実家に帰ります
俺は目の前の光景を目撃した瞬間、そこから超集中状態となった。
狼型の振り上げられた前脚が、ラティの蜘蛛糸の剣を弾き飛ばす。
メイン武器が無くなったことで、狼型は強気な攻勢に出る。
互いに空を翔けている状態。
強引に振り下ろされる前脚。
それを残った左手の短剣でいなす。 が――
――ギィン!!――
無理な体勢でいなした為か、それとも他の理由か、根元からへし折れる短剣。
少なくとも、水上都市でしっかりとメンテナンスは行っていたはずだ。
両手の武器を失いながらもラティは体勢を維持し、そして地面に着地する。
そう、着地する。
ラティが地面に着地した理由を一瞬で理解する。
彼女は囮役を続行するつもりなのだ。
空では俺が届かない。だが、今のこの状況。
どちらかというと回避重視の狼型が、武器を失ったラティを狩るべく強引に追撃に来ていたのだ。
武器が無くても囮は出来る。
己の身を晒すことで。
空を翔けず、地に足をつけて素手で迎え撃つラティ。
ラティは己の命を囮にして、決定的な隙を俺に寄越す。
自分が咬み付かれる瞬間という隙を。
「――ッラティィィィイ!!」
俺は叫び、全力で【加速】を使い駆け出す。
ラティが喰われる前に奴を倒す為。
ゆっくりと流れる光景。
ほんの僅かだが、このままでは間に合わないと理解する。
一瞬で良いから『魔物よ止まってくれ』と願いながら俺は駆ける。
そしてその願いが、意外な形で叶う。
俺が大声でラティの名を叫ぶと、狼型の魔物が目を見開き、喰らうのを躊躇ったのだ。
狼型の魔物は、その躊躇った姿勢のまま、俺に横腹を穿ち貫かれる。
ラティを頭からかぶり付こうとした狼型は、俺に対して左の腹を晒していた。
俺はその左の横腹に槍を突き刺し、捩じり上げるようにして槍をカチ上げる。
完全に殺った手応え。
そして手応えが正しかったことを証明するかのように、貫かれた魔物は霧となり霧散する。
喰われる覚悟をしていたラティは驚きの表情のままで。
「あの、ご主人様。お見事でした」
「ラティ‥」
お互いの無事を確認し終わった後に、俺は彼女を懇々と説教した。
『今みたいな囮をするな』と、ラティの囮役は、あんなモノとは違うだろうと叱りつける。
だが、ラティは言う。
あの狼型は確かに強いが、純粋な力などはそこまでは強くなく、MPをしっかりと鎧に回せば十分に耐える事が出来たとラティは話す。
ラティの装備している白と深紅色の鎧は、ららんさんが作り上げた傑作品。
装備者のMPを吸い取り防御力を上げられる付加魔法装備品で、しかも強い衝撃を受ける際には、MPはかなり消費するが、防御力をより高め、そして衝撃も吸収する。
他にも、装備者の体にピッタリとフィットするように作られており、MPの供給がされている時は、かなりしっかりと張り付くらしく、前に一度、無理やり鎧を脱ごうとしたラティが、下着ごと巻き込んでズリ上ってしまい、綺麗な双丘を俺の目に晒したことがある。
そういった意味でも傑作品である。
その鎧があるので、『わたしは大丈夫でしたよ』っと、彼女は言う。
十分に助かる見込みはあったと。
結局俺はラティを叱り切れず、彼女に躱された形となった。
あの時は本当に、息が止まるような思いだったのに‥‥
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
狼型の討伐後は、その場で一旦休憩を入れてから進むことにする。
弾き飛ばされた蜘蛛糸の剣を回収し、予備の短剣も用意する。
そしてその時、俺は唐突にある事を思い出す。
――あああああ!?
殺しちまったぞ‥いや、霧になって散ったんだから魔物だったんだよな?
でも‥、あの時の目は‥
俺が唐突に思い出した事。
それは狼型がラティの両親、もしくは知り合いではなかったか?っという事。
そう思う位にあの魔物の最後の行動は不自然だった。
ラティの名を大声で叫んだ時、間違いなくあの魔物は止まった。
そしてラティの姿を確認し、目を見開き驚いていたのだ。
とても魔物だったとは思えない反応。
それにラティと似ていた。
具体的に言うならば、色々とある、眼の色や一房の亜麻色など。
だがそれ以上に、あの狼型の動きはラティにそっくりだった。
今となっては、それを確かめる術は無いが――
ラティの方へ目を向ける。
いま彼女はしきりに道の先を気にしていた。
いつもの無表情だが、その無表情に何処か不安や困惑、そして期待のようなモノが滲み出ていた。
きっと分かるのだろう、この道の先に自分の住んでいた家があると。
これだけ特徴のある森。この森の風景は昔のことを思い出させているはずだ、親に赤首の奴隷として売られる前の頃を。
そんなラティの反応から、先程の魔物は彼女の知り合いなどでは無いのだろうと確信する。
もし彼女の知り合いか、もしくは他の何かであれば反応がある筈だから。
――でも、あの藍色の眼、
駄目だ、どうしても頭の隅に引っかかったままだな、
あの藍色の眼は一体‥‥
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺とラティは馬車から降りて徒歩のままで警戒、サリオは馬車の御者。
そして後ろにタルンタが馬にまたがり付いてくる。
俺達はゆっくりではあるが森の道を進む。
段々と落ち着きを無くすラティ。
辺りを見回し必死に何かを確認している。
そしてとうとう一軒のログハウスへと辿り着く。
建物の横幅は30メートルを超えるかなり大きめのログハウス。
正面からでは奥行きが分からないが、それなりの広さだと予想が付く。
そんな大きめのログハウス、そのログハウスに一つ感じる不快感。
もしかすると、逆に納得出来るような違和感。
それはログハウスの入り口の横に、腰を下ろしていた。
如何にも『襲われました』、と主張するかの様に短剣を胸の骨に引っ掛け、そして人とは違う場所に骨が余計にある朽ちた白骨死体。
「あの、きっと母です」
「ラティ‥」
それを見つめ、彼女はポツリポツリと言葉を紡ぐ。
ラティがこの白骨死体を母と断定した理由は、腰回りに落ちている尻尾の骨と、白骨死体が左手に握っている、グレイとベージュ色が波打ったような紋様を見せる短剣。
その珍しい色合いの短剣は、ラティの母が大切にしていたモノなのだと言う。
『魔剣ミイユ』それがその短剣の銘であり、それと同時に母の名前だそうだ。
一瞬、ラティの母を襲ったのは、さっき倒した狼型の魔物かと思った。
だがその母親の致命傷は、どう見ても心臓を突いた短剣。
そしてドアノブの周りを、斧でも打ち付けたかのような抉れた傷跡。
この状況を見ればすぐに見当が付く。
これは誰かに襲撃をされ、そしてラティの母親は武器を取って応戦したが、力及ばず殺害されたのだろうと。
俺は当初、ラティの親に文句の一つでも言うつもりでいた。
俺にそんな事を言う資格があるかどうかは分からないが、文句を言ってやりたかった、だがそれは叶いそうになかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラティの母親だと思わしき白骨死体を埋葬し、その後、俺達はこのログハウスで一晩過ごすことにする。
本来であれば、森をすぐに出て帰った方が良かった。
あんな強敵が湧く、この危険な森にいるべきではないのかもしれない。
だが、ラティの様子がおかしかった。
彼女はポツリと『顔が思い出せないんです』っと呟き、それから何処か上の空となってしまっていた。
表面上は普通を取り繕っていたが、やはり無理をしているのだろう。
母親の死を知ったのだから、当たり前といえば当たり前。だが俺には、ショックの受けている部分が少し違うように感じた。
俺達はラティの【索敵】を頼りに旅をしている。
今のラティは何処か危うい、それならば落ち着くまでと、ログハウスに泊まる事を選択する。
そしてその夜。
「ラティ」
「はい、ご主人様‥」
俺とラティは見張り役をしていた。
サリオとタルンタはログハウスの中で就寝中。(勿論別々に)
家の前で焚き火をし、ラティと並んで腰を下ろしそれを眺め、揺らめく焚き火の炎を視界に入れながら俺は訊ねる。
「ラティ、一体、何に戸惑っているんだ?」
「あの、戸惑う‥とは?」
「お母さんが死んだ事を知って、普段通りでいられるはずがないのは分かる、それは俺でも理解出来る事だけど‥、だけどラティは何か別の事で戸惑っているよな?」
「‥‥‥はぃ‥」
ラティは弱く儚げな声で肯定した。
今、ラティの心の中を埋めているモノは、母親を亡くした悲しみではなく、もっと他の何かであると肯定したのだ。
「ラティ」
「はい、」
「絶対に力になる、だから俺に聞かせてくれ、頼む」
「――ッ!? はい‥ありがとう御座いますヨーイチ様」
彼女は語る。
心の中の想いを、自身でも把握し切れていなかった気持を話す。
「あの、聞いてください。わたしは両親の顔が思い出せないのですっ」
泣きたいのに、その理由が見つからずに泣けない。
そんな顔をしながら彼女は話し始める。
読んで頂きありがとう御座います。
あの、宜しければ感想など頂けましたら幸いです。
それと誤字脱字なども‥