報復
アセイラム姫が皇女過ぎる。
その場は一旦収まった。
だが何も解決はしてない、と言った状況。
この村を支配している貴族を俺が追い払い、無理矢理に連れて行かれそうだった村娘を助けた。
文字だけで見ると、ハッピーエンド的なモノ。
だが、まだ続きがあるのだとしたら、そうはいかない。
追い払った相手はまた来る可能性が高い。むしろ来ない訳がない。
どういった形でまたやって来るかは不明だが、きっとやって来る。
悪い何かを抱えて。
仕返しかもしれない、もしかするとこの村全体が罰を受けるかもしれない。
税などがより厳しく取り立てられるかもしれない、少なくともリナと小さい子は狙われるだろう。
本当に何も解決していなかった。
そして村側は、当事者たちの扱いにも困っていた。
最初に連れて行かれそうだった少女と、それを庇った村娘のリナ。
そして貴族をぶちのめした俺。
俺が村にとって重要で無ければ、さっさと差し出されていたかもしれない。
だが俺は、村にとっての貴重な戦力であり労働力。
木こりや荷物運び以外にも、【魔物釣り】というモノも手伝っていた。
魔物を倒さずに誘き出すようにして連れ回し、村の管理している畑の真ん中で倒して、魔物に宿る力を田畑の養分にする方法だ。
ただ、魔物を倒すのに苦戦すると、畑などを荒らしてしまう。
大人数で魔物を相手にすればまだ安全だが、そうすると大人数の足によって畑が荒らされてしまうが、だからと言って少人数だと危険となる。
その点俺は一人で倒せる、しかも一撃で仕留めるので畑への被害も軽微ですむ。
この村への貢献度は高いからか、簡単に差し出すのを躊躇っている様子。
次にリナ。
彼女は容姿が良いので、きっと冒険者を村に居つかせる役。
この異世界では、どの村にでもある風習、防衛戦などでやって来た冒険者と婚姻関係になり、そして村の守り人にする為の人材。
この村にとっての貴重なカードで、これも切りどころを思案している感じ。
そしてこんな事に気付いてしまう自分も嫌だが、小さい少女はそういう意味では村への貢献度は一番低く、出来ればさっさと、と言う空気だった。
その証拠に、助かったその少女に対して優しい声を掛けているのは、親である父親と母親だけだった。
俺とリナには、それなりに声を掛けて散って行った村人達も、少女には何も言わなかった、むしろ複雑な冷めた目で見ていた。
そんな何とも言えない空気を残したまま、その日は解散となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、村人は俺に余所余所しかった。
このナントーの村の、支配者のような存在に逆らったのだから。
一応村長からは、いつも通りに過ごして仕事をこなして欲しいと言われた。
いくら何でもすぐには来ないだろうと、特に根拠は無いようだが。
そして俺はそれに従った。
俺は少女を庇うリナの姿に、俺を庇って死んだ言葉を重ねてしまい、そして暴走をした。
理屈では分かっているが、どうにもならなかった。
暴れたって何も解決はしない、物事の先送り、下手をするともっと悪化する。
だからこそ、堪えるべき場面だったのかもしれないが――
――あああ、耐えられるか!!
アレを見て我慢なんかできっか!
くそ……
あの時の俺は。
理解や理屈、物事の通りに道徳、そして理性と自制心、その全てを感情の一つだけで上回った。
きっと聖人君子な人なら、我慢するべき所は耐えるべきだと諭すだろう。
だが俺にはそれが出来なかった、出来なくなっていた。
世の中には、絶対に堪えられない事があることを知った、知ってしまった。
堪えるべき所なのだから堪えろと言うのは、その激しく搔きむしるような想いを知らない奴だ。
目の前で命を閉じていった言葉。
俺の事を恨みもせず、むしろ逆に――
「――ッ!!」
俺は頭を強く振って思考を切り替える。
このままこの思考に囚われていると、戻って来れなくなる気がした。
何か靄がかった黒いモノを纏い、良くないモノにでも成れそうな気がして。
――ああああ! なんかモヤモヤすんな!
いままでどうやってコレを晴らしていたんだ俺は……
ああ、そうか……そうか、撫でていないのか……
「ラティ……」
俺は泣きそうな顔をしながら、いつもの森へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の俺の仕事内容は運搬だった。
昨日の切り倒した樹を、森の外まで運び出し、台車をにーにゃさんが持って来たら、二人で村まで運ぶのだ。
俺は指定された長さに樹を切り分け、それを担いで森の外へとせっせと運んだ。
しかし何故か、やって来る時間になってもにーにゃさんがやって来なかった。
にーにゃさんは小さいなりだが、村ではそこそこの立場。
他の人から相談も受けるし面倒も見る、だからもしかすると、昨日の件の話し合いでもしているのだろうと、俺は木をひたすら運び続けた。
そろそろ運ぶ樹も無くなりかけた頃、にーにゃさんが走りながらやって来た。
台車などは見当たらず、ただ一人で駆けて来たのだった。
「にーにゃさ~ん、台車は~?」
台車を忘れてやって来たにーにゃさんに、俺はそう声を掛けたのだが。
「ジンナイ! インカ男爵が兵士を沢山連れてやってきた!」
「――ッ!!」
俺は槍を片手に握り駆け出していた。
駆けて来たにーにゃさんとすれ違う時に、『リナちゃんとあの子が』と、彼女らを心配する声が聞こえ、俺は【加速】を使い速度を上げる。
数分も駆ければ見えて来るナントーの村。
そしてその村の入り口には、様々な馬車が5台も止まっていた。
――予想よりも多い!?
くそっ、昨日の今日でこんなに増援を呼んだのかよ!
どんだけ警戒されたんだ俺は。
貴族が使いそうな馬車が2台と、冒険者が使いそうな馬車が3台。
パッと見でも、約20人ほどは来ているだろうと判断出来た。
俺は走りながら状況を考える。
普通の兵士や冒険者達が相手なら何とかなるが、後衛の支援系が多いとキツくなる。
いま着ている服は村から貰った物で黒鱗装束ではない、そして木刀も無い。もし魔法重視で攻められると、戦い方次第では負ける可能性が高い。
――奇襲しかないな、
まずは後衛を潰して、その後に前衛の足を狩るか、
俺は戦いの方針を決め、村の正面を避けて側面へと回り込んだ。
そして防壁となっている柵を槍で切断して、俺は村の中へと入る。
頭に過るのは今後の事。
どういう状況かはまだ分からないが、あの太った貴族は兵士を連れて来たとにーにゃさんは言っていた。
推定だが、20人以上は連れて来ているはずであり、そしてそれだけの数を集めるという事は、俺への対策のはず。
追い返すことは不可能ではないが、やはり何も解決はしない。
また追い返したとしても、最終的にはこの村の為にはならない。ならばどうするべきか、俺はそれを考えるが――
――っち、何も浮かばん……
もう水戸黄門でもいねぇかな、そうしたら解決すっかもしんないのに、
俺は心の中でしょうもない愚痴は吐く。
そして目立たぬよう身を低くして、小屋の陰から今の状況を窺うと。
「あ……」
村の入り口のすこし先、広い通路となっている場所に、大勢の人が集まっていた。そこに居るのは村人達と大勢の冒険者、そして貴族が連れてきたと思わしき兵士達。
兵士達は装備が統一されていたので、俺は貴族が連れてきたと判断をした。
そしてその兵士達に、見守られるようにして地べたに這いつくばるインカ男爵と……
「な、何で……」
ピンと張った獣耳、日の光を浴びて明るく輝く亜麻色の髪。
目を瞠るような鮮やかな深紅色の外套、そしてそれに合わせた様な色合いの赤いスカート。
前に見た彼女は、俺にとって理想的だった。
だが、いま俺の眼前にいる二か月ぶりに見た彼女は、理想の上が更に存在したのかと思わせる理想が立っていた。
「……ラティ」
這いつくばる貴族の横には、ラティが凛として立っていたのだった。
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あと、誤字脱字も……




