親父
ちょっと短め~時間なくてスイマセン
いま俺が泊まっている屋敷の離れでは、深夜であっても騒がしい時があった。
一つはモモちゃんの夜泣き。
元の世界でもその手の情報は把握していた。
赤ちゃんは夜泣きは大変だと。
時には母親がノイローゼになる程だと聞いた事がある。
だが実際は少し違っていた。
本気でモモちゃんが泣く事は少なく、意外にもすぐ泣き止み、少しすれば静かになっていた。
もしかすると種族差だったり個人差、それと面倒を見ている乳母などの、世話役が優秀なだけなのかもしれないが。
それとは別で、もう一つの騒がしい事があった。
それは夜這いのような行動を起こす、五色共だ。
今、この離れには聖女の勇者葉月が泊まっており、その葉月を目的として、本館の公爵家に泊まっている五色共が、深夜にコッソリと逢いに来たらしい。
ただ、犯人の供述によると。
『本館と離れを間違えたんだ』らしいが、それはうちのラティと、侍女のエルネによって阻止されていた。
そして今日の深夜も――
『――たまたまなの――違うの――』
『――――ハヅキさ――お通し出来ま――――ッ』
『―認めッ――――』
『ちょっと――陣――君――にぃ――』
『駄目です!―――ご主――――は――もう寝ております――』
『――部屋に戻りまし――――ハ――様』
っといった感じに、俺の部屋の近くで、そんな言い争いが聞こえて来ていた。
何故か俺の部屋の近くで、全く以て迷惑な話である。
そんな事があったので、俺は少し寝不足気味となり、起床の時間が何時もよりも遅くなっていた。
「ジンナイ様、早く行きますよですよです」
「あの、少し急ぎませんと遅れてしまいますね」
「ぐ、すまん…」
俺は寝坊をした。
現在の時刻は9時半過ぎ、普段よりも30分ほど遅れている。
俺達は急いでノトスの街の少し南、深淵迷宮がある砦へと向かおうとする。
すると、何やら棘のある声での言い争いが、先から聞こえてくる。
「父上、一体何の用ですか! 今まで別宅から出てこなかったのにっ」
「ふん、今、聖女の勇者様が滞在しておるのだろう? ならばノトス公爵として御挨拶をせねばならんだろうが! で、何処じゃ? 何処に居られるのだ?」
公爵家正門のすぐ中、そこで道を塞ぐようにして二人の男が言い争っていた。
一人は俺の雇い主でもある、公爵代理のアムさん。
そしてもう一人は、そのアムさんの父親ノトス公爵だった。
「もう勇者ハヅキ様は出られました、今日は教会への挨拶周りだとか」
「――っく、遅れたか、ならば夜の夕食時でも招待を‥」
何やら変なやり取りをしている二人。
門番を務めている兵士も困惑の表情を浮かべそれを眺めている。
そしてふとアムさんと目が合う。
すると、目線とアゴ先で、『行ってくれ』と俺に伝えてくる。
――まぁ、なんかしらあるよな思うところが、
よく考えてみれば、長男は俺達を追ったから死んだんだし、
あまり顔は合わさない方がイイか‥
俺は俺なりに察し、小声でこそっと指示を出す。
「ラティ、サリオ行くぞ」
「――」
「――」
俺の小声に、コクリと無言で首を縦に振って返事を返す二人。
俺達はそのまま、そっと横を通り過ぎ去ろうとしたのだが――
「むっ? サリアだと!?」
「ほへ?」
俺の小声に気付き、何故か不思議な反応を見せるノトス公爵。
そしてそのノトス公爵の言葉に、自分が呼ばれたのかと勘違いして顔を向けるサリオ。
本当に不思議そうに、本当になんだろう?っと。
そんな表情を見せたノトス公爵は、まるで無意識に吸い込まれるようにしてサリオの前に歩む。
余りにも無意識な行動だった為に、サリオは全く反応が出来ず無防備に晒してしまう。――ハーフエルフである証、少しだけ長い耳を。
ノトス公爵家敷地内では、一応、気を遣ってラティとサリオはフードを深く被っていた。今では忌避されることは無いが、気を遣う意味でその習慣は残ったままだった。
だが、どんな意図があったのか、ノトス公爵は不躾にもサリオのフードを取った。
そして、サリオの耳の長さと、彼女の顔をマジマジと見つめ――
「サリ…ア?」
「ほえ、えっとあたしはサリオちゃんですよです‥」
今までに感じたことの無い雰囲気。
誰もが動けぬ、そんな空気だった。だが――
「父上! その者達は私が雇っている者です。種族が何であろうと口出しは止めて頂きたい! さ、ジンナイ君、気にせず行ってくれ」
「あ、ああ‥行くぞ二人とも」
「はい、ご主人様」
「はいな、」
俺はアムさんに急かされる様にして公爵家を後にした。――固まって動かなくなっているノトス公爵を横目に見ながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達は若干の遅刻をして深淵迷宮前までやってくる。
既に陣内組は編成は終えており、少し気まずい気分で挨拶を交わす。
大幅な遅れではなかった為か、特に何か言われることはなく、目線と苦笑いだけで許して貰えた。
何時もよりも深淵迷宮に入るのが遅れた為か、通路の奥の方、曲がり角がある近くで魔石魔物狩りを行うこととなる。
「ん~、まぁ仕方ないかこの場所でも、多少は死角が気になるが‥」
「ごめんレプさん、俺が遅れたから‥」
俺は素直に謝罪をする。
全員が遅れない時間として、元から遅めの集合時間にしているにも関わらず、俺の所為で遅れてしまったのだから。
「あの、すいません、やはりわたしが起こしに行けば…」
「いや、起きて来なかった俺が悪いだけだし。それに朝は色々とだから、ホントに気にしないでくれラティ」
朝、起こしに来るというラティの提案を、俺は個人的な理由で突っぱねた。
色々とあるので――
それから、何時もよりも少し遅れてだが魔石魔物狩りを開始する。
置く魔石の数は2個、いつもと変わらずに。
稀に湧く、霊体型の雑魚魔物を俺は木刀で散らし、今日は特にトラブルもなく無事に魔石魔物狩りを終え、俺達は地上へと戻った。
最近では霊体型の魔物が少し増えてきており、未熟なパーティは霊体型の対処を誤り、狩りの陣形を崩すパーティもいると言うが。俺達の場合は、ラティの【索敵】と俺の木刀で全く問題はなかった。
「ん~~、今日もサリオちゃんは頑張ったのです」
「いや、お前はそんな出番は無かっただろ? こっちじゃ、イワオトコとか動き遅い奴が少ないんだから」
ぐぐ~っと背中を反らしながら、いかにも、『仕事をしました』っと、身体を使ってまでアピールするサリオ。
だが実際には、生活魔法”アカリ”要員に近い仕事ぶりだった。
サリオの”アカリ”は、かなりの光量なので複数作れば、暗い地下迷宮内でも外と同じような明るさを確保出来ていた。
俺にとっては当たり前のことだったのだが。
他のメンツに言わせると、かなり優秀な照明らしい。
光量の強さが安定していて、維持の時間も長く、そしてなにより明かりの質が良いのだと皆が言う。
例えるならば、下手な奴の”アカリ”は松明の炎。
明かりが揺らめいたり、光も赤みがかっているそうだ。
だがサリオのは、例えるならば照明の電球。
明かりが揺らぐことがなく、光もお日様のような優しい色調。
今では皆が、サリオに照明役を任せていた。
きっと良い意味で。
そんなサリオを筆頭に、陣内組のメンツが皆、深淵迷宮から出た解放感からか、辺りを見渡すような仕草で身体をほぐす。
首を回す者、肩と腰をグっと回す者。
そしてその中に、ラティまで含まれていた。
普段の彼女ならばそんな事はしない。元から姿勢が良い為か、そういった仕草をしない彼女が、俺のすぐ隣で、ワザとらしくそれを行っていた。
俺はその不自然さに気付き、そっとラティに囁く。
「ラティ、何かあったのか?」
「はい、一人なのですが、ご主人様にかなりの敵意を向けている者がいます」
そしてラティは小声で、『右、後ろ側です』と、敵意の位置を俺に告げる。
俺は首に手を回し、出来るだけ自然に、首を解きほぐすような仕草で右後ろ側に目を向ける。
視界の端にチラっと映るのは黒い奴。
五神樹のブラッグスが立っていた。
一応、出来るだけ目立たないようにしているのか、砦の隅の方でコチラを覗っており、もしかすると奴は、気付かれていないと思っているかもしれない。
だがコチラには、ラティの【心感】がある。
位置処か、敵意までもコチラは察知している。
「ラティ、例のアレで‥」
「はい、ご主人様」
俺は事前に決めて置いたある指示を出す。
そして離れた位置から監視する者に対して、いかにも”一人で先に帰る”っと見えるようなジェスチャーを行い、俺はラティと別れ一人だけで砦を出る。
そしてノトスの街に入り、街の裏側。
人気の無い場所へと向かう。
今は使われていない廃墟となった建物の裏側、其処で俺は足を止め振り向き。
「で、なんの用だ? 黒い奴」
「ふん、お前に黒い奴とか言われたくねぇよ、なんだって聖女様はこんな真っ黒を‥本当はもっと薄かったのに」
俺の後を付けて来た男、五神樹のブラッグスは苛立ちを滲ませ、俺に無茶苦茶な不満をぶつけてきた。
「あの劇! あの芝居でお前が黒い装備に変えていなければ、お前が出ていなければっ!クソ…なんで聖女様は‥」
「へ?」
「オレはお前の所為で…黒い鎧に――ッオレはお前の真似をさせられてんだよ!」
「はいぃ?」
黒くて無口だった男は、突然訳わからないことを口走った。
理由は不明だが。
黒い男は、俺の真似を強要されたと叫んでいたのだった
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