馬車
長編になりそうなので短めに
回復役引き抜き事件から十日が経過した。
最近パーティを冒険者連隊で組むことが増えた。
その理由は酷いものだった。
それは…
『英雄のダンナ、ちょっとアラ組んで地下迷宮なんてどうだい?』
『効率は悪いけど安全にレベル上げ出来るから構わないけど』
『よかった、某勇者同盟が、引き抜きの逆恨みしてきてね、ちょっとなぁ』
『ガレオスさん、それ逆恨み違うよね?ね?』
そんな感じに暫くの間、防波堤代わりに使われていた。
レベル上げ後に飯を奢ってくれたから、それでチャラにしたが。
なかなか面倒な出来事だった。
それから一週間もすると、赤城も沈静化していった。
そんなある日…
初の魔王発生が近づく影響の余波が出たのだ。
魔物の集団活性化による暴走。
本来魔物は、湧いた場所から移動などはしないらしい。
移動するのは、近くに人が居て、それを襲うとかそういったもの。
それとは関係なく、集団で魔物が移動する現象を魔物大移動と言うらしい。
今回は北の穀倉地帯に魔物の群れが迫って来てると情報が流れて来たのだ。
歴代勇者の過去の史料でも、これから何度も起きる現象のようだ。
魔物の群れが何かを目指して大移動を行う。
普段は山や森にいる魔物が移動し始めるのだ。地下迷宮から魔物が這い出る版みたいなものらしい。
【ルリガミンの町】が慌しくなる。
臨時の馬車が多数用意され、防衛参加者の急募が始まった。
「北行きの馬車まだ乗れるぞー」
「北のボレアス領から追加の報酬の確約貰った!」
「行ける奴は、米守りにいくぞ!」
「ボレアス行きはこれに乗れー」
「米を死守しろ!」
「ジャガイモ畑班もいくぞー」
俺はガレオスさんを捕まえて、北の事を少し教えてもらった。
北の穀倉地帯は、この国の米生産の大半を扱っており、穀倉地帯がやられると米の流通だけでは無く、飢饉に直接繋がるのだという。
それと歴代勇者達が愛した食料でもあることから。
異世界の住人には穀倉地帯を守る意識は高いらしい。
「伊吹組も北に行くの?ガレオスさん」
「こっちはまだ待機かな、準備がまだ出来てないなぁ」
そしてガレオスは苦笑いをしながら
「この世界の奴らはみんな米が好きだから、もう必要ない位に北に向かっているしな」
「なるほど、確かに米の為なら俺も必死になれるな」
そうは言いながらも俺は、行かなくても平気そうなら行かなくても良いかと考え。
北ボレアス領に行くのは見送ることにした。
そして次の日。
また魔物の大移動の情報が入った、今度は南のノトス領だった。
だが問題があり、南に行く人が少なかったのだ。
町の冒険者は北に向かった者が多く、今、町には冒険者が少ないのだ。
あと、南ノトス行きには人気が無かった。
その理由は…
「ノトスかぁ、南は金が無いから報酬がショボイいんだよな、それに」
「それに?」
「南は貴族向けの果物しか作ってないからオレ達冒険者にはウケが悪い」
「納得出来たけど酷い理由だ。ラティとサリオはどう思う?」
俺の後ろで待っている二人に聞いてみる、こう言う話は皆で意見を出し合う方が良いのだ。
「あの、そうですね、報酬が目的場合は控えた方が宜しいかと。馬車でも三日掛かるので移動の経費なども掛かりますので」
「はい、遠いから嫌です」
参考になる意見とダメな意見が返って来た。手持ちのお金も最近の二人の新装備で消えたから、経費がどれくらい掛かるか分からない仕事は出来ないな、と思っていたら。
「追加情報!ノトス領が報酬上乗せらしいぞ!」
ギルドか権力者かの使いが報告に回っていた。そこで気になったのがどうやって連絡が来てるのか。
「ラティ、どうやって遠くから連絡来てるの?魔法?」
「はい、魔法と言うより魔法道具ですね、シェルパールと言う物です」
「どんなものだろ?あるなら便利だよね」
「あの、貝殻に玉から話した内容が聴こえるのです」
「会話をするには両方2個ないと駄目ってこと?」
「はい、それに貴重品ですので、この町には多分シェルしか無いかと、此方から何かを言うことは出来ないのです」
「ひょっとして三代目の品?」
「はい、三代目勇者様が作られた品ですね」
( 三代目が優秀過ぎる )
ここで俺は悩み考え始めた。
報酬が良いの行くのもイイと思う、だが報酬額が提示されてない。
しかしこちらからはそれを聞けないと言う。
俺が決めかねて悩んでいるとそこに、葉月がやってきた。
「行こうよ陣内君」
「行かない!」
「え~~~」
何処へ行こうなのか確認するまでも無い。
嫌な予感しかしないのでお断りを入れさせていただく。
「ほら、人助けになるよ報酬も入るみたいだし」
「ああ確かに…」
――おかしい、何故こうもプッシュして来るんだ?
確かに人助けでもすれば俺の悪評も少しは解消されるが…
でもなぁ~
「ねぇ、どうかな~一緒に行こうよ」
「いやぁ…えっと…」
俺は言葉に詰まってしまい、何とかすべく
ラティに助けを求めようとしたら、ここで伏兵がやって来た。
「陣内君、私達もいく予定だから行こうよ、オッスンさん準備お願い」
「伊吹……」
まさかの伊吹の参戦により、断り切れず行く事になってしまった。
横ではガレオスがニヤニヤと笑い、後ろではラティが不機嫌そうにしていた。
( 俺にどうしろと…… )
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日のうちに出発の準備をした。
片道三日往復分の食料と水にテント、すでに金貨一枚近い出費だった。
ただ納得いかなかった事が。
「おい伊吹、お前も行くんじゃないのかよ」
「ごめん、ちょっと準備に手間取ってね。遅れて行くよ私達は」
「……」
「―っ仕方ないか、ラティ、サリオ俺達は行こう」
「はい、ご主人様」
「ぎゃぼう、三日間はお風呂なしですかです」
こうして俺達は、南ノトス領行きの臨時馬車乗り場に向かった。
しかし、そこには予想外のメンツが居て、来た事に後悔をした。
橘風夏と八十神春希の二人だった。
俺はコイツらを見た瞬間に黒い怒りの感情が燃え上がってくる。
――コイツらが居ると知ってれば来なかった。
葉月は黙っていやがったな。何を考えてんだか、
だが、今回の遠征ですでに金貨一枚の出費をしている。
別に話す必要も無い相手、―いや!話したく無い相手なので、一番離れた場所で視界に入れない様に出発の時間まで待機をした。
馬車の割り振りでは、勇者組と冒険者組に分かれた。
勇者組みは、勇者3人にその仲間10名、冒険者組みは16名。
そして俺達三人は、溢れて荷物運搬用馬車に3人で乗り込むことになった。
明らかに悪意のある割り振りだった。
一応葉月は一緒に同じ馬車に乗ろうと言って来たが。
とても他の勇者の二人とは居たくなかったので断った。
荷物の間の狭い場所に三人で座ることになった。
だが、ある意味こちらの方が気楽なので、荷馬車でも問題はなかった。
揺られる荷馬車の中。
「あの、ご主人様、馬車は久々ですねぇ」
「そういや最近乗ってなかったか?」
馬車に乗る用事って最近じゃ城下町に【大地の欠片】売りに行くくらいだな、と考えていると、ラティが珍しく機嫌良さそうに話かけてくる。
「ここ最近忙しかったですから、久々の休日気分ですねぇ」
「ぎゃぼう、これから大規模戦闘ですよラティちゃん」
ここ最近のラティは、迅盾のレクチャーや伊吹組の付き合いとかで、もしかしたら疲れやストレスが溜まっていたのかもしれないここは久々に。
「ラティちょっといい?」
「あの、」
俺はラティを労ってあげようと思い、頭を撫でてあげることにした。
最初は困った顔をしていたが、暫くすると口元から機嫌の良さそうな息が漏れる。
最近ラティの頭を撫でていなかった事に気がつき、念入りに撫でる。
その横ではサリオは寝たフリをしていた。
( 寝たフリすんなよ余計恥ずかしいから )
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後馬車は日が沈むまで走り続けた。
そして完全に暗くなる前に夜営の準備を始めた、”勇者以外”は――
「なぁ葉月さんや、この家って何?」
「うん、風夏ちゃんの持ってる家、【宝箱】から出したんだって」
「【宝箱】ってそんな広いっけ?」
「風夏ちゃんの【固有能力】の【拡張】があって100倍になるみたいなの【宝箱】の効果が」
「それで家を入れて持ち運びって、どんだけチートだよ!」
勇者である橘風夏は、【宝箱】に家を入れて持ち運びをしていたのだ。
しかも20人は入れそうな大きさの二階建てだった。
そして聖系範囲魔法”ケッカイ”を唱え、魔物が寄り辛い結界を張り快適な夜営をしていた。
( すでに夜営じゃねぇ )
家設置後、葉月がこちらに話しかけてきた。
「あのね陣内君、女の子だけなら入れても良いって風夏ちゃん」
「助かる。また前にみたいに騒ぎになったら面倒だと思ってたんだよ」
「じゃあ二人はこっちで預かるね」
「助かる。ラティとサリオはあっちの家で寝てくれ」
「はい、ご主人様」
「ひゃほーい、家で寝れるとは」
こうして非常識なことをする勇者達を眺めながら、俺達冒険者は夜営の準備を始めていた。
食事は各自パーティで個別に食べ、
食後は明日早くから馬車に乗るので酒盛りなどすることなく就寝となった。
俺は久々の一人が落ち着かない為か、眠れずにいた。
意味もなく馬車の荷台で見張りも兼ねて座っていると。
「陣内君まだ起きてるかな?」
「ああ、まだ起きてる」
軽装姿の葉月が馬車の近くまで来ていた。
一応周りに他の奴らが居ないか見回したが、誰も付き添いが居ないので一人で来ているようだった。
俺は馬車を降りて葉月の横に行く。
葉月は馬車に寄りかかり、こちらを覗き込んでくる。
「葉月どうしたんだ遅い時間に」
「陣内君とお話がしたいな~ってね」
「何か話すような事あったかな…」
葉月は此方を伺いつつ、少し躊躇いながら俺に話しかけてくる。
「陣内君。あの時誤解で静寂の魔法とか、最初の王の間でも私なにも出来ずごめんね。裁判みたいな時も陣内君は必死に訴えていたのに、私は…」
「その件はもう謝って貰ったし、助けて貰ったのでチャラにしたはずだろ」
「うん、だけど、もう一度謝らせて。ゴメンなさい陣内君」
「ああ」
「それとね、」
「‥‥‥」
「えっとね、」
「‥‥‥‥‥」
「陣内君!風夏ちゃんや八十神君達の事も許してあげッ――」
「――それは無いっ!」
「あ……」
「許さない、それだけだ。もう戻って寝ろ」
「――ッ!」
葉月は何か言おうとしたが言葉を飲み込み。
走って戻っていった。
俺はあの時のことを思い出してしまった。
口から吐く息が熱く感じる、思考が怒りに黒く染まっていく。
顎を引き腰を低く体は前のめりに…
何かと戦うわけでもないのに怒りで身構えつつある時に。
「あの、ご主人様」
気が付くとラティが横に立って居た。
俺はラティが近づいて来ていた事に全く気付いていなかった。
ラティは無言のまま、瞳で俺に荷馬車の荷台に戻るように伝えてくる。
俺はその瞳に逆らえず、荷台に戻りそのまま座り込む。
ラティも座っている俺の横に腰を下ろしそっと座る。
ラティが無言のままなので、俺からラティに尋ねてみた。
「ラティ、俺ってカッっとなりやすいかな?」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
ラティは曖昧な返事を返してきて体を少しスリ寄せてくる。
何処かマーキングっぽく――
気が付くと怒りは消えていた。
しばらくそのままで居て。
その後はラティを戻し、俺は眠りにつけた。
何となくだが、ラティのおかげで眠りに就けたと思った。
移動初日が終了した。
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今回は分割気味