みんなの椎名くん
あらすじ
ヒロイン人気投票を開始します。
公平にて厳守な、目視による独断と偏見で感想欄からカウントします。
一位のヒロインは陣内と……
あ、木刀はヒロインじゃないですからね!
聖剣の勇者椎名。
椎名秋人は、よくある、何でも許されるイケメン野郎だった。
学校では女子が寄って来て、みんな椎名に話し掛けていた。
チャラついた感じではなく、爽やかなイケメン野郎。
それが俺の奴に対する印象だった。
だが今、俺の目の前にいるヤツは、まるで別人のようだった。
余裕の無い鋭い表情。
苛立ちを顕にする態度。
そして、暗い殺気を纏っている。
「椎名……」
「陣内、言葉さんを解放して貰おうか。お前といると彼女が不幸になる」
「ざけんなっ! お前、自分が何をしてんのか解ってんのか?」
「ボクは彼女を保護しているだけだ、彼女に危険が無いように護っている」
「っだから! てめぇがこんな場所に攫って来たから、言葉がこの野郎に襲われるところだったんだぞ!」
「……襲う?」
「俺が来るのが遅かったら、言葉はこの男に襲われてたって言ってんだよ、つか襲われてたぞ」
( おっぱい掴まれてたっての )
俺はそう言い放って、倒れている男の首根っこを掴んでほうり投げた。
汚い放物線を描きながら、俺に投げられた男は椎名の足元に転がる。
「大体、お前がソイツに命令されて言葉を攫ったんだろうが。こんな危ない場所に連れて来て、保護だとかちゃんちゃらおかしいってんだっ」
「……どういうことだい? ボクは彼に、言葉さんが危険な目に遭って大変だから、保護をした方が良いんじゃないかって助言を受けただけなのに……」
――馬鹿かコイツは、
完全に利用されていたのか、どんだけ馬鹿なんだ、
……しかしこれは公爵と嫡男、あと椎名の思惑は全部バラバラなのか?
俺はあまりにも迂闊な椎名を、呆れた気持ちで見ていたが。
「じゃあこの男は、言葉さんに手を出そうとしたんだな……」
「ああ、そうだな――って!?」
寝室にかん高い音が響き渡る。
「お前、マジか……」
「……何故邪魔をする陣内」
「椎名君……今の」
聖剣の勇者椎名は、まるで道端に落ちている小石でも蹴るかのような気軽さで、気絶している男の首を刎ねようとした。
力みなく刀を振った椎名。最初はその凶行に気付かなかったが、俺は咄嗟にベッドを駆け降り、なんとか槍を伸ばしてそれを防いだ。
言葉はベッドの上で息を飲みながらそれを見つめ、その足元には白い毛玉が陣取りながら牽制している。
ラティの方は、追加で誰か来ないか【心感】で探っている様子。
奇妙な静寂の中、然も不思議そうに俺を見つめる椎名。
今、自分がしでかした事を、本当に何とも思っていない様子。
「……椎名、お前いま人を殺そうとしたんだぞ」
「それが?」
「お前、また魔剣とかに呑まれてんのか?」
「違う、呑まれているんじゃなくて、利用しているのさ」
俺の質問に、淡々と答える椎名。
そして返って来た返答は、とても嫌な予感しかしないモノ。
「……なんだよ、利用をしているって」
「だから利用さ、この魔剣雪那切りのペナルティーとも言える、感情の解放を利用しているのさ」
椎名はそう言って、右手に持つ脇差のような刀を掲げてみせた。
――は? 感情の解放?
前の聖剣とは効果が違うのか?
てか、また魔剣かよ、
「ボクはね、お前とは違って常に求められていたんだ。分かるかい? いつも理想のボクばかりを求められる状況を」
「はいぃ?」
椎名が突然語り出した。
要は、周りから理想のイケメン像を求められ、そしてそれを落胆させたくないので、頑張って理想を演じ続けてきたやらうんたら。
そして最終的に嫌気がさしてはいたが、今までの滲み付いたモノが、演じる事を止めるのを許さない。
だから、魔剣の負の反動とも言える、感情の解放を利用したのだと言う。
「分からないだろうなお前には、好き勝手自由に振る舞っているお前にはっ! 誰にも求められない、誰にも期待などされない気楽なお前には」
「アホかっ! 好き勝手やってんのはお前だろ椎名。突然言葉を誘拐するし、躊躇いなく人を殺そうとするし。何を、『自分は被害者です~』みたいな面をしてんだ」
「……ふっ、やはり理解出来ないか」
「出来るかっ! ボケッ」
――学校の時と性格が変わり過ぎだろ、
……マジで学校の時は抑えていたってか?
で、これが本性? いや魔剣に頼った姿か、
「ボクはココでも理想を求められ続けた。本当はボクが原因で東では魔物が溢れてしまっているのに、それすらも……」
「ああ?」
椎名は語るのを止めなかった。
まるで独白のように、奴は語り続けた。
「ボクが死者の迷宮で魔石を斬ったのが原因だって言ったのに、それを言うと情勢が混乱するから控えてくれって言われたんだ。しかも、湧いた魔物を倒すことで名声を上げろと、それが償いに繋がるからと……」
「あ? そりゃお前がしでかした事だろ、魔物を倒し続けてろよ」
( 馬鹿かコイツは…… )
「だからお前は理解出来ていないんだよっ! 分かるか? ボクが元凶なのに、魔物を倒すことで感謝されるんだぞ。謝罪することは出来ない、なのに感謝だけを受けて、そしてそれだけを求められる……」
椎名は、奴の視点での苦労を吐露していた。
理想像を求められるのが辛いと、それが重圧だと。だが――。
「アホか」
「だからお前には理解出来ないと――」
「甘ったれんな椎名! お前がやらかした事だろ、謝って楽になろうとしてんじゃねえ! 貴族の連中も言ってんだろ、不安を煽るよりも明るい話題の方がイイって、そんで責任を取るってんなら魔物を倒してろよ!」
「――っな!?」
「第一、何で言葉の誘拐をしてんだ。外に出て魔物の討伐をしていろよ」
「う、うるさい! だからお前には理解出来ないことなんだよっ」
「出来るか! どうせお前は、その罪の意識に潰されて、言葉に逃げようとしているとかだろ、何のテンプレだ!」
「っく、何だよ、お前だってその狼人の子に頼っているだろ……知っているんだぞボクは、門番から報告を受けているぞ」
「な、何をだよ」
「陣内、お前はその狼人とヤったよな、ステプレにそれが刻まれているって聞いたぞ」
「それは今関係ないだろ!」
( いやマジで、切実に…… )
「陽一さん?」
今まで、俺と椎名の会話を見守っていた言葉が、何かを確認するかのように俺の名前を呼んだが、俺は取り敢えず誤魔化す。
「言葉、今は危ない下がってい――」
「言葉さん、ボクの方へ来るんだ。陣内は危険な奴なんだ、コイツは君にも手を出すかもしれない。だからこっちに」
色々と脱線し始めた。
話の流れが、完全に関係ない方へと流れる。
「ぶざけんな、俺のどこが危険なんだよ。お前の方がヤバいじゃねえか。それに言葉は連れて帰る」
「えっ、陽一さん……それって……」
「それはさせないっ、彼女はボクにとって心の支えなんだ。今のボクには彼女が必要なんだ、愛しているんだ」
「ッ!?」
「え!? 椎名君……」
――感情の解放とか言ってたけど、
いくら何でもはっちゃけ過ぎだろ、いきなり愛しているって、
マジかよコイツ……それにイラつくな、
感情が解放されていると言う椎名は、一度口にしてしまうと止まらなくなり、目の前の俺を無視して、ベッドの上に居る言葉に語り掛け始めた。
「言葉さん、ボクは君が欲しい。学校にいた時からそう思っていた。だからボクと……」
「椎名君…………ごめんなさい。私は……」
「ッ何故だ! 何で駄目なんだ言葉さん!」
感情が解放されている椎名は、感情を爆発させるように声を荒らげる。
「椎名君、私は陽一さんが好きなの、だから……ごめんなさい」
「よ、ういち? ――まさか陣内! お前かっ!?」
「…………」
――コイツ……
いま俺の名前だって気付かなかったな、
つか、言葉も爆弾落とすなよ、
椎名は俺の無言を肯定と捉え、顔を歪めながら俺を睨み付ける。
「……認めるものか、ボクは観たんだぞ、あの芝居を。西にある竜の巣で、彼女を危険な目に遭わせていた事を、あんな危険な真似を言葉さんにさせていた事を」
「おいっ、あれの情報源が芝居かよ!」
――おぃいいいシェイクさん!
アンタどんな芝居を作ったんだよ!
また過剰な脚色か? 言葉が危険な目に遭うって……
「言葉さん、どうかボクのそばにいて欲しい、ボクに支えさせて欲しい、そして……支えて欲しい」
「椎名君……」
「ボクは今は、ひとりになってしまったんだ……、あの一件からパーティメンバーはみんな離れて行ったんだ……」
「は? なんで離れたんだ? そういう感じには見えなかったが」
「陣内、お前には話していないっ、お前みたいに無駄に恵まれた奴にはボクの苦悩は分からないんだ」
「俺が恵まれている?」
「だってそうだろう? そこの狼人の子とヤって、他にも仲間にも恵まれていて。調べたんだよここ最近の事も、陣内、お前は仲間が多くていいよな――」
感情の抑えが効かない椎名は、ひたすらに愚痴り出した。
自分には、勇者という名に惹かれた奴しか来ないだとか、身を挺してくれる奴がいないだとか、そんなことを吐き出していた。
「だから言葉さん、ボクと一緒に居て欲しい、ボクを支えて欲しい、ボクは君のことが好きなんだ」
椎名は顎を突き出し、少々喧しい感じで、再度、言葉に告白をした。
俺はもう、ぶん殴って黙らせようかと、そう思ったのだが。
「椎名君! 貴方は何も知らないのに、好き勝手な事を言わないで下さいっ」
「言葉?」
「……え、言葉さん?」
俺と椎名に見つめられる中、言葉はラティに支えられながら立ち、力の限り声を張り上げた。
「陽一さんが恵まれているですって? 何を言っているんですか! 彼がどれだけ辛い思いをしたのか知らない癖に」
「え、言葉さん何を言って……」
「陽一さんは碌な支援も受けられず、しかも勇者の資格を取り消されて一人で頑張っていたんですよ! 周りに仲間が居る? 初めて彼とパーティを組んだ時、いつも彼は一人でしたよ。ラティさんとサリオさんを私達が誘ってしまったから、いつも一人で居ましたよ」
「え、あ……何を」
「陽一さんの周りに人がいるのは陽一さんが頑張ったから、何もせずに集まって来た訳じゃない、陽一さんが努力をしたから……何も知らないのに勝手なことを言わないで下さいっ」
「そ、んな……」
「私はそんな頑張る陽一さんが、そして私が危ない時は何時も助けに来てくれるから彼を好きになったんです。だから私は陽一さんを……」
「そんなっ、助けるってなら、ボクも君を助け出しただろう、あの城から。きっとあのまま城に居たら、絶対に利用されていたよ」
話が完全に脱線をした。
だが、ある事が一つ解った。
それは、このままでは作戦通りにいかない事。
言葉と外に逃げて、そして彼女が作戦通り外で宣言をしたとしても、このストーカー野郎はそれを無視して追って来るだろうと。
前の聖剣は、気の高ぶり、好戦的になる作用があった。
アレはアレでなかなか厄介なモノであったが、いま椎名が持っている魔剣は、感情の解放の効果。欲望が駄々洩れのような状態であり、言葉の拒否の言葉すら通じない。前の聖剣よりも、より面倒な状態だ。
――このストーカー野郎が、
あの刀だな、アレをへし折らないとコレは解決しねえな、
……へし折るか色々と、
俺は纏う空気を変えて、改めて椎名と対峙する。
「椎名、諦めろ。お前の想いは言葉には届かねえよ」
「――ッな!? 陣内の分際で何を」
「お前じゃ――」
「――五月蠅いっ! ……お前を倒せば彼女は目を覚ますはずだ、お前を倒せばボクのもとに来てくれる」
狂気に満ちた視線をぶつけてくる椎名。
右手には魔剣の刀、そして左手には装飾が派手な幅広の直刀を握っている。
「椎名、諦めろ」
「五月蠅いうるさいウルサイ! やってみなければ分からないだろう」
「……最高に情けない『やってみなければ』だな」
「黙れぇえええ!!」
気絶している男を足元に挟んで、俺と椎名の戦いが始まった。
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あと、誤字脱字なども……




