金貨5枚
遅れましたー
奴隷商の館。
内装は何処も似ているのか、壁側に檻が並べられ、その中には陰の気を纏った人影が見える。
今日は奴隷を買いに来た訳では無い。
俺は出来るだけ其方は見ないように意識し、客である俺達を迎える、ニコニコと笑みを絶やさない、奴隷商の男に話し掛ける。
「ちょっとスイマセン、お尋ねしたい事があるのですが」
「ほう? 後ろの商品をお売りしたいのですかの?」
奴隷商特有の職業病なのか、彼はすぐにラティとサリオが奴隷であると見抜く。
昔はともかく、今のラティとサリオは、とても奴隷には見えない格好をしている。しかも、露骨にではないが、さりげない程度には首元を隠し、奴隷であるという事を隠している。
――っう、オーレさんとは違うタイプか、
ニコニコしてっけど、しっかりと見ている感じだな、
これは‥‥
意外に油断ならない相手、そう認識を改めていると――
「ふむ、赤首ですか‥」
「いや、俺は売りに来た訳じゃない、勿論、買いに来た訳でも」
「はて? では、どの様なご用件で?」
「ああ、ちょっと話し、ある情報が知りたい、3年ほど前の事なんですが」
「おや? お客様は何か勘違いしているようですね、ここは奴隷をお売りしている場所です。もし何かお知りになりたい事があるのでしたら‥‥ねぇ?」
少し小太りの奴隷商。
その男が人差し指と親指で輪を作り、指によるジェスチャーで”金”を要求してくる。その指による仕草は、堂に入ったモノがあり、多分、自分がやっても此処までの貫禄は出せないであろう。
俺はその貫禄のある仕草に、銀貨10枚を出す。
「これで教えて貰えませんか?」
「取り敢えず、聞きましょう」
ニヤリ笑みを浮かべ、銀貨を受け取る奴隷商の男。
そして俺は尋ねた、約3年前、11歳の狼人の少女を売りに来た男の事を。
「――ってことなんですが、その男の事を覚えていませんか?」
「ああ、もしかして赤首奴隷として、娘を売りに来た、狼人の父親ですね」
俺は最初、赤首のことは伏せて訊ねた。
もしかすると、奴隷商はただ話を合わせて、適当な事を言ってくる可能性も視野にいれていた。だが彼は、赤首の事を思い出したということは、本当にその男と会った事があるということだろう。
「少々印象に残っておるのですよね、何せ不自然でしたから、その狼人は」
そう言って彼は、堂に入った仕草で、追加の情報料を要求してくる。
いちいちコレで話の腰を折られるのを避けたい俺は、金貨1枚を手渡す。
コレで全て話せと。
「――ッ!? 本気ですかい‥、ええ、話しましょう」
「お願いします」
「さっき言った印象に残っているってことなのですが、その狼人の男は頑なに赤首に拘ったのですよ、赤首奴隷の女狼人など売れないから、ワタクシは変更を求めたのですがね――」
俺は奴隷商の話を聞いて、納得と違和感の両方を感じた。
奴隷商の話では、赤首奴隷の女狼人はまず売れない。
理由は簡単、需要が無いから、男の方なら力仕事など使い方はあるが、女の方だと、どうしてもその辺りは見劣りしてしまう。
だから、一部の好事家相手になら買い手の付く性奴隷として、赤首を普通の首輪に変えたかったらしいのだが、その父親は拒否したらしい。
赤首輪だと金貨5枚、だが赤首輪を普通のにすれば、金貨20枚で買い取ると言う申し出をしたそうだが、それは断られたそうだ。
「本当に困りましたよ、いくら言っても赤首輪で売ると言うのですから」
「はぁ‥」
「狼人ですよ? ただでさえ需要の無い、いや寧ろ忌避されている狼人ですからね、今では勇者様のお陰で、商品として人気が出てきましたが、当時は売れる要素は何一つ無かった。だから少しでも売れる為、その奴隷の赤首輪を外したかったんですがねえ‥」
『見た目が良かったから、好事家に高値で売れたのに』と、少し残念そうに呟く奴隷商の男。
――そこまで売れないのか狼人は、
まぁ確かに、最初の頃の差別は酷かったか、
ん? あれ?でもラティは‥‥
俺の中で何かが引っかかった。
それが何なのか、自分の心の中を探ろうとしていると――
「それでワタクシは思いました、”これは預けられたのでは?”と」
「へ?」
「一時的に、売るという形を取り、あの狼人は娘を奴隷として売り渡し、此処に預けたのではないかと。だからワタクシは早々に売ってやりましたよ、その狼人の奴隷を、本来とは違う目的で利用されたと思ってね、腹いせで売ってやりましたよ」
「いや、だって狼人は売れないってさっき言って‥」
「ええ、だから知り合いの奴隷商に売り付けました」
それから奴隷商は、ある事を教えてくれた。
この異世界では、奴隷商同士で商品のやりとりを行うそうだ。
西では売れない商品でも、東では需要があったり、その逆も然り。
たまたま来ていた中央の奴隷商オーレに、ラティを売り捌いたのだと言う。
それを聞いて俺は――
「じゃあ、その父親は?買い戻しに来たんですか?」
「いえ、それが来なかったんですよ、『娘は売っちまったぞ』って言ってやりたかったんですがね、結局、その父親はそれ以来、ココには来ていませんね」
大袈裟に手を広げながら、首をヤレヤレっといった感じで振る奴隷商。
その印象は嘘を言っている様子もなく、そういった感情の機微に敏感なラティも、特に反応は示さない。
俺達は情報を得られた。
やはりラティの父親は、この街、アキイシの街にラティを売りに来ていた。
本当の理由は謎だが、彼は間違いなく、この奴隷商にラティを売りに来て、そしてそれから此処には来ていないと分かった。だが――
――これからどうする?
ラティの親父が、ラティを売ったのは分かった、
それと奴隷商は、預ける為に売ったかも?とは言っている、
でも結局、それから引き取りには来ていないんだよな‥
「すいません、ちょっと確認なのですが、何で”預けた”って思ったんですか?」
「そうですね~、まず父親が急いでいる風と申しますか、売りに来たというより、置いていったって感じでしたからね。まぁ狼人の子供ですから、まず間違いなく誰も預かってなどはくれないでしょう、断言出来ます」
「あと、他に何か、何でも良いので、その父親のことを知りませんか?」
「流石に知りませんな~、もし買い取りに戻って来て、その子供が売れていなければ、金貨10枚を吹っ掛けてやろうかとは思っていましたが」
「そうでしたか、情報ありがとう御座います、ではこれで」
聞ける事を聞いて、俺は奴隷商の館を出ようとする。
だが――
「むぅ、その後ろの赤いローブの奴隷、彼女は狼人ではありませんか? その口の形と、フードがかかって分かり難いですが、耳の位置などで判断しましたが」
「それが何か?」
「いえ、その奴隷の狼人をお売りして頂けましたらな~っと思いまして」
「需要は無いんじゃないのか?特に赤首輪は」
「いえいえ、先程も申しましたが、勇者様のお陰で、狼人の人気が上がっておりまして、もし宜しければと思いまして」
「売る気は無いっ」
「やはり‥ それは大変残念です、特に今は芝居の影響も凄くて、狼人の雌、特に少女と呼べる年齢は人気が凄まじくて、いやはや本当に残念だ、亜麻色の髪に藍色の瞳、まさに‥‥はて?」
何かに気付いた奴隷商の男。
3年前の奴隷だという事に気付いたのか、それとも、芝居のモデルとなっている事に気付かれたのか、もしくは他の事か。
俺はいずれにせよ、面倒そうなのでラティとサリオに声をかけ、奴隷商の館の外に出ようかと思ったのだが、振り向いた先のラティが険しい表情をしていた。
「ラティ、何かあったか?」
「あの、敵意などはあまり感じないのですが、囲まれております」
「ほへ?なんですよです?」
ラティは【索敵】の結果、この奴隷商の館を囲んでいる者がいると小声で言う。
だが、その囲んでいる勢力には、明確な敵意や害意などはなく、何かの理由でこの奴隷商の館を囲んでいると言う。
ラティ曰く、自分達がこの館に入ってから、集まって来ているので、きっと目的は俺達だろうと告げて来る。
――狙われる覚えは無い、
まさか北絡みか?もしくは――ッ北原か!?
いや、だったら明確な悪意、殺意まであるはずだな、
「あの、ご主人様どうしますか? 最初は何かの間違いかと思っていたのですが、今は露骨な程に人が増えていまして」
「警戒しつつ相手の出方を見よう」
俺には自惚れなどではなく、自信があった。
何があっても逃げ切れるという自信が。
実際に一度、町に滞在していた兵士と冒険者を相手にしても、俺達だけなら問題が無かった。多少囲まれた所で、油断して不意さえ付かれなければどうとでもなると。
十分に警戒しつつ、扉を開けて外に出る。
「ぎゃぼー!ジンナイ様あたしを盾にするのは止めてくださいよですよですっ」
「うるせぇ、何の為の結界のローブだよっ」
俺はサリオ盾を構えつつ外に出る。
そして外で俺達を待っていたのは。
「あ!やっと出てきたわね」
「お前は‥‥他所のクラスの奴?」
「チッ、あたしぃのこと知らないの?このスクールカースト最下位野郎がっ」
「見たことはあるけど、お前の名前まで知らねえよ」
――何だよコイツ!?
スクールカーストとか自分で言う奴って、初めて見たぞ、
なんだコイツ?意識高い系でも拗らせたタイプか?
俺の目の前には、同級生の女子が立っていた。
アーモンド形のつり目に、あざとい感じのツインテール、髪の色もこれまたあざとく、薄い茶色に桃色がかった色。
元の世界のYシャツに似た白い服を、少し着崩した感じの着こなし、下は膝上までの黒のタイトなズボン、遠目には厚手なスパッツにも見える一品。
とても異世界らしくない格好をした少女。
その彼女が宣言をする。
「ちょっと、あ~たに用があるから付いて来て」
「はぁ?なんでだよ‥」
「あん?断るっての? このスクールカースト最上位、”綾杉いろは”の頼みを無視するって訳ぇ~?ねぇどうなのよぉ」
「いまの何処に、頼みがあったんだよ‥」
「あの、ご主人様‥もしかしてこの方は」
横のラティが心配そうにして俺に尋ねて来る。
確かにとても考えたくない事だが――
「ああ、勇者だろうな‥」
俺達の目の前に、非常に面倒そうな勇者が姿を現したのだった。
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