保護する貴族
【魅了】。
この可能性を考えた事は、今までに何回もあった。
ラティのステータスプレートに【魅了】があれば、俺はそれを納得しただろう、ラティが人を惹きつけていると。
だが、【魅了】の【固有能力】は表示されていなかった。
だから俺は、無いと思い込んでいた。
よく考えてみれば不自然だった、忌避され侮蔑の対象とされる狼人のラティに、何故か多くの人達が惹かれていたのだ。
【犯煽】。
これも納得が出来た。
ラティは30回以上、買った主に襲われているのだ。
レフト伯爵からの説明では、【犯煽】は欲望を煽る効果。
正確には負の感情、あまり宜しくない下卑た感情を煽り、そして増幅させる危険な【固有能力】だと説明を受けた。
この二つの【固有能力】が常時発動。
発動者の本人にとっては、迷惑すぎるモノ以外の何物でもない。
しかもラティは、自分の意志で発動を切ることが出来ないと言っていた。
酷い話、犯罪者ホイホイのようなモノ。
レフト伯爵はその後も、愉しそうに爆弾を落とす。
【心感】、【索敵】の上位版のようなモノで、ある程度の感情まで読み取る。
【抑成】、レベルとステータスの上がりが著しく悪くなる効果。
【全駆】、全てを駆けられる効果、【天駆】の上位版とも言える。
【弱眠】、眠りに対して抵抗値が低くなる効果。
【弱魔】、弱体魔法などに対して抵抗値が低くなる効果
これらが【蒼狼】に内包されていると言う、しかも他にもまだあるだろうと付け足される。
【蒼狼】、まるで北欧神話に登場する大狼。
すべてを喰らい呑み込む大狼。
それを体現でもしているかのように、【蒼狼】は数多くの【固有能力】を内包していた。プラスのモノもあれば、マイナスなモノもある、まさに手あたり次第に。
――くそ、
全部心当たりがある、否定できねぇ、
そういえば初めて会った時、確かにラティのレベルが低かった、
やはり今思うと不自然であった。
3年間、戦闘奴隷として戦わされていたのにも関わらず、ラティのレベルは低かった、勇者の恩恵が無かったとしても、レベルが低かったのだ。
戦闘技術は高いのに、それと釣り合わないレベルの低さ。
北原の弱体魔法にも簡単にかかっていたラティ。
そして何より――
「それともう一つの危険視されているのが、【心感】なのだよ」
「む?」
「この【固有能力】は結構危険なのだよ」
「ある程度の感情が読める程度だろ? そんなのちょっと勘の良い奴とか、人の心を読むのが巧い奴なんてよくいるだろっ?」
「ちょっとならね、だが、狼人には尻尾がある」
「はぁ? 尻尾が何だってんだよ!?」
俺は【心感】の説明も受けていた。
人の感情が色分けで見えるような効果らしく、怒りであれば赤、殺意であれば黒、好意であれば黄色、そういった感じで感情が読み取れて、しかも【索敵】の範囲以上。
以前、ガレオスさんが竜の巣で言っていた、『まるで別物だな』っと評していたラティの【索敵】。
それは、本当に別物だった。
――だけど、そこまで危険か?
普通の【索敵】でも敵意とかは判るんだよな、
それがなんで‥‥それと尻尾?
「おや? キミは知らないのかい?狼人の尻尾のことを」
「だから、尻尾がどうしたってんだよ」
( そりゃぁ毎日撫でているけど、)
「狼人の尻尾は信頼の証明、基本的に番にしか触れさせないモノなのだよ、その理由は、尻尾に触れた相手の心が解るからだそうだ」
「へ?」
「何でも尻尾に触れた相手の心が流れて来て、相手の気持ちが解るんだとさ。だから疚しい思いがあれば、すぐ相手に知られる、番同士が互いに隠し事がないか、確認し合う手段だそうだよ。人間には考えられない、息が詰まる様なモノだな、全く理解出来んよ」
「は? そんな‥本当にそんなことが!?」
咄嗟に振り向いて、後ろのラティに目を向ける。
見つめた先のラティの表情は驚きに目を見開き、小さく口を開いている。それは本当に驚いている表情。
( これはラティも知らなかった? )
「まぁ実際には、ちょっと解る程度らしい。だが、それに【心感】が合わさると話は別だ、その二つが重なることで、本当に解るんだ、それがどれだけ恐ろしい事か理解出来るかい?」
――分かるっ
高性能な嘘発見機、いや、もっと凄いモノか、
何かの交渉なんかに使えれば効果絶大だ、相手の手の内が読める、
そうだ!貴族、貴族達なら喉から手が出るほど欲しいモノだぞ‥
腹の探り合いをする人種、それは貴族。
他にも商人など、心が読める存在が居れば、駆け引きなどで圧倒的に有利となる、使い方次第では凶悪な【固有能力】。
「だから保護が必要なのさ、【抑成】の効果でレベルも上がらず弱いまま、ただ浚われて利用されるだけの存在、それが【蒼狼】なのだよ、過去に何件もそれで堕ちた狼人がいるのさ」
「ぅぐ!?」
保護すると言う理由は理解出来た。
【魅了】と【犯煽】、それと【心感】がある為に、【蒼狼】持ちは常に狙われ、襲われる可能性がある。
鍛えてもレベルが上がらず自己防衛が出来ない。弱体魔法にも弱いから、魔法で寝かされて浚うのも容易、悪意のある者に見つかれば、利用し尽くされる。
今までは運良く、その【蒼狼】の効果を知られていなかった、伏せている情報なのだからそれは当たり前かもしれない、だが、もし知られれば話は変わる。
――って、おい! それ問題は全部クリアーしてねぇか?
上り難いレベルも勇者の恩恵で解決、弱体魔法もアクセで、
あれ? 保護とか必要か?
まぁ元からラティを手放すつもりはないけどな、
「あ~~、保護とか必要ないや」
「っな!? 話を聞いていたのかね? 彼女は保護される必要があると、何故それが分からない!?彼女のことを想えば保護を求めるべきだろう! それにこれは貴族の務めでもあるのだよっ」
激しく狼狽え、保護すべきだと主張してくるレフト伯爵。
その姿は酷くみっともなく、何かに焦っているようにも見る。
「一つ聞きたいんだけど、ラティを保護してどうするんだ?」
「うん? それは保護するだけだよ。ただ、タダ飯を食わせる訳にはいかないから、少しは働いて貰うがね」
「‥‥働くってメイドでもやらせるのか?」
「キミは馬鹿だね、折角の【心感】だよ? それを使った仕事に決まっているだろう、本当に察しが悪いな」
頭が悪い奴だなっと、見下すような表情を見せるレフト伯爵。それと同時に、自分はなんと賢いのだろうという態度を見せる。
「なぁ、貴族は狼人をそばに置かないんじゃないのか?」
「それなら問題無い、ピンっと張った忌々しい耳を切り落とせば解決だ、本来であれば尻尾も切り落とす所だが、それをすると使い物にならなくなるからな」
かなり昔、北原と一緒にいた貴族らしき男もそんな事を提案してきていた。俺は一瞬思考が沸騰しかかったが、今は堪えて理性でねじ伏せる。
「――っぐ、おい綾杉! コイツ保護とか言っているけど、耳を切り落とすとか馬鹿なことを言ってんぞ! お前はどう思う」
俺は味方を増やすべく、勇者の綾杉を会話に巻き込む。
いくら馬鹿でも、これはおかしいと気付くはずである。 が――
「はい~? テレビとかで見たけど、牛乳とか出す牛とかは、角やべぇ~から角とか切り落とすでしょ? それと同じなんじゃん?」
『そう言えば、尻尾も短く切るって見たかも』っと、元の世界で見たテレビ番組の内容を口にする綾杉。
――アホか!?
狼人を家畜と同類って、マジかよ!?
「おい綾杉、狼人を家畜とかと同類にすんじゃねぇよ!」
「はぁ~? だって家畜以下のようなモノなんでしょ?狼人って、ココではそう習ったよあたしぃ、あってるよねレフト様」
「ああ、そうですよ勇者様」
「っんな!?」
――駄目だコイツ、
完全に飼いならされてんじゃねーか、
つか、どういう価値観をすり込まれてんだよ、マジでコイツ勇者かよ‥
勇者の癖に、勇者の楔の影響でも受けてんのか?
「話にならないな、大体ラティは俺にとって絶対に必要な人だ、それを家畜扱いするような奴らに預けられるかっ」
俺はこれ以上話すことは無いと立ち去ろうとするが。
「ああ、安心したまえ、ちゃんとキミも保護してやるよ、だからその狼人がいなくなっても心配をする事はないよ」
「はぁぁ?」
レフト伯爵は、ラティがいなくなっても大丈夫だと語る。
ラティが抜けて困るであろう俺の為に、俺も保護してやると申し出たのだ。
「さっすがレフト様! ちゃんと考えているんですね、カースト最下位野郎でもしっかりと面倒を見てあげるなんて、なんてやさしーの! あ、コレが高貴なる貴族の務めってヤツですね」
「はっはっは、勇者綾杉様、これは当然のことですよ。褒められる程の事でもない、貴族であるならば当然の行いです」
「断る! 行くぞラティ、サリオ」
「はい、ご主人様」
「りょうかいしてラジャです」
本気で話にならなかった。
会話とは、互いが同じ位置にいて成り立つモノ。
話し相手が異次元にいる為、俺は会話を諦め外に出ようとしたが。
「待ちたまえ! 何処に行こうと言うのだね、その狼人を渡したまえ」
「‥‥保護じゃねぇのかよ」
「それとキミの身柄もコチラに」
「それを聞いて、ハイそうですかって言うと思ってんのか?」
「この最下位野郎! 折角のゼンイを無視するっての? 生意気よアンタ」
( お前はもう口を開くな、)
「ならば強行突破させて貰うまでだ」
「 待て! ならば決闘で決着を付けよう! 誇り高き貴族らしく決闘で」
「貴族って、俺は違うぞ‥」
「此方にも用意がある、1対3で構わない、勿論、其方が3人だ、此方は一体で決闘に応じようではないか、貴族としての余裕を見せよう」
「1対3?」
「ああ、此方が勝てば保護させて貰おう、其方が勝利した場合は保護を諦めよう」
俺は一瞬考えてから、ラティに目を向ける。
ラティの【索敵】に、何か強敵が引っ掛からないか調べて貰う為に。
そして俺の視線を読み取り、周囲に脅威は無いと視線で返すラティ。
ならば――
「こっちが勝ったらお前をぶん殴らせろ! それと目障りなその前髪も引っこ抜かせろ」
俺はチップをレイズする。
――コレに乗って来るか?
もし乗って来るなら要注意だな、絶対に何か裏がある、
罠か、もしくは裏で妨害とかか?
「ああ良いだろう、その条件を飲もう」
( 喰い付いたか‥)
レフト伯爵は、この街は自分の領地ではないので、決闘の場所を用意するのに少し時間がかかるから、このまま此処で待っていてくれと言い、部屋を後にした。
因みにこの時、ラティとサリオにこっそりと弱体魔法を掛けて来た。
だが当然、ラティは魔防の付加魔法品で防ぎ、サリオはレベル100を超える実力で、楽々とレジスト。
レフト伯爵は、防がれた事に顔を歪めたが、『今のは実力をちょっと確かめただけだ』と、とても苦しい言い訳をして出て行った。
俺はそれを観察して思う。
――ちょっと小物過ぎるだろ、
あれは油断させる為の演技か?流石に酷すぎるだろ、
‥だけど今は‥‥
俺は、俺達3人だけとなった部屋で、ラティと向き合う。
ラティに聞かないといけない事が出来たから。
俺は彼女と話をする――
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想やご質問などお待ちしておりますー。
あと、誤字脱字なども
※この話は陣内視点です!
色々とツッコミがありますでしょうが、次回の説明回で!




