怖い方のパジャマパーティー
お待たせしました。
仕事は期限が二日ほどオーバーして終わらせました。
1~3話をちょっと大幅改稿しました。
葉月の【固有能力】が一部削除。
一般の冒険者達が泊まるには、少々値の張る宿の一室。
その部屋の中では、二人の女の子が自分のベッドに腰を下ろし向き合っていた。
正確に言うならば、獣耳と尻尾が生えている少女が、少し怖気づくようにして視線を逸らし、正面の女性を視界に収められないでいた。
「ねえ、ひとつ確認なんだけど、いいかな?」
「あの……何の確認でしょうか?」
確認をしようとする女性は、責めるような声音ではなく、可愛らしく無邪気な表情と声で少女に尋ねる。
「えっとね、今日観たお芝居って、ほとんど実際にあった事なんだよね? 食堂でのケンカの時って私も居たから、ちゃんとそれも再現されていたし」
「……はい、わたしが観た限りではそうだと思います」
女性の質問に対して少女は、頷き肯定の言葉を口にした。
「そっかぁ~、ねねっ、それじゃあさ、よく部屋とかで頭とか尻尾を撫でてたのもホントなのかなぁ?」
「……はい」
「ふ~ん、それじゃあ、耳もあんな感じで撫でて貰ってたんだ?」
「…………はぃ」
少女は女性の爛々とした無邪気な瞳で見つめられ、気まずそうに身じろぎながら小さい声で肯定し、その出来事をリークしたであろう、小さき仲間を少し恨む。
「でも、触れては来ないでしょ陣内君って」
「あの……はぃ、直接は……あまり……」
「なんか陣内君らしいよね、髪とか尻尾なら触れられるんだけど、肌には触れられなそうな所が」
「あの、それは多分わたしが赤首奴隷だから……」
少女は主を庇うように口を開く。が――。
「陣内君って女の子には奥手? ヘタレ? って感じだよね」
「あの、ハヅキ様。ご主人様はそのような……」
「ごめんごめん、陣内君を悪く言っているつもりじゃないよ、ラティちゃん」
二人の女の子は、今日観たあるお芝居の話をしていた。
それはどこにでもあるような普通の光景、何かの物語を一緒に観て、そしてその物語の内容をお互いに語り合う。
そんな普通の光景。
お互いがその物語に深く関わっていなければ。
聖女の勇者と呼ばれる葉月は、今日観たお芝居、【狼人奴隷と主の恋】の内容について、一緒に観ていた狼人少女ラティに感想を尋ねていた。
ただ、尋ねるというよりも、事実かどうかの確認をしているようだったが。
「でも懐かしかったな~、ラティちゃんと初めてお話をしたのって、私が陣内君に回復魔法を掛けてた時だよね」
「あの、その節は本当にお世話になりました。ご主人様の前は、わたしも回復魔法で助けて頂いて」
二人は昔の出会った時の事を語り合った。
二人が初めて出会ったのは、泊まっていた宿に誤解で踏み込まれ、そして誤解をして踏み込んでしまった時。
片方は眠らされ、片方が眠らせた出会い。
ラティと葉月は、お互いにその時の事に触れないようにしていた。
二人とも、そんな事は無かったかのようにして。
「そうそう、おっきい魔石魔物倒した場面、あれって陣内君が魔物の腕を壊したんだよね?」
「はい、最初は誰も信じてはくれなかったのですけどねぇ、わたしがどんなに説明をしても……」
彼女達は次に出会った時の事を話していた。
陣内が槍を壊しながらも、イワオトコの腕を崩し、決定打を決められる機会を作った時の事を。
「あ~~、そうだったんだ。だからあの時、陣内君をほっといたんだ。私あの時、結構怒ってたんだよ? 何で彼をほっとくんだろうって」
「――ッ!? それは……わたしの配慮が至らず申し訳ないです」
「え? いいよいいよ、あの時の疑問が解けたし」
「あの、はい……」
「そういえば、その後だったね、私が陣内君に助けて貰ったのって」
「ありましたねぇ、わたしも一緒にでしたけど。あの時の出来事は誰も見ていなかったので、お芝居で語られていなかったですね」
ラティは、情報を漏らしている小さき仲間が、自身の失敗談のようなモノだからと、それをリークしていない事にある意味感心しつつ、話の続きに耳を傾ける。
「蜘蛛の魔物、本気で怖かったよ。私はそんなに虫とか苦手じゃないけど、あれ以来、蜘蛛が苦手になっちゃったもん」
「ご主人様とサリオさんの魔法に救われましたねぇ」
二人は、お芝居では演じられていなかった所でも、話に花を咲かせる。
「落ちた時は『もう駄目だ』って思ったんだけど、陣内君、私達を受け止めてくれたね」
「あの、確かその後、腰をやってしまいましたねぇ」
葉月と会話のキャッチボールをするラティ。
だが――。
「二人一緒に絡まって落ちたけど、アレが別々だったらどっちを助けたんだろうね、陣内君は……」
「……たぶんご主人様なら、きっと両方とも受け止めて助けたと思います」
会話のキャッチボール中のボールに、棘付きの鉄球を混ぜてくる葉月。
「ラティちゃんって陣内君を、もの凄く信頼しているんだね」
「信頼なのでしょうか……よく分かりません」
「でもあの後大変だったね、その後の蜘蛛討伐に参加出来なくて、みんな物凄く怒ってて」
「はい……」
葉月は当時の事を思い出し、部屋の天井を眺めながら呟く。
「さっきのラティちゃんじゃないけど、私がいくら言っても誰も納得してくれなくて困ったよ」
「そうでしたねぇ、ハヅキ様がご説明をしても……逆効果に」
「うん解ってた。もしかしたら、私が庇う事で逆効果になるかもしれないって……でも我慢出来なかったんだ。みんなが彼の事を悪く言うんだもん――あ、コレがあの時のラティちゃんと同じ心境なのかな?」
「魔石魔物戦の後の事ですねぇ? たぶん、そのような感じかと……」
「うん、わかる。陣内君の活躍を蔑ろにされるのってムカツクもんね、彼があんなに頑張っているのに……」
葉月は話をしながら、可愛らしくプリプリという擬音でも聞こえて来そうなほど頬を膨らませて怒った表情を見せる。だが、すぐに口の中の空気を抜いて次の話題に移った。
「お芝居だと、防衛戦での出来事は端折られていたね」
「あの、これは聞いた話なのですが、余所の領地の防衛戦をお芝居で演じるのは、タブーとされているらしいです」
「あ~~なるほど、【狼人奴隷と主の恋】って一応西のお芝居になるんだっけ?」
「はい、その様です。脚本家のシェイクさんが西の方なので」
ラティの話を聞いた葉月は、納得がいった顔をして、感想の続きを話す。
「だからか~、他の防衛戦とかもお芝居でやらなかったのは」
「そうみたいですねぇ~」
ラティは無表情でそう言って流した。
南と北の防衛戦時、魔物との戦闘はともかく、他の部分は色々とデリケートな問題だったのだから。
特に南。
ラティ自身は寝ていて実際に見た訳ではないが、主である陣内から聞いた話では、アムさんが自身の兄であるヴェノムを暗殺し、そして次期公爵の座を簒奪したという。
そしてその時の、長男ヴェノムを誘き出す餌として、自分が利用されていたなど、とてもではないがお芝居に使える内容ではない。
それどころか、絶対に漏らしてならない機密だった。
ラティは決して悟られぬように、自分から次の話を振った。
「そういえば、その時に南で知り合ったららんさんの依頼も、証言者がいなかったのでお芝居では使われておりませんでしたねぇ」
「ららんさんって、付加魔法品を作っているららんさんだよね? 私のこの杖を作ってくれた」
葉月は純白の杖を手に持ち、それをラティに見せて言う。
「はい、そのららんさんです。わたし達の装備品の付加魔法品などは、ほとんどららんさんに作ってもらった物ばかりですねぇ」
ラティはそう言って、胸元に隠している雪の結晶の形をした付加魔法品を、僅かに頬を緩めながら服の上から優しく手で包む。
陣内から貰った魔防の付加魔法品。
あらゆる弱体魔法を弾き、威力の弱い攻撃魔法までも弾く規格外の付加魔法品。
欠点があるとすれば、高価過ぎることと、回復魔法までも抵抗してしまう事。
ラティがその付加魔法品を貰った時の事を思い出していると、葉月が――。
「いいな~ラティちゃんは、陣内君からプレゼント貰って」
「えっ……あの、それは贈り物と言うよりも……えっと……」
「私なんて陣内君から、何も貰ったことなんてないのにぃ」
「あの、ご主人様から頂いたのは、戦いの為の装備品であって、贈り物などといった類のモノでは……」
「ホ~ント、うらやましいな~。特にそのペンダントの付加魔法品、ホント嬉しそうな顔しちゃって~、このこのぉ~」
「――ッ!?」
ラティは目を大きく張った、この魔防のペンダントは普段から隠していたのだから。あまりに高価過ぎる為、良くないことが起きないようにと。
「時々見てたんだソレ、お風呂の時とか寝てる時に首元からこぼれて出てた時に」
「あの、これは……」
「うん分かるよ、それってたぶん凄く高いんだよね? だから用心の為に普段から隠しているんだろうなぁ~ってね」
「はい、ご主人様そう言い付けられまして……」
「本当に大事にされているんだね、ラティちゃんって」
「え……ハヅキ様?」
葉月の口から発せられた声音は、いままで聞いていた温かさを感じるような無邪気な声音ではなく、完全に一歩引いた温度の感じられないモノだった。
目の前に座っているはずなのに、まるで眼前に立たれているような重圧。
ラティは一瞬たじろいでしまう。だが次の瞬間には、その重圧が霧散する。
「いいな~、私も何か貰ってみたいなぁ~~なんてねっ!」
「ハヅキ様……」
「もうっ、そんなに警戒しないでよぉ」
葉月は、ぱあぁっとした笑顔を見せ、ラティの緊張を解すようにして次の話題に移った。
それは、冒険者達の間では劇的な革命とも言える出来事、魔石魔物狩りの定着。
本来タブーとされている魔石魔物を意図的に湧かし、そしてそれを狩り続けるというスタイル。
あり得ないような莫大な経験値と魔石が得られる方法。
危険な魔石魔物に対し、湧く前にしっかりと人員を配置し、湧いた魔物に対して適した対処法で挑む戦闘法。
これは地下迷宮の冒険者の間、ある程度の冒険者であれば、誰もが手を出す新しい地下迷宮での稼ぎ方となった。
そしてこの魔石魔物狩りは。
ラティの二つ名である”瞬迅”の名声をこれでもかと高め。
ラティの戦闘方法である迅盾を、冒険者達に大流行させた。
盾役への負担が大きくなる魔石魔物戦が、迅盾という新しい概念により、盾役を支える回復役の負担を軽減し、しかも、一人で魔石魔物のタゲ確保し続けられる事となったのだ。
ラティは葉月からその話を、過剰に持ち上げられるようにして語られ、そしてラティ自身もその時の事は記憶しており、なんとも言えない表情を浮かべてしまう。
「凄いよね~ラティちゃんって、お芝居でもピョンピョン跳ねてたけど、ラティちゃんの場合だとシュシュッシュって感じで」
「あの、あれはお芝居ですから、きっと分かり易く演じられていたのかと」
「え~~、そうかなぁ?」
「はい、きっとそうかと」
むむむ~っといった仕草で首を傾げ、口をへの字にする葉月。
ラティはそんな葉月を見つめ、次を警戒する。目の前の女の子は、自分とは違いコロコロと表情を変え、そして思いがけない爆弾を落としてくるのだから。
「あ! そういえばお芝居だと、ラティちゃん役の人ってスパッツじゃなかったね」
「あの……はい確かにそうでしたねぇ」
「お芝居中、結構チラチラ見えちゃって、ちょっとエッチだったよね」
「はい、あれは少々慎みが欠けるかと。……それにわたしまで普段からあのように見せていると誤解されそうで……」
「あはははは、確かにそう思われちゃうかもね」
「あの、わたしはその当たりは気を付けているのですが……」
「あと、ちょっと胸が痛そうだったね。あんな上下に飛び跳ねると大変そう」
「あの、わたしは、ご主人様に頂いた鎧と、以前葉月様にご指摘してもらったモノでしっかりと固定しているので」
「あ~~あったね、そんな事が。陣内君じゃ気付かないだろうって思って」
「はい……」
「そっかぁ~アレから結構経つよね?」
「あの、一年近く経つかと」
「それならさぁ……」
「あの……ハヅキ様? 何故、立ち上がるのです?」
瞳を怪しく光らせ、聖女の勇者葉月由香はフラリと立ち上がった。
指をワキワキとさせ、何かを掴もうという仕草を見せる。
「あの、ハヅキ様……」
「ラティちゃんがあれからどれだけ育ったかなぁ――ってね!」
一人の女性が、一人の少女に飛びかかった。
そして暫くの間、他の部屋から苦情が来るまで、その部屋は騒がしかった。
閑話休題
「はぁはぁはぁ…………ねえラティちゃん」
「あの、何でしょうかハヅキ様」
「部屋の中を逃げ回るのに、【天翔】使って逃げるって大人げなくないかなぁ?」
「あの、お言葉お返しするようですが、逃げ道を塞ぐのに魔法障壁を使われるのはどうかと思います」
女子高校生のノリでじゃれつきに行った葉月は、ラティに全力で逃げられていた。
「はぁ~~揉んでみたかったな~」
「あの……女性同士と言えど、やはりこれは……」
「ええ~~!? だって私はいつも揉まれちゃう側だったから、たまには自分も揉む側に回ってみたかっただけなのにぃ、風夏ちゃんはいつも揉んで来るんだもん」
「あの…………ハヅキ様? 何故、まだコチラ側に?」
「うん、ちょっとね」
部屋の中を散々暴れ回った葉月は、自分のベッドには戻らず、何故かラティのベッドの上に正座していた。
そしてラティはそれを、訝しむ視線で見つめる。
「ハヅキ様……」
「ねぇラティちゃん」
葉月のその表情と姿勢に、ラティも向き合う形で正座をする。
まるで囲碁か将棋でも始めるような構図。
そして、真剣勝負のようなヒリついた空気が漂う。
「ラティちゃん、陣内君とハーティさんがケンカした場面あったよね?」
「はい、お芝居の次のシーンですね」
「あの時ね、私も見てたから知っているんだけど」
「はい、確かにあの場に居られましたね」
「ねぇ、気概って何? なんであの言葉を使ったのかなぁ?」
彼女達の長い夜は、まだ続く。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご指摘など頂けましたら嬉しいです。
あと誤字脱字なども……




