ギームル
遅れました。
ちょっと大事に描いていました
勇者キタハラの協力者、冒険者のゲイルから聞き出した話は。
本当であった――
いまワタシの目の前で、”勇者召喚”が起動していた。
正式に起動するまでには、約10時間ほど掛かるはずなのに。
勇者タチバナ様に無理を言って、竜核石を鏃に使った矢で、結界を全て解除して来たというのに――
「ああ、アイリス王女‥アイリスああああ――」
金色の光柱の中に囚われている王女。
十字の形をした柱に縛り付けられ、苦痛の表情を浮かべ息を荒くしている。
――何故だ、何故‥またしても――
思い出すは、あの時の、あの悪夢のような出来事――
悲劇の始まりは自分の婚姻だった。
王族に流れる初代勇者の血を薄くしてはならない。
王族の王子と王女は、初代勇者の血を受け継いでいる者と婚姻を結ぶ。
王族の他に、初代勇者の血を強く受け継いでいるのは公爵家。
だが、公爵家の面子なのか、むざむざと自分の子を生け贄に差し出すのを嫌がり、まず一度、伯爵家の者と婚姻を結ばせ、そこから生まれた子を王族へと差し出していた。
しかし伯爵家も面子を気にしてか、嫡男との婚姻は避けていた。
伯爵家の嫡男の子を、生け贄として王家に差し出すのを良しとしなかった。
だからワタシが、公爵家の姫と婚姻を結んだ。
生け贄を差し出す為に――
だがまだ希望はあった。
自分の娘が王族の王子に見初められず、他の娘が選ばれるのであれば、それを避ける事が出来るのだから。
ある日。
アキイシ伯爵家を出て、中央の城で働き、王子の教育係も勤めていたワタシに、その王子であるトリスタンが言った。
『すまないギームル‥、君の娘が欲しい』
一目惚れだった。お互いに。
我が娘も王子に好意を寄せ、そして覚悟も決めていた。
初代勇者の血を引く者としての、王家に嫁ぐ義務を果たす覚悟を。
止めたかった、阻止したかった、そんな事をするなと言いたかった。
今は亡き妻の一人娘を、そんな生け贄には差し出したくは無かったのだ。
だが――
『お父様、私は‥血を引く者として義務を果たします。そして今でしたら、生まれてくる我が子と多くの時間を、そして沢山の思い出を刻む事が出来るでしょう』
14の娘に、ワタシはそう告げられてしまった。
勇者召喚の儀式が行われるまでの15年間を、ワタシの娘のエリスは、王子と共に誇り高く生き、そして子供達と大切に過ごして行きたいと宣言をしたのだ。
その行動は、貴族としての矜持、血を引く者の責務。
だが、そこに幸せを見つけ、それを子供に伝えたいと――
ワタシは二人を祝福し、そして宰相となって、それを見守ることにした。
娘のエリスは、子供を二人授かった。
長女のアイリス。
長男で七歳下のアーサー。
そしてその二人の孫は、怪我や病気もなく健やかに成長した。
二人はとても仲が良く、アーサーが姉のアイリスに髪留めを贈り、彼女を嬉しさのあまり泣かしたりなどもしていた。
そんな幸せな日々が、約14年間続いたある日。
勇者召喚が行われた。
発生する魔王を退ける為の勇者召喚。
そしてそれを行う、血に縛られた王族と我が娘。
まさに呪い、血の呪縛。
だが、この異世界の希望。
その儀式は粛々と執り行われた。
先代の王と妃は既に亡くなり、王となった王子トリスタンと、妃となった我が娘エリスを触媒にして、それは行われた。
それを見守る者は皆、金色の光を、『希望』だと囀る。
自分には、呪いと呪縛の禍々しい光に見えるのに。
『責務を全うする』と、血に縛られた二人はそう言った。
そしてその責務を、二人の子供にもしっかりと明かし説明をした。
孫娘である王女アイリスは、気丈に振る舞いそれに耐えて、両親の最後を見届ける事を選んだ。
まだ幼いのか、孫である王子のアーサーは、それが出来なかった。
説明をしても受け入れず、宰相たるワタシの判断で、アーサーは勇者召喚の儀式には立ち会わせなかった。
”受け入れられないのなら、見せなければ良い”そう判断した。
だが、その判断は誤りであった。
厳重な警備の中を、王子アーサーは堂々と歩いて来たのだ。
その毅然とした態度に、他の者達は両親の最後を見届ける許可を得たと、そう勘違いをしてしまっていたのだ。
勇者召喚の真っ最中、アーサーはやってきた。
そして、召喚の儀式による苦痛で顔を顰める両親のもとへ、彼は無垢に駆け寄ってしまった。
そして――
『きゃああああああ! アーサー! アーサァああ!』
『なんじゃとぉ!? 警備は何をしておった! あああ、アーサーが‥』
『――ッぐうううううう』
王子アーサーが金色の光に飛び込むと同時に、両親の二人は光の粒子となって空へ昇り、勇者を召喚する為のゲートとなっていた。
『ああ、アーサー出るのです! 早く出るのですアーサー!』
『アイリス王女! これ以上近寄ってはいけません、それ以上近寄っては…貴女までもが取り込まれてしまいます…』
『離してギームル!』
『なりませんっ』
初代の血を引くアーサーは、その血ゆえか、勇者召喚の光に取り込まれ、そして閉じ込められてしまっていた。
もう引き返せなくなり、そして出来る事と言えば、残り僅かな時間、語り合うことだけ――
『アーサー! アーサー!』
『‥‥姉上、泣かないでください。ボクは‥ボクがすっごい強い勇者を連れて来ます! 絶対に魔王なんかには負けない強い勇者をっ! ――ッ‥おうぞくとしてのつとめを――ボクはッ――しっかりとはたしてみせます‥』
『ああああ、アーサー‥』
『だから――あねうえ、あとはおねがぃします――』
『はい、わかりました。あとはお姉ちゃんに任せて、うっぅぅッぐぅ‥だから貴方も王族としての務めをッ――うあああ、アーサー!アーサー! 私の可愛いアーサぁぁぁぁあ――』
『まかせてください姉上。ボクは‥ボクは、この異世界のみんなの為に強い勇者様を――っぐ‥連れてきてみせます! 絶対に!』
『はい、アーサー‥』
『ボクは、大好きな姉上のために頑張ります!』
『あれ…そうか、ボクはおうぞくのつとめよりも、大好きな姉上や、みんなのために頑張りたいん――」
『アーサーーー』
成熟を感じさせる金色の色とは違い、幼さを表すような純白にも見える銀色の粒子となって、王子アーサーは空へと昇ってった。
そして金色の粒子に導かれるように、20人の男女が姿を現し、その最後に、淡い銀色の粒子に導かれて一人の男が姿を現した。
誰がどう見ても最後の一人は、王子アーサーが召喚した勇者。
王子アーサー、ワタシの孫は王族の責務ではなく、この異世界を、そして姉のことを思って、祈りと願いにより勇者を召喚した。
ワタシは震える手で勇者達を【鑑定】した。
事前にしっかりとステータスを見極める為に、他の貴族達に紹介する前に、その強さを把握する為に。
素晴らしい勇者達が多く居た。あとは人格がどうかが問題。
あまりにも酷い場合は、それなりの対処が必要となるのだから。
そして最後に、王子アーサーが召喚した男を【鑑定】する。
その【鑑定】を終えワタシは。
失望、絶望、そして心の底から激怒をした。
その男――
ジンナイヨウイチと言う名のゆうしゃに、憎悪を抱いた。
絶対に許せなかった。
我が孫のアーサーが、その命と引き替えに召喚をしたというのに。
その男は、あまりにも情けなかったのだ。
本来ならば、六つあるステータス項目が三つだけ。
しかも、表記法が違う。
【固有能力】も、ありふれたモノが一つだけ。
最初の方は、『何かの間違いなのかもしれない』そう思おうとしたのだが。
勇者達に、能力の説明をすればするほど露見する、奴の数々の酷さ。
『あ、あのぅ‥木刀って剣と同じカテゴリーで良いのでしょうか?』
( 木刀? そんなモノは武器ではないだろうが! )
『木刀は木刀ですね、木で出来た物限定になります。金属で出来た物は剣系や大剣系となりますね』
( おい、なんだその顔は、他には碌なモノを持っていなそうな顔をしおって )
他にも――
レベルが無い、強さの判断が出来ない。
MPが無い、魔法が一切使えない。
SPが無い、WSが一切使えない。
そして、勇者では無くゆうしゃ。
――貴様は一体何をしにこの異世界に来たのだ!――
もう視界に入れるのが嫌になっていた。
奴の存在は、孫のアーサーを冒涜する存在。
あの子の祈りと願いを穢すモノ。
だから、視界に入らないようにしようとした。
あんな下らない茶番に乗ってでも、奴を排除してしまいたかった。
奴を牢に閉じ込め、二度と視界に入らぬように。
下衆な者達の、心底下らない策に便乗してやった。
結局それは、王女によって止められてしまった。
心優しい、我が孫娘アイリスに――
そしてその心優しい孫娘が今――
「何故だ!? 何故こんなにも早く勇者召喚が発動するのだ!?」
「あははははは、それはお前達のお陰だよ」
( こやつ‥何を言って… )
「お前達が力を注ぎ込んだんだよ、結界を解除する為に」
「まさか…」
( 報告に聞いていた結界と繋がっているラインとは、まさか… )
「あれだけの結界を全部解除したんだからな、それだけの力が流れ込んだんだ、そりゃあ早まるさ――勇者召喚がなっ!」
「がああああああああ! 貴様あああ!」
「ギームルさん!」
「ギームルさん、その光から離れて下さい。その光柱は力を、魔力を吸い取ります」
そんな事は理解していた。
既にこちらの勇者や、他の者が何人もやられているのだから。
結界を打ち破るべく、何人もの者達が挑んだが、挑んだ全ての者達が力を吸われ、そして弾き返されていた。
「ははははは、もう止められないのだよ、もうね」
「くそっがああ!」
光の柱に掴み掛る手の平に激痛が走る。
万の針に刺され、そこから血と力が吸われるような感覚。
あっと言う間に手の平から水分が失われ、枯れ木のようになっていく。
光の柱の隣、今まで、もっとも強固な結界の中で男が喋る。
「これで勇者がやってくるんだ! ボクの奴隷となる勇者達がっ」
「北原先輩、なんていうことを‥呼んだ人を強制で奴隷にするなんて…」
「北原! アンタ調子乗ってんじゃないわよ! いいから早く止めなさい」
「っは! 止めたいなら、その光の柱をなんとかするんだな。あ、因みにボクに何かあると、召喚が強制中断となって生け贄が弾け飛ぶから注意しろよ? 王女殺しなんてしたくないだろお前等は?」
「くっそぉ、僕の力まで通用しないとは‥」
「八十神君…北原君、考え直して! そんなの間違っているよ」
「ボクの行動は間違っていないさ、しかし、真の勇者様は情けないな~。ボクの勇者達が来たら、しっかりと育てないだとな、こんな情けない勇者にならないようにさ」
そう、真の勇者である、ヤソガミの力までも通用しなかった。
あの金色に輝く、勇者召喚の光柱には――
勇者ヤソガミを取り入れるのには、それなりの力と策を労した。
ゼピュロス公爵に一度彼の支援をさせ、それから画策し離脱させて、実家であるアキイシ家の宝物庫から、ノルンの神器と呼ばれる装備品を譲って貰い、それを勇者ヤソガミに与える事で信を得た。
それによって彼を、表向きは彼が自身で動いているように見せ、裏ではワタシが――
有事の際には、勇者ヤソガミをすぐ動かせるようにしておいたというのに。
「誰か、誰かあああ、アイリスを‥アイリス王女を助けてやってくれー!」
何故だ、何故ワタシは、この光の中に入れないのだ。
この身が枯れて朽ちても構わぬのに、何故、中へ入れないのだ。
何故、中に入って孫を助けられないのだ。
もうあの悪夢のような光景は見たくなかったのに。
何故初代勇者は、このような惨いモノを残したのだ。
もっと他にやりようはなかったのか。
何故、孫の二人がこんな目に遭うのだ――何故ッ
もう誰でも良い
誰だろうと構わない
悪魔にだって魂を売ろう
どんな外道に落ちても構わぬ
いっそ魔王だろうと構わない
誰か
誰か
誰か
誰か
誰か、孫を助けてやってくれ
この身に何があっても構わぬ、誰か誰か誰か誰か――誰かっ!
「北原ああああああああああああああああ!」
深く深く、そして激しく震えるように轟く獣の如き吼え。
ただの声に、ここまで怒りを滲ませられるとは思えぬような、そんな吼え。
凄まじい純度の高い怒りの元へと、思わず目を向ける。
そして、そこには――
「あ――」
そこには、黒い魔神のような男が立っていた。
怒りにより、周囲の空間を歪ませてしまっているかのような、そんな錯覚をしてしまう程の怒りを撒き散らして。
あの男が立っていたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字やご指摘なども…