
「へ? それってどういう……」
「0と1……0と10とかで勝つと色々と拙いんだよ」
ガレオスさんは俺に分かり易いように説明をしてくれた。
争い事とは、決闘のようにどちらかが倒れたら終わりというモノではないと。
今回の件に当てはめると、こちら側の達成目的は言葉の奪還であり、エウロス側を潰す事ではない。
それなのに、エウロス側の顔を潰すような、『勇者の軟禁』や『勇者の誘拐』などを暴露すると、エウロス側が自棄になって襲って来る可能性があると言うのだ。
だが、その拙い部分を暴露しないで、3対7といった感じの落とし所を用意すれば、エウロス側は、その3を守る為に大人しくするのだと言う。
要は、0対10であれば失うモノが無いので、きっと相手は無茶をしてくるだろうと、だから今は、軟禁や誘拐の部分は伏せたのだとガレオスさんは言った。
俺は青く、『何かズルいな』と言うと、それを聞いたガレオスさんは、『世の中ってのは、ひとつの建前と、複数の真実で動いてんだよ』と諭された。
建前とは、周りに知らされる情報。
複数の真実とは、個人個人の視点と考え。
――ああ~、どっかで聞いた事があるなそれ、
事実はそこで起きた事で、真実とは、それを見た人達の主観だっけか?
つか、ガレオスさんの言い分だと、事実は不要だってかい!
俺は暫くのあいだガレオスさんと話し込んでいたが、周りが騒がしいので周囲を見渡すと、俺達がいる食堂には人が溢れていた。
そして食堂に居るメンツは、三雲組と伊吹組の男性陣ばかり。
「あれ? 何でみんな一階に? 飯か?」
「ああ、もうそんな時間か」
「え? でも飯にはまだ早いような……」
現在は17時前、晩御飯にはまだ早いと思っていると――。
「ダンナ、ちょっと冒険に出ないかい?」
「――!?」
突然、物語が加速し出したのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご指摘など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字などのも……
ちょいメモ(特に意味なし
ラティ ■ モモちゃん
言葉様 ■ 葉月
綾杉 ■ 早乙女
加藤 ■ 三雲
アーチェ ■ ミント
セーラ ■ リーシャ
ミミア ■ サリオ




