剣槍戟の果てに
遅れましたすいません。
槍と二刀流の戦いが始まった。
俺は槍のリーチを生かし、気絶している男を障害物として利用し、一方的に椎名へと攻撃を仕掛けた。
そして、俺に攻められている椎名は、その障害物が邪魔で踏み込めずにいた。だが――。
――くそ、手強ぇ……
俺の攻撃にしっかりと対応しやがる、
やっぱクソ厄介だな予知眼は、
椎名は俺の槍を余裕で捌いていた。
単純な突きは直刀の剣でいなされ、軌道を変化させるようなフェイントを入れても、それは予知眼によって簡単に見破られていた。
多少はフェイントが上手くいく時もある、だがそれは、控えているもう片方の刀で防がれ、俺の攻撃に対し椎名は、完全に対策を立てている様子だった。
そしてそれを示すように、椎名が話し掛けてくる。
「陣内、ボクはお前との再戦の為に、対人戦の練習をしてきたんだよ」
「っは、そうかよ」
感情が解放されている椎名は、何かを隠すといったことはせずに、素直に、俺用に対策をしてきた事を簡単に洩らした。
――感情のままに行動か、
剣筋とかはハッキリとして分かり易い……けど、
「どうしたんだい陣内、ボクに全く攻撃が届かないよ?」
「ちっ」
( 強ぇ…… )
正直、椎名は強敵となっていた。いや、最初から強敵だっただろう。
前の深淵迷宮では、俺は自分の手の内はさらさず、木刀の堅さなども隠し通していた。
その結果、椎名は戦闘時に戸惑っていた。
本来であれば、どんな物でも切り裂いていた聖剣が、初めて防がれたのだから。
圧倒的な鋭さで、ただ切り裂いていくだけの戦闘しか経験のない椎名。
そして、対人戦の経験など皆無であり、駆け引きなどした事の無い奴は、俺の予知眼を逆手に取ったフェイントによって翻弄されていた。
そして最終的に、椎名は聖剣の力を頼ろうとし、その決定的な隙を俺に突かれる形で勝敗が決した。
椎名は俺に後れを取った、だが奴は、俺との再戦の為に研ぎ澄ませていた。
俺との再戦を望んだ、まさに一振りの刃。
「――ッシィ!」
「おっと! どうした陣内、今のがお前の切り札かい?」
木こりで鍛えた神速の横薙ぎが、呆気なくいなされた。
見てからでは反応することが困難な必殺の横薙ぎ。
だが椎名は予知眼を持っており、見る前から分かっていた。
速さだけではどうにもならない相手。
今の椎名を倒すには、防ぎ切れないような強力なWSを叩き込むか、もしくは攻撃を避けきれないような状態を作ること。
虚を突くような、視界の外からの不意打ちのようなことをしても、奴には【直感】があり、きっと防がれる可能性が高い。実際にラティもそう言っていた。
嫌という程の、【固有能力】の差を見せつけられる。
槍と二刀流の攻防が続く。
槍のリーチを活かした、距離を取った戦闘をしているのに、俺の方が押されている状況。そしてその時――
「っむ!」
ギィンとかん高い音が響く。
俺は必要のない動作をした。
俺には届かない斬撃であったが、その刃の振り下ろす先に、まだ気絶している男の首があったのだ。
刀を槍で弾かねば、そのまま首を刎ねてしまう一撃。
俺はその刃を、槍で横から払った。
「へぇ……」
俺の今の行動に、これはイイ物を見つけたと、仄暗い嗤いを見せる椎名。
不穏な笑みを浮かべ、椎名が俺を見定める。
分かり易く嫌な予感がする、そんな時。
「わあっ!? な、何だよ! 何が――」
俺と椎名の間に居た障害物が、今の刀を払った音で目を覚ましたのか、奴が突然起き上がった。
その男は、把握し切れない状況に慌てふためき、悲鳴を上げながらその場から逃げ出す為に駆け出した。
これにより状況が動く。
障害物が無くなると言うことは、椎名が踏み込める足場が出来たということ。
奴の双剣が、俺にしっかりと届く位置までやってくるようになる。
地の利を活かした、リーチ差による一方的な戦いが出来なくなる。
状況が切り替わり、俺は椎名の動きを見極めるべく、奴の動きに注視していると――奴が、これ見よがしに刀を振り上げ、そして振り下ろそうとした。
それは、俺には届かない斬撃。
今、必死に逃げようとしている男の、右足首を狙うモノだった。
完全に意図した斬撃。
流れ弾のようなモノではなく、明らかに足首を狙った振り下ろし。
俺から見て左側に、椎名から見て右側に逃げようとする男。
俺がこの一撃を弾こうとすれば、どうしても無理な体勢になってしまう。槍に身体が流されるような体勢に。
そしてそれは、俺にとって致命的な隙となる。
俺が槍でその斬撃の軌道を逸らせば、その隙を突いて、左手に持って直刀の剣で俺を突いて来るだろう。
それだけあからさまな罠。
だから俺は、それを逆手に取った。
「ッしゃあぁ!!」
「――なに!?」
吹き出るように飛び散る血液。
コォーンっと木でも打ち付けたように響く音。
そして男の絶叫。
室内には、男の叫び声が溢れ返っていた。
『痛い』やら『足が足が』など、ひたすらに叫んでいる。
しかし俺達は、それには目もくれず対峙していた。
「陣内、お前は酷い奴だな、アイツを助けてやらないなんて」
「斬ったのはお前だろ椎名。それに命を張ってまで助けるような真似をするか、あんな奴に…………あと、何だよこの結界は」
俺の足元には、その男の足首から下が転がっていたが、今はそんな事よりも、目の前の槍を防ぐ結界に視線は奪われていた。
「くそ、硬い結界だな」
「ああ、コレかい? これは守護聖剣の力さ、守護聖剣ディフェンダーの加護だよ」
俺のもう一つの奥の手。
木こり時代に開発した、足を止めた状態での閃光の如き突き、体の回転を槍に乗せた突き技。
それをいま俺は放ったのだが、その穂先は椎名まで届かず、奴の左肩数センチ手前で浮かぶ、六角形の透明な板によって阻まれたのだった。
椎名の言を信じるならば、それは直刀の剣による効果。
サリオの結界のローブと似たような物かもしれない。
「ふはは、どうだ陣内、この守護聖剣の力は。この結界は、剣の主を守るように勝手に発動する優れものさ。――右に攻の刀、左には守の剣、まさにこれこそ攻守一体。どうだ陣内、ボクが最強に見えるだろう?」
「うぜぇ……」
感情の赴くまま、高いテンションで剣の性能を自慢してくる椎名。
本当に隠し事が出来ない状態の様子であり、ベラベラと喋りながら双剣を振るってくる。
その語る自慢の中には、【勇覇】が目覚めたとかどうとか言うモノもあった。
そして先程とは違い、俺は防戦一方となった。
双剣による手数で押され、何とか反撃の機会を探っていると、椎名が露骨に隠していたモノを放ってきた。
「片手剣WSランペイジ!」
( 来たかWS! )
ランペイジとは、五芒星を一筆書きする軌跡の五連撃。
実践ではあまり使われない、ネタWSに近いモノだ。
武器の威力としては、非力な部類に入る片手剣。それを五回振るうWSだが、イワオトコのような固い相手では簡単に弾かれ、魔物次第では危険なWSである。
だが、対人戦ではなかなか厄介なWSだった。
俺はその五連撃を、槍を使いギリギリで躱す。
キレのあるWSに、俺は背中に嫌な汗をかく。
一瞬ヤバいとは思った、だがその攻撃は固定された剣筋なので、落ち着いて対処をすれば、反撃のチャンスがあるものだった。
だが――。
「お、躱したな陣内。だが、これはどうかな! 片手剣WSカスタムランペイジ!!」
「なっ!?」
椎名から放たれたWSは、先程の五芒星を描く斬撃ではなく、もっと複雑な軌道の五連撃だった。
俺は完全にはいなし切れず、黒鱗装束の堅い鱗の部分を使い、逸らし受けるように斬撃を何とかいなした。
「――ぐっ!」
「やるな! ギリギリで避けたかっ」
「ご主人様!」
「陽一さんっ!」
押されている俺に、ラティと言葉が悲鳴のような声をあげた。
声がする方、俺の視界の隅には、ラティに支えられながら言葉が、失神している男の足に、回復魔法を掛けているのが映った。
男が失神しているのは、きっとラティの魔法だろう。
――くそっ
WSの軌道がこんなに変わるなんて、
今までこんなの無かったぞ、
俺は椎名のWSに冷たいものが走る。
WSとは、強力な攻撃が放てるが、動作が固定されてしまうと言う欠点があった。
しかし、それが利点の場合もあった。
動作の固定とは、一種の動きのアシスト。多少の無理な姿勢であっても、その動作を後押ししてくれるらしい。
ラティはそれを利用して、空中でWSを強引に放てると言っていた。
要は、どんな不自然な姿勢であっても、力の乗った一撃を放てるのだ。
腰の引けたような体勢であっても、WSだけは強力なまま。だが、その動作は固定されている。
だからその予備動作で察し、WSを避ける事が容易であったのだが、椎名にはそれが無かった。
固定された動作では無く、言うならば半アシスト状態でWSを放ってきたのだ。
白く輝く刀身が、跳ね回るようにして俺に襲い掛かる。
本来のランペイジとは違う、デタラメな五連撃。
「カスタムランペイジ!!」
「――がぁっ!」
暴走するような5連撃が、じわりじわりと俺を刻んでいく。
黒鱗装束でなければ、とっくの昔に血だらけになっていただろう。
( ちぃッ! 反撃の隙がねぇ、 )
椎名の二刀流は厄介だった。
右手でWSを放った後、その後の隙をカバーするように左手の直刀が俺を牽制していた。
前に出て来るなと威嚇するように、守護聖剣を俺の目の前に突き付け、椎名は俺の反撃を抑えていた。
「どうした陣内! 最初の勢いはどうしたんだぁ」
「――ッく!?」
完全に防戦一方へと追い込まれる。
押している椎名は、WSを軸に戦闘を進めている。
縦横無尽に跳ね回る五連撃、そしてそれをフォローする左手の守護聖剣。
しかも、その左手からは、不穏な気配がヒシヒシと伝わってくる。
「あはは、どうしたんだい陣内。アレかな? 手も足も出ないって奴かい? 【勇覇】によって引き上げられたWSには」
「く、【固有能力】かよ」
――何だよ【勇覇】って、
WSを引き上げた?
干渉したってことか? いや、今は集中だ、
俺は意識を、目の前の椎名により集中する。
乱れ飛んでくる双剣による斬撃。
あまりのその剣圧に、俺は椎名をフェイントで揺さぶることが出来ない。
単純な突きや薙ぎなどでは、予知眼持ちの椎名には一切届かない。
何とか椎名の体勢を崩そうとは思うのだが、その初手すら打てない状況。
だが俺は――。
( 左手が…… )
椎名の左手に注目していた。
守備を担当している左手を。
一方的な防戦が続いていると、押されている俺を心配したのか、言葉が強く声を上げた。
「陽一さんっ!」
その声音は、俺を心配し気遣う声。
そしてその声にもっとも反応を示したのは、聖剣の勇者椎名だった。
「ぐぅ!?」
明らかに椎名の剣圧が強くなった。
感情の解放、とても分かり易い青い反応を見せる椎名。
斬撃の回転が上がる、こもる力が強くなる、剣筋が雑になる。
そして、WSに頼ってくる。
「おらぁ! カスタムランペイジ!!」
「しゃらくせぇ!!」
今まで一番荒く、そして力強いランペイジ。
二の腕が削られ、刃が頬をかすめる、そして槍が弾き飛ばされた。
下から掬い上げる斬撃。
重く分厚い猛攻に、俺の腕は耐え切れず槍を手放してしまう。小気味良い音を立てて弾かれ、そして風きり音を鳴らしながら無骨な槍が飛んで行く。
俺の耳に、言葉の悲鳴が届く。
俺の目に、笑みを浮かべて瞳孔を広げた椎名が映る。
そして俺の心に、ラティからいつもの感情が流れ込んで来る。
”期待”の感情が――。
「くたばれぇ陣内! レフトハンドランペイジ!」
「っがあああああ!」
無骨な槍が弾かれ、俺が無防備だと感じたのか、椎名が大きく踏み込んできた。そして奴は、左手の剣でWSを放つ。
守備を捨て、攻撃に全てを傾け、椎名は俺を仕留めに来たのだが――。
( この瞬間を待ってた! )
俺は雄叫びを上げ、頭部を腕と木刀で庇い、荒れ狂う死の斬撃の中に身体を捻じ込む。
カスタムランペイジ、荒れ狂う暴走したような五連撃。
その剣筋は荒く、とても見極めることは出来ないが、一つ分かった事があった。
それは、椎名自身も制御が出来ていないこと。
暴れるように振るっているのであって、精密に狙った剣を振っているのではないと判断が出来た。的確に急所を狙われる事は無いと。
だから俺は、その荒れ狂う斬撃の渦に、強引に身体を捻じ込み、そして椎名と肉薄する。
「なにぃ! だが結界がまだ――あ……」
「甘ぇえええ!」
俺は身体ごとぶつかる勢いで木刀を突き立てる。
椎名は両方の剣を使ってWSを放った。しかしこれは、奴にとって想定していなかった行動。
それをすれば、決定的な隙が出来てしまうのだから。
体勢を大きく崩した状態では、予知眼があっても回避出来ない攻撃を受けることに繋がる。だから椎名の左腕はぐっと我慢していた。
だが奴は、言葉の声に冷静さをより失い、武器をワザと手放した俺の罠に引っ掛かり、守備を全て攻撃に回した。
もしかすると、守護聖剣ディフェンダーの結界があるから油断したのかもしれない。何しろ、大木をも貫く一撃を防いだ結界があるのだから。
しかし――
「ガッハァ、なんで剣の結界が……」
「……さぁ? 何でだろうな」
世界樹の木刀は結界を容易く打ち破り、椎名の脇腹へと突き刺さっていた。
仮に椎名を殺してしまったとしても、最悪、言葉に蘇生を頼むつもりで全力を出した。
そしてその結果、木刀は肋骨をへし折り、先端が数センチだが突き刺さった。
( 結界を壊せる事を教える必要はないな )
「くそぉ、っぐぅぅ!」
「これで終わり――っだ!」
俺は椎名の右手に木刀を打ち下ろし、奴から魔剣を取り上げたのだった。
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