深淵の底の上で
すいません!お待たせしてしまったのに短いです
しかも、番外っぽい感じです、明日には続きを提出しますので、何卒ご勘弁を‥
大人しくなったと思っていた椎名が、再び騒ぎだした。
「ボクは、本当に幽霊の魔物を倒したつもりだったんだ、本当に知らなかったんだ。だが、ボクは悪く無いとは言わない。だけど、ボクは、ボクはなんて事を‥」
「あら?椎名君?」
異変に気付いた伊吹も声をかけている。
「椎名君!」
そして釣られる様にわたしも彼に声をかけていた。
ただ少し腹立つ事に、わたし達の声には反応を示さない。が――
「椎名君、落ち着いてください!ね?」
言葉の声には僅かながら反応を示した。
少しだが、女として悔しさが心の中で鎌首をもたげる。
だがその苛立ちの感情は、言葉にではなく、椎名に対してだ。
学校で彼は、女子に対して常に優しいイメージだった。
そしてその優しさは偏るモノではなく、分け隔てなく皆に優しい男子。
まぁ、男相手には若干違ったけどね‥
そんな様子のおかしい彼が動き出した。
彼の行った罪のを説明した、精神体が宿った石に向かっていく。
「そんなぁの嘘だあああああ!ボクが、ボクが、噓だあああ――!」
「きゃっ!?」
『わわっ!?』
もがき掻き分けるような腕が、近くにいた言葉が乱暴に押し退けられる。
そして迫る椎名に、驚きの声をあげる精神体。
だが、その動きは瞬時に阻まれた。
一人の少女によって‥
「――っさせません!」
「ラティちゃんナイス!」
まるでラグビーのタックルのように腰に辺りにしがみ付く奴隷の少女。
「椎名!貴方‥」
あまりのみっともない椎名の行動に思わず、わたしは落胆と呆れの声を洩らす。
その必死な形相はまるで、まるで‥、アイツような、酷い眼をしていた。
「椎名君!お願い!落ち着いてください!」
「オレも束縛魔法で――」
奴隷少女の動きに追随するかのように、他のメンツも動き出した。
ただ、わたしはソレを見つめるだけであった。
学校の彼と今の異世界の彼の違いを刻み込むように。
そして次に、アイツがトンデモない事を言い出した。
「ラティ!構わない足の筋でも切ってやれ」
馬鹿なの!?
どうしてその発想が出てるのよ! と思った。
相手の動きを止めるが目的で、同級生を傷つけると言う発想に行き着くアイツ。
少し見直していたが、やはりアイツは危険だ。
言葉は”いい人で、可哀想な人”みたいな事を言ってたが。
頭が可哀想な人の間違いだろう。
いい人の部分に至っては、絶対に勘違いで間違いだ。全く――
「陣内!アンタ何無茶言ってんのよ!少し見直したと思ったのに、」
思わず叱り付ける。
だが当然だ。アイツの発想はおかしい。止めるなら押え付けるだけでいいのに。
「あの、ご主人様、さすがにそれはやりすぎではないかと‥」
あ、奴隷の子は普通だ。
そんなどうでも良い事を考えていると――
『マズイ!?拡張が始まる!』
「へ?」
守られている精神体が声をあげ、そしてアイツが間の抜けた声を出す。
そして。
――ボッゴォ!?――
突然地面が割れ。
そして呆気無いほど簡単にアイツが落ちていった。
目つきの悪く濁りきったように見える目を見開きながら落ちていく。
「何でまたッ――――あの人は何でまたすぐ落ちるのですか!?」
奴隷の少女が声を張り上げて叫んでいる。
こんな大きな声を出せるのかと思える程の声量で。
この探索での短い間ではあるが、この奴隷少女がこんな大きな声を上げられる事には驚きであった。
普段は無表情のような、どこか達観めいた顔をしていた彼女が、普段からは考えられないような必死な形相をしていた。
同じ必死な顔でも、先程の椎名のような醜い表情ではなくて。
それは、見ていて心が切なくなり、まるで心がキューっとなるような必死さがあり、本気で心配している表情であった。
そう、本気で心配している表情‥
「誰を?」
自分の心の中の疑問を思わず口にする。
あんな本気の表情で誰を心配しているのだろうか?
椎名では無い、落ちた精神の宿った石でもない。
奴隷の少女はアイツを本気で心配しているのだ。
奴隷の首輪には、奴隷の反乱防止の為の機能として、主が死ぬとその奴隷達の首輪が絞まり、その奴隷達も追うように死ぬと聞いた事があった。
一瞬。――それが理由かと思った。
だが、奴隷少女の顔は自分では無く、落ちていったアイツを本気で心配している顔だった。
決して自分の命惜しさでは無い、と断言できるほどのモノだったのだ。
違和感を感じる――自分の中に‥
今度は椎名と代わって、奴隷の少女が暴れ始めていた。
必死になって落ちていった陣内を追おうとしているのだ。
あの底の見えない暗闇に飛び込もうとしているのだ。
「其処をぉぉ、どけぇぇぇえええ!!!――」
ビリビリと周囲に響く雄叫びを上げる彼女。
わたしは再び瞠目してしまう。
彼女、奴隷の少女は落ち着いた雰囲気の子、という印象だった。
良く言えばクール。悪く言えばどこか冷めた感じ。
そんな彼女がまるで烈火の如く猛っているのだ。
その彼女を、今度は椎名を押さえていたメンツが止めに入る。
暴れる姿は、まるで二足歩行の荒ぶる獣。
近づくだけで喉笛を食い千切りそうな亜麻色の獣。
暴れる彼女を伊吹が完全に押さえ込む。
どうやら力では、勇者伊吹にはさすがに勝てない様子であった。そして――
「ラティちゃん!ロープ!ロープ持って来たでしょ!アレを使って助けに行きましょ!ねっ?だから落ち着いてね。今ロープ出すから。っね?陣内君ならきっと平気だよ」
懸命に宥める伊吹。
そしてそれを聞き入れるかのように落ち着いていく奴隷少女。
その伊吹の言葉に、呆けていた表情を引き締める言葉。
「あ、あの、すいません取り乱してしまって」
「いいよラティちゃん、それよりも急ごう、崩れたりしたら大変だしね」
「そうですよね、陣内君ならきっと平気ですよね!」
まるで落ちる事を事前に知っていたかのような、そんな風に思わせる程の長さを持ったロープが伊吹の【宝箱】から取り出される。
それを眺めながら、自分の中に芽吹いていた違和感。
正確には否定していたモノと向き合う。
言葉が言っていたこと。
アイツは奴隷に手を出した強姦魔じゃないと言う事を。もう認めるしかない。
――陣内は強姦魔などではない――
心の中でそう確信していた。
奴隷少女のあの顔。落ちた陣内に対して、あれほど必死なのだ。
自分と同じ程の年の子が、無理矢理関係を迫ってきた相手に対して、あんな必死で本気な顔を出来るはずがない。
その情報を言い触らしていた北原を完全に否定する訳ではないが、もしかすると何かの勘違いなどがあるのかも知れない。
どちらかと言うと、”本当は北原が嘘をついている”
そちらの方が納得できてしまっていた。
一度確信してしまうと、何故自分はそんな勘違いをしていたのだろうと不思議に思えてくる。それぐらいに奴隷の少女は、アイツに尽していたのだ。
奴隷の少女が落ち着き、それと椎名も落ち着いてきていた。
可哀想な程に憔悴しきっている椎名。
そしてそれを 甲斐甲斐しく世話をする言葉。
優しい声を掛けて、そして相手の言葉もしっかりと聞いてあげている言葉。この子はなんと女子力が高いのだろうと思ったが。これは女子力と言うよりも、母性のような物だろうと思い直す。
彼女は慈愛に満ちた、母のような神々しい雰囲気を醸し出していた。
もしかすると、彼女の大きな胸はそんな母性の大きさを表しているようにも感じられてくる。
わたしはうっかり不覚にも自分のを見下ろしてしまう。
そして自分の母性の薄さを痛感させられた。
「では、行って来ます」
「そっちお願いね~ガレオスさん」
「あいよ!イブキ様」
今、陣内救出メンバーが崩落した穴へと降りていく。
メンバーは速度重視で、奴隷少女と伊吹に、あとアイツの仲間から背の高い人が一人。
ホントは回復役を連れて行きたいと言っていたが。穴を降りるのはある程度の慣れや運動神経が無いと二重遭難になると言うので、その3人だけとなった。
わたしはその降りていく3人を見ながら、ある事を決めた。
「アイツが戻って来たら、しっかりと謝ろう‥今度はちゃんと‥」
「うん?何か言いましたか唯ちゃん?」
「ううん、何でもない、ちょっと独り言かな、?」
「そうですか」
今度こそ、何があっても謝ろうと心に決めて、わたしはアイツが落ちていった穴を見つめ続けた。
早く戻って来いと‥
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