穿つ
俺はこの決闘を受けた。
本来は受ける必要のない、無用な決闘。
情報を聞き出したのだから、逃げても問題は無かった。
だが、状況を整理するに、簡単に逃げて良いモノでは無かった。それは勇者綾杉いろはの存在。
勇者綾杉は、思考や思想が貴族側、どちらかというと貴族に洗脳でもされているのではと思う程、貴族寄りの思考を、そして選民思想的な考えを持っていた。
仮にもしこのまま逃走したとすると、最悪の場合、街全体が追手となる可能性も考えられた。流石に無いとは思うが、勇者の楔の効果は甘く見てはいけない。
なので俺はまず、決闘を受ける選択を取った。
ただ単に逃げると、此方が一方的に悪者とされ、追う側が正義とされてしまう。だからこそ決闘でしっかりと決着を着け、そしてその後で逃げるのであれば、一方的に此方が悪者にされる事はないだろうと思った。
決闘で勝利するのは容易い、俺はそう思っていた。
そして俺はもう一つ、直接の原因ではないが、ラティの両親が殺された要因の一つである、この貴族に一泡吹かせてやりたいと考えていた。
そう、勝つのは楽だろうと、負ける要素などは無いと――
俺はそう慢心していた。
「ご主人様!」
「ジンナイ様!」
ゴーレムに吹き飛ばされ、石畳の上へと叩き付けられ転がされた俺に、ラティとサリオの二人が慌てて駆け寄って来る。
『大丈夫だ』そう心配させないように声を出そうと思ったが、痛みのあまりに声が出ず、それどころか、呼吸すらも激痛に阻まれ、満足に息も出来ぬ状態。
――ッがああああ、痛えぇぇ、
くっそ、呼吸も痛え、瞬きすら痛みを感じんぞ、
もう痛みしか感じられねぇ、
「さあ、負けを認めて貰いましょうかね? 保護対象者達よ」
声も出せず、支えられながら睨み付ける。
――ざっけんな!
まだ生きてんだ、負けなんて認められっかよっ、
「陣内ぃ? アンタねばってもキモぃだけなんだから、さっさと降参しなさいよ」
「誰がぁ、降参なんか‥すっかよ‥‥っがぁぁッ」
身体に走る激痛よりも、今はこのクソ女に見下される事が我慢出来ず、俺は身体の四肢に鞭を打ち、ふらつきながら立ち上がる。
ふらつく俺をサリオが横から支え、ラティは俺を庇うように前に立つ。
構図的には、とても情けない光景。そしてその俺の惨状に気を良くしたレフト伯爵が、再び自慢話と、どうでも良い苦労話を語り始める。
「はっはっはーー! 女に支えられて情けない奴だ、だから言ったのだよ私に勝てないと、私の一番のコレクション、超近接格闘人形ドルアーガ・ザ・バトラーにはな!」
「そうですねレフト様、あたしぃの操るこのコに勝てるはずがないのよ」
互いに自分は凄いと嘯く二人。
それでも時間稼ぎになるのならと、俺はそのまま二人の邪魔をせず、下らない話を続けさせる。
「かなりの金はかかったが、黒い鱗の買い付けにわざわざ向かっただけの価値はあったな、他の勇者様が討伐したという巨竜の鱗、本当に素晴らしい素材だよ」
「ええ、本当だわ。それとその時に商人から無理矢理‥、譲って貰った竜咳石もパナイですよ、【大地の欠片】を使って命令を受ける?場所?の反応がすっごく良くなったんですから、普段よりも倍に動かしやすいですよぉ」
「そうですかそうですか、それは良かったアヤスギ様。その竜咳石は本当に高かったのですよ、まぁそれに見合うだけの価値があってなによりです」
「あ~~でも、竜の喉側の鱗ってのも欲しかったぁ~」
「それだけは、どれほど交渉しても譲らなかったのですよ、あのうだつの上がらない冒険者風情が、このレフト伯爵に譲らないとは、今度会ったら‥」
――橘ぁぁぁぁ!
お前は、此処にいなくても俺の邪魔すんのかよー
お前が売った竜咳石のせいかよっ、あのゴーレムの動きの良さは、
くそっ、‥しかしガレオスさんには感謝だな、
言われて補強した、喉側の鱗を使った忍胴衣だから生きていられた、
俺は心の中で罵りと感謝を同時に行い、次に状況を観察する。
レフト伯爵と勇者綾杉、この二人が自慢話を始めた真意。
綾杉は多分、本気での自慢話。
だがレフト伯爵はちょっと違う、チラチラと時おりこちらを見る視線は勝者の余裕。綾杉の視線は見下すような差別した視線だが、レフト伯爵のは自分達が圧倒的であり、余裕だと見せつけてくる視線だった。
( これは俺の心を折りに来てるって事か? )
レフト伯爵の狙いに見当が付く。
彼は俺に降伏をさせたいのであろう、今すぐに。
それは時間的のモノと、後は戦闘がこのまま激化し、ラティに何かあるのを恐れていると判断出来た。
レフト伯爵はラティを使うと言っていた。
多分、【心感】を使った何かを。だからこそラティを殺さず、その身が欲しいはず、だからこそ自慢話でゴーレムの凄さを語り、俺の心を折りに来たのだろうと。
そしてその予測通り――
「どうだね? これで圧倒的な差を理解出来ただろう? この決闘の負けを潔く認めたらどうかね? これ以上奴隷達に危険を冒させる必要もあるまい」
「断るっ」
( やっぱり狙いはそれか、)
「っく、強情だねえ。ならば少し聞く相手を変えてみるか」
「っな!?」
( お、おい!まさかっ )
「そこの狼人よ、お前が負けを認めないか? そうすれば主の命は助けてやるぞ? 保護されれば主は私に変わるが、その男に、最後の忠義を見せてやったらどうかね?」
『そのような誇り高い忠義があればだがな』っと煽りも織り交ぜ、レフト伯爵はこの決闘の負けを認めろと、ラティに言ってくる。
思わず息が止まる。
一瞬だが頭を過る、最悪の可能性。
ラティが俺の命を守る為に、敗北を認めるという可能性。
確かに命は助かるかもしれない、だがそれは死んでも容認出来る事ではない。
きっと俺の心が死ぬ、そして本当に死ねる自信がある。
もし負けを認めればラティは常に利用され、尻尾を差し出され、読みたくもない心を読まされ、俺以外の奴の心が、彼女の中に流し込まされるという事を強制されるのだ、奴隷の首輪によって。
彼女は俺の心を心地良いと言ってくれた。
そして触れて欲しいとも。
『だから絶対に認めない』そう心に誓う。 と――
( あれ‥? )
俺の心に、何か温かいモノが流れてくるような感覚がする、とても安心出来る何を。
そしてその感覚が正しかったと、確信をする。
「あの、その求めに応じる事は出来ません」
「は? 何を言っているのだね? その男が死んでも構わないとでも?」
真っ直ぐに拒絶の意を示し、相手と向き合っていたラティが俺の方へ振り向く。
「きっと此処でわたしが負けを認めれば、ご主人様は死んでしまいます」
「っは! だから命だけは助けてやろうと言っているではないかっ」
「いいえ、心が死んでしまいます、そしてそれは死に繋がります」
「何を馬鹿なことを、それにこのままでは死――」
「――ッいいえそれは違います!」
ラティはレフト伯爵の言葉を遮り、否定を宣言する。
そして俺を見つめ――
「ヨーイチ様がこの状況を打破します、わたしはそう、ご期待しております」
彼女の目には、”我が主たる気概”をと、そして言葉からは期待をと。
字面だけなら上から目線、だが、その瞳と声音は全く別のモノ、心の底からの想い、感情の芯の部分からの言葉であり、そして願い。
それは男を滾らせるモノだった。
心底惚れた相手にその瞳を向けられ、期待していると言葉をかけられる、これでたぎらない男は絶対にいない。
もし、たぎらない男がいるのであれば、そいつは男ではない。そう断言出来る。
そんな想いが身体を駆け巡り、奮い立つ。
「さぁ、再開しようか決闘を」
「陣内っアンタ馬鹿なの? このコに勝てる訳ないでしょ!」
「やってみないとわかんねえだろ、色々と工夫とかよ」
「何よそれ、あ!判った、あたしぃを狙うのね? 残念ね、こっちには二つの視界があるのよ? あたしぃとこのコの視界が、だからあたしぃの目潰しとかしてなんとかなると思ってんの? それともまさか、直接あたしぃを狙うの? この護衛がいる中で!」
勇者綾杉は騒ぎ続けた。
兵士らしき者達を自分の前に配置し、ゴーレムの視線でも見れるから視界を遮っても意味はないと豪語し、黒い鱗もあるから絶対に勝てないと自信を持って宣言をしてくる。
――なるほどな、
ゴーレム視点と綾杉本人の視点があるから、さっきのは気付かれたのか、
ゴーレムの陰に隠れて突撃したけど、防がれた謎が解けたぜ、
俺は防がれてしまった突撃の時、ある違和感を感じていた。
ラティを追う動きから、綾杉はテーブルの上、俯瞰した視線で見ていることは分かった。そうでなくては、ラティの迅盾の動きに惑わされるはずだから。
だから俺は、ゴーレムの陰から突撃し、死角をついたつもりでもいた。
並列思考に高速思考、それがあっても見えなければ防げるはずはないと。しかし、綾杉には死角が無い状態だった。
並列思考の恩恵で、きっと二つの視点を見ても混乱せずに処理が出来、そして高速思考で素早い判断も出来る。
一見無敵に思えるが――
――中身がポンコツのはずだ、
高性能のパソコンでも、使い手がポンコツなら、
アイツは頭が悪そうだから‥
俺はサリオに小声で、二つの指示を出す。
俺の指示をすぐさま理解し、小さく『はいです』と肯くサリオ。
サリオに髪留めの付加魔法品と回復の指輪、それと木刀も預け、俺は槍の一本のみで構えを取る。
「あっれ~~?またやろうっての? この最下位野郎が、あたしぃの絶対の自信でもある、このコを倒せるとでも~? アハハッ無理無理」
槍を構えた俺を馬鹿にし、見下しながら嗤笑する勇者綾杉。
俺はそれを一瞥し――
「ああ、お前のその絶対的な自信を、俺が穿つ」
俺は重心を下げる、気付くと先程までの激痛は消え失せ、その激痛が力に変換されたのではと思う程に力が沸き上がり。痛みのあまりに、よく見えない白色不透明になっていた視界も鮮明となり、今は、ある一点に意識を集中させた。
目の前のゴーレムを倒すことのみに。
「何をそんなにムキになっているのか、全く理解出来んな? 保護してやると言っているのだよ? ちょっとその狼人の奴隷と離れるだけだろうが、」
( テメェには理解できねぇよ、)
「あ~~やだやだ、これだからモテない奴は余裕がないのよね」
( お前には理解されたくねえよ、)
俺を煽るように囀る二人。
自分たちの優位性を疑わず、俺に敗北を要求してくる。
「だ~~か~~ら~~、何をやっても無駄だっていッ――え?」
――ザグッ!!――
深々とゴーレムの左脚の付け根に突き刺さる槍。
距離にして6メートル、その距離を一瞬にして詰め、俺は槍を突き立てたのだ。
「ええ?はぁ!?」
「馬鹿な!?」
今までにない速度を乗せて深く突き立てた槍。
俺は穿った突破口を更に広げる為、その手に持つ槍を強く捻る。
――ッバキ!!――
――ボッゴッ!!――
役目を果たし、砕け折れる歴戦の槍。
そしてその槍に、つられるようにして砕け落ちる左脚。
ラティの付けた小さな抉り跡は、俺の一撃により大きく裂け、そして左脚を切り離したのだった。
「なんで!?なんで!なんでよおおおお!?」
答えは簡単、俺は先程と同じ、加速支援系の魔法を掛けて貰っていた。
勿論、気付かれぬように、風の色を透明に調整した”ヘイストゥ”を。
俺は魔法抵抗値が0である、なのでどんな魔法であろうと強く効く、攻撃も防御も回復も全てが。
魔法防御を上げる為の、王女様に貰った髪飾りの付加魔法品を外し、回復の指輪も取り、そして魔法を弾く木刀も手放して、俺は少しでも魔法抵抗値を下げた。
その状態で力を抜き、魔法の全てを受け入れ、今度はリミッター無しの【加速】。
【加速】後の反動も考慮しない全力の【加速】。
そしてその結果、綾杉の反応速度を上回り、槍を突き立てのだ。
「なんで!そんな速く!? さっき騙したのね! この卑怯者!」
「サリオォォォ! 次寄越せー!」
「はいなのです!」
サリオに出したもう一つの指示は、追撃の用意。
「炎系魔法、”焔の槍”! えいです!」
サリオは作り出した白く光り輝き燃える槍を、放り投げて俺へトスをする。
そして俺はそれを受け取り、
「っだっしゃーー!」
「きゃあああ! 陣内アンタなんてことを!?」
脚を切り離され、バランスを崩しふらつくゴーレムへ、たった今、切り離された脚の断面へと槍を捻じ込んだ。
魔法で作られた槍はスッと中へ吸い込まれて行き、そして一気に弾ける。
ゴーレムの隙間という隙間から、白く光る炎が噴き出し次々と亀裂を広げ、そしてゴーレムを黒から白へと染め上げていく。
「ああああああああ!? まだよ! 耐えなさいドルアーガ!」
「そうです! アヤスギ様、耐えさせるのですゴーレムをっ」
ゴーレムは不格好ながら片足で立ち続け、まるで身体が弾けぬよう4本の腕で己を掻き抱く。
その白く燃えるゴーレムへ、俺は前髪を焼き焦がしつつ肉薄し。
「ファランクス!」
目の前の3メートルを超えるゴーレムのドルアーガ。それが今、20メートルを超える光の柱を上げて、真上へと爆散したのであった。
読んで頂きありがとう御座いました。
あっさりと終わるハズが、ダラダラとしてしまいました‥
宜しければ、ご感想やご意見など頂けましたら、嬉しいです。
それと誤字脱字なども、