防衛依頼
おっさんは『55話冒険者のつぶやき』の人です。
休日明けの日、ハーティさんが訪ねて来た。
どうやら西に行く前に、一声掛けに来た様子だ。
「陣内君、ボク達は今日西に行くよ」
「‥‥西の地下迷宮が目的ですね?」
「うん、西の最奥を目指すつもりさ」
「戦力は足りるんですか?」
「それは何とかなったよ、伊吹さんも協力してくれるんだ」
「ああ、伊吹組も西ですか」
「それと西には伊吹さんの知り合いの勇者が居るから、なんでも、鷲掴みされた借りを返して貰う?とか言ってたかな?その勇者にも協力して貰う予定さ」
「なるほど、」
――鷲掴みって、小山のアレか?
アレって鎧の鉄板の上からだろ?伊吹、何気に気にしてるのか胸のこと‥
俺はふと伊吹のデカイ胸の事を思い出してた。
「陣内君?何か関係無い事を考えて無いかい?」
「いや、えっと、」
「何か別の事を考えているような、だらしない顔してたからね」
一瞬思考が読まれたとかと思ったが、どうやら顔に出ていただけたらしい。
そしてその後、2~3会話を交わし、ハーティさんは去っていた。
――西か、
興味あるけど昨日ラティと話をして、行くの避けるって決めたばっかだしなぁ
まぁ、ハーティさん達なら平気だろ、
ハーティさんを見送った後、今度はメイド姿のレイヤからアムさんが呼んでいると伝えられる。何でも依頼したい事があるから呼んできて欲しいと言われたそうだ。
現在俺はアムさんに雇われている立場である。
雇い主に呼ばれたのであれば、断る理由も無いのでアムさんの元へ向かう。
「わかった、執務室行けばいいのかな?」
「うん、そこで待ってるって言ってたわよ」
アムさんに呼ばれ、いつもの執務室に入る。其処には、アムさんの他のもう一人の男が待っていた。俺は見慣れない男に気を取られていたが、アムさんから話し掛けられる。
「ジンナイ君、キミに頼みがあるんだ。防衛戦に参加して欲しい」
「魔物の大移動が起きたのですか?」
「いや、大移動と言う程の規模では無いのだが、ちょっとな。詳しくは彼から」
「貴方がアムドゥシアス様の懐木刀で有名な、ジンナイ様ですか?」
「色々とツッコミ入れたいが、まぁそんな感じの者です」
「初めまして、私はラインと申します。このノトス領での防衛線の監視などの総括を担当をしています」
レプソルさんに似たロンゲの髪形で、髪の色は暗い茶色。ビシッとした制服を着た男が、簡単な自己紹介から、今回の防衛戦に俺が参加をして欲しい理由を説明してきた。
今回少数の魔物移動が確認出来、本来であれば20~30人の冒険者で対処出来るであろう規模なのだが。レベル50を超える魔石魔物並みの大型が一体と、3体ほどの霊体タイプの魔物も混ざっているのが確認出来たと言うのだ。
そして万が一に備えて俺に参加して欲しいと言う。
霊体タイプの強さなどを測るのも、目的に含まれているとも付け足していた。
霊体タイプの魔物の強さを測り、今後の防衛戦の時の参考にするらしい。
――ああ、そっか、
本来南に湧かないはずの霊体タイプが湧いたのか、
ライエルの言うとおり、東の流れがこっちにも来てるのか、
深淵迷宮の最奥でライエルが俺に忠告したこと。
東の魔物が、南や他の場所でも湧くというの可能性。
どうやらライエルの予測は正しかったらしい。
「分かりました、んじゃ、防衛戦に参加して霊体タイプと戦えばいいのかな」
「はい、お願いします。それと――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は次の日、快適な馬車に揺られていた。
普段乗っている馬車よりもしっかりとした作りの馬車であった。
ベアリングとショックアブソーバー、なにやら中二が好きそうな名前のモノを完備した馬車である。
歴代勇者がもたらした知識で作られた物のようだ。
製作には技術やライセンス的なモノが必要らしく、貴族でも上位の者しか所有していないと教えられた。
防衛戦に向かう道程で、少しでも快適な旅をという、アムさんからの気遣いである。
その振動の小さい馬車の中で、俺はラインさんに言われた事を思い出していた。
――霊体タイプに集中しろか、
それに、他の魔物は冒険者に任せろって言われてもなぁ、
俺は霊体タイプの魔物を最優先で相手にするように言われていた。
霊体タイプは実体が無い為に、地面に潜り込みながら襲ってくると言うのだ。
俺も実際に相手にしたことがあるので、それは知っていた。
だが今回は、大人数の防衛戦。
混戦時に地面から奇襲などを受けようものなら、どんな混乱をきたすか分からないと言うのだ。大型の魔石魔物級の魔物もいるが、30名近い冒険者がいるなら対処は出来る。
だから俺には、イレギュラー要素を持っている霊体タイプだけに集中して欲しいと言うのだ。
俺はそれを聞いて、確かに間違っていないと思った。大型の魔物を相手にしている時に、不意を突いてきた霊体タイプを咄嗟に相手にするのは困難であるから。
そう、その判断は間違ってはいないのだが。
「あの、ご主人様。お話はお聞きしましたが、少々やっかみを受けそうですねぇ」
「あ、やっぱラティもそう思う?」
「はい、ご主人様が悪い訳では無いのですが、多分そうなるかと‥」
「だよな、」
「やっぱりサボってるって見られちゃうよです?」
そうなのだ、サリオが言うように、俺はきっとサボっているように見られるのだろう。作戦の為とは言え、他の冒険者が戦っている時でも俺は待機となるのだから。
サリオは固定砲台役と夜の時は照明役で、ラティは索敵とアタッカー役。
流石のラティも地面に潜んだ霊体相手では、完全に位置の特定は無理であろう。
俺は全体を俯瞰で見ることの出来る位置で待機となる。
俯瞰で見ると言う事は、高い位置から見下ろすこと。それはその場に居る全員からも俺を見ることが出来ると言う意味でもある。
――やりづれぇ、
今回俺は、指揮官でもないのに上から見下ろすのかよ、
絶対によく思われないよな、
出来れば他にも道連れ役として、レプソルさんやミズチさんも連れて来たかったが。過剰戦力に予算を出せる余裕は無いと却下されたのだ。
今回の防衛戦募集で集まった冒険者達は、一日銀貨35枚と言う報酬額なのである。北の防衛戦であれば、一日最低でも金貨1枚なので、約1/3である。
因みに、俺達は今回はタダ働きである。
形としては、アムさんから派遣された者という形になっている。
住む場所や食事に、魔石魔物狩りを出来る権利などを、色々と融通して貰っているので文句などは言えない立場である。
そして残った陣内組は、俺抜きで魔石魔物狩りである。
魔石集めもノトスにとっては大事なことなのだ。
( そっちが良かった、)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の昼に、目的地”エスの村”に到着した。
村の規模は、前に村に泊まり込みで防衛戦をした時のナンの村と同等程度。村人は150人程度の長閑な村であった。
ただ、魔物の群れが迫っていると報告を受けている為か、出迎えに現れた村人達は、皆が不安そうな表情をしていた。
中には冒険者の実力を知りたい為か、手で四角い枠を作り、こちらを【鑑定】している者も多数存在していたが――
( あ、これ違う奴だ、)
最初は不安で冒険者をチェックしていると思っていたのだが。
「う~む、イマイチか?30超えがほとんどいないな、」
「ああ、レベル10台ばっかりゴロゴロいるな、」
「どうしたものかのぅ‥」
聞こえて来たのは、心なしか落胆を感じる小さな声。
俺は前回の防衛戦時のナンの村の事を思い出していた。
そう、この防衛戦時に、村側が密かに狙っている婿探し。
見た目の良い村娘を餌に、高レベル冒険者を村に永住させる村側の企み。
高レベル冒険者は力強い働き手になり、そして頼もしい護り手となるのだ。
大移動などの魔物は無理でも、偶発的にやってきた魔物程度なら問題なく排除出来る高レベル冒険者は、村にとって貴重な人材となるのであろう。
何人かのレベル20を超えた冒険者達がロックオンされ、どうでもよい熱視線イベントが始まっていた。
そして現在の一番人気は。
ラティだった――
男の村人達が何回もラティを【鑑定】で視直している。
深紅の外套と白と深紅の鎧姿に、最初はどこぞの貴族令嬢かと勘違いした村人がラティを見つめ。次にラティの凛とした美しさに惹かれ、最後にあり得ない程の高レベルに驚愕の表情を浮かべていた。
そのウチの何人かは、ラティが奴隷であることに気付き、自分が身請け出来ないか思案する者まで出ていた。
さすがにレベル80超えの奴隷が買える筈がないと己で気付き、交渉をしてくる馬鹿は一人もいなかった。
閑話休題
今回も監視役はエルドラさんであり、現在村長らしき老人と会話を交わしている。
断片的に聞こえて来る内容から、冒険者が寝泊り出来る場所の相談と、食事などの配膳を依頼している様子である。
そして、静かな盛り上がりを見せていた熱視線イベントは。村側が欲しい冒険者何人かをターゲットと決めたらしく、村娘数人がアプローチ的なモノを行っていた。
それは可愛らしく話し掛けるモノであったり、ありきたりなアプローチを掛けていた。が――
俺には誰も近寄って来なかった。
別に来て欲しい訳では無いのだが‥
――おい!人の顔を見るなり『これは無い』って何だよ!
【鑑定】で覗いて首も傾げやがって、ちくしょぅ、
熱視線イベントで、一番人気が無かったのが俺だった。
いじけた訳では無いが、思わず少し情けない顔をしていると。
「あ!その”冴えない表情!は」
「ああん?」
失礼な物言いに、悪態を付きながら返事を返すと其処には男が立っていた。
そして失礼な男はそのまま話し掛けてくる。
「やっぱアンタか、まさか南でも会えるとは‥‥」
「南でも?」
「ふっ、そっちは覚えてないだろうけど、俺は覚えてんだよ。袋小路の”英雄”」
「――っ!?」
――なんだと!?
それで呼ばれたのは北の防衛戦祝勝会の時、
おい、まさか北からの刺客か?っは!ラティの反応は!?
俺は咄嗟にラティを見る。
もし俺に敵意を持った相手が目の前にいるのであれば、彼女が反応するはず。
見つめた先のラティは、きょとんとした顔で俺を見つめ返している。
「あの、ご主人様、何か?」
「いや、何でもない‥」
――む!?違ったか?
北からの刺客じゃないのか?
困惑する俺を余所に、その中年男性は俺へと無防備に歩み寄って来る。
「そう言えば名乗ってなかったな、俺はドミニク。前に一度北で会った事あるんだよジンナイ、改めてよろしく」
そう言って中年の男は握手のつもりか右手を差し出してきた。
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