移動移動移動移動移動移動…もうゴールしても、いいよね?
くらいまくす?
状況が激変した。
移動防衛戦に参加してから14日目、ほぼ毎日移動するようになっていた。
「よ~し、あと一か所でこの辺はコンプリートかな、ルイ嬉しい」
「うん、瑠衣。結構回ったね、ほとんどの町に行っているね」
完全に観光が目的になって来ている勇者加藤。
ほぼ周辺の村や町に行っており、まだ一度も襲われていない村だけを残すのみとなっており、用も無いのに、その村へ行きたがっていた。
「おい加藤、遊びじゃねえんだぞ」
「ふん、何よ、この移動防衛戦なんて遊びのようなモンじゃん。アンタだって拓也にだけに戦わせて、後ろでサボってんじゃないのよ」
「この女…、俺の説明まるで聞いていねえな‥」
「陣内サンごめん、僕からも言っておくから‥、ちゃんと僕は分かっているから、この防衛戦で僕達を強くする為に、みんながサポートしてくれていることを」
下元だけはしっかりと理解していた。
彼もレベルが50近くまで上がり、その強くなった分を実感している様子だった。
だが、加藤は酷かった。
レベル自体は下元と共に、加藤も上がっていた。
しかし、それ以外の場所が致命的に酷くなっていた。
少し前の日に、温厚なミズチさんが俺に愚痴を言いに来た程である。
『ジンナイ君、ちょっとあのコ…あの勇者のコ、どうにかならないかな?』
『う、聞きたくないけど、具体的に何があったんですミズチさん?』
『うん、彼女ね、基本的にはこの移動生活に文句とか言わないんだけど、その、常識というか、マナーが酷くてね…』
俺よりも少しだけ年上のミズチさんが、プリプリと可愛らしく怒っていた。
だが、怒っている内容は可愛くなかった。
勇者加藤はこの移動を、旅行か観光のように捉えており、文句は言わないが、人としての協力するべきところを、全く協力しない人間なのだと言う。
寝泊りした小屋は、汚しても掃除などはしない。
食事などに文句は言わないが、食べたらそのまま、片付けなどに協力をしない。
戦闘後の負傷者の助けなども、当然しない。
他にも色々とあるが、取り敢えず彼女はこの集団生活において、全く協力をしないそうだ。他の人に、一切気を使わない。
そして、その極めつけともいえるのが――
『この前ね、私達女性陣がみんなで外に簡易お風呂を作った時があったでしょ? それの後、部屋に戻ったら‥』
『ああ、あったなサリオが我慢出来なくて、地面をくり抜いての即席露天風呂だっけか? あの時は色々と苦労したな、2対11の戦いはキツかったぜ‥レイヤは俺が守るって、スペさんが味方に来なかったらヤバかった』
俺がそう感想を述べていると。
『それでね、そのお風呂の後に女性陣用の部屋に戻ったら‥』
『戻ったら?』
『むわっと、あの臭いが充満していてね、流石にコレはないかな~って、思って』
『ッ加藤ぉぉぉ!アウトォォォォォォ!!』
などがあったのだ。
ナニがあったのかは詳しく詮索はしなかったが、流石に色々と不味い。集団で生活をしている空間で、きっとそういうのは駄目であろう。 個人の部屋でやるべきだ。
勇者加藤は色々とやらかし、そして敵を作っていた。
だがその時、俺は一つの疑問を同時に持っていた。
それは、”勇者の楔”の効果。
勇者の楔の効果により、加藤の我が侭が通り、陣内組は毎日移動していた。
それは加藤が、移動防衛の指示を伝えに来ている役人のような者に、『すぐ移動させろ』と加藤が言っていたからである。
役人のような者は、それを嫌がらずに好意的に捉え、加藤の意志を優先させるかのように、陣内組に移動の指示を出していた。
しかも、一度防衛に行ったことのある村や町の時は、加藤が二度目の訪問を嫌がると、すんなりと移動先が変更され、ひたすら勇者加藤に対して気を使っていた。
だが、ウチの陣内組はその役人とは違っていた。
勇者加藤に対して、盲目的な敬意のようなモノが、陣内組には無かった。
寧ろ今では、軽い嫌悪感まである。
俺個人としては、もっと嫌悪感が出てもおかしくないと思っているのだが、その辺りは、勇者下元の【心響】の効果が効いているらしかった。
下元の説明によると、【心響】の効果とは、心の伝染。
勇者の楔に似たような効果である。
下元の感情が周囲に伝染して、彼の加藤を庇う気持ちが、嫌悪感を薄めているそうだ。これのお陰で、今まで大きなトラブルが無かったと彼は言う。
だが、その嫌悪感は残っており。
まるで、勇者の楔の効果に抵抗しているかのようだった。
陣内組だけ、勇者の楔の効果が薄いと感じられたのだ。
そう、レベルが勇者加藤よりも数段上の、陣内組メンバーだけが。
俺はその日より、少し考えていた。
勇者の楔の効果をレジストしているであろう陣内組のことを。
そしてある仮説を立てた。
ステータスのどれかが、勇者の楔の効果を左右しているのではと。
そして15日目、ある出来事が起きた。
「拓也までそんなこと言うの? 拓也までルイを責めるの?」
「違うよ、ただ瑠衣にもある程度協力して貰いたいから、だからね?」
「イヤよっ! もうこれはお仕置きよね、ちょっとステプレ出して、早くっ!」
「う、うん。はいコレでいい?」
「うん、素直な拓也って好きよ、さて、どれを切って反省して貰おうかしら‥」
加藤の身勝手な素行に対して、とうとう下元が注意をしたのだ。
だが、それは通じずに、何故か逆に反省をさせられる勇者下元。
「今日はまだ戦闘あるし、CHRだけで許してあげようかな」
「瑠衣は優しいね、それなら戦闘に影響無いしね、助かるよ」
そう言ってステータスプレートから、CHRを切り取る加藤。
短剣を取り出し、下元のステータスプレートから、CHRを、WS”ワザキリ”を使用して切り取る。
白く光る短剣が、ステータスプレートから3センチほどの、青い板を切り取り、そしてそれを加藤が短剣を持っていない左手で摘まむ。
「ちゃんと反省してよね拓也」
「ああ、ごめんね瑠衣…」
それを眺め、ドン引きする陣内組。
だが此処で――
「あの、ご主人様、少々気になった事が‥」
「うん? ラティどうした?」
「はい、皆さまの反応がいつもと違うのです、普段なら勇者カトウ様に対して嫌悪感を持つことはあっても、勇者シモモト様には、強い嫌悪感など持つことは無かったのに、今は、勇者カトウ様よりも嫌悪感を向けられているように感じるのです」
ラティは、【心感】の効果により、人の感情の色が見て取れる。
その色合いからラティはそう判断して、そして俺にそれを伝えてくれた。彼女にしてみれば、その感情の動きは、とても驚きであったのだろう。
とても意外そうな、驚きの表情でラティは俺に伝えてくれた。
其処で俺は――
「サリオ、今の勇者下元をどう思う? 率直な感想を言ってくれ」
「ほへ? シモモト様をですかです? えっと普通に‥‥あれ? なんかちょっと…」
『むむむ』っと、顔を顰めるサリオ。
その表情から、俺はある確信を持つ。
「なんかですけど、いつもよりもイヤな感じがしますですねです」
「やっぱりか‥」
今まで検証方法が無かった為、調べようがなかったのだが、俺は自分の仮説が正しいのではと思った。
それは、勇者の楔の効果が、CHRに関係しているという仮説を。
そしてその日の戦闘で、それを証明するようなことが起きた。
防衛戦の時に、いつも通り赤紫色の禍々しいオーラを纏った勇者下元が、いつも通り勇敢に戦っていたのだが、周囲がいつも通りの反応では無かったのだ。
普段であれば、絶え間ない称賛が勇者に送られていた。
陣内組は別だが、他の冒険者達からは、”紅紫の勇者”と呼ばれ、戦闘中であっても勇者下元に対して、称賛の声をかける者がいたのだ。
いつも大袈裟に褒め称えていた冒険者達が、今回は誰も居なかったのだ。
注意しなければ気付かなかったかも知れないが、注意して見れば一目瞭然であり、そして俺は確信を得た。
その日の夜、俺は下元と二人で話をする時間を作った。
目的は二つ。
一つは、勇者加藤にしっかりと注意しろという事。
あの馬鹿女に、ヘタレていないでしっかりと注意をするようにと。
そしてもう一つは、ステータス欠損時のときのこと。
CHR以外にもどの様な効果が出ているのか知りたかったのだ。
深夜に二人で小屋を抜け出し、外で下元と向き合う。
一応ラティには、見えない位置で周囲の警戒をお願いしてある。
「陣内サン、なんですか? 僕に話があるってことですけど‥」
「ちょっと聞きたい事があってな、”ワザキリ”でステータスを切り取られた後ってどんな感じなんだ? それが知りたくてな」
「そんな事ですか? なら簡単に説明出来ますよ」
勇者下元はあからさまにホッとした表情を見せていた。
『なんですか?』っと言ってはいたが、加藤の事で何か言われるのだろうと予想していたのだろう、そしてその事ではなかったので、気分が楽になったのか、下元は饒舌となる。
ステータス欠損時の説明は、本人の言う通り簡単なモノであった。
STRが削られれば、元の世界に居た時と同じ程度の力に戻ると言うのだ。
そしてそのSTRが元に戻れば、元の力に、そのSTRの数値に比例した分の力が増すと言う。
他のステータスも多分同じだと言い。
俺は此処で、一つ確信する。
CHRが無いと、勇者の楔の効果が発揮されないのだろうと。
その根拠は、今日の下元と、そして自分自身。
俺はその確信に、何となくの絶望感を抱いていると、下元が俺に話し掛けてくる。
「陣内サン」
「あ、うん?」
「今日ここに呼び出された時、きっと瑠衣の事だろうなって思っていました」
「ああ、まぁ正直言うとそれもあるな」
「やっぱり、ですよね…、最近の彼女は特に酷い気がしますね」
「今日も無茶言ってたもんな、本当なら今日はトンの村に行く予定だったな」
――マジでふざけやがって、
今日はトンの村で防衛って聞いたから、ウルフンさんに会えると思ったのに、
何が、『同じ村には行きたくな~い』っだよ! ぶん殴るぞ、
俺は腹を立てていた。
またウルフンさんに会えると思っていたからだ。
一度送り届けたあと、再び出会う機会があった、それはトンの村へ防衛戦に向かった時だ。
トンの村で、彼と再び出会い、そして次に会う時は、嫁と子供達も紹介したいと彼は言っていた。生憎とその日は防衛戦が長引き、ウルフンさんの家族の都合もあり、家族達とは会えなかったのだ。
だがウルフンさんは、是非ウチの子達と会って欲しいとお願いされていた。
俺の勝手な憶測だが、きっとウルフンさんは、狼人だろうと差別などしない人間に、自分の子供達に会わせたかったのだろうと思う。
彼からは、そんな思いが感じられたのだ。
そして再び出会えると思っていた機会は、勇者加藤によって潰されていた。
俺はその事を思い出し、隠すことなく忌々しい表情を顕にしていると。
「ごめん陣内サン、明日、朝一でハッキリと瑠衣に言うよ…」
「‥‥まぁ、期待はしないでおくよ‥」
少し棘のある返答を返してしまう。
だがどうしても勇者下元が、自身の彼女である勇者加藤に対して、何かをハッキリと言うっといった光景が全く浮かばなかったのだ。
俺の返答に、少し悔しそうな顔をする下元。
その後は、一言も言葉を交わさずに、寝床である小屋へ戻って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
16日目、俺達は勇者赤城と合流をした。
トンの村の隣にあるイストの村に、総勢60名を超える戦力が集まっていた。
今までの規模からでいうと、約2倍以上の戦力である。
その人数の為か、心に余裕が生まれ、何処場所でも会話が弾んでいた。
何処何処で買える女は質が良いといった下衆っぽモノや、流行りの武器や戦い方、他には、東側で流行の舞台劇の話まで出ていた。
そしてその舞台劇の話には、ウチのサリオが『がぶり』っと喰い付く。
「がぉーーん!がぶりですよです! 最近ジンナイ様は、劇に連れて行ってくれないのですよです」
「そんな暇無かっただけだろうが、」
「陣内君、暇が無いなんて言い訳を使っちゃ駄目だよ、女の子には優しくしないと」
魔物がやって来るまでの間、村の外で待機している俺達。
暇を持て余しているので、その喰い付いたサリオに、勇者赤城が観て来た舞台劇のことを語ってあげていた。
「サリオさん、いま東で流行の舞台劇は、アクションがメインの”剣聖物語”ですね。ほら、聖剣の勇者、椎名君がモデルになっている物語ですよ」
「アクション!?です?」
勇者赤城は嫌な顔一つもせずに、サリオにその劇の解説をする。
”剣聖物語”とは、ストーリーよりも派手な動きで魅せるタイプの劇であり、東側では、このアクションがメインの物が多いと教えてくれていた。
直刀の片手剣と、短めの刀の二刀流をした主人公が、俺達のように防衛戦でバッタバッタと敵を薙ぎ払い、そして村を守り、その村に住む村娘のヒロインとイイ感じになるが、最後にはさっと去って行くっといった感じの物語だと語ってくれた。
聞いた感想としては、よくありそうな王道物。
因みに、”狼人売りの奴隷商”は東ではまだやっていないそうだ。
この話を聞いて俺は、東側ではまだ狼人に対しての差別意識が根深いと感じた。
そしてふと、ウルフンさんの事を思い出す。
村全体が、狼人をあまりよく思っていない空気の感じられた雰囲気。
南側では消えかかっている狼人を差別する雰囲気が、東側ではしっかりと顕在している様子が感じ取れた村。
俺がトンの村がある方向に顔を向けると、それに釣られて隣のラティもトンの村の方へ視線を向け。
「――ッ!? あの、結構な数の魔物がトンの村へ向かっているように見えますねぇ、トンの村の方も中々大変そうです」
「すげぇ、よく見えるなラティ…」
この異世界は天動説。
話が本当であるならば、この異世界は真っ平らしい。
元の世界のように地面が円ではないので、遮蔽物がない限り遠くまで見渡せるのだが、流石に望遠鏡の類がないと遠くは見えない、だがラティはそれが見えたと言う。
もしかすると、【蒼狼】に含まれている効果なのか、ラティはキロ単位で離れている魔物の群れを、その視界に捉えていた。
「どこの冒険者がトンの村を防衛してんだろ…」
俺は本当にそう感じて、ただ呟いただけだった。
本当にたまたま呟いただけ――
「――っあ!? いや、平気だ、きっと誰かが行っている筈だ…」
( え‥ )
――トクン――
その言葉が他の者の言葉であったのなら、俺は気にしなかったかもしれない。
「うん、私は悪くない、悪くない…」
( おい、ちょっと待て… )
――ドクン――
とても嫌な予感がする。
以前にも感じた、背骨を引き抜かれるような、そんな激しい不安感。
「きっと誰かが、派遣されている筈だっ」
( きっとって何だよ! おい‥ )
――ドックン!――
「おい! お前は移動指示の担当もしてたよなっ、なら今、トンの村を防衛している冒険者達は誰だ!? 何人がトンの村に派遣されている!」
「っあう、だって、だって勇者様があっちが嫌だって仰るから、だからだからっ!」
――ズキン!――
俺はその男に掴みかかるようにして聞いていた。
先程から感じていた鼓動が、まるで警報を鳴らすように脈打つ。
「だから、だからああああ! きっと誰か行っている筈なんです‥きっと誰かが」
ほとんど泣き喚くように役人らしき男が叫んだのだった。
――ドックン!――
「おい、まさか‥」
読んで頂きありがとう御座います。
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あと、脱字誤字なども…
 




