接種
一つ前の、補足にちょっと追加しました。
ちょっと退屈な説明回です。
ガラガラと走る馬車。
その馬車の中で、俺は話の続きを聞いていた。
鉄の掟。
勇者保護法とはきっとそのようなモノだろう。
召喚した勇者達を、貴族達がいい様に使わぬよう自らを戒める鉄の鎖。
だが300年という時がその鎖を錆腐らせたのか、馬車の中で知らされた情報は、鉄の掟が効果を失った結果だった。
王女アイリスが危惧していた、女性勇者の獲得に貴族が動くというモノだった。
ハーティ達が掴んでいる情報によると、今回の勇者言葉誘拐事件は、エウロス公爵家嫡男の仕業らしい。
エウロス公爵家嫡男が、椎名を唆して言葉を攫わせたのだと。
さすがにそれは強引過ぎるだろうと、俺はそう思ったのだが。
『あ~、私にも最近よくお誘いが来てる』と、勇者伊吹が言い出した。
彼女は同じ場所に長く居ると、何処からか貴族の使者らしき者がやってきて、我が領地にお越しくださいと、そう誘われたと話す。
しかも、ノトス以外の全てが接触をして来たと情報を追加する。
今回の言葉を攫った件は、起こり得る可能性の一つだったと。
他の貴族達に比べると、かなり強引な手口だが。
ハーティ達は言葉が攫われた後、三雲組と伊吹組の全員でエウロスの街へと向かい、言葉を解放するように訴えたそうだ。
だが返って来た返事は、言葉と三雲は居ないと突っ返され、勇者の二人には会えずじまい。
それならばと、勇者伊吹が強引に乗り込もうとしたそうだが、その時は勇者椎名に阻まれ、中には入れなかったそうだ。
俺はその話を聞いていて、ふと疑問が浮かび、それを口にする。
「あれ? 何で詳しく分かったんだ? 言葉とは接触出来てないよな?」
先程のハーティ達の説明は、まるで現在の言葉達の状況が分かっているように感じた。
俺がその疑問を口にすると、ハーティが横にあった袋の中から、白い毛玉のようなモノを取り出した。
俺がその白い毛玉に注目すると、なんとその白い毛玉がもそもそと動き出す。
「――ッう、動いた!? ってコレ、あの竜か!」
「ああ、そうだよ。そしてヨウちゃんがメッセンジャーになってくれたのさ」
言葉の飼い竜? である白い毛玉は、ハーティ達の伝書竜となっていた。
白い毛玉のステルスモードとも言える、音を発しない状態であれば、容易にエウロス公爵家に出入りが出来るようで、この白い毛玉を使って連絡のやりとりを行っていたのだと言う。
そして、公爵家に軟禁状態である言葉と三雲から、現在の状況を知ることが出来たのだと言うが、なんと――
「……もっかい聞いていいか?」
「ああ……、三雲ちゃんが言うには、いま言葉ちゃんから離れると、エウロス公爵家の嫡男リュウシンって奴に、まだ動けない言葉ちゃんが襲われるかもって」
「だから三雲も下手に動けない……と?」
「そうらしい。むしろ三雲ちゃんには出て行って欲しいみたいなんだあっちは」
「…………」
――ああ、どっかで聞いたな、
東の連中はみんなデカイのが好きだって……
……その基準で言うと三雲は、
何となく、してはいけない納得をしてしまったが――。
「それも考え過ぎって可能性は? いくら何でも……」
「僕もそう思うんだ、強引なことをすれば大問題になるんだし、だけど三雲ちゃんが言うには、女の勘がそう告げているとかなんとかで……」
「根拠は勘か……」
「まぁ、女の勘は馬鹿に出来ないし……うん、馬鹿には出来ないな……」
俺は何か含みのある言葉を言うハーティに、過去に何かあったのかと、少々勘繰る。
確かにその可能性はある、だが無理矢理するのは無理だろうと思う、一応あちらには椎名が居るのだから、さすがにそんな馬鹿な真似はしないだろうと。
そう思っていたのだが。
「あの、それは”女の勘”ですね? ならば信じるに価するかと」
「へ? ラティさん? 何を言って……」
ラティは、『ふんす』と彼女らしくない程に強く肯定をしてきた。
――え? え? ラティさん?
何を根拠にそこまで勘を……
もしかして三雲ってそういう【固有能力】あったのかな?
若干話が脱線したが、俺は再び話の続きを訊いた。
ハーティ達は、伝書竜を使った相談の結果、大事になるので控えていた勇者保護法を頼る事を決めたそうだ。
そして三雲組の大半をエウロスの街に残し、中央に今回の件を伝えに行き、今の宰相に話したそうだが、返って来た返答は、『待って欲しい』だったと。
これは宰相が東寄りだとすぐに察し、他の公爵家を頼る事を視野に入れて、まずノトスに向かい、其処でラティやギームルと合流したのだとハーティは語る。
「二カ月の間に結構な動きがあったんだな……」
「そりゃぁダンナ、あんな田舎な村に居たんじゃそう思うわな」
「長い家出でみんなに迷惑を掛けてたねえ、陣内君」
俺の感慨深い呟きに、ガレオスさんと伊吹がチクリチクリと言葉で刺す。
何とも言えない気まずい気持ちはあるが、それと同時に安堵の気持ちも広がっていた。みんなの態度と、言葉が生きている事に。
(無事とは言えないけど、無事だったんだな…… )
「でも良かったよ、陣内君と合流が出来て」
「ん? ああ」
「それでね、最初の話に戻るんだけど、ギームルさんからは勇者保護法に頼るのは悪手だと言われてね。政治的な問題だけじゃなくて、下手をすると言葉ちゃんが、そのまま北に持って行かれる可能性もあると指摘されてね。――保護と言う名目で」
「……前から思ったんだけど、保護って言葉が万能過ぎねえか?」
( 前にラティを保護って名目で…… )
「全くだね、保護って言葉が何かの隠語みたいに感じるよ。――さて、取り敢えず今日はインカ男爵が治めていた町で一泊かな?」
冗談から転じ、真面目になってこれからの予定を話し始めるハーティ。俺はそれに耳を傾けながら、同時に別の事を考えていた。
今日の出来事を。
森へ行って木を運んで、それから数時間もしないウチにラティと再会して、ギームルに会って……。
( あれ? )
「待った! 何でギームルがここに居んだ? 確か宰相を辞めて……?」
俺は今日、ラティと再会をして浮かれて、そして言葉の生存を聞いて喜び、次には救出へと目まぐるしい流れだった。
だからウッカリと流されていたのだが……。
「つか、何で……いる? 今は無職なんじゃ……」
「そう言えばまだ言っていなかったのう、ワシは今、ノトス公爵に仕えておる」
「…………はい?」
「だから、ノトス・アムドゥシアスの元で働いておる」
「はあああああああ!?」
――アムさ――ん! なにしてんの!
普通雇うか? 拾うか? いや……アムさんなら雇うか、俺を雇うぐらいだし、
宰相を務めていた人材だしな、黒官か加藤清正が野に下ったようなもんだし、
アムさんも文官が足りないって泣いてたからかな……
家出をしていた二カ月の間で、俺の知っている世界は大きく変わっていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何でギームルが……」
俺は割り当てられた部屋のベッドの上で、深いため息と共にそう呟いた。
現在俺が居る場所は、インカの町のインカ男爵が住んでいた屋敷の一室。
インカ男爵は慕われていなかったらしく、町に居た兵士達は反抗する事なく、ノトス公爵の代理として来たギームルに従った。
その後、男爵の館を一時的に接収する形で、俺達はそこに泊まる事となった。
食料などの物資の補充が済めば、明日の早朝には此処を出発する予定。
なのだが――。
「ああああ! 色々あり過ぎて纏まりきらん!」
俺は状況整理に苦戦していた。
言葉の状況は分かった、無事とは言えないが無事であり、だけどあまり楽観視出来ない状況。
助け出したいが、軟禁されている場所はエウロス公爵家。
ハイ行きました、ハイ助けましたとはいかない。それなりの準備が必要であり、無駄に警戒されない必要もある。
そして切り札となる勇者保護法は使えない。
他にも、ギームルから語られた数々の事もあり、まるで二カ月間サボっていた事が、纏めてやって来たという感じになっていた。
一つ一つを消化するように自分なりに考えていく。
そして思考が壁のようなモノにぶつかって『うがー』となるのを繰り返す。
――駄目だ、全く纏まらん、
与えられた情報量が多すぎる、けど把握はしておかないと……
そうしないといつか飲まれる、
頭の中がモヤモヤとして、考えが浮かんでは消え、浮かんでは沈む。
明日からの予定や、今後の動きなど散っていく。
――おかしい……
俺ってこんなに考え事が下手だっけ?
前はもうちょっと、スッキリ纏められていたような……あっ!
「ラティを撫でていないからか……」
俺は今の自分に足りないモノを思い出した。
昔から何か考えを纏める時は、その考えを口にしながら、ラティの耳と尻尾を撫でていたのだと。
それを行う事で、頭の中がリラックス出来て、考え事が纏まったのだと。
俺はそれに気付き、ラティを呼ぼうかと思った瞬間、この部屋の扉が開く。
「丁度良かった、ラ……ティ……え?」
扉が開いた瞬間に、俺はこの部屋にやって来たのはラティだと判った。
理屈ではなく感覚でラティが部屋を訪ねて来たのだと感じていた。そしてその感覚は正しく、部屋にやって来たのはラティなのだが……。
「あの、ご主人様。少々宜しいでしょうか」
「ああ……えっと……」
部屋にやって来たラティは、普段、寝間着代わりに着ているスウエットのような服ではなく、男性用の白いYシャツだけを羽織っていた。
小柄なラティに対し、明らかに大きいYシャツ。
少し薄暗い部屋に浮かぶ、白く艶かしい脚。
そして袖からちょこんと見える指先。
俺の目の前に、別の意味で武装したラティが立っていた。
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宜しければ、感想やご指摘など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字や脱字も……




