部屋とYシャツとラティ?
サブタイトルはこれしか無いと思うので……
一言で言うならば、今日は色々とあった。
少し細かく言うならば。
ラティと再会した。
葉月とも再会した。
他の知り合いとも再会した。
そしてラティに捕獲された。
そんでもって言葉が生きている事を教えてもらった。
ラティとの再会の余韻は、その情報で吹っ飛んだ。
しかも、言葉が攫われたと追加で知らされた。
もうこの状況でお腹一杯だった。
そして、言葉を助ける為、俺は手を貸してくれと言われ、当然それに応じた。
むしろ俺の方からお願いをする、自分にも手伝わせろと。
その後、馬車で移動をする途中で、今度はギームルの野郎がノトス公爵に雇われたと、しれっと言って来た。
驚きはしたが、あのアムさんならやりかねないと納得した。
名前もアムドゥシアスと言っていたので、何処かに行った親の方でも無さそうだった。
そんな事が立て続けに色々とあり、もうこれ以上は無いだろうと思っていたのに。
ラティがYシャツ姿でやって来た。
Yシャツ。
それは鎧のような防御力は期待出来ず、衝撃や刃も容易に通す薄い布の服。
ハッキリと言って無防備に近いモノ――な、はずなのに……
――おかしい、
武装としては、ほぼ意味が無いはずなのに、
何故か、完全武装に見える……
完全武装ラティ……フルティ!?
咄嗟に足元も確認をしてしまう。
スパッツを履いているようには見えない、これはまさかと思っていると。
「あの、ご主人様。今のわたしはMPがゼロです」
「へ?」
( MPがゼロ? )
ラティの装備している鎧は特別製の物、装備者のMPを吸い上げ、様々な効果や性能を発揮する付加魔法付きの鎧。
なのでラティのMPは、魔法を使っていなくても減っている事が多い。
だが、それでMPがゼロになったことなどは一度も無い。MPを枯渇させるなど、そんな危険な真似を犯したことが無い。
何故MPがゼロに? と、訝しむようにラティを見ると、彼女は突然飛び上がり、この部屋を照らしていた”アカリ”を横薙ぎの手刀にて散らした。
「へ?」
ラティはいつものスカート姿ではなく、髪もYシャツに納める形となっていた為に、俺は彼女の動きが全く予測出来なかった。
例えるならば、侍が袴を穿いて足さばきを悟らせないようにするのと同じ。
完全に虚をつかれ、俺が棒立ちになっている中、飛び上がったラティはふわっと着地する。そう、ふわっとYシャツの裾をはためかせながら。
――っな!?
一瞬だけど、確実に見えなかったぞ、
まさか……穿いてッ――
二重に虚をつかれた俺は、ラティの接近を容易に許していた。
右肩を軽く押されてバランスを崩し、右足を上げる形でバランスを取り踏ん張ろうとしたが、残った左の軸足の足払いで刈られる。
「おわっ!?」
「あの、失礼します!」
俺はラティにベッドへと押し倒され、そして彼女は俺の脇に横座りする。
構図的には、母親が寝ている我が子を愛しむような光景。
だが、張りつめている空気はそのようなモノでは無かった。
「ら、ラティ? これは一体……」
「…………」
俺から見て左側に座っているラティは、俺の左肩に手を置いて、俺が起き上がれないようにしていた。
ラティが”アカリ”を薙いだ為、部屋の中の光源は消え失せており、部屋の中は真っ暗。窓から差し込む僅かな月明りで、なんとかラティの輪郭がおぼろげに見える程度だった。
ラティが今、どんな表情をしているのか、部屋が暗くて全く見えない。
一度は無視されたが、俺は彼女の真意が知りたくて、もう一度彼女に問い掛けようとしたが。
「あの、ご主人様。少しお話があります」
「ラティ――ッ え? 話って……?」
先手を取られるような形で、ラティから話し掛けられた。
声音と流れて来る感情は、強い覚悟のような意思の感情。
「あの、理由は知っています。だけどお聞かせください。あの時、何故わたしを葉月様に預けて、ご主人様は、お一人で逃げられたのですか?」
「あ……うん、理由は解っているんだよね……」
「はい……わたしを巻き込まないようにしたのですよねぇ?」
「ああ、そうだ。葉月ならきっと守ってくれるし、あの場にいたメンツなら、ラティを捕らえたりはしないだろうし、囮なんかにも使わないだろうって思っていたから……」
俺はあの時の事をラティに話した。
そしてそれと同時に、何故ラティはこんな分かっている事を聞くのだろう、俺はそれに対し疑問を感じる。
「あの、ご主人様。ご主人様はあの時、わたしの事を想ってそれを選択されたのですよねぇ?」
「だからさっきも言ったように、そうだって――」
「わたしは嫌でした!」
息が詰まる。
分かってくれているだろうと、理解をしてくれているだろうと思っていたのだから。だが彼女は、それを否定した。
「……何故、何故わたしも連れて行ってくれないのかと、本当に悲しくて悔しかったのです……なんで、なんで……」
「い、いや、だって……俺と一緒に行ったら、この異世界中の人から追われるんだぞ? 全ての人が敵になるようなモンだぞ」
――なんでだ?
ラティならそれが分かるだろ、ヤバいんだって、
それに俺の感情が見えるんだから、それぐらい解るだろ……
「全てを敵に回してもかまわなかった」
「え……」
「イセカイ中の人から追われても良かった」
「ラティ……」
「このイセカイの全てを敵に回したとしても、わたしは一緒に居たかった」
「…………」
ラティの慟哭。
俺は完全に詰まってしまい、もう何も言えなくなっていた。
真っ暗な部屋の中、ラティの表情は見えないのだが、俺には彼女が辛そうな顔をしているのが分かった。
「ご主人様、いえヨーイチ様と一緒に居たかったです……自分だけが安全な場所に居て、そして貴方だけが危険な場所に居るなど……」
――ああ、そうか、
そうだよな、もし立場が逆だったら、俺だって……
「ヨーイチ様、貴方はわたしを守ってくれる……」
「ああ……」
「そしてわたしを甘やかしてくれる」
「い、いや、そんな事は無いぞ。だって女の子のラティに戦闘を頼むし、しかも危険な囮役のような事を頼んで、それに――」
俺はすぐに弁明をしてしまった。どちらかと言うと、やっと反論が出来たに近い。
俺は甘やかしているつもりなどは一切無い。
むしろラティには、大変な事をいつも頼んでいるのだから。
「はい、仰る通り、わたしは囮役や索敵、常に周囲を警戒してご主人様に危険が無いように努めております。当然今も」
「だ、だろ。ラティに頼ることはあっても甘やかすなんて――」
「――ご主人様。本当はお気付きですよねぇ?」
再び俺の言葉、そして言い訳をラティは遮る。
「真綿で包むようにして甘やかすという意味ではありません。当然、何かの行動を黙認するのとも違います」
「なら、何を甘やかしているって言うんだよ……」
「そうですねぇ、より正確に言うならば、ヨーイチ様に我慢をさせてしまっていると言うべきでしょうか……」
「んな、俺は我慢なんて」
「わたしが訊かれたくない事は訊かないでいてくれました。わたしが逃げれば、貴方は何も言わずに追うのを止めてくれました……」
「…………」
――アキイシ伯爵家の事か……
いや、それだけって事じゃないよな、それら全てって事か……
そうか、これも甘やかしているのか、
「そしてわたしはその心遣いを、ただ享受しておりました」
「ラティ……」
暗闇の中、ベッドに押し倒されている俺を、ラティはただ見つめている。
視覚ではそれを確認出来ないのに、何故かそれが分かり、そして彼女が真摯な表情をしているのも分かった。
「ヨーイチ様、聞いてください」
「ああ」
「わたしは貴方が好きです、愛しております、お慕い申しております」
「――ッ!?」
目の前は真っ暗なのに、頭の中が真っ白になる。
きっと今の俺は口を開いて、酷い間抜け面をしているだろう。
「全てを敵に回したとしてもかまいません、わたしは貴方を愛しております」
「ラティ……」
「そしてお聞かせください、ヨーイチ様のお心を」
「そんなのラティは知って――ッ!?」
――あああ、アホだ俺は……
そうだった、そうだよな……俺はそれを一度も口にしていなかったのか、
ちゃんと彼女に伝えていなかったんだ……
心が繋がっているのなら言葉は必要無い。
言わなくとも感情が、そして心が伝わっているのだからと驕っていた。
言葉などは不要だと。
――いや違う! それだけじゃないっ、
言葉にするとこの関係が壊れてしまうかもって、俺が怯えていたんだ、
心が通じているんだからって、俺は逃げていたんだ……
「ラティ……俺もラティが好きだ。そして、あ、愛している」
それを宣言すると、俺をベッドに押し付けているラティの手に力が篭る。
そして――
「辛かったです! あの時、置いて行かれたことが! 駆けて追いたかった。それなのに、それなのにこの首輪が……苦しかった」
「ああ、ごめん。もう二度とそれを使ったりはしない、ごめんなラティ、首が苦しかったよな……」
「違います! 心が苦しかったのです。首の締まる辛さなどは些細な事です」
ラティが泣き声をあげながら、俺の胸元に額を押し付ける。
暗くでぼやけた輪郭しか見えないが、いま俺の目の前には彼女の髪があり、その髪からなんとも言えない香りが俺の鼻腔をくすぐる。
そして彼女の泣き声が、俺の心と鼓膜を揺さぶる。
( ああ、俺は本当に馬鹿な事した……)
暫くの間、暗闇の室内にラティの嗚咽が漏れる。
俺は何も言わず、今は彼女が泣き止むのをじっと待つ。そして。
「……あの、ホントに辛かったのですよ」
「ああ、ごめん。ホントにごめんな、何でもするから許してくれラティ」
「本当ですかっ?」
「へ?」
泣き止んだ後、ラティの声音は元に戻っていた。
むしろ吹っ切れたのか、普段よりも弾んでいるように感じれた。だから俺も、それに合わせるようにして軽口を叩いたのだが。
「何でも良いのですねぇ?」
「え……はい……え? ラティさん?」
予想外なことに、俺はラティに言質を取られてしまった。
そして戸惑う俺を置いて行くように、ラティはすぐにそれを要求してきた。
「あの、それでしたら、ひとつお願いがあります。それは――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、あのラティさんこれは……」
「…………ぁ、あの、お約束ですよ? 動かないでくださいご主人様」
「いや、だって」
俺はラティの言質を取られ、そして彼女に妙なお願いをされた。
その内容は、『あの、ご主人様、首を咬ませてください。そして咬まれている間は一切動かないで欲しいです』と、ラティに言われたのだった。
そして現在、その要求に応じるべく、俺はラティに咬まれていた。
「コレって……えっと……」
「駄目ですよ」
「うう……」
――これきっついんですけど!
何なのこれ? あれなの、いつでも命取れますよ? って感じ?
と言うか、と言うか、ええええ、これってっ、
ラティは俺の首の咬み付いたまま、俺の右肩に手を置いて起き上がれないようにしていた。
体勢は先程と似た感じではあるが、喉に当たる彼女の吐息と、鼻腔を激しくくすぐる香りが、俺をひたすらに昂らせる。
そして何より、部屋の中は真っ暗でよく見えないが、おぼろげに見えるシルエットと、僅かに聞こえる衣擦れの音から、今、Yシャツの前が完全にはだけているのが感じ取れた。
あまりの緊急事態に俺は懇願する。
「ラティ、ちょっと部屋が暗いので、”アカリ”が欲しいのですが」
「……ぁ、あの、残念ながらMPが枯渇しているので、”アカリ”を使えません」
「ちょっ、絶対に嘘だよね? ホントはMPあるよね? ねえラティさん!」
「……無いです。カプ」
俺はいま、自分にMPが無いことに対し、心の底から泣いた。
いや、心の中で血涙を『だばぁ』と流していた。
――くそおおおおおおおおおおおおおお!!
何か、何か無いのか! 考えろ、何か方法は無いのかっ
何か、何か……あ!
俺は閃いた。
頭の上に電球がポンと湧くように、それどころかLED照明すらも乱舞するほどに。
( これなら )
俺はラティに悟られぬように、自分のステータスプレートを出現させる為に、右腕をコッソリと動かした。
ステータスプレートを呼び出せる位置に手を動かし、そして出現させようとしたのだが。
「あの、駄目ですよご主人様」
「あっ」
ラティはステータスプレートを呼び出そうとしている俺の動きを察し、肩を抑えていた手で、俺の右手をベッドへと縫い付ける。
そして左腕も一緒に頭の上に縫い付けられ、手を交差させてバンザイをしたような体勢なる。
先程よりももっと無防備な状態。
どう考えても男女の位置が逆だろうと思う体勢。
「ら、ラティさ――ッう!?」
( 柔らかい!? )
俺はこの体勢に対し、抗議ではないが、一言もの申そうとしたが、はむはむと俺の下唇が、何か柔らかいモノに食まれた。
そして次は上唇までも食まれる。
とても柔らかく、そして瑞々しい水気を帯びた何かに。
ぷるぷるに柔らかい何かは、俺の唇を食み続ける。
首を咬んでいるはずの感触が今は無い。
ありきたりな言い方だが、頭の中が沸騰する。
陳腐な表現だが、脳が溶ける思考が蕩ける。
ラティの口付けは、唇を重ねるようなモノではなく、はむはむといった感じに、上唇と下唇を交互に食むモノだった。
――あ、そういやアキイシ伯爵家でもそうだったな、
啄むというよりも、優しく食むような……ああ……
頭が完全に仕事を放棄し、何も考えられなくなってくる。
そして気が付くと、いつの間にかラティが俺に跨っていた。
「は!? ラティ! マズい、首輪の色が」
( ヤバイ! 首輪の変わるんじゃ )
「あの、少し前に聞いた事なのですが、首輪の色は感情によって橙色に変わるそうです」
「ああ、らしいな……」
俺もそれは聞いていた。
だから前に、相手が眠っている状態でなら、首輪の色は変わらないのではと、そう考えた事がある。しかし仮にそうだとしても、それを試すつもりは無かったが。
「ですから、わたしからであれば変わらないはずです……」
「わあああ、待ってまってまてい待ってね、ちょっと待った!」
「待ちません、それとご主人様。お約束は守ってくださいね」
「へ? 約束って……まさか咬まれたら動くなってヤツ?」
気配でコクリとラティが頷くの分かる。
そして色々とゴソゴソしだす。
「いやいやいやいやっ、え? これって」
「あの、ご主人様……天井のシミの数でも数えていてください」
「それ逆だからぁ!!」
この日の夜――
俺が19年間守ってきた純潔は、ラティによって狩られたのだった。
この章、『狩られるもの――ふたりの貞操――』はこれで終わりです。
次回から新章に突入します。
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あと、誤字などのご指摘も……




