逃げたいパシャマパーリィー
あ、書籍化が決まりました。
こんな感じに
俺「あの、これを書籍化って正気ですか?ちょっと正気の沙汰とは……」
編「なんとかなります」←こんな感じの返答
俺「ではお願いします」
ラティは驚いた。
少なくとも一緒に過ごしたこの約二か月間、この様な彼女は見た事が無かった。
ただ、見せていなかっただけなのかもしれないが。
「何となくさ、ラティちゃんらしくないんだよね」
「気概が……ですか?」
「うん」
ラティは困惑していた。
何故なら、目の前にいる女性の感情が判らなかったからだ。
自分には【心感】という、人の感情が色で視えて感じ取れる【固有能力】があり、人がどんな感情を持っているのか、それを予測などではなく正確に判るのだ。
それなのに、目の前の女性、葉月由香の感情は判らなかった。もっと正確に言うならば、判断が出来なかったのだ。
感情の色が複数入り混じっている葉月からは。
複数の色を壁にぶち撒いたような感情の色、彼女は怒っているような雰囲気を纏っているにも関わらず、感情の色は怒りの色が少し強いだけで、他の感情の色もハッキリと視えていた。
まさにそれは、【心感】持ちにとって天敵のような心模様を持った女の子。
そしてそんな女の子が、自分を問うているのだからラティは困惑した。
「あの、それほどお気になることなのでしょうか?」
「うん、とっても気になるかなぁ」
ラティは葉月に迫られ、気概について本日二回目の説明を行った。
一回目の説明の時よりも、一度話した内容なのですんなりと、そしてより深く説明が出来た。
全てを話し終えると、静かに聞いていた葉月が口を開く。
「なるほどねぇ~、だから気概なんてちょっと上から目線的な言葉が出たんだ」
「あの、はい……、あの時は首輪が無い状態だったので……」
「だから、奴隷としての貴方じゃなくて、狼人ラティとして彼に気概をと……」
ラティと葉月は、お互いに向き合って正座をしているはずなのに、何故かラティは、葉月が腕を組んで仁王立ちでもしているような感覚に囚われていた。
感情が読めない相手、そして表情もコロコロと変わる女性。
普段は明るい笑顔、もしくは悪戯っぽい微笑の聖女様。
だが、いま目の前にいる女性は得体の知れない人、どう対処したら良いのか模索する。
何とかこの状況を打開する為に、ラティはこの二か月間の葉月の事を思い起こす。
何か突破口のようなモノがないかと探る為に。
ラティが葉月に抱いた印象は、整った理想。
誰かの理想などではなくて、誰もが求めるような理想の体現者。
彼女の愛らしくコロコロと変わる表情、これは奴隷の経験により、表情が硬くなってしまった自分には無いモノ。
しかもそのコロコロと変わる表情は、人に寄って使い分けるといったような、そんな浅ましいモノではなく、彼女の心境を素直に表わす好感が持てるモノ。
人との接し方も、まず拒絶から入る自分とは違い、分け隔てなく接する彼女。
そして、周りの気配を察知しようとする自分とは違い、周囲を察し気遣いを見せる女性。
他にも、以前お風呂場で目にした葉月の肢体は、戦う為に研ぎ澄ましたような自分の体型とは違い、女性らしい丸みを帯びた身体。
透き通るような白さの肌、肩や腰などの線は、理想的としか表現しようのない曲線を見せ、胸元の双丘も全体のバランスを崩さぬ黄金比。
一言で言うならば、理想的。
そして今、そんな女性が自分に牙を剥いているような感覚。
彼女を分析しようとすればするほどドツボにハマる思考。
ラティは今、自分の目の前にいる感情の化け物のような女に、今までにない不安感を覚えた。
秘めていたモノを暴かれ、そしてそれを引きずり出される、そんな予感。
「そういえばさ、今日のお芝居の役者さんもそんな感じで演技をしていたね。確か、気概って言う前に、一度首元を確認してからその台詞を言っていたね」
「……はい」
「だからかな、余計に気になっちゃったの」
「そうなのですか……」
「『頑張れ』や『信頼しています』とかじゃなくて、気概を見せろか……」
「……あの、その方が良いと思いまして……」
ますます萎縮してしまうラティ、しかし葉月は逃がさずある感想を口にする。
「ラティちゃんって、どこかズレた? ような所があるよね。なんて言うのかな~、えっとね……、外見は若いのに中身はお婆ちゃんが入っているみたいな感じかな?」
「え?」
あまりに予想外の言葉に驚き、思わず声を漏らすラティ。
それを見て葉月は、変な誤解させてしまったと思い言い直す。
「ああ、ごめんごめん。老けているとかそういうんじゃないからっ! なんて言うのかなぁ~……老練な感じって言うのかな? 小さい時に幼さを無くしてそのまま育ったって、それで色々と詰め込んだみたいな」
「あの、幼さを……?」
「うん、幼少期を飛ばして大きくなったような感じ? かな」
「あの、それでしたら合点がいきました。多分、葉月様がご指摘した通りなのでしょう。正確に言うならば、幼さを捨てざるを得なかったと」
「……うん、それ聞きたいかな」
ラティは葉月に話した、自分が奴隷となった経緯と、そして陣内に買われる前の奴隷時代の話を。
11才の時に、眠っているうちに親に奴隷として売り飛ばされ、そして30回以上買われ、それと同じ回数回収された事を。
誤解の無いよう回収の意味も、葉月にしっかりと伝えた。
買った主に襲われ、そして逃げ続けた日々の事を。
ラティはそれらを淡々と語り、葉月は表情をこれといった様には変えず、ただ真剣な顔つきのままで聞いていた。
ラティの話を聞き終えた葉月は、大きく息を吐いてから感想を吐き出す。
「はぁ~なるほど、だからラティちゃんは独特な雰囲気を持っているんだ」
「その経緯があったので、その子供っぽさと言うものを無くしたのでしょうねぇ」
気圧され続けていたラティは、この話を語り盛り返す。
葉月もこの内容には同情の色を濃くしたのか、威圧のようなモノを抑える。
だが――
「じゃあ次の話にいこっか」
「……はい」
二人は芝居の話を続行した。
酒場での乱闘事件の後は、地下迷宮である勇者パーティが危機に陥り、それを颯爽と陣内が助けに入る場面を芝居で再現していた。
暴れ回るハリゼオイを、槍一本で正面から対峙して戦う場面があった。
ただ、何かの配慮なのか、北原が暗殺目的で魔法を陣内に放った所は、味方の誤爆によるモノと改変されていた。
そして崖下へ、ラティと陣内と共に落ちていく場面。
崖下での出来事は、脚本家シェイクによる完全オリジナルとなってお芝居では演じられていた。
崖下に落ちた二人は、お互いの肩を寄せ合うようにして暖を取り、良い雰囲気の中、上へと登る決意の固め、互いに励まし合いながら奈落より這い上がるとなっていた。
「ねぇラティちゃん、これって本当のところはどうなってたの? 勘なんだけど違うって気がしてね、本当は…………ラティちゃん? な~んで私から目を逸らすのかなぁ?」
「あの、いえ、お芝居通りでしたよ。ご主人様と……ええ励まし合いました」
ラティは無表情を顔に張り付け、そっぽを向いてしれっとそう言い放つ。
だが、獲物の動揺を狩人が見逃すはずも無く。
「ふ~~ん、何かあったんだ。一応これって遭難なんだから、う~ん、ちょっとありきたりっぽいけど、凍えた陣内君をラティちゃんが温めてあげたとかかな? 裸で」
「……あの、葉月様、どうしてそう思われるのですか?」
「女の勘かな」
その後も二人のパジャマパーティーは続いた。
お芝居の中では語れなかった、中央での幽霊退治では葉月が懐かしがり、ラティもその時のことを思い出し木刀の事を話したりしていた。
そして、ルリガミンの町からの脱出。
真相はボレアスからの介入なのだが、政治的な理由からか、陣内が3人の冒険者を殺した事による罪で追われるに改変されていた。
実際に似たような出来事があり、その辺りもラティは葉月に説明をする。
そしてその葉月からの反応は、『あの噂は本当だったんだ……』というモノであった。
次にノトスでの出来事。
お芝居の中では、陣内はノトス公爵家には囲われず、普通の宿に泊まる冒険者となっていた。
深淵迷宮での騒動に巻き込まれ、そして爽快に解決していく、そんな風に演じられていた。
そんなノトス編での劇中で、ラティがナンパをされる場面であった。
実際にラティは、ノトスの街中でよく声を掛けられていた。
その辺りがお芝居で演じられており、本当にサラッと流す程度の内容なのだが、何故か葉月はそれをラティに詳しく尋ねていた。
「ねぇラティちゃん、今日も街でそうだったけど、ノトスでもよく男の人から声を掛けられたりしていたのかなぁ?」
「はい、フードを被っていれば大体は平気なのですが、時々それでも声を掛けて来る男性の方はいました」
「ふ~ん、やっぱり……そっか……」
「あの……ハヅキ様?」
「ううん、何でもないよ――(陣内君に甘えているんだねラティちゃん)」
「あの、何か仰りましたか?」
「ううん、何も」
ラティは葉月が何か小さく呟いた気がして、思わず尋ねてしまったが、彼女はそれを短く否定した。
その後も、彼女達の続く語らい。
ノトスでの騒動から、ゼピュロスでは勇者と共闘をしての巨竜の討伐。
あり得ないような大活躍、それらが観客の観てる舞台の上で演じられていた、そしてそれら詳細を、葉月はベッドの上でラティに尋ね続ける。
有無も言わさぬ笑顔というモノを、無表情を張り付けたラティは見ていた。
ニコニコとした笑顔で、拒否など出来ない雰囲気で押して来る葉月を。
そして芝居の語り合いも佳境に差し掛かる。
『狼人奴隷と主の恋』のラスト手前、ある貴族、ヒダリ伯爵という者が狼人ラティを欲し、それを陣内が拒むという流れ。
伯爵の操作するゴーレムが陣内を打ちのめし、追い詰められた陣内達に、ラティを差し出せば命だけは助けてやる、そして主の命を思うならば、素直に此方に来いと囀る敵役の伯爵。
ここでお芝居の中のラティ役は――
「『我が主は、この状況を打破します。わたしはそう、ご期待しております』って台詞……、ここって普通は信じておりますとか、信頼しておりますとかじゃないの?」
「あの、それは劇中の台詞ですので……」
咄嗟に誤魔化そうと試みるラティ。だが――
「ラティちゃん、嘘は駄目だよ? このシーンって実際に目撃した人が大勢いるから、このセリフは有名なんだって」
「あ……」
まるで見えない手に肩と頬を押さえられ、避けるような動きが取れなくなってしまうような感覚に囚われるラティ。
正面の女性は理想的な笑みを浮かべ、そしてラティの言葉を否定してきた。
「私ね、すっご~く疑問なんだ。なんで『ご期待』なんだろうって。何でか引っ掛かるんだよね~」
「あの、それは――」
ラティは葉月に促され、素直にその気持ちを話した。特に隠す必要などない事なのだから。
ただ、【蒼狼】に関する部分だけはボカして話す事にした。
【蒼狼】の秘密は、主である陣内に伏せろと言われていたので、その言いつけをラティはしっかりと守る。
そして語る、『期待』の意味。
ラティは葉月に、自分は主である陣内の事を、絶対的に信頼していると言った。
どんな状況下であろうと、我が主はそれを打破すると。
いかなる困難であろうと、我が主はそれを穿ち貫くと。
「……だから、あのゴーレムを倒す事は確定していて、後はどれだけの事を見せてくれるんだろうって言う、そんな期待って事かなぁ?」
「はい」
信頼とは信じる事、だから既に信じ切っている相手に掛ける言葉ではないと、そうラティは葉月に言った。
葉月はラティのそのいい様に、呆れるでもなく馬鹿にするとでもなく、ただ真摯に尋ね聞き入り、そしてラティの方も、いつの間にかそれに負けない姿勢を見せていた。
「ラティちゃん、陣内君が負けちゃうとは思わなかったの?」
「微塵にも」
「もしかしたら陣内君が、ラティちゃんに助けて欲しいって、貴族さんの方に行って欲しいって考えたりはしなかったの?」
「あり得ません」
「陣内君が死んじゃうかもしれなかったのに?」
「仮にわたしが貴族の方に下り、そしてご主人様の命が助かったとしても、きっとご主人様は魂から死んでしまったでしょう」
「そんなことが分かるんだ」
「はい、分かります」
ここに来て初めて、葉月が感情をラティに見せてきた。
いまラティの目の前では、感情の色と表情が一致する女性が座っていた。
底が見えないような人の底が見えた感覚、だが今度は、底を晒し見せるようにして彼女は話し掛けてきた。
「次が最後だね……、ねぇラティちゃん」
「はい」
「最後の陣内君をラティちゃんが介抱している場面で、お芝居だと口付けでもしそうな雰囲気の所で、丁度幕が下りて終わりだったけど、キス……した?」
「そして……ラティちゃんは陣内君のことが……好き?」
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宜しければ、感想やご指摘など頂けましたら、嬉しいです。
後、誤字脱字も……




