地下迷宮
問答無用の裁判から二週間が経過した。
勇者達の認識では、
俺は自分の奴隷を襲った強姦魔と言う認識のままだ。
どうせ何を言っても聞かないだろうから、そのまま勇者達とは距離を取ることにした。
王女にはお礼を言いに行こうとしたが、門前払いをされて未だ会えていない。
北原のことは、もう完全無視することにした。
憶測であるが、北原はゲイルと手を組み、街に俺がハズレ勇者であることと、他に何かしらの悪評の噂を流していたのだろう。
多分ゲイルから、赤首輪の奴隷が襲われると、首輪が橙色になる事を聞いて、自分達で襲い、その罪を俺に擦り付けるつもりだったのだろう。
実際にそうなったのだし。
あの裁判モドキのやり取りで、最初に沈黙の魔法を掛けられたのも、俺に真実を言わせない為、北原が最後の言葉で、協力者がいることを示唆していたから、宰相のギームルもグルだったのだろう。
奴は俺を恨んでおり、牢に入れてしまえば闇に葬り去ることも出来るはずだから。
そして奴隷が解放されれば、北原はラティを手に入れることが出来たはずだった。北原の予想外だったのは、奴隷商がラティを売らなかったこと。
あの奴隷商は雑貨屋店主イーレの兄だったことは僥倖であった。
この時、ラティの奴隷の首輪の設定を変更して、
俺が死んだ時は、無条件で奴隷の首輪が外れるようにして貰った。
一応規則通り、主が念じた際には首輪が絞まる設定だけはそのままだ。
宿屋に関しては、宿から追い出されるかと思っていたが、
予想と違っていた。
『別に出て行く必要なんて無いよ。折角の長期滞在の金ズルを、追い出すなんて気はないって言ってんのさ』
『お母さん!マジかよいいのかよ、やった良かったなラティさん、是非このまま泊まって下さいよ』
『あの、ありがとう御座います』
『今回の事だって、どう見ても役人の方に非があるんだし、この坊主がそんなことやるはず無いのは分かるよ』
『ああ、ありがとう』
『全く、ラティちゃんも今回は災難だったね、他の【狼人】は知らないけど、ラティちゃんは、、まぁ、なんだアレだよ』
『お母さん!よかったね、ラティさんお母さんがラティさんのことを認めてくれたよ、これで俺と結、―』
この辺りから俺が木刀を持ち出し、色々とあった。
それからは【大地の欠片】で稼ぎ、奴隷商にツケの金貨2枚を払い、元の生活に戻ることは出来たが、街の住民からは強姦魔の認識のままだ。
ラティとは大きな変化があった。
前までは警戒されていて、頭を撫でようとすると、すぐに察知され警戒されていたが今は、、、
「あの、ご主人様、そろそろ、、」
「ん、わかった、」
「・・・・・・・・」
「ご主人様、いつまでも頭を撫で続けないでください」
ラティが頭を撫でさせてくれるようになったのだ。
頭を撫でていると『ふしゅ~~』と息が漏れる音がする、ラティの癖なのか種族的に口の構造がそうなってるのか、唇がしっかりと閉じず、小さい隙間があってそこから息が漏れるのだ。
だが、今は『ふしゅ~』の音が、『ぷしゅーー』音に変わったので危険だ、機嫌が悪くなってきたのだろう。
「明日からは、近くのダンジョンへ行きましょう。もうこの辺りでは経験値が望めません、お金と経験値を稼ぐにはダンジョンが最適ですから」
「わかったよラティ、明日に備えて早めに寝よう、朝食の弁当は頼んであるし」
「はい」
( デレ期はまだ先のようだ、、)
前回の裁判モドキでは、王女に助けてもらった。
その王女が望んでいるのは、魔王の討伐。
金貨十枚の恩もあるので、その恩に報いるためにも、勇者だけに任せず、俺も強くなろう。
そう心に誓ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の早朝から、大型の馬車に揺られながら、ダンジョンを目指す。
ラティの説明だと、ダンジョンには魔物が多く生息しており、深ければ深い程魔物が強くなるらしい。
地面から深い方が大地の力が強く、その為に強い魔物が生まれると教えてくれた。
「ラティ、馬車ってこんな混んでいるものなの?これってダンジョン行きだよね?」
「はい、ダンジョンはお金を稼ぐこともできますし、何より、ダンジョン内の魔物を間引いて行かないと、溢れて外に出て来てしまうのです」
「どっかの害虫みたいだな、増えすぎて巣穴から溢れるって、、」
( あの黒い奴みたいだ )
「あの、なので国や近くの領主様達が、冒険者を派遣したりしているそうです」
「なるほどね、、あ、そろそろ朝食の弁当を食べちゃおうか」
「はい、ご主人様、わたしの分まで用意して頂きありがとうございます」
「気にしないで、それとダンジョンでの食事とかは」
「はい、ダンジョンの近くにはキャラバン、ほとんど小さい町みたいなのが出来てますので、そこで補充できますねぇ」
「でも、お高いんでしょう?」
「はい、少し割高になっております」
「まぁ仕方ないか、色々持って行ってもかさばるしね」
「はい、最低限の飲み水とポーションだけで行くしかないですね、私が水系の魔法を使えれば、水の確保を出来たのですが」
「ああ?陣内じゃん」
馬車の中でラティと会話をしていると、少し離れた所から声を掛けられる。
30人近く乗れる馬車なので気がつかなかったが、勇者である同級生の上杉司が乗っていたのだ。
「おう、大変だな~~ハズレさんは、【宝箱】持ってないから荷物ひとつで、ひ~ひ~言ってて」
上杉はイヤミくさい声で、横に長いベンチシートを2本向かい合わせに配置した場所の先頭側の方から話しかけて来た。上杉は、学校では野球部のエースピッチャーで、ちょっと鼻につくタイプだ。
――野球のピッチャーは、みんな自己中なんだよなぁ、
我が侭ばかりの印象しかないけど、偏見かな?これ、偏見かな?
「・・・・じ~~・・・」
「あの何でしょうかラティさん?」
「あの、ご主人様があまり良く無い事を考えていたようなので」
この子はエスパーなのかも知れない。
「おい無視すんなよ!って、なんで強姦された奴隷がまた一緒にいるんだよ、没収されたって聞いたぞ」
「上杉!変なことを人が多い所で言うな、大体俺はヤってねーよ」
――たく、ラティが襲われた可哀想な子みたいになるじゃねーか、
人の目を少しは気にしろ‥‥あ!襲われてたか、
「ん?俺は、お前が襲ったって聞いているぞ?全くひでぇ奴だ、奴隷で女の子を縛りつけやがって」
「ああ そうかよ、もうこっちに話し掛けないでくれ」
――あの裁判モドキのおかげで、無駄に苦労する、
勇者全員は、もう全部敵だ!俺の話を全く聞かないし、
「そこの奴隷のキミ、よかったら俺達のパーティに入らないかい、陣内なら俺が話しを付けれるし、こっちのパーティは4人も居るから安全だよ」
しかし、それをポーカーフェイスで無視するラティ。
口から『ぷしゅーー』って聞こえるから、きっと怒って機嫌は悪いのだろう。
しかし上杉はまだ話し掛ける。
「って、無視?いや、きっと辛い目に遭って、感情が無くなってしまったのかい? 陣内の奴は酷いことを、」
もうメンドクサイので無視することにした。
ただ ラティの機嫌は直そうと思い、頭を撫でてみた。
『ふしゅ~~』と聞こえるので成功したようだ。
上杉は何かもっと怒り出したけど。
閑話休題
馬車に揺られること数時間、ダンジョン前の入り口付近の町に到着した。
「やっと着いたか、さすがに腰が痛かったな、ラティは平気?」
「あの、少しだけ痛いです、わたしも馬車は苦手ですねぇ」
馬車の乗り心地に愚痴を言いながら、到着した町を眺める。
【ルリガミンの町】の看板【ボッタクル商店】【カント回復屋】【トレボーの宿】などの町の建物が目に入った。
「ねぇ、ラティさんや、、」
「あの、この町は歴代の勇者にこよなく愛されていたと聞きます。ダンジョンがある町で、ダン町とも呼ばれていますねぇ」
( セーフかな? )
町の広さは東京ドーム3つ分くらいの敷地に、建物がひしめき合っていた。
魔物がダンジョンから溢れて出て来た時には、ここが前線になるとラティが教えてくれた。
「まずダンジョンに潜る前に、宿を決めとくか、後はちょっと町にも興味あるな」
「あの、ご主人様、わたしも此処には一度しか来たことが無いので、確認はしておきたいですねぇ」
それから二人で【ルリガミンの町】を見て回った。
宿は一週間プランで一人銀貨40枚。冒険者ギルドもあるが使えないので関係なかった。
【ボッタクル商店】の店主が、ターバンに褐色肌だったので、金策の素材を売る場所はその店に決めた。
「後は、回復屋がちょっと高いね、俺達は回復魔法無いから、お世話になりそうだ」
「あの、すいません、わたしが回復魔法使えたら良かったのですが、城下町周辺と違ってダンジョンの魔物は強いので、その辺りは心配ですねぇ」
いままで城下町周辺の魔物からは、攻撃らしい攻撃は受けたことが無かった、ラティの回避能力が高すぎる為に、ほぼノーダメージに近かった為、回復屋にお世話になることは無かったのだ。
「イーレさんの所で買ったポーションを上手く使っていくのもありかもね」
「あの、出来ればポーションは緊急用に残して置きたいところでもありますけどねぇ」
「んじゃ、そろそろ地下迷宮に行きますか」
「はい、ご主人様、あ、地下迷宮のことなのですが、入り口が3箇所御座います」
ラティから地下迷宮の説明を受けた。
ダンジョンは、アリの巣のように中で繋がっている入り口が3箇所。
町に一番近い入り口は、中が整備されていて、足場がある程度整っている。
他の入り口は整備があまりされていなくて、平らの場所はほぼ無く、ほとんど洞窟のような感じらしい。
「なるほど、メイン通路みたいなのがある感じか、そっちの方が人も多そうだし、危なくなった時に助けが期待出来るのか」
「はい、ですが逆に邪魔されたり、倒す魔物の取り合いなども浅い層ではあるみたいですねぇ」
雑談を交えながら地下迷宮に向かうと、地下迷宮の入り口に人だかりが出来ていて、それに阻まれた。
人だかりの隙間から覗くと、勇者達が10人ほど集まっているのが見えた。その中でも裁判モドキの時に、俺を押さえつけた4人が目に入る。
「ラティ、別の入り口から入ろう、ここは混んでいるから空いている方がいいや」
「あの、ご主人様、他の入り口ですと、足場などがご説明した通り悪いのですが、宜しいのですか?」
あの裁判モドキの悪夢のような記憶が蘇る。
ラティは、あの場に居なかったのだから知らなくて当然だが、
俺にはトラウマレベルの出来事だった。
押さえつけられ、何も出来ない何も喋られない状態。
裁判になっていない裁判。欠席裁判よりも酷い物だった。
あいつ等を見ていると、怒りで‥‥。
「あの、ご主人様?」
ラティに心配そうな顔で呼ばれてしまった。
あまりの怒りに無言で凄い顔でもしていたのかも知れない。
ラティの顔を見ると、どうやらとても心配させてしまっていたようだ。
「なんでもないよ」と伝えつつ、彼女の頭を撫でる。
――ああ‥ なんか怒りが抜けていく、
癒される‥‥ あ、ラティが”ふしゅ~”ってしてる、
「ごめんなラティ、俺の我が侭なんだけど、別の入り口に行きたいんだ」
「あの、はい。わかりましたご主人様、それと頭を撫でるのは止めてください」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、勇者達に気付かれない様、別の入り口に移動した。
メインの入り口よりも小さく、申し訳程度の柵がしかなく、また人も少ない入り口から地下迷宮へと入った。
「ラティの生活魔法”アカリ”って便利だよな、松明とか面倒だと思っていたから」
「生活魔法を開発した、三代目様には感謝ですねぇ」
ラティが魔法で作り出したアカリで地下迷宮内が照らされる。
地下迷宮の足場は荒れており全力疾走は危険だと感じられた。
戦闘時には、特に足元に注意が必要だろう。
しばらく進むとラティが敵を察知した。
地下迷宮内だと、【索敵】の効果範囲が下がるらしく、魔物が先にこちらに気が付いていた。
「ご主人様!先行します!カゲザル、レベル16です」
先手は取られたが、ラティは慌てずに、囮役に徹して動く。
壁などがある狭い空間での戦闘は苦手かと思ったが、ラティは壁も使って縦横無尽に動き回る。狭い部屋に全力でよく跳ねるゴム玉でも投げた様に駆けていく。
さすがに天井まで足場にして跳ねた時には驚かされたが。
「ご主人様!今です」
「――っしゃぁああ!!」
ラティの合図に合わせて、雄叫びをあげて槍で魔物の首を貫く。
びくりと一度痙攣した後に、黒い霧となって散っていった。
その後も同じ様に戦いを続け、8匹程倒した後に休憩に入る。
その休憩中に、倒した魔物が落した物についてラティ訊ねた。
「ラティ、さっき魔物が落したこの魔石って売れるのかな?」
「はい、【大地の欠片】程ではないですが、良いお値段で売れますよ」
ラティが魔石に付いて説明をしてくれた。
魔石は薬品や魔法製品などに使われるらしい、例を上げると、重量を軽量化された鋼の鎧などの魔法装備品や魔石品。
あと、魔石を地下迷宮内に放置して置くと、それを核に強力な魔物が生まれるので、必ず拾う事を教えてくれた。
「魔石って半透明の黒い石だから、結構気がつかないとかありそうだね」
「はい、迷宮内での死亡事故のほとんどが、回収し忘れの魔石から強力な魔物が生まれて襲われる事ですねぇ」
ラティは物知りだな~と休憩をしていると、別のパーティが近くに来ていた。
お互いにアカリを使っているので、誰かが近づいて来てもすぐ気が付く。
地下迷宮に入る前にラティに注意されたことだが、マナーとしてアカリは必須らしい。
アカリ使わないで地下迷宮にいる冒険者は、盗賊扱いにされるそうだ。
――俺一人じゃ地下迷宮潜れないのか、
魔法が使えないって、この世界じゃ本当に致命的だな、、
「あの、別のパーティが来ました、一応ご注意を」
「あ、やっぱり、地下迷宮で、他の冒険者に襲われるとかあるの?」
「メインルートですと少ないですが、違うルートだと稀に、、」
ラティの警告に注意して、近づいて来るパーティを確認すると、中に知っている奴が混ざっていた。
「よう、強姦魔”ハズレゆうしゃ”なだけに、地下迷宮のルートもハズレルートかぁ?お前は」
近づいて来たパーティは、野球勇者上杉司組だった。




