聖女襲来
奴が来る…
アムさんからの、セーラのご懐妊の報告を受け。
俺は激しく嫉妬をしてしまっていた。
どのくらい嫉妬したかと言うと。
――ドガン!――
突然、アムさんの執務室の扉が蹴破られ、そして亜麻色の獣が
「ご主人様! いま激しい嫉妬にまみれて怒りが‥あの? これは?」
「ジンナイ君、これは?」
「ラティ、アムさん…ごめん」
【心感】で俺の嫉妬まみれの怒りを察知したラティが、勢いよく扉を蹴り破って執務室に突入をしてくる程の嫉妬だった。
裸足だが完全武装で駆け込んで来てくれたラティ。
彼女に対してなんとも、大変申し訳ない気持ちになる。
「ラティ、えっとね‥、色々あったんだよ?」
「あの、ご主人様。それではご説明になっておりませんが?」
ラティが無表情で俺を問い詰める。
――マズイマズイマズイ!
黙っていても怒られる、言っても多分、怒られる…
一体どうしたら、考えろっ まだ諦める時間じゃないっ
この窮地を脱する神の一手を‥
「ラティさん、実は、ジンナイ君に――」
( あ‥終わった )
アムさんからの説明により、俺はラティに呆れた様子で怒られた。
『またそのような事で‥』とか『あれほどの嫉妬を出すとは‥』など、チクリチクリと叱られる。
因みに、アムさんには、『【索敵】の効果です』で押し切り、【心感】のことは伏せたままで誤魔化しておいた。
その後、俺とラティは。
勇者上杉と、妊娠してしまったセーラの件で、今後の説明を受けた。
本来は勇者上杉を、陣内組の魔石魔物狩りの時、対霊体用や、保険的な予備戦力として働いて貰う予定だったと言うのだ。
何の理由も無しにその勇者上杉を、彼を支援しているナツイシ伯爵家に戻すというのは、少し不安があるとアムさんは判断していた。
ナツイシ家は、一度、北に唆されやらかしている。なので、勇者というカードを与えるのは危険と判断していたのだ。それと同じ理由で、ナツイシ伯爵を受け継いだジムツーもこちらに確保したままである。
だが、今回の事態は大事なのだと言う。
勇者の子供を身籠るというのは、その勇者を支援している貴族、そしてその領地に住む領民にとっては、大歓迎の出来事。
慣例で言うと、その領地では祭りを行うレベルらしい。
当然、コチラの都合でそれを隠したままでいると、それが発覚した時にはかなりの反感を買うことになるのだとアムさんは言う。
なので多少の不安はあるが、勇者上杉とセーラの二人を一度、ナツイシ領に返さないといけないらしい。
当然、保険としてナツイシ家の領主であるジムツーはノトスに置いたままで。
そして一カ月以内に、勇者上杉とセーラはノトスに戻って来るようにと、そうアムさんは伝えてあるそうだ。
理由は主治医が既にノトスにいるので、それを理由に戻ってくるよう勇者上杉には言っているそうだ。
もし、戻って来なかった時には、『大変ですね』っと。
勇者保護法に引っ掛からない、グレーなゾーンを攻める感じで。
「あ、それでね、勇者ウエスギ様とセーラさんが戻って来たら、今度はジムツーをナツイシ領に帰すよ」
「ああ、それは勇者が引き上げたから、その代わり的な?」
「うん、そんな感じだね、勇者だけ引き上げると不満とか不安が溜まるからね」
「なるほど‥、あ! でもジムツーってレイヤに…」
――そうだよ、
あの二人って結局どうなったんだ?
ジムツーは謝罪出来たのか? それにジムツーはレイヤを‥
「ジンナイ君? 君は気付いてなかったのかい? レイヤはスペシオールと‥」
「――!? あ、だから‥‥、だからあの風呂覗き騒動の時、スペさんは覗きの阻止側に回ったのか、深淵迷宮の時は覗き側だったのに‥」
「君たちは一体何をやっているんだい‥全く」
「あの、アム様、本当にお恥ずかしい限りです…」
話が逸れてしまったが、すぐに戻し続きを話すアムさん。
勇者上杉が、凱旋的な感じでナツイシ領に帰るので、俺に陣内組の魔石魔物狩りに復帰して欲しいと言う。
急激なレベルアップなど、他にも問題はあるが、戦力不足は不味いとの判断だ。
陣内組の指揮をしている後衛役、レプソルさんからの要請でもある。
こうして俺は、二日間の休暇の後、魔石魔物狩りに復帰することとなった。
魔石魔物狩りが出来れば、貯まっている借金を返せるので、俺としても有り難いことである。
そしてアムさんからの話が終わった俺は。
「さてと、ちょっと行って来るかな、」
「あの、ご主人様? どちらに行かれるのですか?」
「うん?ジンナイ君、何か予定でもあったのかい?」
二人とも意外そうな顔をして、俺にそう尋ねてくる。
特に隠す事ではないので、俺はいま出来た予定を二人に話す。
「ああ、ちょっと上杉の奴を祝ってやろうかなっと思って」
「ウエスギ様の件か、うん、行ってあげると良い、きっと喜ぶだろう」
「ご主人様‥、祝って差し上げようとは…立派になられて‥」
「じゃあちょっと上杉を祝ってくるよ」
( 拳で! )
閑話休題
二日後、俺達は上杉とセーラを見送る。
父親になるという自覚なのか、以前よりも落ち着いた雰囲気を纏う上杉。
彼は、17~18才には見えない覚悟の決まった顔つきをしていた。昔の上杉は、ヘラっとした軽い笑みを浮かべていた印象であったが、今は口角を上げ過ぎない、落ち着いた笑みを浮かべる上杉。
「じゃあ、行って来る、俺の抜けた穴はお前が埋めるんだぞ、陣内」
「アホか、陣内組の穴を埋めていたのはお前だろ上杉‥」
軽い冗談を交わし、勇者上杉はセーラの腰に手を回し、彼女を優しく支えながら馬車へと入って行く。
とても良い表情をしている二人。
俺はそれを見て――
――くっそ!
ラティに止められなければ、奴の右頬に祝いの品贈れたのに‥
赤くて腫れあがる祝福の証を‥この拳で…
「あの、ご主人様? 何か不穏な事を考えおりませんでしたか?」
「ラティちゃん、ジンナイ様はいつも不穏な事を考えているよです」
「くう…」
俺は図星を指され、気まずい呻き声を呟きつつ馬車を見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
上杉達を見送った後、俺はモモちゃんと庭で戯れていた。
正確に言うと、俺がモモちゃんを抱っこして百面相を披露しているだけだが。
「あぷぁ~あぷぷぅ、あぷっ」
「お? この顔がお気に入りかモモちゃん? ならもう一度」
ノトス公爵家の中庭。
贅の限りを尽くしたっといった感じの庭ではなく、普通の公園程度の見た目。
だが逆に、その地味さが気楽であり、肩肘を張らずに落ち着いて居られる場所。
そんな中庭で、ベンチに腰をかけての日向ぼっこ。
そしてその隣には――
「実物の方は、こんなにもお優しい方とは、しかも愉快なお人なのですね」
「ナタリアさん、あの劇は盛り過ぎなんですよ、全くシェイクさんは…」
俺の隣に座っているのは、乳母として雇われたナタリアさん。
歳は29才、緩いウェーブがかった明るい茶色の髪、それを桃色のシュシュのような物で髪を一纏めにし、コックコートのような服を着て、仕事をしやすいようにしている、ほんわりとした笑みがとても似合う女性だ。
その彼女の腕の中にも、赤子が一人抱かれている。
乳母というのは、一人でやって来て赤子に授乳するモノだと俺は思っていたのだが、当然、乳母にも子供がいるので、その赤子と一緒に来てくれていた。
ナタリアさんに抱かれている赤ちゃんの名前はラフタリナ。
どうやらナタリアさんは、”狼人売りの奴隷商”の大ファンらしく、あのお芝居を観て、自分の女の子の赤子にラフタリナと名付けたと、そう自慢でもするかのように語っていた。
お芝居でのラティの名前はラフラティナ。
其処から名前を取ったらしい。
俺はモモちゃんを抱っこしつつ、赤子のラフタリナを見つめる。
母親に似た明るい茶色の髪、ぱっちりと開いた瞳の色も明るい茶色。
少し赤みがかった紅茶色のモモちゃんと似ており、俺の中では姉妹のように見えない事もないと思っている。
流石に耳と尻尾の違いは大きいが、なんとなく似ている二人。
そして乳母のナタリアも、姉妹のように愛しんでくれる。
トンの村で、狼人の子だからと授乳を拒否した母親がいたので、どうしてもその辺りを心配してしまっていたのだが、ナタリアは、”狼人売りの奴隷商”のファンというだけの事はあり、狼人だからと忌避するような様子は一切無かった。
日差しも優しく感じる穏やかな一時。
まったりとした空気の中、モモの柔らかな狼耳をカリカリと優しく掻く。
「おぷぉ!おぷぉ、あぷぉ~ぅ」
「おうおう、気持ちいいの? ほれほれ」
続けて反対側の耳もカリカリと掻いてやる。
「うぷぉ~ぅ!」
紅葉のような小さな手のひらを、俺に見せつつパタパタと振るモモちゃん。
「そうかそうか、気持ちいいか」
俺はモモちゃんに話し掛けつつ、少しだけ首を傾げる。
そうすると、今度はモモがそれをマネしてか、『こてん』っと首を横に倒す。
鼻血が出そうになる程の可愛らしい仕草。
しかも頭が重いのか、そのまま元に戻せなくなっている。
「ふぉぉぉ!かわぇぇぇえ!!」
「きゃっぷぅ!ぎゃっぷぅ!」
思わずモモの頬に、自分の頬を摺り寄せる。
――ヤバイ!可愛い!
すっげえええええ、モモちゃん可愛いいい!
思わずあげてしまった奇声に、びっくりしたのか隣のラフタリナがぐずり出す。
「ふっぇぇぇぇ」
「あらあら? びっくりしちゃったのかしら? あ、下も…」
「やべ、ごめんなさい、俺の声でびっくりしちゃったかな?」
「あぷ~あぷ~ぅ?」
「え? モモちゃん俺がカッコいいって? なんて良いコなんだ!」
モモちゃんからの称賛を、心の声として聴いていると、少し呆れた視線を飛ばしつつ、乳母のナタリアが俺に言ってくる。
「ちょっとこのコが、下をしちゃったので、替えてきますね」
「ああ、あ! はい分かりました。替えてあげて下さい」
ナタリアさんは、豊か過ぎる胸元に自分の子ラフタリナを埋め、一礼してから小走りで屋敷の離れへと急ぐ。
「モモちゃんは平気でちゅか~?」
「あぷぅ?」
モモちゃんと二人だけになったので、つい赤ちゃん言葉で話し掛けてしまう。
そんなやりとりをしていると――
「――じょ――がお見えになったぞー!」
「急いでアム様にお知らせしろ~」
「門番の奴はどうしたんだ?」
慌ただしい声が聞こえて来る。
その声音からは、何か危険というモノではなく、誰かが予想外の訪問をしてきて、それで慌てている様子と窺えた。
「誰が来たんでちょうねモモちゃん?」
「ぷぅ?ぷぁぷぷぅ?」
「しょうでしゅか~、じゃぁ見にいきましょうでちゅね~」
俺は見に行きたいと言うモモちゃんに従い、屋敷の正門へと向かう。
そしてその正門では、5色の騎士達と、一人の女性が訪れており。
( ん? あれって‥ )
俺も気付いたのだが、それよりも早く女性の方が――
「あ! 陣内君。久しぶり元気にし、て……」
彼女は俺を見つけ、手をあげて元気よく俺に声を掛けようとしていたのだが。
( あれ? なんか凄い顔つきだぞ‥ )
「――ッ陣内君! いつの間にラティちゃんと子供作ったのよーー!」
「っちょ! はへ!?」
その時、大勢の人が迎える正門で、彼女は大きな声で絶叫していた。
聖女の勇者葉月由香が、とんでもない誤解と共にやって来たのだった。
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あと、誤字脱字なども…