劇場の勇者
ちょっと迷走中~
俺達は三人で芝居を観に行った。
その内容は、若干アレだった。
普通に楽しめたとも言えるが、物語がおざなりだった。
ストーリーには深みなど一切なく、清々しい程に浅かった。
ただ、人気だけは高かった。
確かに、殺陣ともいえるアクション系の動きは観ていて楽しめた。
だが、この芝居の人気の理由は別にあった。
それは――
「是非一度会いたかったんですよ」
「前に城で会ってんだろ‥」
「アレは…ノーカンでお願いします、思わず笑ってしまったことは謝ります。あの場の空気に飲まれてしまって、本当にスイマセンでした」
「‥‥‥」
( お前、あの時に笑ってたのかよ )
俺はつい顔を顰めてしまう。
召喚された初日の事は、本当に忘れてしまいたい出来事だったのだから。
その後、場所を移し公爵家の離れに戻った。さすがに勇者は目立つので、周りの通行人が騒ぎ出したのだ。
公爵家に戻ると、『また勇者を連れて来て…』と、アムさんに呟かれる。
きっとまた厄介ごとを持って来たと思われたのだろう。
加藤の件があるので、確かになんとも言えないが‥
その後、俺達は公爵家の離れの客間にて、何故、勇者霧島は俺を追って来たのか、その訳を彼から聞いた。
どうやら勇者霧島は、勇者としての役目をこなしつつ、今は芝居の役者もしているらしい。
元から演劇部で活動をしていたのだが、今回の召喚に巻き込まれ、勇者としての役目を期待されていたのだが、どうしても演劇が忘れられず、舞台に立ったのだと言う。
勇者霧島を支援している貴族は、上級男爵のポテト男爵。
ボレアスの一番東側に領地を持つ貴族だそうで、そのポテト男爵はその霧島の思いに理解を示し、役者としての活動も認めてくれたそうだ。
そして北と東で勇者としての活動をこなし、それと同時に舞台でも頑張っていたと。
そんな彼が遠征で西に向かった時、ある芝居と出会ったのだと言う。
あの”狼人売りの奴隷商”と――
「それで、会いたかったんですよ陣内先輩」
「まぁ確かに俺らしいな、あの物語のモデルは…勘弁してほしいが‥」
――今は‥もう違うけどな…
あの芝居を利用してでも俺は…
いつか、
「で、俺になんの用が? まさかサインでも欲しいって訳じゃないだろ?」
「はい違いますね、とてもお聞きしたいことがあるんです」
勇者霧島は、少し幼く可愛らしい印象を与える容姿だが、今はそれを引っ込め真摯な面持ちで俺を見つめ、そして次にラティを一瞥する。
「あ~~、ラティ、サリオ。悪いけど部屋の外に…ちょっと席を外してくれ」
「はい、では外で見張りをしていますねぇ」
「あ、あたしはモモちゃんの所に行ってくるです」
俺の言葉に素直に従う二人、戸惑う事無く扉を開けて部屋を出て行く。
そしてその扉が閉じるのを確認してから俺は口を開く。
「んで、マジな顔して何を聞きたいんだ‥」
勇者霧島は本当に真剣な表情をしていた。
さっき初めて話した程度の仲だが、こんな真剣な顔を簡単に見せるタイプではないと思った。もっと温和な、基本的に笑顔で居るような奴だろうと。
だからそこ――
――聞きたい事ってなんだ?
俺に示すようにして、ラティを見たよなコイツ‥
はっ! まさか【蒼狼】のことか!?
俺は直感で、嫌な予感を感じ取っていた。
コイツの言葉を、ラティに聞かせてはならないと――
「あの芝居を観て思ったんですよ、陣内先輩って、ラティさんの事が好きですよね?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」
「ああ、イイんです、隠さなくても判りますから」
「えっと…」
「先程、本人を見て分かりました、ああボクの判断は間違っていなかったと」
「いや、えっと‥」
――普通に恥ずかしいっ
いや、ラティは好きだけど、うん、好きだけど、
正面からこんな事を言われるとなんか小っ恥ずかしいっ!
飛んで来たのは言葉、予想よりも斜め上に、そして軸もズラした別次元に厄介な言葉であった。
俺がその言葉に適切な対応を出来ずにいると、その反応に霧島は満足な表情を見せ、そして次の一撃を放ってくる。
「それとですね、その事も含めてラティさんにお聞きしたいんです」
「――――は?」
「ボクは知りたいんです、あの言葉の意味を、あの態度の意味を‥」
「なにを言って‥」
『深く知りたい』『何故、あの言葉なのか』そんなことをブツブツと呟く勇者霧島、最初の印象の、人畜無害なイメージは何故か消え去っていた。
「おい、なにを言ってんだ? マジで…」
俺は本気で真意が分からず、霧島にそう訊ねた。
すると――
「なにを言っているんですか陣内先輩! 気にならない訳ないでしょ! 彼女の態度を! あの言葉、『気概は無いのですか』ですよ? 他にも色々とありますが、何故あの言葉なのか…、おかしいと思いませんか? 奴隷である彼女らしくないんですよ、最初は舞台用にセリフを作ったのかと思っていたら、何でも本当に言った言葉なんですよね? シェイクさんがそう言っていたし――」
その後も霧島は、ひたすら疑問を俺にぶつけてきた。
俺は霧島の熱意に押されつつも、彼の言葉に耳を傾け、そして理解した。
この男は演劇馬鹿なのだと。
しかも重度な。
猛烈に語る内容から、コイツ、勇者霧島渚の事が解った。
この後輩である霧島は、普段は普通っぽいのだが、演劇となるとかなり熱くなるタイプらしく、役を演じるにあたり、その役になりきるタイプらしい。
そして、演じるかもしれない、俺の役と――、もしかすると演じるかもしれないラティ役の為に、深い心情と心裏が知りたかったらしい。
俺の役柄は把握出来たのだが、ラティの心情は全く掴めずに困っており、それならば聞いてしまえば良いと行き着いたみたいであった。
だから当然――
「駄目だ断るっ」
「何でですか!? まずは陣内先輩に話を通してからと思って、なので是非ラティさんに聞いてもイイですよね?」
「何が『なので』なんだよ! そんなモンで納得出来るか。つか、別の意味で厄介だな…、お前はラティに近寄るな」
――なんなんだよ勇者って奴らは、
こいつ等って俺を追い詰める為にいるのか?
ラティには、その手の話は厳禁だっての、
ラティの気持ちは何となくだが解かる。
だからこそ、この手の話は絶対に避けたかった。
「ボクは知りたいんですよ、あの『気概』の意味を、それと『ご期待しています』の心情も…、普通なら”信頼しています”って言いますよね」
「知るか! 取り敢えずお前はラティに近寄るな」
その後、約二時間ほどかけて勇者霧島を追い帰したのだった。
閑話休題
その後、夕食を終えて、俺はそのまま食堂でゆったりと考えごとをする。
特に用事の無い時などは、食堂で皆が時間を潰したり会話などをしていた。
そして今日も――
「モモちゃん、最近おっきくなってきたのですよです、バンザーイです!」
「そりゃ育ち盛りだからな――って、おい」
狼人の少年ロウと、モモちゃんをあやしているサリオが会話を交わしていた。
モモちゃんを膝の上に乗せ、両手を取って持ち上げバンザイのポーズを取らせているサリオ。
そしてそれを見て、『妹で遊ぶな』と怒る兄のロウ。
微笑ましい光景。
だが俺は、そんな事よりもグルグルとある思考を巡らせていた。
考えては否定して、また考えては否定をするの繰り返しを。
今日、勇者霧島に問われた問い。
ラティの、”あの時”の心情が気になっていた。
何故だろうと――
今までは気にしなかった、だが一度気になると、もう気になって仕方なかった。
確かにあの時の言葉は、ラティらしくないような気がしていた。
でも何処か、しっくり来るような気持ちもあり、それが延々とグルグルしていたのだった。
そして最後には、ラティにそれを聞くのはおかしいという結論に達し、俺は明日に備えて床に就いた。
そして次の日。
勇者なのに演劇馬鹿なアイツの事を、俺は甘く見ていたと思い知る。
「ジンナイ君、勇者キリシマ様からの要請でな…」
「アムさん、まさか奴がラティに会わせろと‥」
「ああ、”勇者”の立場を使って要請をしてきたんだ」
「おい、それ絶対に勇者として関係ない事だよなっ」
「だが、断る理由が無くてな‥、すまん…」
「‥‥‥」
魔石魔物狩りに向かおうとする俺達をアムさんが呼び止め、そしてそんな内容の話を振ってきたのだった。
アムさん経由であると流石に断り辛く、俺は再び勇者霧島と話す事にした。
しかしラティを霧島に会わすのは色々と危険、ならば何か他に方法が無いかと模索するが良い案は浮かばず、現状を先送りすることに決めた。
俺は再び勇者霧島と、離れの客間にて対峙する。
ラティとサリオには、今日俺は行けないと伝言に向かわせつつ、この演劇馬鹿から物理的に離す。
今日は遅くまで深淵迷宮に潜っていろという指示も出して。
そして俺はこれから、ホントにしょうもない戦いを開始するのであった。
全力で誤魔化す戦いを。
何を誤魔化したら良いのか、自分でも分からない戦いを――
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと誤字脱字なども…
時間無くて中途半端で申し訳ないです;




