駆け巡るアムさん
アムさんが公爵となって次の日、彼はとても忙しそうだった。
具体的に言うと、凄い数の来客だったのだ。
今日は魔石魔物狩りが休みだった為、俺は公爵家の中庭に居た。
庭に居る理由はモモちゃんの散歩。
「お花が綺麗でちゅね~」
「っぷっぷぁ~?」
モモちゃんを抱っこしながら、植えられている花に近づく。
モモちゃんは花に興味を示し、小さな手のひらを懸命に伸ばすが、俺はギリギリで届かない位置をキープして、花には触れさせないようにする。
正しい知識を持っていない俺には、迂闊に花などに触れさせて良いのか判断が出来なかった。何かの本か漫画で読んだのだが、ハチミツは雑菌が多く駄目だとか、猫の舌も不衛生で危険だと書いてあった。
今も不満そうに手を伸ばすモモちゃんには悪いが、そこは諦めて貰う。
そしてふと門の方へ目を向ける。
また何処からか、馬車がやってくる。
馬車を見る限り、お金を持っていそうな相手。
「すげぇな、新しい公爵に挨拶って感じかな‥?」
「うぷぅあぁ~ん」
「あ! モモちゃん駄目! ポイしなさい、ポイ!」
「やぁ~~」
目を離した隙にモモちゃんは花を掴み、そしてそれを口に入れようとしていた。
――コレか!コレがあれか!?
赤ちゃんは目を離すと何でも口に入れるって聞いたけど、
マジでやるのかっ、油断ならねぇぇ!
そんな事をしている間にも、次々と豪華な馬車がやって来る。
そして何故か、青い奴までも――
「やあ、」
「‥‥確かアオウだっけか?」
「その子がいる時は理性的だと聞いてね、少し落ち着いて話がしたい」
「なんだか俺が感情にまかせた、乱暴者みたいな言い回しだな」
「その認識で間違っていないと思うが? 昨日もブラッグスを‥」
「あ~あれか、アレは俺も悪かった、で? 話とは」
「…ふむ、良かった。やはりその子が居ると落ち着ているみたいだね。僕としてはアレはブラッグスが全部悪いと言い出すと思っていたよ」
「ふん‥」
落ち着いた優男、そんな印象の男アオウ。
紳士的な態度――を見せてはいるが、やはり何処か毒のある言い回し。
その青の樹アオウが隣へとやってくる。
「しかし、本当に騒がしいな…」
「うん?騒がしいって、あのひっきりなしにやってくる奴らか?」
何故か忌々しそうに、公爵家にやって来る馬車を見つめるアオウ。
一度すっと瞳を閉じ、開いた時には再び優し気な瞳を取り戻す。
「まあ仕方ないか、公爵が変わったのだから。今までの前公爵と繋がりを持っていた者達にとっては、これは由々しき事態なのでしょうね‥、何の相談も、事前の報告も無しに変わったのだから――」
アオウは何気なく世間話を始める。
どうやら教会の代表五神樹達は今日、この街に住む金持ちや力を持つ者に挨拶周りのようなモノを行っていたそうだ。
だが今日は、ほとんどの所が大慌てで、何処も面会を断られたと。
聖女の葉月は、教会の孤児院に行っており、五神樹達だけでは冷たい対応だったそうだ。
そして予定よりも早めに切り上げ、一度、公爵家に戻ってみれば、俺が目に付いたのだと言う。
「本当に身に沁みましたよ。教会の神子である僕達が挨拶に向かったというのに、新公爵への挨拶の方が優先されるのですからね」
『聖女様が同行していれば違ったのでしょうけどね』っと、暗い表情を隠すことなく、続きを語るアオウ。
どうやら訪問先で無下にされたらしい。
それを聞いて思う。
――ん~、
信者が多いと言っても、大きい街じゃ微妙なのかな?
村人や農民達には絶大な人気が‥って、聞いていたけど‥それと、
そろそろコイツは何を言いに来たんだと、訝しんでいると――
「だからこそ再認識したのですよね」
「へ?」
( 何を? )
「我々、いや教会には聖女ハヅキ様が必要なのだと」
「いや! そこはお前達が努力しろよ! いきなり他力本願かよっ…いあ、神に頼っている宗教としては正しいのか?」
「っふ、馬鹿にしないで貰いですね、最終的には僕が頑張るのですよ」
「ふん、んじゃ具体的には?」
「あぷぁ?」
「僕が聖女ハヅキ様と婚姻を結び、それによって僕が威光を放つのです」
「ひでぇなお前、まともな方かと思ってたけど、別のベクトルで酷いな‥」
最初はイケメンな優男に見えていたが、段々とクズ系のヒモホストに見えてくるアオウ。風になびく青い髪が、何故かアホに見えてくる。
「貴方に理解を求めようと思っていませんよ、ただ‥邪魔だけはしないで頂きたい。聖女ハヅキ様の御心を惑わすような真似は止めてもらいたい」
「だから…だから俺は関係ないだろっ! 勝手に巻き込まれただけだ、お前等のところのエルネ。アイツと話を付けろ」
少し声を荒立ててしまったが、胸元に抱くモモちゃんから、『う~』っと可愛らしい唸り声が聞こえ、俺は慌てて全力で撫でて宥めあやかす。
「モモちゃんゴメンゴメン、ほら何ともないでちゅよ~? ほらほら~」
「ぷぅ? うっうん?」
むずがり出して泣きそうになるモモちゃんを必死で撫で続ける。
ラティを相手に培った、俺の技をすべて注ぎ込む。
心地良いリズム、絶妙な力加減にポイントを押さえた指掻き。
指先だけでなく、指の腹側も使った、掻くと撫でるを両立させた高度にして至高の一掻き。
一掻きごとにモモちゃんの口角は下がり、トロンとした満足そうな表情を浮かべる。そしてふと気付くと――
「あら? アイツ何処行った?」
「あぅ~~」
俺がモモちゃんに夢中になっている間に、青の樹アオウは、いつの間にか去っていた。
閑話休題
その後。
俺はアムさんに呼び出され、彼の愚痴に付き合わされる。
突然居なくなった元ノトス公爵。
彼の置き土産は中々のモノだったそうだ。
アムさん曰く、砂糖に群がる蟻。
もしくは柱に巣食うシロアリ。
アムさんも把握していない部分が、ゾロゾロとやって来たそうだ。
所謂、公共事業のようなモノ。
元の世界で言えば道路、コチラの異世界で言えば石畳の道。それらの仕事を請け負う業者達がやってきて、『今まで通りで行きましょう』や、『先代から約束ごとなので、守って頂きたい』など、かなり好き勝手に言う者や、露骨にすり寄って来る者ばかりだったそうだ。
当然他にも、似たような者が押し寄せて、摩耗したとアムさんは吐く。
短絡的に言えば、全て切ってしまいたい。
だが誰も味方に付けず全て切ると、それはそれでマズイらしい。
仕事が回らない、そして働き手が困るそうだ。
俺に分かり易く、噛み砕いた説明によると。
仕事というモノがあっても、その仕事を行う働き手を纏めるモノや、その仕事が完遂されるように指揮を取る者。
そして、必要な材料を手配する者などが大事らしい。
ただ働き手が居れば良いというモノではなく、野球で例えるならば、監督やマネージャなどが必要だと言う。
その優位性に立ち、胡坐をかいている連中が来ていたのだと。
そんな彼らに対して、アムさんは玉虫色の返事を返し凌いだらしい。
『そんな奴ら、もう切っちまえよ』っと、俺は進言したのだが。
『だから、それを出来る程の人材がいない』そう返された。
何かを判断する能力ではなく、人を纏め、人を動かし、人に正しく仕事を割り振れる人材が必要なのだと言い。そして、それが居ないから困っていると、延々と愚痴に付き合わされた。
アムさんが全部仕切れば良いのにと、俺はそう思っているのだが。
愚痴を聞く限りでは、アムさん一人ではパンクするようだ。
愚痴を全て吐き終えた後、アムさんがポツリと呟く。
「誰か居れば…」
「そればっかりは、レベル上げとかで育つ訳でもないしな‥」
「そうだな‥、ジンナイ君すまないな、公爵となった今、もう気軽に愚痴すらも吐けなくなってな、つい…」
アムさんはノトス公爵となった。
トップだからこそ、きっと気軽な発言などは出来なくなるのだろう。
だから俺は――
「んじゃ友人として、ただの友人として俺に吐けばいいよ、あんまり多いと流石にダルいけどな」
きっと公爵とは、そんなに軽いモノではないのだろう。俺の言っている事を子供の理論だ。
だけど俺はそんな事を言っていた。
「ああ、ありがとう。今度は程ほどにしとくよ」
こうして夜の愚痴大会は終わった。
だが今度は、ここ最近で色々と溜まったストレスや、纏まり切らない気持ちにその他諸々。なんとも頭の隅の方で疼き、心の奥底で、澱のようなモノが燻っている。
エルネの件や五神樹。
完全に俺が巻き込まれた形、しかもタチが悪いことに相手に迷惑を掛けていると自覚しながらの行動。
しかもそれを止める気は無さそう。
俺はベッドに腰を下ろし考える。
「っん‥」
物理で来れば物理で返せる。
しかし、それ以外のモノで来ると、自分には経験が足りなすぎる。
「ぷしゅぅ…」
ならば経験豊富な誰かを頼るなり、もしくは相談をすれば良いのだが。
その相談をしたい相手は、先程話した感じでは、現在もっとも忙しそう。
「――んっ‥」
――もういっその事、
あの五色ども纏めてかかって来ないかな‥
いや駄目か、それじゃぁなんも解決しないか‥
「っんんぅ――」
――現状は様子見だな‥
そのうちまたどっかに行くだろうしアイツらも‥
うん、それで解決だな!
「ラティありがとう、何となくだけど落ち着いたよ」
「あの…、はい、それは何よりです」
俺は心の平穏を取り戻し、すっきりと寝床に就くことが出来た。
そして次の日。
心地良い日差しの届かぬ、深淵迷宮の中。
俺達、陣内組は魔石魔物狩りの最中。
そしてその横には――
「なんでアイツのパーティって、ウチの横を選んで狩りをすんだろ‥」
「ロードズは理解してんだろうな、元陣内組としてウチの強さと安定力を」
「うん? それって‥」
「アイツは当てにしているんだろう、自分達のパーティが危機に陥った時に、それをしっかりと助けてくれそうな俺達、陣内組の強さを」
魔石魔物狩りする俺達の横には、見慣れたパーティがやって来ていた。
しかも、最初に居たパーティを押しのけて。
聖女の勇者葉月と、教会の五神樹を連れた元陣内組のロードズが、俺達の陣内組の横にやって来たのだった。
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