それから?ほうほうそれで?
悲報、階段回が当分来ないかもです。
そして面倒な話がしばらく続きます。
私はアキイシの街を歩きながら、再び思いに耽る。
あの時の、言葉さんの想いと行動を。
そして彼女の――
死の眠りから目を覚ました言葉さん。
その報告を聞いた時、家に上がる許可を得ていないハーティさんが駆け出し、そしてそれを追うようにして八十神君と霧島君がやって来た。
激しい抗議をする風夏ちゃんを無視する形で、ハーティさんは言葉さんが寝かされている部屋へと入り、彼女が寝ているベッドの横へと向かった。
そしてそのハーティさんの手には、風夏ちゃんのお家に何故か用意されていた犬小屋で、傷を癒し休んでいた白い犬が抱えられており、その犬を言葉さんに見せてあげていた。
『良かった、本当によかった。言葉ちゃん、このようちゃんがストックされていた回復魔法を使って助けてくれたんですよ』
彼は、犬が回復魔法を使ったと、そう不思議な事を言い出した。
部屋に入ってきたみんなは、そのハーティさんの言葉にポカンとしていたが、言葉さんはその言葉を聞いて、弱弱しく手を伸ばして白い犬を受け取り、胸に抱きしめて感謝の言葉を述べた。
『ありがとうね、陽ちゃん」
彼女はそう呟いた。
ハーティさんが犬の名前を呼んだ時は、まったく気にならなかったのだが、何故か、言葉さんの愛しむような声音の『陽ちゃん』は、私の中で大きく引っ掛かった。
閑話休題
それから私達は、言葉さんに何があったのかを訊ね、そして陣内君がやってしまった事を手短に伝えた。
目を覚ましたといっても、まだ言葉さんは本調子ではないらしく、胸元に抱いていた白い犬も、今は抱き続けるのがキツイのかお腹の手前辺りに寝かしている。
もしかすると、こうしてベッドに起き上がっているのすら辛いのかもしれない。
だから私は話を早く切り上げようとしたのだが――
『待ってくれ言葉さん。君は陣内が捕まっていたから助けに入ったと言ったけど、そんなに深刻な状況だったのかい? ちょっと身動きが取れないようにされていただけとかは考えられないのかい?』
八十神君はそんな事を言い出していた。
彼の真意は分からないが、要は、そこまで大事だったのか? と、確認するかのように聞いてきた。
『ちょっと身動きが取れないようにして巫山戯ていただけとか、そういう風には見えなかったかい? 何か殺す殺さないとか言っていたけど、本当はちょっとしたすれ違いがあっただけかもしれないし‥殺すほどの…』
少し‥いや、かなり呆れた。
私の知っている八十神君は、確かに人の事をあまり悪く言うタイプの人間ではない。
それは人として、美徳とも言えるモノかもしれない。
彼は殺されてしまった北原君を、殺される程だったのかと庇おうとしていた。
だがこれは、あまりにも酷い判断だった。
絶対的な悪は無い、何かの切っ掛けで悪になる、ならばその悪を罰して償わせれば良い的な、そんな考えの持ち主のように感じられた。
私はその考えを完全に否定するつもりは無い。
実際に元の世界でも、世の中ではそういう考え方が支持をされており、そして美徳ともされていた。
『罪を憎んで人を憎まず』、そんな諺まであるのだから。
だけどそれは――
『八十神さん、庇った私は一度殺されました』
『そ‥そ、それは‥きっと庇ったからムキになって…それで…』
『最初に私が庇わなかったら、陽一さんが殺されていました』
言い繕うとする八十神君を、キッパリと否定する言葉さん。
少々気になる所が再びあったが、今は口を挟まず静観する。
『先程教えてもらった、陣内君が北原君を殺したという件ですが‥‥私は彼を、陽一さんを責めるつもりはありません』
『―――っな!? 何を言っているんだ言葉さん、君は間違っているよ! 絶対にその考えは間違っている!』
『ええ、間違っているかもしれません、だけど‥彼がそれをした理由の一端には、私が関わっているのかもしれないのですから、だから…』
それは十分に思い当たることだった。
陣内君は言葉さんの事を言っていた。自分を庇った奴が死んだと。
人としての、正しいや間違っているなどの道徳的な話ではなく、言葉さんは、人としての感情の部分で想いを話していた。
だが――
『そ、それもあるかも‥しれないが。だが‥だけど…』
言葉さんの言葉も否定しようとする八十神君。
『だって人殺しだよ? 北原と陣内の間に何があったのか知らないが…やっぱりやり過ぎだよ。うん、やっぱりこれは認められるモノじゃないっ』
頑なに否定しようとする八十神君に――
『あの、わたしの話も聞いて下さい』
『ラティちゃん』
『ラティさん…』
『君は…君は陣内に捨てられた奴隷の子』
言葉さんと八十神君の会話に割って入って来たのはラティちゃんだった。
突然どうしたのだろうと、私はそう思っていると彼女は――
『聞いて下さい、わたしが勇者キタハラ様に襲われた時の話を…』
私は薄っすらとだがそれを予想していた。
陣内君が強姦したと、そんな罪を擦り付けられた冤罪の件を。
ラティちゃんはそれを話した。今まで語られていなかった真相を。
有耶無耶になっていた事が、その当事者より語られた。
言葉さんと風夏ちゃんは眉を顰め、霧島君とハーティさんは無表情を通していた。
そして八十神君は――
『そ、そんな‥だったらあの時の僕がやったことは…』
心底情けない表情を浮かべ、その表情に負けないぐらいの情けない声を出していた。
『だ、だったら言ってくれたらよかったのに…そうすれば誤解が…』
その一言に、私はかぁっと熱が帯びた。
そして、気が付くと吐き出していた、言葉を。
『八十神君! あの時の私達はそれをさせなかったんだよ? ううん、私が、私が魔法で声を出せないようにしていたの。でも、それにあの時、私達は陣内君の声を聞こうとしていなかったよ…ねぇ、八十神君は、陣内君が悪いって決めつけていなかった? 風夏ちゃんも…私も…』
私は喚くように吐き出していた。
ほとんど、何を言っているのか分からない程に。
でも、伝えたかった事は伝えられた。
私達が一番最初に、彼を誤解したのだと。
そしてそれがこじれ続けているのだと。そう訴えた。
話の筋が逸れていた。
けど、話の本質は逸れていない、そんな気がする話だった。
気持ちを伝えきれたと、そう思っていたのだが――
『駄目だ駄目だ! あの事件の犯人が北原で、そして陣内が嵌められたのだとしてもアイツは殺したんだぞ? 命乞いをして、罪を償うと言った北原を引き裂いて殺したんだぞ? やっぱり間違ってい――』
『――貴方は誰かに命を狙われた事がありますか?』
八十神君の喚く言葉を、凛とした声でラティちゃんが遮った。
そして淡々と語り続ける。
『貴方は、自分が食べる食事を疑ったことがありますか?』
『何を…』
『貴方は、常に背中を狙われるような危険に晒された事がありますか? 罪も無く理不尽な理由によって、街の人全員に追い回された事がありますか?』
『な…君は何を言って…』
次々と突き付けられる言葉に、完全に気圧される八十神君。
『貴方とご主人様では、見て来たモノ、晒されてきたモノ、歩んできたモノ、全てが違うのです。そんな貴方の物差しで決めないでください』
『何を、まるで僕が劣っているような言い方を。それに君はそのご主人様とやらに捨てられた存在だろう、なんでアイツを庇うような真似を』
『貴方は、本当に何も見えていない人なのですねぇ』
ラティちゃんの言葉に八十神君が固まり、そして言葉さんが体調を崩して、あの時の話し合いは終わりを告げた。
自分の中にある世間の常識と正義。
それを物差しにして、型に嵌めた考えと判断をする八十神君には、ラティちゃんの言っていることは、まるで理解出来ないことだったのかもしれない。
もしくは理解する事を、否定していたのかも。
私はその後。
ラティちゃんと言葉さんの想いに負けぬよう。
ある要求を受け入れる覚悟を決めた。
私も彼を守るために――
読んで頂きありがとう御座います。
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あと、誤字脱字も…