よくある取引
エデルリッソとミラバケッソって似てる。
俺は見極めるようにして、ギームルの話に耳を傾けていた。
村の入り口付近、少し広い場所で話を聞く事にした。語られる内容次第では、いつでも逃げ出せるようにしておいた。
本来であれば落ち着くためにも、会話をするなら室内の方が良いのだが、俺は逃走経路確保の為に、外でそのまま話を聞く事にした。
そしてギームルから語られた内容は。
俺が北原殺しとして、保護法違反で処罰される事は無いであった。
北原がやろうとしていた事と、してしまった事。
これを公爵家に説明し、条件付きで納得をさせて、俺の無罪を勝ち取ったらしい。
正直、”納得させた”の部分が怪しかった。
一応その納得させた内容を問うたのだが、それは少しだけ濁された。要は、何かしらの取引をして、今回の無罪を飲ませたようだ。
俺はふと気になり、勇者保護法とは、そんな簡単に覆せるモノなのかと訊いたら、保護法を作ったのは貴族、その貴族達が有利になるのであれば、変わらない道理は無いとギームルは言い放っていた。
因みに俺はそれに対し、『ああ、なるほど』と納得が出来た。
いかにも貴族らしいと。
その結果、四大公爵家と王族、そして教会側の後押しもあり、今回の北原殺しの件は致し方なしとして、俺は無罪放免になったのだとギームルは言う。
あと、密かに警戒していた、何か他の罪状で俺を罰する可能性。
ギームルはそれも無いと、俺から警戒心を解くように教えてくれた。
そう、警戒心を解くようにしていたのだ。
ハッキリと言って、俺にとっては怪しいとしか思えなかった。
ギームルが語っていた先程の話、俺が無罪になったという件も、にわかには信じがたい話であり、俺は何回もラティに目で、その都度嘘はないかと確認をしていた。
俺は目の前にいる初老の男が、本当にギームルなのかと疑い始めた。
明らかにおかしいのだから。
――マジで誰だコイツ?
俺の知っているジジイじゃないぞ!?
なんで急に……
俺はもう単刀直入に尋ねる事にした。
相手は貴族社会を生きている海千山千の猛者、クソガキ程度の俺では、相手の真意を探るような駆け引きが出来るとは思えず、ここはラティに頼る。
「ギームル、何でいつもと対応が違う。俺の知っているアンタとは違うぞ」
俺は言外に、『アンタが怪しい、信用出来ない』と伝える。
シンプルな質問、何か取り繕うとすれば、ウチのウソ発見器が反応するはず。
俺は横に立っているラティをチラリと見る。
さっきまでは俺の胴体に手を回していたが、この話が始まると手を離して、今は控え目に俺の横に立っている。
ただ彼女の左手は、俺の服の裾をちょこんと摘まんではいるが。
( もう逃げないってのに……いや、コレは違うか…… )
短い思慮のあと、俺は意識を目の前のギームルへと戻し、奴の言葉を待つ。
「…………髪留めだ」
「……はい?」
奴から出た言葉は、探りようのない言葉だった。
深いんだか浅いんだか、本当に判断が出来ない言葉が返ってきた。
――っはぁ? 髪留め?
何だよ髪留めって、俺はアンタの怪しい態度を聞いてんのに、
…………困った時はラティだな、
俺はラティへと目を向ける。
嘘を吐いているかどうかの判断ではなく、ただ単純に困ったので、若干縋るような思いでラティを見ると、其処には。
「あ、王女さんの髪留め……」
「あの、わたしがあの時にお預かりしていた物です」
「それは、アーサー王子が姉であるアイリス王女に贈った物だ」
「はああああ!?」
俺が一度、売って金に換えようかと考えた事がある物は、形見のような品だった。
高い物だと思ってはいたが、高いと同時に重いモノでもあった。
驚きのあまり俺が髪飾りを凝視する中、ギームルはポツリポツリと語る。
一番初めからの経緯を、――勇者召喚が行われる前の事から語り出した。
驚きであった、多少は予想していた、俺が疎まれる理由を。
だが、俺が把握している事と、実際に起きた事実には差があった。
アーサー王子の事故、そしてギームルとアイリス王女の関係。
祖父と孫娘。
執拗に疎まれる訳が理解出来た。だが納得はしない、でも分かる部分はあった。
迂闊にも同情をしてしまった。
俺はギームルの話を訊き、その内容を自分なりに消化する。
要は、アイリス王女の俺に対しての待遇と評価、そしてその彼女を命を救った事により、このクソジジイは俺に対しての対応と評価を変えたのだと。
ギームルの言い分は分かった。だが――。
「で? 何でアンタがここに居んだ? 俺にぶん殴られにでも来たのか?」
俺は『城にでも引き籠ってろ』と言い、もう訊くことは無いので無視をしようとしたのだが、奴は。
「ああ、そうじゃ。お前に殴られに来たのだ」
「…………」
「あの、待ってくださいご主人様!」
俺はギームルの言葉に、無言で殴る態勢に入ったのだが、ラティがすぐに止めに入って来た。
「ご主人様、少々聞いて頂きたい事が……」
「ラティ?」
「うん、陣内君、話を聞いてあげて」
「そうそう、それにコレからの事もあるし……」
「葉月、伊吹……ああ、わかった取り敢えずその話を聞こう、殴るのはその後だ」
「ああ、殴るのは決定なんだ、でも葉月ちゃんいるし平気かな?」
そんなやりとりの後、俺はラティの聞いて欲しいと言う話を聞いた、そして……
閑話休題
「話は分かった。さっき濁していた俺が無罪になる条件のひとつが……」
「そうじゃ、わしが宰相の役職から降りる事じゃ」
――っは、それだから許して欲しいってか?
いや、これを言い出したのはラティか、ギームルじゃないな、
それに財産の没収にも応じたって……
いま聞いた内容は、俺を助ける為にギームルは宰相を辞めて、しかも追加で全財産までも没収されたのだと言う。
詳しい経緯は語らなかったが、これのお陰で、俺の無罪が認められたと。
――だけどやっぱ気が収まらん、
ならここは……
「ギームル! 話は分かった。俺が無罪放免になれたのは、一応……アンタのお陰らしいな、だから一発だ! 一発だけで済ます」
「……ああ、分かった。気が済むまで殴るが良い」
ギームルは腕を下げ、そして少しだけ顎を上げて、『さぁ殴れ』と無言で示す。
俺はギームルの本気を見た、奴は本気で俺に殴られるつもりなのだと。
だから俺は――。
「葉月ぃぃい! お前を信じるぞおお!!」
「えっ!? え? 陣内君!?」
俺は力を込めて殴った。
腹を。
今の俺の膂力で顔を殴れば、奴は死ぬ可能性が高い。
だからと言ってあまり加減をするのも違う。だから力を込めても平気なように、俺は奴の腹を抉った。
結果を言うと、ギームルは死ななかった。
ただ、レベル90を超える勇者葉月の、MPの約6割を消費しなければ助からない程の重傷をギームルは負った。
少し言い換えると、聖女の勇者葉月が居なかったらアウトだった。
閑話休題
「たく~、ダンナはいつもやり過ぎだぜ」
「いや、これは……って、ガレオスさん!? なんで?」
――あ、そうか、伊吹が居るんだ、
それなら伊吹組のガレオスさんが居てもおかしくないか……
でもいつの間に、
伊吹組のリーダー格であるガレオスさんは、一人では立てない状態のギームルの肩を支えていた。
俺はいつの間にガレオスさんが来たのだろうと、そう思っていると今度は。
「もう警戒は解いてもイイのかな? 陣内君が殴り出した時は、逃げる用意かと思って身構えちゃったよ」
「はえ? ハーティさん? え、なんで……」
「あれだね、陣内君はラティちゃんが居ないと駄目だね。僕たちに囲まれていたの気付いていなかったでしょ?」
「囲まれてた?」
「えっとね陣内君。私から簡単に説明するね」
葉月が手短に説明をしてくれた。
はやい話が、俺は勇者達だけではなく、冒険者達にも囲まれていたのだ。
俺は二重に囲まれており、仮にラティを振り切ったとしても、まだ予備の戦力が配置されていたのだと言う。
索敵系の【固有能力】が無い俺は、それに気付いていなかったのだ。
葉月にその説明を受けて、それは分かったのだが――
「待った、何でハーティさんがここに? ハーティさんは三雲組ですよね、――ッあ! まさか言葉が亡くなったから、三雲組は解散でも……?」
「いや違うよ、ちょっとそれで助けて欲しくてね――」
――なら何で……
何か三雲にもあったのか?
もしくは伊吹組と三雲組が合併でもしたのか?
「陣内君に、言葉ちゃんを助けて欲しいんだ」
「…………何だって、はやく話せっ」
俺は声のトーンを落とし、唸るような声で続きを促した。
脳裏にかすめるのは、彼女の最後の姿、彼女の最後の表情。
「――っはやく!!」
「ああ、話す。まず、彼女は生きている。正確に言うならば、”生き返った”」
俺はこの時、世界が切り替わったような瞬間を体験した。
視力の低い人が、始めてコンタクトレンズをして、そして周りを見るような。
下半身が事故で麻痺をしていた人が、突然、奇跡的に治ったかのような感じ。
頭の奥側や心の奥底に、根深く刺さっていた黒い棘が消えるような感覚。
「はやくっ! はやく続きを話せ!」
俺の心の中の何かが解放された。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと誤字脱字も……
今回はコレを聞いていたら遅れました。http://www.nicovideo.jp/watch/sm25422640
ラスト1分のところが大好き!




