言葉の‥
‥‥‥‥
『本当に良かったです、間に合って』
女神の勇者言葉は、俺にそう言って優しく微笑んだ。
言葉は背中の方を北原に向け、俺とは向かい合う形となっている。
「たすかった‥わりぃなことのは」
本当に危機一髪であった。
先程北原が放った魔法は、聖女の勇者葉月の障壁魔法を一撃で破壊したほどの威力、もしアレが俺に直撃すれば、黒鱗装束を身に纏っているとはいえ、きっと無事では無かったであろう。
一応面当てを付けてはいるが、剥き出しの顔に貰えば、間違いなく即死。
そんな攻撃から言葉は、己の身を盾にしてまで俺を庇ってくれた。
「くっ、なんでこの場所が判った!? 入り口は隠蔽魔法で覆っているってのに、なんでこの場所に気付いた!」
「この子が教えてくれたのです。陣内君の居場所を」
「しろいけだま‥」
( あ‥ノトスの街でも‥ )
ドラゴンの子供だからなのか、それとも他の理由なのかは不明だが、白い毛玉は、言葉を俺のもとまで導いてくれたようだ。
そして、褒めて撫でろと言わんとばかりに、言葉の方に顔を向けるが。
――デシィッ!!――
突然に響く重い音。
なんの抵抗も見せず、軽々と横に飛ばされる白い毛玉。
「邪魔なんだよ犬っコロが」
「ようちゃん!?」
「っな!」
ぐったりとして動かなくなる白い毛玉。
四肢を投げだし、横に倒れてピクリとも動かなくなる。
「ようちゃん!いま――」
「おっと~、動いてイイのかなぁ? 庇っているそのゴミクズに魔法が当たっちゃうよ~、イイのかな~?」
北原は今までの魔法とは違い、茶色いピンポン玉のような魔法を放ち、白い毛玉を撃ち抜いた。
そして、撃ち抜かれた白い毛玉に駆け寄ろうとした言葉に、その場から動けば、今度は俺を撃ち抜くと脅してきた。
「あ、でも動いた方がいいかな? そんな奴、庇う価値なんて無いだろ? あ、そうだ! ボクの仲間になるかい? 勇者王となるボクの仲間にさ」
「――――ッ」
北原の誘いに、無言でふるふると横に首を振る言葉。
言葉の拒否を示す態度に、少しばかり顔を顰める北原。
だが次には、貼り付けたような笑顔と、柔らかい声音で語り掛けてくる。
「うんうん、わかるよ。簡単に『ハイ、仲間になります』なんて言うのは変だもんね。庇っている仲間を簡単に売るような事をしたら、このボクに信用されないモンね。その心配をしているんだね?君は」
いきなり”理解ある人”を演じだす北原。
『うんうん、そうだよね』などと言い、懐の広さをアピールし始めた。
「でも大丈夫だよ、ボクは女性には優しいからね。ボクのもとに来るのであれば、ボクは君を歓迎するよ。決してそれを咎めるような真似はしないさ」
「――――ッ」
北原の言葉に、変わらず無言で拒否の姿勢を言葉は貫いた。
そしてその態度に、北原は最初よりも表情を大きく歪め――
「あ~わかったよ、この牛チチの根暗女が! もうお前なんてイラねぇよ!」
「――――ッ」
「ったく、なんなんだよ! どいつもこいつもボクを避けやがって、小山といい、霧島といい‥‥葉月も、ボクを見れば顔を顰めやがって‥」
突然グチグチと囀り続ける北原。
そして八つ当たりでもするかの様に、言葉の足元に、茶色いピンポン玉のような魔法を放ち続ける。
その魔法は、石畳であろう床を簡単に抉り、なかなかの威力であることを物語っていた。
「あ~~~ムカツク、なんでコイツなんて庇うんだよ。ボクと何が違うってんだよ、おかしいだろ! なんでボクの周りには、クズみたいな冒険者しか寄って来ないんだよ‥」
一人で何かを悟り、一人で癇癪を起こす北原。
――おい、コイツ大丈夫か?
さっきと逆な事を言ってんぞオイ?
さっきは自分には協力者が寄ってくるとか豪語していたのに‥
‥あ、それって自分自身だったっけか、
状況は決して良くはなく、いまだに俺は縛り付けられた状態であり、そしてそんな俺を言葉が庇っている状態。
ただ、状況の好転はないが、このまま時間を稼げたのは大きかった。
時間が経過すれば、きっとラティが駆け付けて来るであろうから。
俺の頭の中に、そんな思いが過っていると――
「んん~、ひょっとして”時間が稼げた”って思っていないかゴミクズ」
「‥な、なんのことだ?」
「アホかよ、バレバレなんだよ! お前がボクに話を振って、それで時間を稼ごうとしていたのなんかお見通しなんだよ」
「――ッ!?」
俺の焦りを察してか、北原は先程までの苛立ちを霧散させ、心底腹立たしい嗤い顔を見せて話し掛けてくる。
「あの複数結界にもそれなりの金が掛かってんだよ。一か所の結界を解除しようとすると、他の部分から力が流れ込んで、それを補う仕掛けになってんだよ」
( 複数結界? ゲイルから発生したアレのことか? )
「もしもの時のお守りだって言って、あの男に持たせたんだよ。まぁ、その木刀には一か所壊されたみたいだけどな、さすがに一瞬で破壊されると、折角の仕掛けも駄目みたいだな」
俺はそんな凄い結界だったのかと、そう思っていると、目の前の言葉も、小さく驚きの表情を浮かべ、次に――
「あとな、あの結界が破壊されたら、ボクには判るようになっているんだ」
言葉は、青ざめた表情へと変わった。
今の北原の発言は、まだあの結界が解除されていないことを示唆していた。
俺は心の中で舌打ちをする。
――っちいい!
くそっ、ハーティが居るから、すぐに解除されると思っていたのに、
そんなすげぇ結界だったのかよ、木刀で簡単に割れたから気付かなかった。
「だから誰も助けになんて来ないんだよ。ホラホラ、理解したんならそこを退けよデカチチ! お前が邪魔でそのゴミクズが狙えないだろ」
左手でシッシっと、言葉に退くようにとジェスチャーをする北原。
しかし言葉は、北原のその仕草には一切目もくれず、先程よりも大きく首を振って断固拒否の姿勢を示す。
「くっ! この女がぁ! お前がそこで退けば、そのゴミクズをより惨めな思いをさせて殺せるのに‥ああ、わかったよ、それならこう――っだ!」
北原の構えた右手から、先程と同じ茶色いピンポン玉のような魔法が放たれる。
一発、二発、三発――
「あ、あああ‥、ことのは‥」
「平気ですよ陣内君。背中に保護障壁が回るようにしていますから、全然痛くありません。それよりも今はこの束縛を解除しますね。ハーティさんみたいに上手くないから、右手一本が限界ですけど‥」
僅かに、本当に僅かだが、木刀を握る右手の拘束が緩くなった気がした。
言葉は、両手を俺の右手に添えて、何か解除の力を流し、俺の右手を解放しようと試みていた。
これが続けば、俺の右手は動くようになると確信出来る感覚。
締め付けていた万力が、本当にゆっくりとハンドルを回して解放されていく感触。
だが――
「こ、ことのは‥おまえ…」
「あと少しですから、ちょっと待っていて下さいね陣内君」
ズシッ! ズシッ!っと、室内に響く鈍い音。
俺の前にいる言葉は、両手を使って俺の右手を包み込んでいるので、俺の視界からは彼女の肩から少し下までしか視界に入らなかった。
背中まである長い髪の毛を、緩い三つ編みで一つに纏め、それを左側から胸元に流している言葉の髪型。
その一房の髪が、響く鈍い音に合わせて揺れて跳ねていた。
俺を心配そうに見つめる言葉の顔には、一切苦痛な色は無い。
ただ、俺を心配している、そんな表情だけを彼女は見せていた。
「お、おい‥」
「もう少しです、あと少しだけ我慢し――ッて下さい」
今まで、一番大きく鈍い音が響いた。
「こ、この、まだ退かないのかよ! もう障壁なんて残っていないだろうが。素の魔法防御だけで耐えてんじゃねえよこのブスっ!」
――っは!?
まさか、MPを全部解除に回して、自身の障壁魔法を張ってないのか?
おい、それじゃあさっきから喰らっていた魔法は‥全部…
「おいっ、むちゃすんなことのは。きたはらもやめろ! オマエおんなのコになにしてんだよ! やめろよきたはら」
「うるせえよ、その女が退かないのが悪いんだろうが! こうなりゃ‥」
激しく湧き上がる嫌な予感。
言葉の後ろ、僅かに見える北原の手元には、今までよりも小さい茶色のモノが見えた。
ピンポン玉のサイズから、さらに圧縮したパチンコ玉ほどのサイズ。
――ヤバイヤバイ!?
北原の魔法は、その魔法を圧縮することで威力を上げてたぞ、
さっきとは比較にならない小ささ? おい、まさかそれを…
「土系魔法”ストーンガ”最高圧縮型!」
「――っうがああ!?」
突然俺の腹部に走る激しい痛みと衝撃。
死ぬ程、ではないが、それなりの強い痛みを感じ、そして俺の目の高さまで跳ね上がる一房の髪を視界に収める。
( お、おい何で髪がこんな跳ねてんだよ、おい… )
「――――ッ、これで‥なんとか解けてぇ、そしてお願い…」
いままで一番強く右手が握られる。そして言葉の瞳が行けと語る。
まだ縛られている感触は残ってはいるが、動かせない程ではなく、俺は全力で右手を動かし、世界樹の木刀を地面に突き立てる。
弾け飛ぶように消え去る束縛。
俺の身体は完全に束縛を解き、身体は自由を取り戻す。
そして、動かせるようになった顔を下に向け、俺はある事を確認する。
いままで言葉が盾となっていた。
一度も俺には魔法が届いていなかった。
なのに、腹部に走った強い痛み――の訳は。
真っ赤に染まる言葉の青みを帯びた白いローブと法衣。
胸元から下、右の脇腹辺りから赤が染み広がっていく。
後ろへと、崩れるようにして倒れる言葉。
その顔は、やり遂げた安堵の表情だけを浮かべ、とても脇腹を貫通したように見えない、そんな顔をしていた。
「――っがああああああ!」
崩れゆく言葉の背後で、俺の束縛が解けたことに慌てふためき、無様に背を向けて、建物の奥へと逃げ出す北原の姿が見える。
距離にして約10メートル。
【加速】を使用して駆け出せば一瞬で詰めれる距離。
仮に、北原自身を守るような障壁系の結界があったとしても、いま俺が握っている世界樹の木刀であれば、何も問題なく奴へと届く。
今、この瞬間。
言葉が、文字通り体を張って作り出してくれた機会。
一瞬の迷いや躊躇いなどは存在しない。
俺は一歩を踏み出す。
全力で木刀を、北原の後頭部に叩き付ければ良い。
仮にそれで北原が死んだとしても、揉み消せば良いだけ。
生きていれば、拷問でもして王女を解放させれば良い。
後は木刀を、奴の頭に突き立てるか叩くかの選択をするだけ。
どちらの方が有効か、どちらの方がより良いか――
なのに。
「言葉あああ!!」
俺は言葉を抱え、彼女の名前を叫んでいた。
感情が思考を凌駕する。
俺は頭の中では、言葉ではなく、北原を追う事を選択していた。
だが俺の身体は、崩れゆく言葉を支えることを選んでいた。
身体が心に従っていたのだ。
「言葉!言葉! 自分に回復魔法を掛けろ! 早く!早く魔法を掛けるんだ!」
俺は酷い無茶を吐く。
言葉の身体を抱え、上から覗き込むようにして彼女を見つめる。
口元に薄っすらと血を滲ませた言葉が、消えそうな声で紡ぐ。
「ごめんね陣内君、もうMP残ってないみたいなの…」
「っな!? 俺を解放するのに全部使ったのかっ!? なんで‥なんで…」
( なんで俺なんかの為に、なんで… )
「えっとね、女のコの意地かな?」
「意地…?」
( なんだよそれ、訳わかんねぇよ )
「うん、女のコの意地。大好きな人を庇ってあげたいっていう…想い」
「だ…好きって‥おい、」
( なんだよその意地は、男の意地じゃないんだぞ‥ )
「あ‥、一つ夢が叶ったかも、」
「は?なんだよ夢って、それよりも回復を――あ‥」
( 夢って? くそっ薬品が割れてやがる )
俺は自分が持っている薬品に手を伸ばしたが、先程の束縛の影響か、全て割れて駄目になっていた。
「大好きな男の子に、大好きって事を伝えるのが夢だったの。私、暗くて、その‥引っ込み思案だったから、自分からは言えないだろうなって、無理だろうなって思っていたんだ‥」
「――ッ」
「もう一つの夢も叶えていいかな? 大好きな人を、下の名前で呼んでみたいの‥駄目ですか陣内君?」
「呼べよ、好きに呼んでも構わねえから、回復魔法をなんとか‥」
( 何だよその夢は、お前ならいくらでも叶えれんだろうが )
広がり続ける赤。
それとは逆で、赤みをどんどん失っていく言葉の顔。
「それじゃ‥陽一さん、陽ちゃんだと、一緒になっちゃうからね、陽一さんで――ごっほごほッ」
「おい言葉! おいしっかりしろ! 頼む、回復魔法を‥」
「良かった‥この夢って陣内君がいないと駄目だったから‥」
「あ、俺じゃ‥」
( なんで、なんで俺なんかに、そこまで‥ )
「最後にもう一つ、叶えてもいいですか?」
「なんでも言えよ、それよりも回復を‥くそ俺が使えたらっ!」
( 畜生! なんで俺には魔法がねぇんだよ! )
「陽一さん、私は貴方が大好きです、それで‥それでね…」
「――ッ!?」
「‥‥これは駄目みたいですね‥陽一さんの顔が駄目だって言ってるの」
「っ何をだよ! なんでも叶えてやるよ、だから――」
「ううん、だってきっと困らせてしまいます。なんとなく解かるんです‥だからいいの陽一さん」
「――――」
「陽一さん‥大好きで‥す…………」
「言葉‥?」
「――――」
「おい、言葉…」
俺は暫くの間、彼女の名前を、声が枯れても呼び続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから何分経ったか分からなかった。
もしかしたら5分ほど、それとも1時間だろうか、俺は完全に時を忘れていた。
抱えている言葉が、少しだけ冷たくなっている気がした。
これからドンドン冷たくなっていくのかもしれない、そう思った時に、俺の両肩に手が触れ、そして激しく俺を揺さぶる。
「聞いているのか陣内君! いい加減に戻って来るんだ!」
「ああ…ハーティさん、はい、聞いていました…」
「ご主人様…」
薄っすらとだが意識がハッキリとしてくる。
ラティとハーティが少し前にやって来ていたのだった。
言葉を抱え呆然としている俺に、ハーティは状況を説明してくれた。
冒険者ゲイルから聞き出した情報には、勇者召喚を早める方法があり、それを北原は実行するというモノであった。
その詳しい内容は不明だが、北原はゲイルに、召喚魔法を早める方法があると明かしていたそうだ。
そしてそのゲイルは、勇者召喚された勇者を、奴隷として自分に一人、女性勇者を貰えるという約束で、今回の件を手伝っていたそうだ。
それを聞いたギームルは、激怒した後に、激しく焦り出したそうだ。
だが結界に囚われ、身動き取れない状態であった。
しかし、前線の手伝いをしていた、ボウガンの勇者橘が戻ってきて、竜核石を使った魔法解除で、その結界を破り脱出したと。
もう金に糸目を付けず、竜核石の矢を使った結界解除で現在は突き進んでいると、そうハーティは俺に報告し――
「お前はいつまで、そうしているつもりなんだ」
「ハーティさん…」
「他の勇者達は、王女を救いにみんな行ったぞ、それなのに、陣内君、お前はいつまでそうしているつもりなんだ」
俺が今していること。
言葉を抱え、酷い泣き顔で、ただ何もしていないでいる。
「君の木刀は絶対に必要になる、それに、そ、それにぃいいいっ――ッ仇を討って来いよ陣内陽一! お前はココで何を呆けてんだよ! お前がキッチリとけりをつけて来いよ!」
彼女の為にと、そうハーティは俺に檄を飛ばす。
言葉を死なせ、呆けていた俺の尻を蹴り上げるハーティ。
「彼女は僕が見ている、だから行って来い陣内君…」
「ハーティさん、はい、俺行くよ、俺がけりをつけてくる。行くぞラティ、道案内を頼む」
「はい、ご主人様」
俺はラティと一緒に、北原がいるであろう場所、王女が囚われている中央へと向かった。
北原が逃げた道は、きっと奴の事だから、こすい罠だらけだろうと判断し、勇者達が進んだルートを選択して駆け出したのだった。
「行ったか…」
「あ、気付いたかヨウちゃん。お前さんしっかりと飼い主を守れよな…って言われても無理か、お前も酷い怪我をしているもんな…」
「――――」
「くそ、なんで死んだんだよ言葉ちゃん、折角、頑張っていたのにさ、好きだったんだろ、彼の事が…僕はそんな君を見ていて、応援したくなっていたのにさぁ、」
「はは、でもイイ顔しているな、ひょっとして伝えれたのかい? 君の想いを彼に、陣内君にさ…くそっ、だったらもっと頑張れよ、恋する乙女だろうが…」
「――ッ」
「ヨウちゃん? いまさらそれっぽちの回復魔法なんて意味ないよ、もう彼女は…もう死んで――え…まさかこの光は…」
「――――ッ」
「おいおいおい、まさか【蘇生】の【固有能力】ってここまでの力が…?」
「――――」
「ああ、分かっているって、必ず呼び戻してやる、MPが枯れても回復魔法を唱え続けてやるよ。待ってろよ言葉ちゃん、君の物語はここで終わりじゃない、まだ続けるんだ」
「戻って来るんだ!」
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご質問を頂け増したら嬉しいです。
あと、誤字脱字やご指摘なども。