ながて
俺は耐えていた。
予定では情報のすり合わせと共有。
そしてラティからの視点で、彼女の意見を聞きたかった。
情報を自分一人だけで判断するのも大事だが、他の人の視点も大切。
偏ることなくフレキシブルでアンサンブル、そのうえコミットしてからオミット、そしてバッファを持たせてマルチタスク的にイノベーションしてからのモチベーション。 要は――
――無理っだあああああああああ!?
おいおい、何でこんな事に…
あれぇぇぇぇ!? なじぇ~?
訂正、俺は耐えれずに大変混乱していた。
状況は完全にレッド、非常にマズイ状態であった。
部屋にやって来たラティは、迷わずに俺の左膝上へと腰を下ろした。
この状況は、つい最近も似たような事があった。俺は階段に行けず、陣内組からは『裏切り者』と罵られた時のこと。
だがあの時よりも圧倒的に、圧倒的にマズイ状況である。
あの時は深淵迷宮帰りで武装しており、ラティはともかく俺は黒鱗装束を身に纏っていた。
布地が多いとはいえ、生地はしっかりと厚く、しかも黒鱗の板で覆われている部分もあり、外部からの感触はあまり感じなかった。
だが今は薄手の寝間着、ラティの臀部の感触が鮮明に感じとれた。
柔らかくてとても張りもある、もしくはしっかりとした張りがあるのにとても柔らかい、そんな感触が俺の左膝と腿の辺りを支配していた。
「ラ、ラティさん?」
「んぅ~?」
俺の呼びかけに、口を開かず喉を鳴らすようにして返事をするラティ、そして何を思い立ったのか、自身の身体を完全に俺に預けしなだれかかる。
狼狽える俺をよそに、顎を上げて首を伸ばし、己の鼻先を俺の首元に擦り付ける。
一瞬息が止まる。
強いて言うならば、何か”チェックメイト”されたような心境。
少しでも身動きしようモノなら捉えられ、そして捉えてしまう。
――あ、アカン、
マズイマズイマズイマズイマズイマズズイ!?
少しでも動いたら止まれなくなる自信があんぞコレ…
己の意志だけではどうにも出来ない状況。
必死で抑えようという自制心が、熱くたぎるモノに押し退けられていく。
完全に甘え切ってくるラティ、その姿はまるで赤子のモモちゃん。
そう、まるで赤子のよう――
――そうだ、
これは親に甘えてくる赤子!
赤子に手を出すなど絶対にあってはならないっ!
俺は自分の中に、絶対にやってはならない理由を作り、それによって己の制御を必死に取り戻す。
『武士は喰わねど高楊枝』、そんな単語が頭に浮かぶ。
ただ、それに合わせて、『据え膳食わぬは男の恥』と言う単語も浮かんだが、俺はそれをなんとか振り払う。
「たく、なんだってラティはこんな事を…」
「んっん~」
今度は俺の声には反応を見せず、小さく身を丸めて俺の胸元に納まろうとするラティ。
その甘える仕草と行動を見て、俺はふと思い当たる。
( もしかして… )
今日、竜の尻尾亭ではラティとは別の席だった。
普段であれば隣の席、もしくは同じテーブルにラティは大体おり、多少の例外はあるが、ほぼ近くに彼女はいつも居た。
だが今日はいつもとは違っていた。
「そういや隣に居なかったな…」
今日の食事兼飲み会では、馬鹿をする奴がいなかった。
ラティの持っている【固有能力】、【蒼狼】に内包されている【魅了】と【犯煽】に引っ張られるような奴は居なかったのだ。
だから俺はそのままにしていたのだが――
( もしかするとラティは… )
俺にとって都合の良い、妄想のような考察。
ラティは甘えたかったのでは?
本当は俺の隣に来たかったのでは?
だけど今日は来れなかったのでは?
だから酒の力に頼ってしまったのでは? と――今のこの状況の為に。
「なんつう酷い願望を思い浮かべんだよ俺…童貞かよ!」
( 童貞ですね… )
自分の中でノリツッコミが出来るぐらいには、冷静さを取り戻していた。
そしてラティの方を見てみれば、彼女は完全に寝に入っており小さな寝息を立てていた。
「ふう、今日は話すの無理だな‥」
俺は情報のすり合わせを諦め、ラティを彼女の部屋へと運んだのだった。
閑話休題
次の日、俺は昨夜モンモンとして寝付けず、少々寝不足気味であった。
今日の魔石魔物狩りは休ませてくれと、昨日のうちにレプさんに伝えていたので、その辺りは助かっていた。
だが、あと10分もすれば言葉と三雲が、新公爵となったアムさんへ挨拶にやって来る、そしてそれが終われば、本命のモモちゃんに会いに来るのだった。
あくびをしつつ俺は、公爵家中庭のベンチに座っていた。
心地良い日差しが眠気を誘うのだが――
「あぷぁ~?」
寝るな起きろと言っているかのように、ペチペチと頬を叩く紅葉手。
「う~、寝てない寝てないからねモモちゃん?」
「あらあら、まぁモモちゃんったら。ほっとかれて寂しいのですね」
モモちゃんを抱っこする俺の隣に居るのは、モモちゃんの乳母であるナタリア。
そして彼女の胸元には、自身の実の娘でありモモちゃんの乳姉妹ラフタリナを抱いていた。
母親であるナタリアを、静かにじっと見つめているラフタリナ。一方、俺が抱っこしているモモちゃんはいまだにペチペチを続けていた。
ぺちぺち
言葉と三雲がやって来るまでの間、乳母のナタリアと、モモちゃん達の成長具合を聞いて暇を潰す。
最近では、ずりばいからハイハイに変わりそうだと教えてくれた。
ただ俺には、ずりばいとハイハイの違いは分からなかった。
そんな会話を交わしていると、勇者の二人がやって来た。
期待に満ち溢れた表情を見せる彼女達、三雲は小走りで寄って来る。
「陣内、この子がそうなの? あ、コンニチワです」
「これはこれは勇者様、ワタクシは乳母のナタリアです」
やって来た三雲は、真っ先にモモちゃんに目を向けるが、横にいる乳母に気付き、少々ぎこちない挨拶をする。
赤子を抱える母親には、何故か神々しいモノを感じる感覚が同じなのか、それとも同じ女性としてのなにかなのか、いつもとは態度の違う三雲。
そしてそれに言葉も加わる。
赤子のラフタリナを、おっかなびっくり抱える三雲。
それとは逆に、白い毛玉で抱え慣れているのか、それともクッションがあるからそれを上手く使って抱っこしているのか、安定してモモちゃんを抱っこする言葉。
腕で赤子を抱っこしようとしている三雲を、乳母のナタリアが助言をする。
「勇者様、赤子は抱えるのではなく、胸に預けるように乗せるのですよ」
「こ、こう?」
少し背を反らせて、緩い傾斜を作って抱っこしようとする三雲。
そしてそのぎこちなさに、僅かながら不安そうな顔をする赤子のラフタリナ。
それから5分ほどの苦戦の末、何とか抱っこが様になる三雲。
そして一方、言葉の方は――
「ごめんなさい出ませんからね、ホントに出ませんからね?」
「あぅぷぁ~?ぷっぷぅ~」
執拗にクッションへとアタックを開始するモモちゃん。
其処で行われていたやりとりは、お約束的な展開だった。
俺はそっと目を逸らす。
別にお約束に対して気まずくなったのではなく、昨日の夜のことを思い出してしまっていたから。
赤子のように、純粋に甘えて来るラティ。
だが俺は、その先を求めそうになって――
――いや、求めていたな、
でもその先には橙色の首輪が待っている‥
絶対にそれだけは避けないと‥くそっ、
俺はふとラティのことを思い出す。
彼女は今、サリオと共に深淵迷宮で魔石魔物狩りに励んでいる。
二人の勇者が赤子をあやしている光景から目を逸らしていると――
「ん、ロウ? この時間は外で荷物持ちをしているんじゃ‥」
気が付いたのは偶然、逸らした視界の先に、慌てて駆け寄って来る狼人少年のロウが映ったのだ。
そう、慌てて駆け寄ってくる姿が。
「ジンナーーイ! 助けてくれ! 親方が親方がぁあ」
「おい! 何があったロウ」
その尋常ではない焦り方に、俺も釣られるように感情を高ぶらせる。
そして俺の目の前までやってきたロウが、ココまで全力で走ってきた為か、喉を枯らしながら報告をしてくる。
「ジ、ジンナイ、魔物が来た! 魔物の群れが来たんだ!」
ロウの報告は、とても信じがたいモノであった。
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