ヒス様
この異世界には、勇者保護法というモノがある。
これに違反した者は、厳しく処罰されると教えて貰った。
しかも、ほぼ例外など無いらしく、貴族であろうと違反者は罰せられる。 寧ろ貴族を戒める為にあるような法だと俺は認識している。
勇者保護法違反となれば、この異世界で生きて行くのは絶望的になるのだが。
「おい下元、何でお前が奴隷になってんだよ」
俺は勇者下元の傍により、小声で彼に話し掛ける。
「えっとね陣内サン、解り易く言うと‥、瑠衣に売られちゃって‥」
全然わからんかった。
瑠衣とは、勇者下元拓也の彼女で、そして彼女も召喚された勇者の一人である。
目の前の男下元卓也は俺の同級生。
見た目は好感の持てる容姿で、少し眉が太く、南国系美少年といった感じ。
体つきは細いが、肌が少し浅黒く健康的に見え、性格の方も好感が持てるイイ奴を具現化したような性格。俺もコイツの事を嫌いではない。
だが、そんな彼には一つだけ不可解な事があった。
下元の彼女加藤瑠衣は、見た目は清楚とはほど遠いギャル系、性格もきつく、俺、個人としては嫌なタイプであり、他の男子からも敬遠されているコだった。
個人的には、『何故そのコと?』っと疑問が浮かび、『お前ならもっと他のコと付き合えるだろう』っと思うほどの不釣り合いなカップルだった。
そして勇者下元は、その彼女に売られたと言う。
勇者加藤瑠衣は、かなりヒステリックな所があるが、下元の事を嫌いになって、奴隷として売り飛ばすような女とは思えなかった。何故なら、彼女は下元にベタ惚れだったはずなのだ。
束縛、嫉妬、独占、執着、優越感等々、もし下元にフラれていたら、間違いなくストーカーになっていたであろうと、容易に想像出来る女子だった。
そんな彼女が、下元を奴隷として売り飛ばすとは考えられなかったのだが――
「えっとですね陣内サン。昨日のことなんですけど、ある女の子に僕がちょっと見惚れちゃって、それで瑠衣が怒ってしまい、そのお仕置きとして売られちゃったんです」
「へ? それだけで売られたの? つか、勇者を売るって‥保護法に‥」
俺と下元は小声で会話を交わす。
状況は掴み切れないが、知られるとマズイ内容な気がした。
「はい、保護法に引っ掛かりますね、だから僕も慌てているんですよ、反省する頃には買い戻しに来るって瑠衣は言っていたんですけど‥」
やはり加藤瑠衣はぶっ飛んでいた。
学校の時から危険な香りはしていたが、本気で危険な奴だった。
だが今は、それよりも気になる事が――
「なぁ、勇者って奴隷として売れるのか? 普通に拒否されそうな気するんだけど」
俺は其処に違和感を感じていた。
勇者保護法があるのだから、売る方もそうだが、買い取る方だって罰せられるはずだと。ならば、奴隷商だって勇者を奴隷として買い取る筈が無いと思っていたのだが。
「陣内サン、僕のステータスを【鑑定】して見てください」
「‥‥できねぇよ」
「あ、そうでしたね‥すいません、いまステプレを出しますから見てください」
「ああ、」
俺は下元が表示したステータスプレートを、鉄格子を挟んで覗く。
ステータス
名前 元 也
【職業】
【レベル】 2
【SP】176/176
【MP】
【STR】
【DEX】110
【VIT】
【AGI】
【INT】
【MND】 82
【CHR】110
【固有能力】【 】【 】【 】【剣 】【直感】【心響】【 眼】【体 】【 錬】
【魔法】雷系 風系 火系 聖系 水系 系
【EX】
【パーティ】
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「へ?」
下元のステータスは色々とおかしかった。
「なんだこれ? なんで空白の部分が?」
「はい、瑠衣に切り取られたんで」
「へ?」
下元は手短に説明してくれる。
ステータスの空白の部分は、瑠衣が持つ短剣WS”ワザキリ”というモノで切り取られ、空白になってしまっているのだと。
そして職業欄の勇者が空白なのを利用して、加藤瑠衣は下元を奴隷として売ったと、そしてその価格は金貨7枚。
「安い方だな‥」
俺は下元の売値を見て、思わず呟いてしまう。
その呟きを拾うのは――
「はい、その奴隷は【欠け者】ですからね、だからお安くなっております」
「えっと、奴隷商さん、そのかけものってのは?」
「おや?ご存知無い――」
奴隷商は【欠け者】の事を説明してくれる。
【欠け者】とは、生まれた時から文字通りステータスが欠けた者のことだった。
ステータスが空白とは、そのステータスの恩恵が無い事を意味しており、レベルが上がっても欠けたステータスは強化されず、酷いハンディキャップがあるのだと言う。
当然、奴隷としての価値も酷く下がり、価格も下がるのだと説明してくれた。
「おい下元、お前はとんでもなく弱体化したんじゃ? これ平気なのか?」
「あ、うん平気だよ、時間が経てば元に戻るし、って! だからマズイんですよ! 早くしないと僕が勇ッ‥‥だってバレてしまう、そうなったら大変な事に‥」
小声のままで、器用に慌てる下元。
そして俺は、その慌てる理由がすぐに理解出来た。
目の前のステーテスプレートの、【STR】の横に、98という文字が浮かんで来ていたのだ。
「もう時間切れかもしれないです」
「マジかよっ!?」
このままでは大事になる。
勇者が奴隷として売られているのだ、売った方も買った方もきっと罰せられるであろう。そして、それを目の前で見ていた俺も罰せられる可能性まである。
ギームルに知られれば、これをネタに、俺を勇者保護法違反にされる可能性が頭をかすめた。
「奴隷商! この男を買う! 今すぐ売ってくれぇ」
俺は全力で隠蔽に走ったのだった。
閑話休題
「助かったよ陣内サン、本当にありがとう」
「いや、いいよ‥、それより買い戻しの金、金貨10枚返せよ」
「えっと、僕の買い取り金貨7枚だったよね? まあ仕方ないか」
俺達は今、奴隷商から少し離れた、人目につきにくい場所に来ていた。
俺は下元を買い取り、すぐに奴隷解放の契約を行い首輪を外して、即逃げるようにして奴隷商の館を後にした。 外に出るとすぐに下元のステータスが復帰し、それに伴い【宝箱】が再び使えるようになり、今は【宝箱】から服や装備品を取り出して、下元が着替えをしている。
「なぁ、そのステータスを切り取るWSって凄すぎないか?」
俺は物陰で隠れて着替えをしている下元に話し掛ける。ラティとサリオは周囲の見張りしていて、今は下元と二人だけ。
「えっとですね、ステータスプレートを切り付けるから、相手がステータスプレート出していないと効果ないし、そもそも魔物相手だと全く使えないWSだからなんとも‥」
どうやら使い辛いWSのようだった。
「でも本当に助かったよ、これで勇者だなんてバレたら瑠衣が罰せられるところだったよ、本当にありがとう陣内サン」
「個人的には、あの奴隷商は罰せられて欲しいけど、流石に死なれるのはな‥」
( いくら何でも寝覚めが悪い )
俺と下元がそんな会話を交わしていると、見張りをしていたラティが――
「ご主人様! 誰か此方に来ます、なんと言うか物凄い感情を放って‥」
「む!? 誰だ?まさか勇者が売っていたことに誰かが気付いたとかか?」
俺は咄嗟にあらゆる可能性を考え、そして身構える。
この人通りから外れた場所へやって来る人間、考え過ぎかもしれないが、用心するに越したことはないのだから。
だが――
「あ、多分‥瑠衣かも‥」
「へ?」
「いた! なんで大人しく待っていないのよ拓也! ルイ心配したんだからね」
やって来たのは、下元が予想した通りの、勇者加藤瑠衣であった。
緩いパーマがかかった髪型に、印象がきつく見える、赤みがかった茶髪。
服装は冒険者というよりも、デザイン性を優先した服装。
武器も持っておらず、どう見ても戦う気構えなどは感じさせない印象。
そんな彼女が、目を三白眼にしつつ、下元に喰ってかかる。
「答えてよ、何でルイを待っていなかったのよ」
「えっと、それはね‥」
「いい訳なんて聞きたくないわ! 素直に反省してよね、ルイ心配したんだからっ、って、アンタ誰? どっかで見たことがあるんですけど」
「この人、ムチャクチャですよです‥‥」
有無も言わさぬ言葉と迫力で、下元を追い立ていた勇者加藤は俺の存在に気付く。だが、俺が誰であるのか忘れている様子で、訝しそうに俺を睨み付ける。
「瑠衣、同級生の陣内サンだよ、一緒にこの異世界に召喚された」
「あ~~、いましたねそういえば、確か勇者枠から除外されたハズレの奴よね?」
――おいっ、久々に聞いたぞハズレとか、
つかこの女、やっぱムカツクな、この異世界でも全く変わってねぇ!
何で下元はコイツと付き合ってんだよ‥
この女とは会話を交わしたくないと思い、俺は無言で通す。
そしてその生まれそうになった、険悪な空気を察知してか、下元が俺と加藤の間に慌てて入ってくる。
「ほら見てよ、ステータスがもう復帰していたんだよ、だから急いで奴隷から抜け出さないと大変な事になるところだったんだよ」
そう言ってステータスプレートを俺達に見せつけてくる下元。
ステータス
名前 下元 拓也
【職業】勇者
【レベル】32
【SP】198/198
【MP】164/164
【STR】 98
【DEX】110
【VIT】 87
【AGI】102
【INT】 95
【MND】 82
【CHR】110
【固有能力】【宝箱】【鑑定】【節約】【剣技】【直感】【心響】【魔眼】【体術】【魔錬】
【魔法】雷系 風系 火系 聖系 水系 氷系
【EX】
【パーティ】
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「って、おい!何でこんなにレベルが低いんだよ!」
――綾杉といいコイツまで、
なんか流行ってんのか低レベルが?
コイツら勇者やる気あんのかよ‥
「えっとね、それを言われると何も言えないな‥」
気まずそうに謝る下元、だが隣の女は違った。
「何よ偉そうに! 拓也と一緒に旅を楽しんだってイイでしょ! こっちは勝手に呼び出された被害者なんだから、ルイ達を引き取った貴族はウザいし、だからソコを抜け出して生徒会の奴のレギおん?ってのに入ってみてもなんか違うし、もうだから嫌になって気ままな二人旅をしていたのよ」
『何か文句ある?』っと凄みながら言ってくる加藤。
俺の目の前にいる二人の勇者は、ある意味、綾杉よりも酷い勇者達だった。
因みに、加藤のレベルは24だった――
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宜しければ、感想やご指摘など頂けましたら、嬉しいです。
それと誤字脱字なども‥




