夜の葉月
「陣内君、一緒に昼ご飯なんてどうかな?」
「へ?」
勇者葉月の言葉に、『こいつマジか?』っと考えた。
場の空気が悪い中、理不尽だとは思うが、その要因の一つである俺の元に来たのだから、流石におかしいだろうと。
だが同時に引っ掛かる、この葉月はここまで空気の読めない奴だっただろうかと。彼女は学校時代から、所謂学園一番の人気者。
顔が可愛い、見た目が良いだけではその位置には辿り着けない。性格が良い、みんなに優しい、月並みな言葉で言うならば、心が綺麗。
そうで無ければ男性陣はともかく、女性陣にまで慕われる筈がない。
その彼女がコチラにやって来る、タイミングで言えば最悪に近い。
基本的に、学校では一人だった俺とは違い、沢山の友人などに囲まれ、人の感情の機微を読み取れると思われる葉月が、ここでやって来るのには違和感を感じていた。
「あ、もちろん陣内君は抜きでね」
「ほへ?」
思わず俺は、サリオみたいな返事をしてしまっていた。
葉月の、誘って置いてからの謎の切り返し。少しだけニンマリとした顔を覗かせ、葉月はフリーズしている俺を気にすることなく、話の先を続ける。
「うん、分かっているよ、こうやってお話しているのだって駄目なんだよね?」
「‥‥‥」
向き合っている葉月は視線を僅かにズラし、決して後ろを見てはいないが、視線と仕草で後ろの五神樹達を指す。
そして気付くと、葉月の後ろにはエルネまでも来ていた。
無言で葉月を見つめるエルネ。
――これは監視か?
もしくは牽制‥、どちらにしろ見られているか‥
俺は葉月に伝えたい事が出来ていた。
だがそれをいま口にすると、会話を遮るような妨害か、もしくは五神樹を使った妨害をしてくる可能性が侍女のエルネにはあった。
刹那の逡巡。俺はどうするべきか悩んでいると――
「ちょっと息が詰まっちゃうからね、女の子だけでお昼を食べたいな~ってね。だからラティちゃんとサリオちゃんどうかな? 聞いてみてくれるかな陣内君」
「‥‥ああ、ちょっと聞いて話してみるわ」
「うん、ありがとう。流石陣内君」
こうして昼飯時、女子だけは合同の昼食となった。
ロードズ組からは、葉月の他に2名と、侍女のエルネ。
こちらの陣内組からはラティ、サリオ、テイシの3名。
殺伐としたダンジョンに、少し場違いな女子だけの食事会が開かれていた。
勇者の特権【宝箱】から取り出されたのは、これまた場違いな色取り取りなスイーツ。
少しはしゃぐようにして、笑顔でスイーツを振る舞う葉月。
そしてそのスイーツに対して、完全にはしゃぎ食べ漁るサリオ。
僅かながらだが、場の空気が少しだけ霧散していた。目の前で女子が楽しく戯れているのだから、毒気が抜かれる者、その光景に気分を軽くする者。
ギスギスしていた空気は、昼食が終わる頃には緩やかに霧散していき――
「はい、これ美味しいので食べてみて下さいブラッグスさん」
「え‥ハヅキ様…」
昼食が終わる頃を見計らって、葉月は男性陣にまでスイーツを配り始めたのだ。
全く予想だにしていなかったのか、葉月の振る舞いに戸惑うブラッグス。だが、なんとか気を取り戻して、少し震え気味に焼き菓子を受け取る。
手渡すスイーツも、女性向と言うよりも万人向けのモノ。男性が薦められても、問題が無いモノを自ら配っていく。
そして陣内組の方には――
「あの、ご主人様。コチラをハヅキ様から頂きました、皆さまにと」
「貰った、みんなで、食べろって」
「ハヅキ様マジ聖女さんなのですよです」
ラティとテイシが差し出して来たのは、クッキーのような焼き菓子。因みにサリオが持って来た分の焼き菓子は、二人に比べてかなり量が減っていた。
( コイツ、喰いやがったな‥ )
ラティとテイシから、陣内組のメンツに焼き菓子が配られて行く。
サリオも食べながら配っていく。
そして気が付くと、先程までの重い空気は霧散していた。
ただ、一部だけは澱んでいたが――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後は大きなトラブルも無く、今日の魔石魔物狩りは終了する。
隣のロードズ組よりも先に来ていた分、俺達の陣内組の方が先に引き上げる。そして今日は無事に真っ直ぐ公爵家へと戻り、自分の部屋にてラティからある報告を受ける。
「あの、ご主人様、9時だとまだ厳しいので10時以降にして欲しいと」
「了解、それじゃ10時からかな」
「はい」
俺はラティにコッソリと伝言を頼んでいた。
その伝言の内容は、葉月に夜、一人で客間に来て欲しいというモノだ。
俺は完全に警戒されているが、女性であるラティならば、五神樹もそうだが、侍女のエルネも油断するだろうと踏んだのだ。
俺は五神樹の件と、侍女のエルネのことを葉月に話す事を決めていた。ターゲットが俺だけであれば良かったが、ブラッグスはラティにまで飛び火している様子。
ラティが関わって来るのであれば、受け身にならず、早急に改善しようと考え直したのだ。
――少し我慢してれば、
そのウチ何処かに移動すると思っていたけど、もう止めだ、
全部ぶちまける…
藪を突いて五色が暴れるよりは、下手に刺激しないで誤魔化そうと思っていたが、状況は変わっていた。なので俺は、早急に動く準備を開始する。
「よし…、ラティは周囲を見張ってくれ、特にエルネが近寄らないように」
「あの、わたしも客間に御一緒した方が宜しいかと」
「へ? なんで?」
俺の指示に、ラティがとてもとても神妙な顔をして異見する。
「あの、遅い時間に男女が二人だけで部屋に居るというのは、あまり宜しくないかと。仮にそれが知られたりしますと、五神樹様もそうですが、侍女のエルネ様が大変激怒なさるかと‥」
「いや…」
ラティの言い分は理解出来た。
だが、其処まで深刻に捉える必要があるか?とも思える。男女が二人っきりと言っても、何かあれば声を出せば問題は無いし、男側に下衆な下心がある訳でも無い。
正直な所、其処までの問題でも無いし、それに出来ればラティには聞かせたくない話の内容になる恐れもある。
だから――
「ラティ、別にソコまで深刻に――」
「いえ、二人っきりは避けた方が宜しいかと」
俺が言い切る前に一刀両断の一言。
何とも形容しがたい無表情を顔に貼り付けて、なんとラティが否と言ってくる。本能的に逆らえない、そんな空気を纏って前に出る。
「わかった、わかったから、んじゃモモちゃんを同行させる、それなら問題無いよな? モモちゃんが居れば二人っきりにならないよな?」
「…判りました、それならば確かにエルネ様もご納得なされるでしょう」
こうして俺は、勇者葉月と対話をすることとなった。
閑話休題
「陣内君お待たせって、アレ? モモちゃん?」
「ああ、ちょっと訳ありでな…だから気にしないでくれ」
「ぷふぅ~?」
葉月は10時半頃に客間へとやってきた。
彼女が言うには、エルネがなかなか寝てくれず、最終的には気付かれないように、魔法を掛けて寝かし付けて来たと言う。
「良かった、陣内君、私もちょっとお話がしたかったんだ。ここ最近ちょっと色々とあったから‥今日も…」
「なぁ葉月、あの時、昼飯誘ったのはそういう事だろ? 普段なら直接ラティ達を誘う筈だからな。俺に許可を取っても、わざわざ俺にそれを聞いてこいなんて言わないからな」
「うん、だからありがとうね陣内君!」
ニッコリととても良い笑みを浮かべる葉月。
レベルが上がってCHRが強化されている為か、俺は不覚にも少しだけドキリとさせられてしまう。
――ああ、なるほど、
確かにコレはクルな、ラティがいる俺でさえこれなら、
彼女だけを見ろと命令されている五色が夢中になるのも肯けるか‥
俺は一瞬だけ、本当に一瞬だけそう感じていた。
そして別に何かやましい気持ちがある訳ではないが、抱っこしているモモちゃんを撫でて、心の中の何かを仕切り直す。
「あぷぁ~ぷぅ」
「お? 完全に目を覚まして来ちゃったかな? ゴメンなモモちゃん」
夜の微睡の中、コチラの都合で駆りだされたモモちゃん。最初はとろんとしていたが、俺が撫でるとその撫で加減からか、モモちゃんは完全に目を覚ましていた。
目を覚ましたモモちゃんは、『もっともっと』っと顔を俺の胸元にこすり付け、もっと撫でろと要求をしてくる。
「はいはい、うりうり~こっちの耳もうりうりゃ~、ほい逆側もうりうり~」
「あぷぅ~」
とろんとした笑みを浮かべ、眠気とは別な形で目を細めるモモちゃん。
モモちゃんを撫でることに俺が夢中になっていると――
「陣内君…、そのコちょっと、赤ちゃんらしくないほど蕩けたような顔しているんだけど‥平気なの? なんかちょっと心配になってくるんだけど‥」
なんとも失礼な指摘をしてくる葉月。
その彼女は、自分の頭を自分で撫でながらそう言ってきた。
「うん? 俺に撫でられているのが心地良いだけだろ? 自慢じゃないけどほぼ毎日鍛えているからな、ラティで」
( 特に耳の撫で方には自信あるからな )
「ふ、ふ~~ん、ソウナンダ、ソウナンダ」
「あぶぶぅ~」
少し固さを感じさせる声音で返す葉月。
――ミスった!
これはあんまり自慢する事じゃなかったな‥
どう考えても失言だ、
何とも言えぬ空気が漂い始める。
しかし、葉月が先程のような固い声音ではなく、とても落ち着いて澄んだ声音で再び訊ねてくる。浅くはない悲しみの色を混ぜて――
「そのコ、モモちゃんって陣内君が引き取ったんだよね?」
「ああ‥」
「偉いね陣内君って、私も孤児院とか回るから分かるんだそう言うの‥、この異世界は、元の世界と違って魔物に襲われることがあるから…凄く多いんだ両親を亡くす子が」
「そうみたいだな‥」
「だから、少し良かったかなって思うんだ」
「――ッ!?」
――良かっただと!?
ふざけんなっ!モモは、モモはお母さんを…ウルフンさんをっ
一瞬で黒くて赤く熱い、そんな塊のようなモノを腹の中にジリジリと感じる。
僅かだが、モモちゃんを強く抱き締めているのを自覚する。
今でも時折脳裏をよぎる、あの時のあの光景を。
モモとロウに覆い被さり、死しても尚、二人を庇った母親の姿。
そしてそれをピチャピチャと、水音を立てて貪る死体魔物。
思考が負へと引き摺られる。
あの時の不甲斐無い自分をぶん殴りたくなってくる。あと10分、あと10分早ければ、せめて母親だけでも助けられたかもしれないのにと。
そうすればモモとロウに母親を――
「モモちゃん凄く幸せそうな顔しているもん、陣内君に引き取って貰えて」
「―――ッえ!?」
「孤児院を結構回っているけど、私にはこんな笑顔をさせてあげられないから‥ホントに凄いと思うよ、ホントに…」
そう言ってから葉月は前屈みになって少し身を乗り出し、そっと手を伸ばしてモモちゃんを優しく撫でる。
撫でられたモモちゃんは、いつもと違う手の平の感触に驚いたのか、一瞬だけその手を見つめるが、次にはそれを受け入れるようにして目を心地良さげに細めた。
「あ、すっごくサラサラしてて柔らかい」
「ああ、ウチの自慢の子だからな、それは当然だ」
俺の中では、いまだにあの出来事は燻っている。
だけどそれは、いつまでも燻らせていても良いものではない。特にモモちゃんには不要なモノなのだから、燻らせずにしっかりと燃やし、綺麗に残ったモノだけをいつか届けてやれば良い。
二人の両親は、身命を賭して二人を愛していたと。
ふと気付くと、葉月はモモちゃんではなく、俺を見つめていた。
愛しみに満ちた、とても優しい表情。
「――ッ」
俺は心の中を見透かされたような気がして、顔が赤くなるのを感じた。
そしてそれを誤魔化す為に、俺は無理矢理本題へと入る。
「葉月、お前に話しておきたいことがある」
「うん? 何かな陣内君」
「ああ、それはあのユニコーン、エルネさんの事だ」
俺は葉月に全てをぶちまける事にした。
エルネの計画も、五神樹達の思惑も全て。
面倒なこの物語を読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご指摘などコメントにて頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字も…




