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おてつき

プラスティック・メモリーズを見ていて投稿遅れました。

そしていつもの面倒な話し回です。


 昨日、俺はアキイシ伯爵の屋敷へと担ぎ込まれた。


 理由は単純、俺が倒れたのだ。


 決して油断の出来ない状況ではあったが、アキイシ伯爵が連れて来た脚本家のシェイク、そしてラティの反応、この2点で俺はひとまずアキイシ伯爵を信用した。


 これで気の抜けた俺は、ゴーレムにカウンターで貰った一撃のダメージがぶり返し、そしてそのままぶっ倒れて担ぎ込まれたのだ。



 一度倒れてしまうと、もう立ち上がる事は出来ず。

 俺は大慌てで屋敷に運び込まれ、そして回復魔法をこれでもかと言うほど浴び、そして今は安静の為、客室のベッドに寝かされている。




 俺は横になり、虚ろな意識でふと考える。

 レフト伯爵はどうなるのかと。



 昨日此処に運び込まれ、回復魔法による治療を受けた後、俺はアキイシ伯爵にある説明を受けていた。


 勇者保護法違反を確定させる為に、場合によっては、俺の証言が必要かもしれないという事を。

 

 レフト伯爵が犯した、勇者保護法違反の内容は、勇者の私物化。

 

 勇者とは魔王を討伐する為の存在。

 その勇者達を支援する事はあっても、私的に利用するのは違反行為とされており、レフト伯爵はその勇者、綾杉(あやすぎ)いろはを私物化していた。


 魔物の討伐を勇者に依頼するのは問題無い。これは勇者を鍛える事になり、そして治安の維持や誰かを守る事にも繋がる。

 だがレフト伯爵は違った、アキイシ伯爵がちょっと調べただけでも、色々と出たらしく、綾杉以外にも葉月の名前までも上っていた。


 聖女の勇者、葉月由香(はづきゆか)に私的な依頼をお願いし、彼女には豪邸に住み着いた亡霊の退治を依頼していたというのだ。


 グレーに近いが厳密にいうとそれはアウトらしく、それら罪状を全て纏め、中央の城と西の大貴族ゼピュロス公爵に報告し、勇者保護法違反を確定させると。


 そしてその時にもしかすると、俺に今回の件の証言を求めるかもしれないと、アキイシ伯爵はそう俺に説明をしてきた。



 そして俺はそれを承諾した。

 ただ、城への出頭が必要な場合は拒否すると言っておいた。







           ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 


 

 考え事をしていた俺は、そのまま寝入ってしまっていた。

 ふと目を覚ましたが、疲れの為か、まどろみで頭の中が霞がかったような状態でいると、部屋の中に誰かの気配を感じた。


 ――ん、誰だろ‥

 あ、この気配はラティだな‥あれなんか近い気がする‥

 俺を覗き込んでいるのか‥?



「ご主人様は本当に凄いですねぇ、わたしの無茶な願い、我が侭のような期待にまで‥‥本当に‥ッ」



 ――かぷ――

 ――――はむっ――


 



 思考が停止ではなく、ただ真っ白となった。

 今、何が起きたのか、それを考える事は出来るのだが、考えた事が全て真っ白となり霧散していく。


 上唇と下唇に、順に残った感触。

 しっとりとしていて水気をしっかりと帯び、そしてぷるり柔らかく、しかし、僅かながら奥に芯のある感触。


 それが何であったのか、思い浮かぶモノが一つだけあった。

 自分のはガサツキ、これ程までの感触ではないが、きっとそうであろうと確信の出来る感触、それと一瞬だけ嗅げた、鼻腔の奥をふわっとさせる甘いような日の香り。



 目の前の気配は、スッと引き、そして扉を開けて外に出ていく。

 目は開いていなかったが、声と香りで、先程までラティがこの部屋にいたことは分かった。だが、部屋を見渡しても彼女はいない。


 真っ白になっていた思考が晴れてようやく働き始める。

 今、何が起こったのかを分析し、そして答えを導き出す。

 

 ラティは俺の上唇を食んだのだと、そして次に下唇も食んだのだ。

 口でいうならば、「はむ」っといった感じで。

 


 もうレフト伯爵や、勇者綾杉の事など、本気でどうでもよくなっていた。

 今は頭をフル稼働させ、冷静に状況を分析する。


 ――おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいいい!?

 落ち着け俺! クールになるんだ、冷静にクールに‥‥よし落ち着いた、

 いや、やっぱ無理だ! 今のは一体‥‥



 今のは一体などと心の中で呟いてみたが、何であったのかは理解していた。

 あれは間違いなくラティの唇。

 自分の知識に照らし合わせて言うならば、魚じゃない方のキス。


 ――よしよーし、落ち着け俺、

 今のキスだった、うん、口付けだったよな‥‥

 あ!まさか‥‥



 俺は別の可能性に気付いた。 

 あれは、狼人にとってなにか別の意味を持つモノでは?っと。


 その可能性は十分にあった。

 尻尾を撫でるのにも、色々と意味があったのだ、だから先程のキスのようなモノは、実は何か他の意味を持つモノであり、人間が行う口付けとは違う意味を持つのかもしれないと。

 例えば、早く治るようにっといった、おまじない的なモノであったり、他には体温を測る時に、おでことおでこをくっ付けるような感じで、口と口を付けただけなのかもしれないと。



 再び冷静に分析した結果、聞けば良いという解答に行き着いた。


 

 



          閑話休題(ファーストキスでした)






 軋む身体に鞭を打ち、俺はラティを捜し始める。

 俺とラティはパーティメンバーの位置を示す矢印で、お互いの位置が判るようになっており、俺はそれに従いラティを追ったのだが、当然、相手にも俺の位置が判るので。


「むう、ラティが俺を避けている‥」



 ラティは明らかに俺から逃げていた。

 ある程度の距離になると、彼女はすぐに移動を開始するのだ。しかも、こちらが追えないように屋敷の屋根を飛び越え、【全駆】をフル稼働させて逃げていた。


 パーティだから位置がバレるのだと思い、俺はパーティを解散してラティを追うが、そこで完全に詰んだ。


 相手は【索敵】持ちで【心感】もある、それに引き換え俺には何も無い。

 ラティは俺の居場所を把握出来、俺はラティの居場所が分からない。これは一生追いつく事は出来ないと気付き、俺は追うのを諦めその場に座り込む。


 

 無我夢中でラティを追い走った、アキイシ伯爵家のお屋敷。

 単純な規模で言えば、ノトス公爵家の2~3倍の広さ、そして素人目でも判る、綺麗に手入れが行き届いた中庭。


 俺はその中で、ラティが飛び越えて行ったと思わしき屋根に目を向ける。

 

 二階建ての建物、高さは10メートルは無いと思うが、ラティはこれを軽々と飛び越えて行ったこととなる。


 ――マジで、全駆を自覚してからのラティのチートっぷりが凄いな、

 ゴーレム戦の時は、割れた石畳の破片すらも足場にしてたよなぁ、

 参ったなこれは‥



 俺はラティが越えて行った建物を、一人佇み、ぼーっとしながら眺めていると、その横から声を掛けられる。


「起きたと報告を受けてみれば‥、何をやってんじゃお前さん?」

「あ、アキイシ伯爵‥‥ッ様」


「あ~~、ワシの事はアキイシで良いよ」

「えっと、じゃあアキイシさんで」


 『まぁそれで良いか、』っと言い、俺の隣にやって来るアキイシ伯爵。

 

 その雰囲気は、明らかに何かを告げに来たという気配。

 そして来るであろう、話を待っていると。


「昨日も話した事だが、ちょっと状況が変わってな、それを話しに来たのだ」

「昨日って、レフトと綾杉の事かな?」


「ああ、そうだ‥」



 綺麗で居心地が良い屋敷の中庭、そんな中で俺は、座ったままでアキイシ伯爵の話に耳を傾ける。昨日の反動で立ち続けるのはキツいので、失礼とは思うが座ったままで。


 

「もしかするとなのだが、少し急がんと厄介になるかもしれん」

「うん?急ぐって何を?」


「んむ、分かり易くいうとな、あの勇者様は彼奴の御手付き・・・・かもしれん」

「ん? おてつき? カルタか何か?」




 俺はアキイシ伯爵の言う、『御手付き』の意味が分からなかった。

 だが――


「あ~~あれじゃ、男女の仲って奴だ」

「へ?」




 俺は出来れば知りたくなかった、同級生の性の事情を知ることとなった。

 要は、勇者綾杉(あやすぎ)いろはと、レフト伯爵がヤっているかもしれないという事。




 アキイシ伯爵は俺にある事情を説明をしてくれた。

 

 この異世界の住人達は勇者に、魔王の討伐を願っている。

 そして貴族達もそれを勇者達に願ってはいるが、他の事も願っているという。


 それは――

 男の勇者達には、己が支援する勇者に勇敢な武勲を。

 そして女性の勇者達には、己の子を。


 一瞬、また歴代(馬鹿)共の負の遺産(悪ふざけ)かと思ったが、これはアキイシ伯爵に言わせると、貴族が自分達で根付かせた慣例らしい。

 


 納得は出来ないが、理解は出来てしまった。

 非常に嫌ではあるのだが。

 

 ――ああ、そっか、男は一人で何人もってイケるけど、

 女性の場合は‥‥でもそれって‥



 勇者に己の子を産ませるというのは、貴族達にとって最高のステータスの一つであると、そうアキイシ伯爵は俺に説明し、そして最初の話に戻る。


 俺は察することが出来なかったが、レフト伯爵が狼狽え大騒ぎしていた時、勇者綾杉はそれを泣きそうな顔で見ていたが、アキイシ伯爵の人生経験からいわせると、『あれは惚れた相手が窮地で、それで困りきった時の顔』だと言うのだ。


 俺は思わず、『それなら綾杉が止めに入るなり、盾となって庇うんじゃ?』っと反論したのだが。


 『そんな気概のある奴は、普通、いねえよ』っと返される。



 何回か話が脱線したりしたが、アキイシ伯爵は俺にずばりと言う。


「ゼピュロス公爵の判断を待っていると手遅れになるかもしれん、だからワシと一緒に中央の城に行って証言してくれんか? ワシと一緒なら――」

「――ッ断るっ!」


 俺は言葉を遮り、強い拒否を示した。 



 アキイシ伯爵としては、レフト伯爵が何かをやらかす前にさっさと潰しておきたいらしい。しかしそれを迅速に進める為には、今回の件を俺に証言させる必要があり、それが叶えば速やかに勇者保護法違反を確定し、そしてそれを大義名分として、レフト伯爵家を潰したいと言う。 

 

 だが俺は、中央の城に行ってギームルに会うというのは、とても危険だと思えた。下手をすると、北に送り付けられる可能性も感じた。


 そして先程、ふと思い浮かんだ疑問をアキイシ伯爵に尋ねる。


「えっと話が少し変わるんですけど、勇者保護法って、勇者に手を出すってのは違反行為にならないんですか? もし、えっとその、妊娠とかしたら戦えなくなる訳だし‥それで罪に問えば」


 俺は自分の中で、これはおかしいっと感じた事を尋ねたのだが――


「お前さん、勇者保護法が正義の為にあると思っておるんか?」

「へ? だって魔王を倒す為に、」


「勇者保護法は、貴族達が自分達の為に作ったモンじゃよ?」



 忌々しそうにアキイシ伯爵は語る、勇者保護法の真意を。


 勇者保護法とは、9代目勇者召喚以降に作られた法であり、勇者達に魔王の討伐を確実に達成して貰い、そしてこの異世界を救って貰う為のモノ。

 

 その内容は――

 貴族達が勇者達を利用した、勇者同士の争いが起きないように。戦う戦力である勇者を、しっかりと戦えるように。勇者を自分(貴族)達の都合で決して失わないように。それが勇者保護法の目的であるのだが。それ以外の部分は、意外とガバガバなのだとアキイシ伯爵は言う。


 特に貴族達にとって利がある婚姻関係や勇者の子供、それらはほぼスルーなのだと言う。勿論、強引に関係を迫った場合は、勇者保護法に引っ掛かるが、互いの合意であれば問題は無いと。


 

 そして、勇者召喚から一年が経過した辺りで、その辺りが活性化してくるだろうと、アキイシ伯爵は言葉を付け足す。



 

 アキイシ伯爵の説明を受けて、俺は再び思い出す。

 廃坑の奥で出会った、9代目勇者の仲間イリスさんの言葉を。あれは勇者の楔の事だけの話だと思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれないと。

 


 それから暫くの間、俺はアキイシ伯爵と会話を交わす。

 アキイシ伯爵としては、勇者の子供を盾に、今回の件を不問とされる事を恐れ、今のうちに潰したかったらしい。


 俺には理解出来ない事なのだが、この異世界では勇者に子供を産ませ、そしてその子供を得るというのは、ある意味、伯爵以上の価値があるのだと言う。普段であれば、女性の勇者の支援枠を勝ち取るのは、ほとんどが公爵家であり、伯爵家には滅多にその機会が無いと。



 だが俺は、その話を聞いても城へ行くことは拒否した。

 少々無責任かもしれないが、西貴族でのゴタゴタよりも、自分の身の安全を優先させて貰うこととした。


 

 俺の拒否に、アキイシ伯爵の気分を害しただろうと思っていたのだが。


「まあ~仕方ないか、アイツに睨まれてる訳だしな‥あ!そうじゃった」

「うん? 俺は何を言われても行く気はないですよ」


「いや、それとは別件じゃ。お前さん槍を失ったよな?」

「あぁ、ばっきりと割れたな、新しいの探さないとだ‥大変なんだよな‥」


 ――あ~~忘れてた、

 そうだよ、槍がぶっ壊れたんだ、

 くっそ~~、良い槍って何処にも売ってないんだよな‥



 俺は槍の事を思い出す。

 この異世界では槍はダサい武器。勇者らしくない。勇者達(歴代共)も避けていた。 っという下らない理由で、良い槍がほとんど無かったのだ。

 

 俺はその事も思い出し、頭を抱えていると――


「お前さんよ、ワシ・・から槍を貰わんか?」

「へ?」



「だから、ワシはお前さんに槍を贈りたいのじゃよ」



読んで頂きありがとう御座います。

宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字報告頂けましたら

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