奴の二つ名は
サリオの競売が開始される。
奴隷商の館の前に設置された台の上に立たされるサリオ。
普段の見慣れたローブは俺の手元にあり、今は、いかにも奴隷といった感じの、安そうな布で作られたみすぼらしい格好をしている。
そして、そのみすぼらしい格好をしたサリオの隣に立つ奴隷商が――
「え~、今からハーフエルフ焔斧の競売を開始いたします!」
奴隷商の宣言から始まり、次にはこの奴隷が売りに出される経緯や、そしてサリオの価値を語り始める。
焔斧の二つ名を持つ奴隷冒険者。
この二つ名は、ノトスでも有名であった。
サリオの説明が始まると、その価値に色めき立つ冒険者達。そして俺を見つめる複数の視線。
ニヤニヤと嗤う者や、興味ありそうに俺を見る者、そして、そして、まるで何かの同士を見つめるような、生暖かい視線。
――おい! ふざけんなっ!
俺はロリコンじゃねえぞ! その仲間を見守るような視線を止めろ!
俺は普通なんだぁ!
俺は叫び出したい衝動を抑え、競売の開始を待つ。
元の世界でも競売というモノは知っている、だが実際の競売というモノには参加などはしたことがなく、競売が開始されると、一気に場の空気に飲まれた。
「金貨5枚っ」
「7枚」
「アホか、ちんたらやってんなよ20枚!」
手を上げながら金貨の枚数を宣言する冒険者達。
一気に当初の10倍以上の価格に跳ね上がり俺は焦る。 が――
「ぎゃぼ~~う! あたしは高いオンナなのですよです~」
「なんかもう見捨てちゃダメかな?」
「あの、いくらなんでもそれは‥」
価格が上がり青ざめる俺とは違い、価格の上昇にウキウキするサリオ。
「おっしゃ、オレは50枚出す!」
「「「「「おおお~~」」」」」」」」
「くそ、ガチで買いに来てる奴かよ‥ってアイツは」
「あの、感情の色を読み取る限りでは‥‥えっと‥」
50枚を宣言した男は、先程俺に、『同士を見つけた』っといった視線を飛ばして来た冒険者であった。
髭面で、40代ほどの男、サリオと並んで立てばきっと親子のように見える、もしくは完全にアウトな感じに見える風貌。
地味にサリオの貞操の危機である。
そしてラティの顔が、先程よりもさらに歪む。
「わしが55枚出す!」
「おい、アイツって有名なアレじゃね?」
「マジか、奴に目を付けられたのか‥‥」
まさにテンプレ的なデブが躍り出た。
汗なのか脂なのか、それをダラダラと顔に流しながら興奮する太い男。
サリオは、エルフの血を引いているだけのことはあり、一応見た目はそれなりに整っている。だからだろうか、その手のガチ勢が喰い付いていたが。
「70枚だ、アイツの魔法は魔石魔物すら一撃で倒すからな」
「「「「おおおおお!?」」」」」」
今度は真っ当な戦力として、焔斧、サリオを見る冒険者が出て来る。
流石に金貨70枚では、割りに合わないと思ったのか、髭とデブは退く気配を見せる。
「ぎゃっぼ~! 金貨70枚のオンナですよ~です」
――あの馬鹿‥
あいつ価格が上がるとマズイっての理解してんのか?
あいつ【理解】持ちだよな‥‥
金貨70枚を超えてからは、価格の上がり方が小刻みになり、ジリジリとした値上がりを見せ始める。
「71枚!」
「こっち73枚」
「74」
「74枚‥銀貨25枚‥」
「「「「セコイ奴キタ」」」」」」
( うるせぇ、安く済ましたいんだよ‥ )
現在、俺の手元のある金貨は128枚。
サリオが個人的に持っていた、金貨14枚も足されている。
狩りの報酬として、少しではあるが俺が渡していた分である。
今回は、サリオ自身の問題なので、全て俺に預けている。
「限界値は128枚か‥」
思わず俺は呟いてしまう。
「あの、わたしも金貨21枚ありますので」
いざとなれば使って下さいとラティが俺に言ってくる。
出来ればその金には手を付けたくないと思っていると――
「金貨100枚だ! 焔斧は俺達のパーティが貰う!」
「「「「おおおおおおおおお」」」」」」
とうとう金貨100枚の大台に乗った。
そしてその金貨100枚を宣言した冒険者達は。
「あ、アイツらって‥」
「はい、レプソル様からご報告をお受けしました、離脱組ですねぇ」
「金貨105枚! 焔斧はウチが貰う」
そして追撃に来たのも、元陣内組であった。
「まじぃ、いつも目の前でサリオの超火力見てたから、他の奴らよりも強さをよく理解しているな‥」
いくら高レベルとはいえ、ハーフエルフに金貨100枚以上出すほどの気概は無い他の冒険者達。だが、元陣内組は違っていた。
彼らは、サリオの超火力を理解していた。
魔石魔物どころか、上位魔石魔物であっても、一撃で葬り去るサリオの価値を。
競り合う元陣内組。
そして金貨120枚まで値上がったところで――
「さてさ~って、ちょっと値上がり緩やかになって来たから、此処で一発、薪をくべましょうかね」
現在競い合っているのは、元陣内組の二人。
此処で欲を出したのか、奴隷商は他にまだ参加者が出て来ないか、発破をかける意味で商品のアピールを開始する。
「焔斧と言えば、そう! 二つ名の由来”炎の斧”! しかもこの焔斧の炎の斧は変幻自在! 大きさを変えられ、最大では30メートルにも達する大斧にも!」
「あれか! 俺も見た見た、魔石魔物暴走事件の時、思いっきり縦にカチ割ってたな、あの一発で状況ひっくり返ったもんな~」
( おい!話を盛り過ぎだ、15メートルが限界だろっ )
俺は思い出す。
ノトスに来た当初、何処かのパーティが魔石魔物を湧かし過ぎて手に負えず、深淵迷宮の出入り口での攻防戦の時、後ろに隠れているケーキ野郎を倒す為、ラティが切り込む道を作る為に、サリオが大きくした炎の斧で突破口を切り開いた時の事。
他の冒険者達も、その時の光景を思い出しているのか、懐かしそうに遠い目をしながらサリオを見つめる。
そして、その状況に気を良くした奴隷商が話を畳み込んで来る
「そうです! あの巨大な炎の斧ならば、防衛戦時の時にも大活躍は間違いなし! 群がる魔物を一瞬にして薙ぎ払い、そしてその戦果は主のモノです!」
サリオの価値を高め、出来るだけ高くして売り込もうと画策する奴隷商。
確かに奴隷商の言う事は正しかった。
狭い地下迷宮よりも、広域を薙ぎ払える魔法は、確かに大規模防衛戦向きである。 だが此処で――
「ほへ? あたし杖無しじゃ、あのおっきい斧作れないですよです」
「え?」
「ジンナイ様が持っている、あの赤い杖、アレが無いと普通の炎の斧しか出せないです、あの杖の補助無しじゃ無理ですよです」
サリオは台の上から、俺が持っている赤い杖を指差す。
その発言に顔が引き攣る奴隷商、だが彼も商売人、すぐに立て直す。
「えっと、そう! 焔斧は攻撃ばかりに目が行きますが、守りも鉄壁! 魔石魔物の攻撃も耐え切る魔法の障壁! これがあれば主である貴方の身の安全も――」
「あう、それもららんちゃんのローブがあるから張れるんです‥‥、あのローブ無しじゃ結界なんて張れないですぅ‥」
俺が手に持つ白いローブを、弱々しく指を差すサリオ。
そしてその俺が持っているローブを、突然【鑑定】し始める周囲の冒険者達。
「なぁオイ、ららんってあのららんか?」
「ああ、【鑑定】で見たけど、このローブって多分…」
「おいおい、赤い杖の方もららん作じゃないか?」
両手を使って四角い手窓を作り、それを使って覗き込み、杖とローブの【鑑定】に夢中になる冒険者。
「ん?ららんさんがどうしたんだろ?」
「あの、なんか変ですねぇ」
切り替わった場の空気に首を傾げる俺とラティ。
そして――
「やっぱそうだ、きっとららん作の、専用付加魔法品だぞ!?」
「マジか、あの悪戯ららんが作った専用付加魔法品かよ!?」
「悪戯の専用付加魔法品って、最低でも金貨100枚はするよな、」
「嗤う彫金師ららんか‥」
「納得したぜ…」
しきりにららんさんの噂話を始める冒険者達。
確かにこの杖とローブは高かった。
当時、激しい値崩れをした魔石を使ったのにもかかわらず、金貨40枚もしたのだから。今の適正価格の魔石で作ろうモノなら、金貨300枚相当の装備品なのだ。
だが今は――
――ぶっはっ!
悪戯のららんって、
そうかそうか、そんなカッコいいい二つ名があったのか、ららんさんには‥
俺はこれをネタに、ららんさんをからかう事を心に決める。
っと、俺が他所の事を考えていると。
「くそ、えっと‥焔斧は高レベル! あのMPは魔力の泉の如し! このMPを生かした回復魔法があればパーティの生命は約束されたよ――」
「回復魔法使えないのです‥‥」
「「「「「え?」」」」」」」
( あれ?みんな知らなかったんだっけ? )
閑話休題
サリオの競売は、奴隷商の自殺点の3連打で幕を閉じた。
いくら超火力であっても、装備品が無いとその威力は発揮されず、回復や補助といった、パーティにとって必須であるモノも使えず、唯一使える補助系魔法の【加速】は、『自爆魔法とか要らねえよ』っと言われる始末。
普段から【加速】を使っている俺は慣れているのだが、普段から【加速】を使い慣れていない奴にとっては、扱い切れず持て余す感覚らしい。
そして結果。
「ほらよ金貨120枚と、銀貨1枚だ」
「…はい、確かに頂きました…」
競売参加者は呆れて皆が帰り、今、奴隷の契約を行う為に、奴隷商の館の中には俺達だけ。
サリオの赤い首輪に指を触れる、そして其処から流れて来る熱い感覚、俺は再びサリオの主となった。
流石に火力だけのハーフエルフに、金貨120枚以上は出せない様子であり。
俺は無事にサリオを買い戻すことが出来たのだが――
「サリオ、当分お前はお小遣い無しだ」
「ぎゃぼう、さすがに仕方ないですよです‥」
激しく落ち込むサリオ、回復魔法も使えない、補助も駄目、そして装備品無しでは力を発揮し切れない現状。普段であれば気にしない事なのだが、今回はそれを突き付けられた形となり、サリオはしょげるように落ち込んでいた。
俺は落ち込むサリオを見下ろしながら。
――はぁ、全く勘違いするなよ、
装備が無ければ、力を発揮出来ないのは皆一緒だろうが、
武器が無くっちゃWSも使えないんだから、
俺は落ち込んでいるサリオを励まそうと思った。
装備が無いと自分はポンコツだと思っているのかもしれないが、逆に装備があれば、あの超火力を十全に発揮出来るのだから、落ち込む必要は無いと声を掛けようとした時――
「あれ?陣内サン」
「へ?」
俺の名前を正確に発音する声。
ただ、”さん”の敬称部分だけが、独特のイントネーション。
元の世界の学校で、何回か呼ばれた覚えがある発音。
心当たりは一人だけ。
「良かった! ちょっと助けてください、このままだと大変な事に…」
「何でお前が‥」
俺から少し離れた檻の中、その中で鉄格子を掴みながら立っている男子。
「何でお前が売られてんだよ、下元 拓也!」
其処には、奴隷として勇者が売りに出されていた。
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