強襲釣り
投稿が遅れて本当にスイマセンでした。
青から赤に変わった瞬間、ラティが弾けたように駆け出した。
重心を低くしてしなやかに、まさに獣の如き疾走を見せるラティ。
勘の悪そうな奴らは棒立ちに、それとは別の者は察して重心を下げて身構える中、誰もいない場所へと駆けていき――
「ッハァ!!」
「――っぐふぅ!?」
凛としたラティの声を追うように、家畜のような醜い声が響く。
右手に持ったラティの片手剣が、何も無い空間に鞘を付けた状態で突き刺さり、何も無かった空間に冒険者風の男が姿を現す。
苦痛の表情を浮かべ、その男は力なく両膝を地に着けた。
まるで許しでも請うかの様な姿勢の男に対し、ラティは左手で魔剣ミイユの刃を立て、顎の下に添え、くいっと顎を上にあげるように刃先を上げる。
少しでも抵抗すれば、顎を縦に裂かれる状況。
冒険者風の男は、一切抵抗することなく顎を上げて首元を大きく晒した。
「答えてください。貴方はいま何をしようとしましたか?」
「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれラティ! も、元主だろう俺は」
ラティに魔剣を突き付けられ、ほぼ身動きが取れないでいる男は、ラティの元主であった冒険者のゲイルだった。
「くそ、なんでバレたんだよ! 剣を下げてくれ、話す、話すからっ」
「いえ駄目です、このまま話して下さい」
( ああ、ラティには【心感】があるからな、さすがに近けりゃわかるか )
ラティはゲイルの要求を即却下し、このままの状態で話せと促す。
少し遠いのでしっかりとは見えないが、少しぐらいは刃先が刺さっているのか、ゲイルのアゴからは血が流れているように見える。
「くっ、俺は命令されたんだよ、今の状況なら【索敵】に引っ掛からないから、姿を隠して近づけばヤレるってアイツが言うから、俺はそれに従っただけなんだ」
「それは――」
「む、お前に命令をした奴がいるんだな? それはいったい誰だい? 真の勇者である僕がそいつを成敗してやる」
突然、ラティとゲイルの会話に割り込んで来る勇者八十神。
誰かに見せつけるかの様に、妙な俺様アピールの効いた言い回しをしながら、奴はゲイルの傍にやってくる。
獲物を横から掠め取られたような表情を見せるラティ。
一瞬、俺の方に視線を飛ばし、彼女は俺に指示を仰ぐ。俺はそれに対して、『くれてやれ』と目線にて返す。
「さぁ言うんだ、僕は悪いようにはしないと誓おう。罪を憎んで人を憎まず、全てが許される訳ではないが、話せばきっと罰は軽くなるだろう」
「あ、ああ‥オレは――」
冒険者のゲイルが勇者八十神に促され、何かを語ろうと口を開いた瞬間。
俺は咄嗟に背後を警戒する。
全員の視線を集めているゲイルとは逆側、俺はその方向へと振り向いた。
「居たっ!」
俺の視線の先には、離れた物陰から、こちらを覗く様にしている男が居た。
その男は、こちらに手の平を向けており、まさに魔法を発動させようとしている瞬間であり、そして――
「火系魔法”ファイアボ”圧縮型!」
ソフトボール程の火の玉が、遠目には見づらい程に小さくなり、赤い点のようなモノが俺へと放たれた。
「障壁魔法”コルツォ”!」
『ィィイイッ』と、金属音とは違う独特な音を立てながら、葉月が作り出した魔法の障壁が赤い点のような魔法を防いだ。
だが思いの外に強力なのか、その赤い点の魔法は葉月の作り出した障壁に食い込み、弾かれることなく障壁を破壊した。
さすがに貫通まではしなかったが、一撃で葉月の魔法障壁を破壊するだけの威力を秘めていた。
魔法に対しての抵抗力が全く無い俺は、内心、肝を冷やす。
一方、魔法による狙撃を防がれたのが予想外だったのか、魔法を放った男は忌々しそうに顔を歪めていた。
そう、何度か見たことのある、醜くいびつに歪んだ表情。
「――ッ北原ぁ!!」
「――ッ!!」
「え?」
「なに!?北原だと」
「北原君!?」
「北原先輩?」
俺の怒気を孕んだ雄叫びに、勇者達全員が意外そうな声をあげて、魔法が放たれた場所へと目を向けた。
俺は迷わず駆け出した。
この茶番を終わらせる為に、そして王女を助ける為に飛び出した。
のだが――
「障壁結界発動!」
北原がそう声を張り上げた。すると――
「ぎゃああああああああああ、っがあああ、足があ!? オレの足が」
「な!? 結界!?」
「ご主人様!」
「きゃっ!」
「…え?」
「うおっ!危なっ」
「何処からこの結界が!? って、その男から…?」
突然地面から噴き出したのは、ガラスのような透明な板。
透明な板の中には、光の粒子なような物が下から上へと駆け巡っており、コレが何かで作られた結界であることを示していた。
そしてよく観察してみれば、頭上までも塞いでおり、上を駆けて越えることは出来そうになく、しかも蜘蛛の巣状に展開されているのか、味方が分断されるような形をとらされていた。
「い、いつの間に結界が!? あ、まさかこの男を中心に結界が?」
「ぐううぅ…」
俺とは違う所を見ていた八十神が、自分の足元に転がっている男、冒険者ゲイルの方を見ながらそう言った。
冒険者ゲイルは、結界が発動した時に巻き込まれたのか、両の脚が膝の辺りから切断されており、声にならない呻き声をあげてのた打ち回っていた。
「い、いま回復魔法を唱えます」
「頼む葉月さん、彼からはまだ聞かないといけないことがある。それに彼には罪を償って貰わないといけない」
大量の血液を脚から撒き散らすゲイル。
その光景に一瞬は怯むも、聖女の勇者葉月は切断された脚を治癒すべく、のた打ち回るゲイルのもとへと駆け寄る。
「ご主人様! 敵が逃げます!」
「くそっ! 北原ぁぁあ!」
俺達を結界の檻に閉じ込め、奇襲が失敗したのならすぐに退却する北原。
俺は奴隷商の館の前以来、約一年半ぶりに見た北原を逃すモノかと足掻く。
「逃げんな北原ぁ! くそっ、邪魔だあああ!」
俺は結界を破ろうと、無骨な槍を結界に突き立てる。
だが結界は微塵にも揺らぐことはなく、無骨な槍の穂先を弾く。
「くっそ堅ぇ、それなら――」
堅さには堅さをと、半ばヤケクソ気味に世界樹の木刀を俺は突きつけた。すると――
「…え!?」
薄い氷の板が割れるような、『コッ』と音を鳴らし、結界の一部が呆気なく割れて無くなったのだ。
――そうだった!
この木刀は、サリオのローブの結界ですら簡単に消したんだったっ、
アホか俺は、忘れてたぞ、
「あ、あの者を捕らえよ!」
「ギームル…」
勇者達と同じく、蜘蛛の巣状の結界に閉じ込められている宰相のギームルが叫び、俺に奴を捕まえろと指示を出してきた。
刹那の逡巡。
追うべきか、追わないべきか。
一人で追うか、それとも結界を全て解除して皆で追うべきか。
それで間に合うのか、間に合わないか。
一人だと危険ではないか。
無数の選択肢が一瞬にして押し寄せて来る中、俺は一瞬で決断する。
「逃がすかぁ!」
「ご主人様!」
「陣内君!? 待って、ああ‥その前にこの人の回復を」
「陣内君、単独は危険だ! 言葉様、彼を止めてください」
「くそっ! この結界が無ければ僕が行くのに、何で壊せない!?」
「は、はいっ、ハーティさん分かりました。待ってください陣内君」
「あ、言葉先輩まで!」
俺の傍から離れ、ゲイルの近くに居たラティは、今は結界の檻の中。
当然、そのゲイルの近くに居た、勇者八十神と葉月も結界の檻の中で、俺の近くには女神の勇者言葉だけだった。
その言葉は、俺を止めるようにハーティから指示をされて動いたが、俺はそれを振り切り、僅かに見える北原の背中を追った。
俺と奴とでは走る速度が違う。
10秒も掛からず追い付けると、俺はそう判断した。
【加速】を使い、俺は一気に駆け抜ける。
ただ、一直線に真っ直ぐ進めば、きっと進行を塞ぐように設置された罠に掛かると判断し、比較的に罠の無さそうな端っこや、剥き出しの石や瓦礫のような物の上を足場にして駆けた。
そして北原が大きめの建造物に入るのを見つけ、俺もそれを追うようにその建造物へと飛び込む。
罠がある可能性は十分に高く、本来であれば複数で追うべきであろう。
だがその選択肢を取ることが出来なかった。
あの瞬間に駆け出さねば、きっと北原を捉える事は出来ないと、俺はそう判断したのだ。
普段であれば、優秀な猟犬にもなりえるラティと追うべきであった。だがこの廃村は、【索敵】が機能しない状態。
その証拠に、有効範囲が広い訳でもない、隠蔽魔法感知の付加魔法品の色が変わる距離まで、決して手練れとは思えないゲイルに接近を許したのだ。
とても優秀とは思えない、あの冒険者ゲイルに接近される程だ。
きっと距離を取られれば、ラティといえど捕捉は困難。ならば、北原を視界に捉えているうちに追うしか無かったのだ。
そして飛び込んだ建物の中は、ただの広い空間。
約三十畳ほどの部屋の中に踏み入り、俺は北原を探すが。
「くっ!?」
足元には泥でも撒いてあるかのように滑り、体勢を崩しそうになった。
そしてそのタイミングを見計らったかのように、頭上より、光る幾何学模様を浮かべた半透明の板が降りてきた。
「――ッしゃらくせぇええ!」
頭上からの不意打ちには十分に対処出来た。
絶対に来るであろうと予想していたのだから、そして襲って来るのは、きっと攻撃系などの魔法であろうと予測をしていた。
俺は槍ではなく、世界樹の木刀を振り上げ、頭上の魔法を破壊する。
木刀の先が触れ、なんの抵抗もなく砕け光の塵となって霧散する半透明の板。そして――
「っがあああっがあッがああ、あがッあ!?」
俺は一切の身動きが取れなくなっていた。
魔法を完全に破壊したにも関わらず、俺は強力な金縛りのような、身動き一つ取れない状態に陥った。
それこそ、目蓋を閉じる事すら、しっかりと力を入れねば閉じられぬ程に。
――っなんだ!?
何が起きたんだ? なんで身動きが突然取れなくなって!?
くっそ、呼吸すらキツイぞ、
「ふう、一応用意をしておいて良かったぜ。道に設置した罠を運よく避けやがって、ホントに運だけはイイ野郎だな」
「きたはら!?」
薄暗い室内に響く北原の声。
奴は物陰より姿を現し、俺の前に歩いてやってきた。
「上に気を取られ過ぎたんだよお前は」
「したかぁ」
「下にある泥みたいなぬかるみは、全部【大地の欠片】だよ。金貨300枚分は使ったかな? まったく金の掛かる魔法罠だよこれは‥」
――くそ、罠に引っ掛かったのか‥
上は囮で下が本命か‥
結界や魔法を破れる木刀も、その魔法に触れれなければ効果を発揮出来ず、俺は北原の目の前で、無防備に腹を晒すような状態になっていた。
少しでも動けて、木刀を握っている左手を降ろすことが出来れば、いま俺を縛り付けている魔法罠を解除出来るのだが、本当に指一本動かせないでいた。
( 誰か助けがくれば‥ )
「ああ、陣内。助けは期待しない方がいいぞ? すでにこの建物の入り口は、認識阻害の魔法を掛けてあるから、外からじゃ入り口は判らないはずだからな」
――しめた!
ラティならパーティメンバーを示す矢印があるはずだ、
あれならココに気が付く、今は時間を稼ぐしかないか、
俺は北原にこちらの思惑を悟られぬよう、演技で慌てた素振りを見せて時間稼ぎを試みた。
「くそ、くそ!うごけねぇ、なんだよ!なんでこんなことをやらかした! オウジョのユウカイなんてやらかして、いったいなにをかんがえてんだよ!」
( こちらが勇者召喚に気付いている事は話す必要は無いな‥ )
「ふん、なんだお前は? まったく気付いていないのか? 王族の王女をわざわざ攫った訳を、まったくこれだから駄目なんだよお前は」
「だ、だからなんだよ、わからねえよきたはら」
( よし、話に乗ってきた )
「はっ! 勇者召喚だよ、王女を生贄にして勇者召喚をするんだよ」
「そ、そんなことを‥」
「何回か失敗したけど、今度は王族を使うから成功するはずだ」
「――ッ!?」
( は? 何回か‥、失敗した…? )
「ほらソコに転がってんだろ、召喚された勇者がよ」
「な、なにをいって‥」
俺は北原がアゴで示す方に、なんとか眼だけを動かし視界にそれを捉える。
北原が勇者だと言ったモノは、例えるならば赤黒いアザラシ。
そんな肉塊が、見慣れたぼろきれを纏っていた。
( お、おい、アレって学校の制服じゃ‥? )
「ん~~っと、確か財布に入っていたSuicaには、ゴトウって書いてあったな。たぶん、あの騒がしい奴の後藤修二だろうな」
「お、おまえぇ…」
( まさか、まさか、まさか、まさか―― )
「ちょっと失敗したら、死んじまったけどな」
「――ッ!???」
北原堅二は、既に勇者召喚を行っていた。
そして失敗も――
( コイツ‥ 同級生を殺しやがったッ!? )
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想やご質問など、感想コメントを頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も‥
激務のために遅れました。
それと、いま一番のお気に入りの小説が炎上からの停止がショックで‥




