夏の虫
申し訳ないです~風でダウンしたので、ちょい短め。
喉が痛い…
耽っていた思考を今に戻す。
胸の奥に渦巻く、不安なモヤモヤしたようなモノがあるが、それは自分が決めたモノなのだから受け入れ、今はそれを思考の外へと追いやる。
受け入れた要求を――
モヤモヤした気持ちを振り払い、私は横を歩く彼女へと目を向ける。
鮮やかな深紅色の外套をその身に羽織り、そして外套に付いているフードを目深く被り、下から覗き込まない限りは、その顔が見えないようにしている狼人の女の子。
陣内君の奴隷冒険者である、狼人のラティちゃん。
今はフードによって、可愛らしい顔を隠してしまっている。
出来る事ならば、その顔を出してあげたいのだが、先程それを行い大変な目にあったのだった。
女の子であれば、誰でも思うこと。
可愛い容姿をしているのだから、それを表に出してあげたいという気持ち。
人によっては、あまり目立ちたくないなどの理由で顔を隠す事があるが、私はフードを深く被っているラティちゃんに、『折角なんだから顔を出そうよ』と、言ってしまっていた。
なんとなくだが私は、彼女の顔を隠すのは惜しいと感じたのだ。
だけど彼女は、それを少し迷惑そうにしていた。
私は最初、ただ照れているだけだろうと、そんな風に思っていたのだが。
それは勘違いであった。
彼女はナニかが異常であった。
あまり良くない言い方だが、街灯に引き寄せられる羽虫というべきか、それとも蛾と喩えるべきか、そんな人達が寄って来たのだ。
まるでラティちゃんという、亜麻色の光に誘われるように。
私の周りは五神樹の人達が周囲を固めており、迂闊に人が寄って来ることはほとんど無い。
私のことを勇者だと気付いて、思わず声を掛けようとしてくる人は何人も居たが、ほとんどの人が五神樹の人達に威圧されて思い止まるのだ。
余程のことが無い限り、私の目の前まではやって来ない。
大体が、少し距離を取った位置で話し掛けてくるのに、先程は違った。無遠慮に傍までやって来て、隣の少女へと話し掛けてきたのだ。
最初はあまりの出来事に、私も五神樹の人達も対応出来ずにいた。
ただ、隣の彼女、ラティちゃんはそれを分かっていたかのように淡々とした対応をして、そして膠も無く断っていた。
そしてそんな輩が、何人も現れたのだ。
しかも声を掛けて来るのは、どれも皆がガラの悪そうな人達ばかり。
中には、強引にラティちゃんの手を取ろうとする者まで現れ、ちょっとした大事に発展しそうになった。
ラティちゃんは手を取られそうになると、それが事前に分かっていたかのように身を引き、そしてその引いた対応にその男が腹を立てて、強引な真似をしようとした。
当然そうなると、五神樹の人達が強引に割って入り止めはしたが。
さすがにそれが6回も続くと、ラティちゃんはフードを深く被り完全に顔を隠してしまう。
すると、その不自然過ぎるナンパが止んだのだ。
私はこの時にふと思い出す。
そういえば陣内君と一緒にいる時のラティちゃんは、いつもフードなどを被り、顔を隠していた気がしたと。
彼女は、この異常な惹き寄せの原因を知っているのではと、私はそう考えた。
そしてもう一つ。
彼女は絡まれそうになると、無意識に誰かの陰に隠れようとする仕草をしていたこと。
そして黒い鎧を着ているブラッグスさんに視線を向けて、寂しさと落胆の表情を僅かに浮かべ、すぐにいつもの無表情に戻していたのが気になった。
フードを深く被り、少し俯き気味にしているラティちゃんに目を向け、少し彼女を観察してから私は話し掛ける。
「ねぇラティちゃん。やっぱり陣内君ってどっかの街か村にいるのかな?」
「あの、はい‥きっとそうだと思います」
「だよね…一人で生きていくのなんて無理だもん」
この議論は散々交わされていた。
陣内君には一人だけで生きていける程の能力は無いと。
単純な戦闘能力であれば、彼はとても高い。だが、一人だけで生き抜くとなると、それは別問題となってくる。
サバイバル技術や知識などが必要となってくる。
勇者であれば、【宝箱】などの【固有能力】などで補ったりなど出来るかもしれないが、彼にはそれらが一切無い。
言ってしまえば、普通に生きている村人よりも不遇である。
魔法も使えない。
魔法が使えれば、火を起こしたり飲み水の確保も出来る。
だが彼は、それらも一切使えない、当たり前のようにみんなが使っている、生活魔法”アカリ”すらも使えないのだ。
電気もガスも、水道も無いこの異世界で、魔法に頼らず生きていくのはかなり厳しい。
だからきっと、何処かの村か町に行っているはずなのだが――
「なのに、なんで情報が出て来ないんだろう…」
「はい‥」
陣内君は良くも悪くも目立つ。
行動だけではなく、どことなく目立つのだ。
あの目つきと姿――
それなのに陣内君は、もう一カ月以上経過しているにも関わらず見つかっていなかった。
それどころか、情報の一つも出て来ていないのだ。
もう少しすれば二か月が経過することになる。
そうすると、私は自由に動けなくなってしまう。
ある約束の為に。
今日は暗い気分を晴らす為にと、ラティちゃんとお芝居を観る予定であった。
立ち寄ったアキイシ伯爵家から、是非観て欲しいと言われ、気分転換に良いと思い、ラティちゃんと一緒に観る事にしたのだ。
そう、あのお芝居をラティちゃんと観るのは、かなり面白そうである。
幸いにも、ウキウキした気持ちが湧いてくる。だが、その前に済ませておきたい用事があり――
「ラティちゃん。ちょっと私、教会に用事があるから、この喫茶店で待ってて貰えるかな?」
「あの、はい、分かりました。では、店の端の方で待たせて頂きます」
「うん、すぐに戻って来るからね」
私はそう彼女に告げて、アキイシの街にある教会へと向かった。
何か情報が集まっていないかと――あと、ある約束の事で。
ラティちゃんにそれを知られたくなかった。
だから私は、彼女を男性客の入り難そうな喫茶店で待たせた。
女の意地を通す為に。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
誤字も…
それと大変です!
ブクマ1万が見えてきました!(嬉しい
20話ぐらい進んでもブクマ100程度しか付いていなかったのに‥嬉しい!
1万超記念の閑話でも考え中!!
え? その前に予定していた閑話を消化しろ?
ラティのお話と、言葉様との温泉話と、葉月との水着回を消化しろと?
ええ、そちらもがんがります!




