表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

169/690

穿つ

 俺はこの決闘を受けた。


 本来は受ける必要のない、無用な決闘。

 情報を聞き出したのだから、逃げても問題は無かった。

 だが、状況を整理するに、簡単に逃げて良いモノでは無かった。それは勇者綾杉(あやすぎ)いろはの存在。


 勇者綾杉は、思考や思想が貴族側、どちらかというと貴族に洗脳でもされているのではと思う程、貴族寄りの思考を、そして選民思想(エリート意識)的な考えを持っていた。



 仮にもしこのまま逃走したとすると、最悪の場合、街全体が追手となる可能性も考えられた。流石に無いとは思うが、勇者の楔の効果は甘く見てはいけない。


 なので俺はまず、決闘を受ける選択を取った。

 ただ単に逃げると、此方が一方的に悪者とされ、追う側が正義とされてしまう。だからこそ決闘でしっかりと決着を着け、そしてその後で逃げるのであれば、一方的に此方が悪者にされる事はないだろうと思った。



 決闘で勝利するのは容易い、俺はそう思っていた。

 そして俺はもう一つ、直接の原因ではないが、ラティの両親が殺された要因の一つである、この貴族に一泡吹かせてやりたいと考えていた。


 

 そう、勝つのは楽だろうと、負ける要素などは無いと――

 俺はそう慢心していた。






「ご主人様!」

「ジンナイ様!」


 ゴーレムに吹き飛ばされ、石畳の上へと叩き付けられ転がされた俺に、ラティとサリオの二人が慌てて駆け寄って来る。

 『大丈夫だ』そう心配させないように声を出そうと思ったが、痛みのあまりに声が出ず、それどころか、呼吸すらも激痛に阻まれ、満足に息も出来ぬ状態。


 ――ッがああああ、痛えぇぇ、

 くっそ、呼吸も痛え、瞬きすら痛みを感じんぞ、

 もう痛みしか感じられねぇ、



「さあ、負けを認めて貰いましょうかね? 保護対象者達よ」


 声も出せず、支えられながら睨み付ける。


 ――ざっけんな!

 まだ生きてんだ、負けなんて認められっかよっ、



「陣内ぃ? アンタねばってもキモぃだけなんだから、さっさと降参しなさいよ」

「誰がぁ、降参なんか‥すっかよ‥‥っがぁぁッ」


 身体に走る激痛よりも、今はこのクソ女に見下される事が我慢出来ず、俺は身体の四肢に鞭を打ち、ふらつきながら立ち上がる。

   

 ふらつく俺をサリオが横から支え、ラティは俺を庇うように前に立つ。

 構図的には、とても情けない光景。そしてその俺の惨状に気を良くしたレフト伯爵が、再び自慢話と、どうでも良い苦労話を語り始める。


「はっはっはーー! 女に支えられて情けない奴だ、だから言ったのだよ私に勝てないと、私の一番のコレクション、超近接格闘人形ドルアーガ・ザ・バトラーにはな!」

「そうですねレフト様、あたしぃの操るこのコに勝てるはずがないのよ」


 互いに自分は凄いと嘯く二人。

 それでも時間稼ぎになるのならと、俺はそのまま二人の邪魔をせず、下らない話を続けさせる。


「かなりの金はかかったが、黒い鱗の買い付けにわざわざ向かっただけの価値はあったな、他の勇者様が討伐したという巨竜の鱗、本当に素晴らしい素材だよ」

「ええ、本当だわ。それとその時に商人から無理矢理‥、譲って貰った竜咳石もパナイですよ、【大地の欠片】を使って命令を受ける?場所?の反応がすっごく良くなったんですから、普段よりも倍に動かしやすいですよぉ」


「そうですかそうですか、それは良かったアヤスギ様。その竜咳石は本当に高かったのですよ、まぁそれに見合うだけの価値があってなによりです」


「あ~~でも、竜の喉側の鱗ってのも欲しかったぁ~」

「それだけは、どれほど交渉しても譲らなかったのですよ、あのうだつの上がらない冒険者風情が、このレフト伯爵に譲らないとは、今度会ったら‥」


 ――橘ぁぁぁぁ!

 お前は、此処にいなくても俺の邪魔すんのかよー

 お前が売った竜咳石のせいかよっ、あのゴーレムの動きの良さは、

 くそっ、‥しかしガレオスさんには感謝だな、

 言われて補強した、喉側の鱗を使った忍胴衣だから生きていられた、



 俺は心の中で罵りと感謝を同時に行い、次に状況を観察する。


 レフト伯爵と勇者綾杉、この二人が自慢話を始めた真意。

 綾杉は多分、本気での自慢話。

 だがレフト伯爵はちょっと違う、チラチラと時おりこちらを見る視線は勝者の余裕。綾杉の視線は見下すような差別した視線だが、レフト伯爵のは自分達が圧倒的であり、余裕だと見せつけてくる視線だった。


( これは俺の心を折りに来てるって事か? )

 

 レフト伯爵の狙いに見当が付く。

 彼は俺に降伏をさせたいのであろう、今すぐに。

 それは時間的のモノと、後は戦闘がこのまま激化し、ラティに何かあるのを恐れていると判断出来た。

 

 レフト伯爵はラティを使うと言っていた。 

 多分、【心感】を使った何かを。だからこそラティを殺さず、その身が欲しいはず、だからこそ自慢話でゴーレムの凄さを語り、俺の心を折りに来たのだろうと。


 そしてその予測通り――


「どうだね? これで圧倒的な差を理解出来ただろう? この決闘の負けを潔く認めたらどうかね? これ以上奴隷達に危険を冒させる必要もあるまい」

「断るっ」

( やっぱり狙いはそれか、)


「っく、強情だねえ。ならば少し聞く相手を変えてみるか」

「っな!?」

( お、おい!まさかっ ) 

 

「そこの狼人よ、お前が負けを認めないか? そうすれば主の命は助けてやるぞ? 保護されれば主は私に変わるが、その男に、最後の忠義を見せてやったらどうかね?」


 『そのような誇り高い忠義があればだがな』っと煽りも織り交ぜ、レフト伯爵はこの決闘の負けを認めろと、ラティに言ってくる。


 思わず息が止まる。

 一瞬だが頭を過る、最悪の可能性。


 ラティが俺の命を守る為に、敗北を認めるという可能性。

 確かに命は助かるかもしれない、だがそれは死んでも容認出来る事ではない。

 きっと俺の心が死ぬ、そして本当に死ねる自信がある。


 もし負けを認めればラティは常に利用され、尻尾を差し出され、読みたくもない心を読まされ、俺以外の奴の心が、彼女の中に流し込まされるという事を強制されるのだ、奴隷の首輪によって。


 彼女は俺の心を心地良いと言ってくれた。

 そして触れて欲しいとも。



 『だから絶対に認めない』そう心に誓う。 と――


( あれ‥? )


 俺の心に、何か温かいモノが流れてくるような感覚がする、とても安心出来る何を。

 そしてその感覚が正しかったと、確信をする。


「あの、その求めに応じる事は出来ません」

「は? 何を言っているのだね? その男が死んでも構わないとでも?」


 真っ直ぐに拒絶の意を示し、相手と向き合っていたラティが俺の方へ振り向く。


「きっと此処でわたしが負けを認めれば、ご主人様は死んでしまいます」

「っは! だから命だけは助けてやろうと言っているではないかっ」


「いいえ、心が死んでしまいます、そしてそれは死に繋がります」

「何を馬鹿なことを、それにこのままでは死――」


「――ッいいえそれは違います!」



 ラティはレフト伯爵の言葉を遮り、否定を宣言する。

 そして俺を見つめ――


「ヨーイチ様がこの状況を打破します、わたしはそう、ご期待しております」



 彼女の目には、”我が主たる気概”をと、そして言葉からは期待をと。

 字面だけなら上から目線、だが、その瞳と声音は全く別のモノ、心の底からの想い、感情の芯の部分からの言葉であり、そして願い。


 それは男を滾らせるモノだった。

 心底惚れた相手にその瞳を向けられ、期待していると言葉をかけられる、これでたぎらない男は絶対にいない。

 

 もし、たぎらない男がいるのであれば、そいつは男ではない。そう断言出来る。

 そんな想いが身体を駆け巡り、奮い立つ。


「さぁ、再開しようか決闘を」

「陣内っアンタ馬鹿なの? このコ(ゴーレム)に勝てる訳ないでしょ!」


「やってみないとわかんねえだろ、色々と工夫とかよ」

「何よそれ、あ!判った、あたしぃを狙うのね? 残念ね、こっちには二つの視界があるのよ? あたしぃとこのコの視界が、だからあたしぃの目潰しとかしてなんとかなると思ってんの? それともまさか、直接あたしぃを狙うの? この護衛がいる中で!」


 勇者綾杉は騒ぎ続けた。

 兵士らしき者達を自分の前に配置し、ゴーレムの視線でも見れるから視界を遮っても意味はないと豪語し、黒い鱗もあるから絶対に勝てないと自信を持って宣言をしてくる。


 ――なるほどな、

 ゴーレム視点と綾杉本人の視点があるから、さっきのは気付かれたのか、

 ゴーレムの陰に隠れて突撃したけど、防がれた謎が解けたぜ、



 俺は防がれてしまった突撃の時、ある違和感を感じていた。

 ラティを追う動きから、綾杉はテーブルの上、俯瞰した視線で見ていることは分かった。そうでなくては、ラティの迅盾の動きに惑わされるはずだから。


 だから俺は、ゴーレムの陰から突撃し、死角をついたつもりでもいた。

 並列思考に高速思考、それがあっても見えなければ防げるはずはないと。しかし、綾杉には死角が無い状態だった。


 並列思考の恩恵で、きっと二つの視点を見ても混乱せずに処理が出来、そして高速思考で素早い判断も出来る。


 一見無敵に思えるが――


 ――中身がポンコツのはずだ、

 高性能のパソコンでも、使い手がポンコツなら、

 アイツは頭が悪そうだから‥



 俺はサリオに小声で、二つの指示を出す。

 俺の指示をすぐさま理解し、小さく『はいです』と肯くサリオ。

 

 サリオに髪留めの付加魔法品アクセサリーと回復の指輪、それと木刀も預け、俺は槍の一本のみで構えを取る。


「あっれ~~?またやろうっての? この最下位野郎が、あたしぃの絶対の自信でもある、このコ(ゴーレム)を倒せるとでも~? アハハッ無理無理」


 槍を構えた俺を馬鹿にし、見下しながら嗤笑する勇者綾杉。

 俺はそれを一瞥し――


「ああ、お前のその絶対的な自信を、俺が穿つ」


 俺は重心を下げる、気付くと先程までの激痛は消え失せ、その激痛が力に変換されたのではと思う程に力が沸き上がり。痛みのあまりに、よく見えない白色不透明になっていた視界も鮮明となり、今は、ある一点に意識を集中させた。


 目の前のゴーレムを倒すことのみに。



「何をそんなにムキになっているのか、全く理解出来んな? 保護してやると言っているのだよ? ちょっとその狼人の奴隷と離れるだけだろうが、」


( テメェには理解できねぇよ、)


「あ~~やだやだ、これだからモテない奴は余裕がないのよね」


( お前には理解されたくねえよ、)



 俺を煽るように囀る二人。

 自分たちの優位性を疑わず、俺に敗北を要求してくる。


「だ~~か~~ら~~、何をやっても無駄だっていッ――え?」

 ――ザグッ!!――



 深々とゴーレムの左脚の付け根に突き刺さる槍。

 距離にして6メートル、その距離を一瞬にして詰め、俺は槍を突き立てたのだ。


「ええ?はぁ!?」 

「馬鹿な!?」


 今までにない速度を乗せて深く突き立てた槍。

 俺は穿った突破口(裂け目)を更に広げる為、その手に持つ槍を強く捻る。


 ――ッバキ!!――

 ――ボッゴッ!!――


 役目を果たし、砕け折れる歴戦の槍。

 そしてその槍に、つられるようにして砕け落ちる左脚。


 ラティの付けた小さな抉り跡は、俺の一撃により大きく裂け、そして左脚を切り離したのだった。


「なんで!?なんで!なんでよおおおお!?」



 答えは簡単、俺は先程と同じ、加速支援系の魔法を掛けて貰っていた。

 勿論、気付かれぬように、風の色を透明に調整した”ヘイストゥ”を。



 俺は魔法抵抗値が0である、なのでどんな魔法であろうと強く効く、攻撃も防御も回復も全てが。

 魔法防御を上げる為の、王女様に貰った髪飾りの付加魔法品アクセサリーを外し、回復の指輪も取り、そして魔法を弾く木刀も手放して、俺は少しでも魔法抵抗値を下げた。


 その状態で力を抜き、魔法の全てを受け入れ、今度はリミッター無しの【加速】。

 【加速】後の反動も考慮しない全力の【加速】。


 そしてその結果、綾杉の反応速度を上回り、槍を突き立てのだ。



「なんで!そんな速く!? さっき騙したのね! この卑怯者!」

「サリオォォォ! 次寄越せー!」

「はいなのです!」


 サリオに出したもう一つの指示は、追撃の用意。


「炎系魔法、”焔の槍”! えいです!」


 サリオは作り出した白く光り輝き燃える槍を、放り投げて俺へトスをする。

 そして俺はそれを受け取り、


「っだっしゃーー!」

「きゃあああ! 陣内アンタなんてことを!?」


 脚を切り離され、バランスを崩しふらつくゴーレムへ、たった今、切り離された脚の断面へと槍を捻じ込んだ。


 魔法で作られた槍はスッと中へ吸い込まれて行き、そして一気に弾ける。

 ゴーレムの隙間という隙間から、白く光る炎が噴き出し次々と亀裂を広げ、そしてゴーレムを黒から白へと染め上げていく。


「ああああああああ!? まだよ! 耐えなさいドルアーガ!」

「そうです! アヤスギ様、耐えさせるのですゴーレムをっ」



 ゴーレムは不格好ながら片足で立ち続け、まるで身体が弾けぬよう4本の腕で己を掻き抱く。


 その白く燃えるゴーレムへ、俺は前髪を焼き焦がしつつ肉薄し。


「ファランクス!」




 目の前の3メートルを超えるゴーレムのドルアーガ。それが今、20メートルを超える光の柱を上げて、真上へと爆散したのであった。

 

読んで頂きありがとう御座いました。

あっさりと終わるハズが、ダラダラとしてしまいました‥



宜しければ、ご感想やご意見など頂けましたら、嬉しいです。

それと誤字脱字なども、


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは熱い、これまでも加速・魔法掴み・ファランクスを順番に使ってはいたけど、同じタイミングで全て合わせるのは気持ちよさがビンビン来ますね。 [気になる点] 身体がボロボロなのに最大加速で槍…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ