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木こりな日常

前回の覇月様の声は、米○円の声で再生して頂けましたら、幸いです。

 ある所で、一つのへんてこな噂が流れていた。

 その噂は、西へと流れていっていた。

 東側では魔物の湧き方が不安定であった為に、商人達があまりそちらに行かず、北側は遠いのでそちらに行く者はあまり居らず、南では魔石での生活が主流となりつつあり、その為に薪が売れず。


 本当に偶然だが、その噂は西方面のみに流れていた。


 槍で樹を切る木こりが居るという、そんな馬鹿馬鹿しい噂が。


 そして噂の震源地では、その噂はただの事実であり、事実ゆえに誰も気にしておらず、当然、そんな噂が立っているという事も……。





 俺は今日の分の仕事を終え、その成果とも言える切り株に腰を下ろしていた。


「撫でたい……」


 口から零れる欲求。

 森を見上げて頭の中を空っぽにしていると、ある欲求のみが溢れ出す。

 会いたい・話したい・見つめたい・触れたい・撫でたい・撫でまわしたい・耳の付け根をコリコリしたい・尻尾の毛並みを整えるように手で梳きたい。そして――


「ヤバい……死ぬほど虚しくなってきた……」


 己の欲求を頭に浮かべていると、最後には絶望的な虚しさが襲ってくる。

 もう何回も味わってきた惨めさ。


――あ、やばい……

 気分が落ち込み過ぎる、何か別のこと考えて紛らわさないと。



 俺は無理矢理頭を働かせる。

 会えない彼女に思考が埋め尽くされぬように、切なく虚しい渇きに引き込まれぬように、俺は最近の木こり生活を思い起こす。


 斧が上手く扱えない俺は、斧の代わりに槍で樹を切り倒していた。

 しかし、魔物相手に鍛え上げた膂力をもってしても、流石に槍では樹を切り倒すのは容易では無かった。

 せめてWSウエポンスキルでも使えれば良かったのだが、当然、俺にはそれが無い。ならばWSウエポンスキルに頼ることなく切り倒そうと思ったのだが、3回は打ち付けないと樹は切り倒せなかった。


 それでも十分に凄いと木こりの先輩ニーニャさんはそう言うが、やはり一刀両断が良い、正確に言うならば、一槍両断(いっそうりょうだん)なのかもしれないが。

 

 俺はムキになって薙ぎの一閃に拘った。

 より精密に、より力が穂先に乗るように、より迅く(はやく)抉るように。

 そして二か月近く経過した頃、俺はそれを成していた。


 それとは別で一度だけ、その横薙ぎにより得た感覚を、突きに生かせないかと思い、薙ぎの時に身体を捻る感覚を上手く突きの動作に落とし込み、そして大木に向かって突きを放ってみたのだが。


 結果はとんでもない事となり、苦労するハメとなった。

 大木を完全に貫通してしまい、槍が引き抜けなくなったのだ。

 力を入れて引いても無骨な穂先が引っ掛かり、全く引き抜ける気配が無かった。


 俺が困り果てた時、俺の様子を見に来たニーニャさんの助言、もう刃の部分が貫通しているのだから、『そのまま逆側から引けば?』という助言により、無事に槍を回収することが出来た。



 俺はここ最近の、修行のような木こり生活を思い出しながら、気付くとエア尻尾撫で撫でをしていた。


「――って!? ……ヤバい、無意識にエア撫で撫でを……」


 俺の手はまるで、手の震えが止まらないアルコール中毒のように、手が勝手に動いていた。

 一人でいると悶々としてしまい、まだ少し早いが村へと戻ることにした。


 一人でいると、どうにもマズイ気がして。





   閑話休題(いや、手遅れか……)

 



 

 しばらく歩き、村が見えてくると、ある事に気が付いた。

 村の入り口に、貴族が使いそうな黒塗りの馬車が止まっていたのだ。


「まさか、追手か……」


 真っ先に思い当たるのはそれだった。


 そして次に思い当たるのは、ここを管理する貴族。

 そういう存在が居るとは聞いていたし、税の徴収を行う存在がいると予想をしていたのだから。

 

 俺は心を落ち着かせ、自分の中にある、ある(・・)感覚を研ぎ澄ます、自分と繋がっている存在、ラティを感じる事が出来るかどうかを。


 それは狼人であるラティの尻尾を、ひたすらに撫で続けた恩恵とも言えるモノ。

 俺は彼女との繋がりを探る。そして――


「ラティはいないな……」


 俺はあの馬車を、ラティが誰かと捜索をしに来た馬車ではないと断定した。

 もしラティがいるのであれば、この距離ならば感じる事が出来るはずだから。


――と、いう事は……ここを管理する領主的な貴族か?

 いや、ラティ以外の誰かが俺を探しに来たって可能性もあるか……

 これはどうするか、



 俺は判断に迷った。

 どうしたら良いのか、追手なのか、それとも違うのか。

 

 村は柵で囲われているので、入り口からでないと入れない。

 柵を乗り越える事は楽だが、それをすると目立つし、見つかった時に面倒そうなので、俺はそっと村の入り口に近寄り、村の中を覗こうとした時――


「こ、この子はまだ子供ですのでっ! どうかお考え直しを」


 悲痛な願いのようなモノが聞こえてきた。

 俺はその声に釣られ、駆け寄るようにして入り口から村の中を覗き込んだ。

 するとそこには、村の入り口周辺の、少し広くなってる空間に、村のみんなと、見慣れない男達3人が立っていた。


 そして一番身なりの良い太った男が、小さい女の子の腕を乱雑に掴んでいた。

 掴まれた女の子は怯えた表情を浮かべ、いやいやと涙目になりながら首を振り続けている。


「お待ちくださいインカ男爵様! その子はまだ11才になったばかりでして」

「ほう? ならば問題など無いではないか――っ寧ろ良い」


 その子の父親らしき男が、インカ男爵と呼ばれた男に膝を突いて懇願しているが、遠目にも貴族の男の顔には、ねっちゃりとした嗤いが見えた。


 あれは碌なことを考えていない顔、ラティが居れば激しく顔を歪めたであろう。

 そして11才に手を出すなど完全にアウト、と思っていたが、歴代勇者(馬鹿共)の価値観でいえば余裕のセーフ。


 俺はどうするべきなのか悩んだ。

 相手はたぶん貴族、インカ男爵と呼ばれていたのだから、あの男がこのナントーの村を管理している者だろうと予測が出来る。

 当然、助けてはあげたいが、俺が出る事によって、事態がよりややこしくならないかと、情けなくも躊躇ってしまった。


 村人たちの反応を見る限りでは、(父親)の説得での考え直しを願っている。

 だが、その貴族の反応はあまり宜しくない。 

 俺でも分かる、これは突っぱねられるだろうと。


 きっとこれは、この異世界ではよくある理不尽な搾取なのだろう。

 権力を持つ者が、その権力を盾に弱者から搾取する光景。

 アレを止めるには、あの権力以上の権力が必要であり、俺にはそれが無い。


 純粋な腕力によって止める事は出来る。だがそれでは一時的なモノ、きっと別な形で理不尽な搾取がやって来る。


 情けなくも俺は、村人の(懇願)が届く事を祈った。

 だがそこに――


「お許し下さいインカ男爵様! この子は、この子はまだ子供なのです、どうか、どうかお考え直しを……」

「ぬ!? 貴様は」


 掴まれていた小さい子と、太った貴族の間に割って入って来たのは、俺をこの村へと案内してくれた村娘のリナだった。


 リナは貴族の男から女の子を解放すると、まるで通せんぼでもするかのように両手を広げて庇うように立ち塞がった。

 リナは控えめな胸を張って、太った貴族の男と対峙する。


 村人達は、誰もが声を出せず息を飲んでそれを見つめ、そして貴族の男の、次の動きに注目をする。


「ほうほう、これはこれは勇敢な娘だ。これはちと考え直さねばならんな」

「「「「――――ッ!!」」」」


 貴族の男の発言に、村人達の全員が期待の色を見せる。


「そこの子と変わらぬ、とても良いモノ(・・)を持っておるな、なぁ娘よ?」

「え!?」


 貴族の男は、そんな要領を得ない事を言って右手を上げ、――そして。


「きゃっ!?」

「ほほほおおう、良い! 良いのう! この未熟さは至高よのう」


 貴族の男の右手は、控え目なリナの胸をなんとか鷲掴みにしていた。

 一瞬、何が起きたのか理解していなかった様子のリナだが、自分の胸に添えられている貴族の手を払い、今度は背を向けて小さい少女を庇った。


「止めてください!」

「っぬう!?」


 貴族の男の手を払う時に、思ったよりも力が入ったのか、それなりの音を鳴らし、貴族の男の手が強く払われていた。


 そのリナの行動が予想外だったのか、貴族の男の嗤い顔が、怒りの表情へと変わり、払われた右手を大きく振り上げ、リナへと振り下ろされようとしていた。


 小さい子を庇う村娘のリナ。

 女性が誰かを守り、そして庇おうとしている光景。




 俺の目の前には、3人の男達が地べたに這いつくばっていた。

 太った貴族の男は驚きの表情を浮かべ、護衛だと思わしき二人の男達は、膝を抱え呻き声を上げながら倒れていた。


 何が起きたのかなど、自分がやった事なのだから解る。

 俺はリナが叩かれる前に、貴族の男の首根っこを掴んで地面に引きずり倒し、それを見て慌てて駆け寄ってきた護衛達に喉輪からの叩き付けをしたのだ。


 そして反撃をされぬように、俺は護衛の二人の膝横を踏み抜いた。


「き、貴様! 何をするんじゃ! 何をやったのか解っておるのか!?」


 俺の前で、腰を抜かしたような姿勢で男が喚いている。

 何をやったかなどは、当然、理解している。

 ただ、体が勝手に動いていたのだ、誰かを庇う女性を助ける為に、体が勝手に動いていたのだ。



 俺が守れなかった人、俺を守ってくれた人。

 

――言葉ことのは……、くっそ、俺は、俺は……



 ドクドクと心臓の鼓動が強くなる。

 蓋をしていた醜いモノが溢れ出て来る、怒りと悲しみと絶望、そして自分自身への不甲斐無さが噴き出してくる。


 もう元凶(北原)は引き裂いた。

 

 あの事件のもう一つの元凶は俺、だがそれを罰することなどは、きっと言葉ことのはは望んではいないはず。

 もういなくなってしまった彼女に償う方法など無い。


 自身の油断、甘さ、判断、過信していた力。

 苛立ちとは違う腹立だしさ、自分の取った行動に後悔はない、また同じ場面があったとしても、きっと北原を追う選択を取るだろう。


 北原の張った罠を突破出来なかった自分が悪いのだ。

 ただ”力が足りなかった”などと、考える事を放棄するような真似はしたくない。

 自分に何が足りなかったのか、それをしっかりと見付け、そして見直さなくてならない。


 だがそれを考えると、黒くなっていく気がする。

 まるで空から黒いナニかが俺を絡め取るような感覚、靄のような、蔓のような、火の粉のような、何かあやふやなモノが体の中に侵入してくる。


「き、貴様! 聞いておるのか! 儂に謝らんか、この下郎が!」


 何かが俺を指差し、そして何かを喚いている。

 俺はそれに目を向ける――


「ひ、ひぃいいいいいいい!!」


 喚いていたモノは、俺の目を見た途端に悲鳴をあげて、そしてその体型からは考えられないほど機敏に逃げていった。


 

 そして気付くと、俺は村人達に遠巻きに見つめられていたのだった。 

 

読んで頂きありがとう御座います。

宜しければ、感想やご指摘などコメントにて頂けましたら嬉しいです。


あと誤字脱字のご指摘も……


あ、米澤○の声って言っても、コポポの方じゃないですよ。

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