その刃は黒く輝いているか
おくれましたー
俺は、勇者霧島が待つ客間へと入る。
どう言いくるめたら良いかとか、どうやって納得させようなどのプランは浮かんでいなかった。
ただ、お引き取り願う為に、俺は勇者の前へと向かった。
そして俺が客間に入ると――
「あ、待ってましたよ陣内先輩。きっとお一人で来ると思っていましたよ」
「ん? それって――」
「勝負しましょう、それが一番手っ取り早いし納得もいくでしょうから。ボクが勝ったらラティさんに会わせてください、もしボクが負けたら潔く諦めます」
それは予想外の展開だった。
どうしたら良いかと悩んでいた俺に、相手の方から提案をしてきたのだから。そしてそれに勝てれば解決出来るというモノ。
もうその提案に乗るしかないように思えていた。
だが――
――勝負ってなにで勝負だ?
これって乗せられて罠にハメられるパターンか?
それなら、
「なぁ霧島、勝負って戦うってことだよな? ジャンケンとかゲームとかそういうヤツじゃないよな?」
「はい、一応魔法なしでやりますか、WSは有りで」
――あれ?俺が有利だぞ?
ん~なんでだ? なにかあるのか‥
「霧島って今レベルいくつだっけ?」
「ボクですか? 62ですよ、北の防衛戦とかで白とか黒の巨人を狩っていましたから、結構高いですよ」
――やっぱ低いな‥
俺のステータスがアレだから強さを計り損ねたか?
なら、俺に勝機があるな、
「よし、その提案に乗った!」
「陣内先輩ってホントにお芝居通りなんですね、何か問題が起きて困ったら物理で解決ってところが」
「‥うるせぇ、」
――やっぱおかしい、
なんだこの余裕は? レベル差とかステータス差じゃない、
何かあるなこれは‥、切り札的なモノが…
俺と霧島はアムさんに許可を取り、公爵家の中庭で模擬戦をすることとなった。
そしてアムさんの計らいで、大怪我をした時の為に、回復役までも用意してくれた。
「陣内先輩、用意はいいですか?」
「ああ、俺はいいぜ」
俺と霧島は互いにフル武装。
俺は黒鱗装束に槍と木刀を装備。
霧島は白い軽鎧を身に纏い、腰に片手剣、背に大剣を背負っていた。
基本的に魔法以外はなんでも有り、ただ、トドメを刺すような行為はアムさんから注意される。
そして、戦闘のジャッジもアムさんが仕切ることとなった。
「ではお二人ともいいかい? これを早く終わらせて仕事に戻りたいから…」
「すまんアムさん…」
「すいません、お手数をお掛けします」
俺達はアムさんに礼を言い、そして距離を取って対峙する。
「んじゃ始めるか霧島」
「はい、陣内先輩」
一瞬にして空気が引き締まる。
霧島までの距離は10メートル、間合いを一気に詰めることは可能だが、やはりある程度の距離があるので、単純に動いたのでは対処されるだろう。
だから俺は、相手の動きに合わせてカウンター気味に動くことを選択する。
そしてふと気付く、思ったよりも距離を取られていた事実に。
( さり気なく開始前に距離を取った? )
自分の中では3~4メートル程度のつもりであったが、霧島が上手いことリードを取るように動いたのか、約10メートルも離れていたのだ。
その刹那、俺は放出系WSが飛んで来ると予想した。
それ以外に、距離を必要以上に取る理由が浮かばなかったから。
そしてその予想が正しかった事を示すように、霧島は背に背負っていた大剣を大きく振りかぶるが――
( 剣が光っていない? )
WSを放つのであれば、必ず刀身が光を放っていた。
俺は今まで、刀身を光らさずに放つWSを見た事がない。
そして大剣が飛んで来た――
「――っな!?」
俺は咄嗟に回避する。
あまりに予想外であった為に、僅かながら反応が鈍る。相手の動きに合わせて後の先で動くつもりだったが、ただの回避行動だけになっていた。
そして避けた先に、今度は霧島の腰にあった片手剣が飛んでくる。
なんと霧島は、己の武器を投げて攻撃してきたのだ、しかも2本とも。
「チッィ!」
槍で飛んできた片手剣を弾く。
ただ投げて寄越してきた片手剣なので、縦に回転しており弾くのは容易で、激しい金属音を響かせ片手剣が跳ね上がる。
少々危なかったが、これで相手は武器が無くなった――そう思ったのだが。
「へ? 大鎌?」
攻勢に入った俺の視線の先には、まるで死神が持っているような大鎌を振り上げている霧島がいた。
10メートルの距離は詰めておらず、離れた位置で大鎌を振り上げ、そして刃を黒く輝かせ振り下ろされる。
「両手鎌WS”ヘキササイズ”!」
『――フォン――』と音を鳴らし、鎌の刃が地面へと突き刺さる。
そして――
「あぶねっ!?」
俺を取り囲む様に、6本の黒い刃が地面より生える。
まるで水面に見える鮫の背びれのような不吉さ、生存本能が警告音でもかき鳴らしているかのように不安感が沸き上がる。
そして音も無く一直線に地面を切り裂く黒い刃。
刃があった位置に、他の刃が向かっていく流れ、上下逆になった三角形を2枚描く黒い軌跡。
それは誰でも気付く幾何学模様、六芒星が黒い刃にて描かれていた。
馬鹿でも分かる状況、俺は魔法陣のようなモノに囚われる。
「っだっしゃああああ!」
俺は迷わずに世界樹の木刀を地面に突き立てていた。
このままだと絶対にヤクイと判断し、体が反射的に動いていた。
木刀を突き立てた所に亀裂が走り、そして皿でも割れたような音を立て、黒く光ろうとしていたナニかが割れて、黒い粒子となって霧散する。
( 防げた! なら速攻で詰めて―― )
俺は霧島の攻撃を未然に防げたと確信し、すかさず攻勢に出ようとしたのだが。
「参りました! ボクの負けです陣内先輩」
「――へ?」
俺が向かおうとした先、その霧島は両手を上げて降参の構えを取っていた。
地面には大鎌が放ってあり、今度こそ武器を持っていない状態。
だが勇者達には【宝箱】があり、無手だと思っていてもすぐに武器の取り出しなどが出来る。実際に先程も、剣を2本投げつけた後に、大鎌を【宝箱】から取り出してWSを放ってきていたのだ。
俺は油断することなく、木刀を構え、抜かりなく機を覗っていると――
「ジンナイ…、相手が降参をしたんだから終わりだよ、君の勝ちだ」
「あ…」
俺はあまりにも修羅場ばかりを潜っていた為か、相手が”降参する”というモノは、こちらの油断を誘うモノと勘違いをしていた。
立会人がいる中での勝負なのだから、相手が降参をすれば終わりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勝敗は決し、アムさんや他の者は去って行き、いま庭に居るのは俺と霧島だけ。
もしかすると、話しやすいように気を使ってくれたのかもしれない。
「ふ~、負けましたよ陣内先輩。まさか初見であのWSを防がれるとは思っていませんでしたよ」
『倒せる自信があったのにな~』と、呟く勇者霧島。
確かに実際危なかった。
あのWSは、放出系のWSの中でかなり特殊なタイプだと判断が出来た。
斧系WSに、”ナブラ”と言う放出系WSがある。
そのWSは、他の放出系WSとは違い、斬撃などを飛ばすタイプではなく、任意の位置に3本の斧を発生させて斬り付けるWS。
威力も高く、なかなか使える放出系WSだが、後ろに下がるか、前に出るかで容易に回避することが出来た。
だが今の”ヘキササイズ”は違っていた。
6本の黒い鎌の斬撃は、中心の獲物を逃がさないのが目的であった。
動かなければ当たらないが、動けば切り裂く、そんな攻撃。そしてその6本の刃が六芒星を描き、そこから本命の一撃が放たれるWSであった。
今までに無いタイプのWSだった。
――あぶなかった…
この木刀が無かったらマジでヤバかったな、
防いだから喰らった訳じゃないけど、あのプレッシャーは‥
あのWSは、勇者霧島が勝てるという自信を持つのもおかしくない程の性能を持っていた。
この木刀が無ければどうなっていたかと冷や汗が出る。
内心、冷や冷やしている俺に、勇者霧島が話を続ける。
「ラティさんの件は諦めますよ、それと陣内先輩の強さも見れましたし、これはこれで良かったかな? ホントにお芝居通りなんですね陣内先輩って――」
俺を突然ベタ褒めし出す勇者霧島。
芝居と同じであったことを嬉しそうに語っている時――
「――やっぱり嘘だったんだな~、あの先輩が言っていた事って」
「ん? 先輩…誰だ?」
( 誰だ? 八十神か?それとも椎名か? まさか… )
「北原先輩ですよ、ちょっと変な感じな雰囲気でしたから、勿論、信じてなんていなかったんですけどね。あの北原先輩って、陣内先輩のことを目の敵にしていませんか?」
「ッ!? おい何処で会った!? アイツ、北原と何処で!」
俺は霧島を問い詰めた。
肩をガックンガックン揺さぶり、『さぁ吐け!』と脅しながら。
そして吐き出させた情報は、判断に迷うモノであった。
まず、北原と会った場所は中央の城。
勇者達は中央の城下町によると、大体が城まで挨拶に行くものらしい。
その城の前で北原と出会ったのだと言う、そしてその時に、挨拶程度の会話を交わす中、例の芝居の話が出て、俺の名前に北原が過剰に反応したのだと。
その挨拶程度の会話とは、なんと北原が勇者霧島を勧誘してきて、自分の仲間にならないかと聞いて来たのだと言う。
だが霧島は、その言動と奴の様子に不安を感じ、その誘いは断ったと俺に告げた。
例の芝居の話も、北原の勧誘を断る為、話を逸らすのが目的でその話題を振ったそうだ。だがその時に、俺の名前が出ると奴はムキになって否定し始めたのだと。
「なんか変だったんですよね~、陣内先輩は弱いやクズだとか色々と、もう言っている事がおかしくて…、何か悪い薬でも使っているようでしたよ」
「なるほど‥、で、どんな事を他に言っていたんだ? その勧誘とかも」
俺は少しでも情報を集める為に、もっと詳しく霧島に訊ねた。
すると――
「あ~~そう言えば、ちょっと怖い事を言っていましたね、なんでも勇者を奴隷? 隷属させてやるから、お前もおれの仲間にならないか?って感じのことを…」
「………」
『そんな物騒なことを言う人の仲間になる訳ないのに‥』と、霧島は言葉を紡ぐ。
勇者の奴隷化、もしそんなモノが本当にあるのなら、既に俺達は最初の時点で奴隷化をされていてもおかしくはない。
仮に奴隷の首輪を付けたとしても、勇者達ならば簡単に引き千切れるだろうし、やはりどう考えても拘束力は弱い。
だが、北原の妄言として一蹴するのは軽率な気もした。
それから聞き出せるだけ聞き出し、俺は霧島と別れた。
なんとなくだが、霧島はラティから話を聞けるとは思ってはおらず、それよりも俺との戦闘が目的であったかのように感じた。
俺の強さを測るのが目的ではなく、俺との戦闘で何かを掴み、それを芝居の演技に生かす為に。
なんとなく、そんな気がした。
霧島との話が付いたので、俺は取り敢えず深淵迷宮へと向かった。
霧島は芝居小屋へと帰っていった。
俺は深淵迷宮に向かいながら、霧島から聞いた情報を思い返していた。
何をしようとしているのかは不明だが、北原は何かの計画を立てているのであろうと。
奴は腐っても勇者なのだから、普通に協力者が居てもおかしくない。
そう例えば、城の前で姿を現したのであれば、宰相のギームルなど。
真相は分からないが、北原とギームルは一度だけ、手を組んだようなことしている。
もしかすると、ただの偶然かもしれないが――
そんなことを考えつつ、上の空で歩いていると、突然何かが俺の足元にやってきた。
白い毛玉とも言えるナニか、そしてよく見ればそれは白い子犬だった。
「犬…?」
俺の足元にじゃれつく白い獣に目を向ける。
今にも『デシ』と、言いそうな外見。
たが、じゃれつきまくっているのに、一切の音を立てない不思議な犬。
足音すら立てない不思議な犬を見下ろしていると、不意に呼ばれた。
「ヨウちゃん! 飛び出したら駄目でしょ」
――へ? え? おれぇ?
ヨウちゃんって…え?あれ?
一瞬だけ混乱する。
そもそも俺のことを、『陽ちゃん』と呼ぶのはお母さんだけ。
だが今、まるで幼子を叱る様な声が聞こえ、俺の名が呼ばれていた。
困惑する中、俺はその声の主の方へ顔を向けると其処には――
「もうっ、ヨウちゃんダメでしょ一人で勝手に行っちゃったら、なんで急に――ッえ!? 陣内君!? あれ、え…、えっと…」
俺の視界先には、女神の勇者言葉沙織が立っていた。
そして俺の足元には、竜の巣で拾った子竜がじゃれついていたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想やご質問などなど頂けましたら嬉しい限りです。
それと誤字などのご指摘も頂けましたら、幸いです。(無いのが一番なのですが‥




